野営にて
とある日、カイとソラは遺跡調査の薬草採取の依頼のために遺跡に来ていた。とは言ってもこの遺跡はすでに専門家がしっかり調べ終えた後で、今さら真新しいものが出てくる可能性はゼロに近い。メインは遺跡の奥に生えるという薬草採取だ。
この依頼は定期的に出されるもので、難易度も低い。初心者向けだ。だから戦力の低いパーティや初心者冒険者に回されることも多い依頼となっている。
普段は他のパーティが担っている依頼だが、別にそのパーティがやらければならないという規則があるわけでもない。
「そろそろあの子たちも依頼になれた来た頃だし、もう少し難易度が高いものに挑戦しても良いと思ってたところなのよね。ちょうどいいし、ソラくんに野営の方法を教えてあげてくれないかしら」
とは店主の言葉だ。
はじめての遠征依頼を前に、カイはソラに事前に焚き火のやり方や野営での料理、洗濯の方法、安全な野宿の方法を叩き込んだ上で、単独行動はしないと固く約束させていた。
そうでもしないとソラはフラリとどこかへ出かけることがわかったのだ。街でならサフィリアは治安が良い方だし、行き先も街の小さな図書館や教会だとわかっているからいい。しかし遺跡周辺となると、モンストロが出る可能性がある。まだ経験の浅いソラが単独行動するには危なすぎる。
ソラは神妙な顔でわかったと頷いていたが、本当にわかっているのだろうか。
カイは不安に思いつつも先輩冒険者としての役目を(渋々)こなすためソラを連れ出した。
「こっちだ」
遺跡に着いて早々、カイは遺跡の裏手へと歩を進める。その先に道中言っていた野営地があるのだろう。
「カイはここに来たことがあるのか?」
「この街に着いてすぐに同じ依頼を受けた」
なるほど、それで野営地の場所を知っているのか。
カイについていった先には、こじんまりと開けた場所があった。そこに湿った焚き火の後と布を張った簡易式の屋根がある。前に来た冒険者たちが作ったものだろう。
見てみると木の幹に杭を打ち込んで布を固定しているようだ。なかなかしっかりした作りである。
「今日はここで一晩過ごす。遺跡の探索は明日からだ」
「今日はやらないのか?」
「もう日が暮れる。探索は明るい方がやりやすいだろう」
なるほど一理ある。
夜でも光の魔法を使えば見えないこともないのだが、それよりも自然には差し込む光の方が平等に隅々まで照らしてくれることだろう。
遺跡を前にして早く入って見たい気持ちはあるが、それで何かを壊したり、怪我をしたりしたら元も子もない。先達の判断に従うことにした。
それにしてもだ。湿った燃えかすを退け、穴を掘り、乾いた枝をそこに投げ込んでテキパキと火打ち石で火を付けるカイを見やり、やはり自分にはできないことが多いのだな、と再確認した。約束の日まであと半月はあるのだから、ひとつひとつ学んでいけばいいのだが、やはり気持ちは焦る。
「俺にも何かやらせてくれ」
頼むとカイはちらりとこちらを一瞥した。
「なら、夕飯の準備を頼む」
「わかった」
野営地での料理の仕方はあらかじめ教えられている。説明は受けたのだから、あとは実践あるのみだ。
辺りを見回して、野営地からそれほど離れていない場所で香草や食べられる草、木の実を探す。
これはよくあちこちを出かける兄上からの入れ知恵だ。食べられる草や木の実、花は食料がない状況で大事な食料となる。それを今は料理に活用しようと考え付いたのだ。
だってカイの作る飯はうまい。俺もカイのようにうまい飯を作りたいのだ。
兄上に教えられ、実際に食べたことがある草をいくつか詰んで水で洗い流す。それを焚き火で少し炙ろうとしたところでカイに見咎められた。
「何してるんだ」
「香草を詰んだんだ。パンに挟むとうまいんだが、そのまま食べると腹を壊すんだ」
少し火を通せば安全だということは兄上との実験でよくわかっている。ちなみに腹を壊すのは毒があるからとかではなく、俺の胃腸が弱いからだという。
別に悲観はしない。兄上と比べたら誰でも胃腸は弱いだろう。
香草がしんなりとしたところで炙るのをやめる。背負ってきた(異空間を使ってたら体を鍛えられないだろう)鞄の中から、干し肉と塩、パン、バターを取り出す。
パンをナイフで切り、薄くバターを伸ばす。その上に炙った香草を入れ、軽く炙った干し肉を挟んで塩を振りかければ簡単サンドイッチの完成だ。
「そら、できたぞ」
「…ありがとう」
サンドイッチを渡す。カイはそれを受け取り、大きな口でかぶりついた。良い食べっぷりだ。大した手間はかけてないが、作った甲斐がある。
「ふたつずつあるから、食べ終わったら言ってくれ」
「…待て。この大きさのものをふたつ作ったのか?」
「ああ。お腹空くだろう?」
肘から指先くらいまでの長さの硬めのパンで作ったサンドイッチはなかなかに美味いし、お腹にもたまる。さらに片手で食べれるから何かしながら食べたい時には最高の食料だ。
「魔導師は燃費が悪いのか?」
「?そんなことはないぞ」
俺の知っている限り、魔導師でよく食べるのは俺の家系くらいだ。それに魔導師ではない母上や弟もよく食べるから、よく食べるのは魔導師だからじゃなく血筋だろう。
ひとつ目のサンドイッチを平らげ、ふたつ目を食べようとしたところでカイが再び口を開く。いつのまにか薪には赤々とした炎が燃えていた。
「あんた、香草や薬草には詳しいのか?」
「ああ、得意分野だ。少し前までは学園生でな、白魔法を専攻してたから薬学や医学も学んでいるぞ」
途中で飛び出してしまったから卒業課程までは学んでいないが。
「学園生なら、なんで学校に止まらなかったんだ?」
「…まだ旅をやめろと?」
質問に質問で返すと、沈黙が降りた。沈黙は肯定だ。
ひとつため息を落とした。カイには関係ないだろうに。俺に死なれたら目覚めが悪いという優しい理由だけでこうもしつこく言うのだ。
本当に優しい男である。きっと捨てられた猫とか見捨てられないタイプだろう。
雨の降る中、箱に入れられた子猫とか拾って帰ってきて怒られるやつだ。それでもって子猫を庇ったせいで自分自身もずぶ濡れになって、それでも俺はいい、こいつの世話をしてやってくれとか言い出すんだ。それもあんたの方が放って置けないような顔をして。
そんな場面が容易に想像できてしまう。そんな想像をしながら、努めて穏やかな声で答える。
「旅はやめない。どうしても守らなければならない約束があるんだ。それを果たすまでは旅をやめるつもりはない。だが、そう簡単にくたばるつもりはない。もちろんあんたに教えてもらったことを無駄にするつもりもない」
「約束、か」
「ああ。大事な約束なんだ」
きっと命より大事な。
心の中で付け足す。俺は幼なじみたちのためならいつでも命を投げ出してもいいと思っているし、幼なじみ関連で実際にもう棺桶に片足を突っ込んでいる。
いつ命が終わるかはまだわからないが、そう遠くない未来だろう。何しろ俺を棺桶送りにするのは天才が紡いだ呪いだからな。ルナから引き出して無理矢理自身に封じ込めた呪いは、自覚こそないが今も確実に体を蝕んでいることだろう。俺の魔力がいつまで抵抗してくれるかは完全に運任せだ。
ただ、目の前の優しすぎる男にそんなことを言ったら、それこそ教会から祖国に連れ戻されることだろう。そして教会や祖国に帰ったら最後、自分の呪いも、ルナの呪いも解くことができないまま、ステラを救い出すこともできずに死んでいくことになる。だから呪いと定められた寿命のことは伏せておく。
「それが果たされたら旅をやめるのか?」
「…そうだな。そうしたらゆっくりするのも許されるかもしれない」
呪いが解けた幼なじみが俺のことを放っておいてくれるなら、の話だが。
「そうか」
サンドイッチをかじる。無言で食事が続く。ただ、カイとの間にある沈黙はなんとなく気まずくはない。それがひどく心地よかった。
今まで、沈黙が心地いいなんて考えたことすらなかったな。
これまでの人生、思い返せば関わってきたのは賑やかで個性的な人物ばかりだった。
無言のまま焚き火を囲み、ご飯を食べ終わればどちらが先に寝るか話し合って眠った。俺は夜中から朝が来るまでの見張り番だ。
木の幹に寄りかかって目を閉じる。
「…横になった方がいい。それだと疲れが取れにくいだろう」
「いや、大丈夫だ。学園生の頃は課題と研究に追われていたからな、立っていても眠れる」
「それは休んでいることにはならない。それにあんたの大丈夫は信用していない」
そら、横になれと言われる。渋々横になるとマントをかけられた。ずいぶん親切なことだ。
「早く寝ろ」
「…ああ」
おやすみは言わなかった。そんなことを言う間柄でもない。気づくと俺は眠りの世界に入り込んでいるのだった。