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はじめての依頼


最初の依頼は街を出てすぐの街道に出るモンストロ、人喰い蜘蛛の群を一個隊壊滅するというのもだった。

なんでもこの街道の付近で“誰かさん”がモンストロを狩りすぎたせいで生態系のバランスが崩れているのだという。

そのせいで街道を通る人や馬車が襲われる事件が多発しているのだとか。

何事もバランスが大事なのだ、やりすぎは良くない。狩るならば、バランスよく頂点から下っ端まで狩り尽くせとは兄上の言だ。…いや、それでも問題あるな?

それにしてもモンストロを狩りすぎるとは、もしやカイはモンストロに何か恨みでもあるのだろうか。

それともはじめに聞かれた“竜と姫君”でも関係しているのだろうか。

姐さんや昨日出かけた教会で聞いた話。

どうやらカイは《おとぎを追いかける黒騎士》と噂されているらしい。微妙にメルヘンチックで格好つかないふたつ名だ。

最初は想像力豊かな子どもの作り話とか、よくある都市伝説の類だろうと思われていたらしい。それが実在する人物であるとわかった頃にはカイはもう、おとぎを追いかける黒騎士として有名になっていた。

そうなると今度は噂は詮索するものに変わる。騎士は悪い竜にさらわれた姫君を探している。いやいや、きっと姫君を殺された復讐だ。そんな噂はあちこちで聞いた。

カイはその噂を知っているのか否か、出会う人々にあの一言を投げかけるのだという。

「漆黒の翼、蜂蜜の瞳、蒼の光を纏う竜と藤色の瞳の姫君を知らないか?」

尋ね、知らないと答えれば潔く身を引く。その潔さは俺も体験したものだ。

静かに淡々と尋ねるあの口調。淡々としているからこそ人間味がなく、全身鎧というその見た目も相まって恐ろしく感じるらしい。俺も少し恐ろしかった。

何があったんだろうか。

そう思うが、同時に聞いてはならないとも思っていた。俺が他人の介入を厭うように、カイにも何か事情があるのかもしれない。それにひと月だけの付き合いだ、知る必要なんてない。だからこの浅慮の末の知識欲は蓋をするべきだ。よく言うだろう、好奇心は猫をも殺すと。


それにしてもこの男は戦い慣れている。

長い手足に吐き出す糸と攻撃手段が多い蜘蛛相手に、まったく隙がない。素人だからそう思うのかもしれないが、それにしても強い。

縦横無尽に駆け回り、重さを感じさせないほど高く跳び、片手で大剣を振るう。そこには猫のような軽やかさとしなやかさまであった。その姿はどう見たって重量級の騎士の動きではない。

鈍器のような大剣に触れた蜘蛛はみんな等しく金属をすり合わせるような耳障りな音を立てて吹き飛んでいく。容赦はない。すでにカイの鎧は蜘蛛の緑色の体液でビショビショなのだが、あれは手入れが大変なんじゃないだろうか。

俺はそんなカイの人喰い蜘蛛を叩き斬る背中を後ろから眺めていた。まったく、あの男は疲れというものを知らないのか。初めからまったく動きが変わっていないように見える。

時々回復呪文を唱えているが、それだって魔法を習いたての子どもでも使える初級のものだ。だというのに動きひとつ変えず蜘蛛を切り倒して行く強さには素直に感心する。

俺もあれくらい強くなりたいものだ。

そうすれば少なくとも、白魔導士だからとひとり旅を心配されることはなくなるだろう。

…いっそのこと、俺も武術を身につけてみるか?

剣や槍と言った、得物に頻繁に血を浴びるものは相性が良くない。白魔法は祈りの力だ。その祈りの力の媒介となるものに血がついたら、それは穢れとなる。穢れは力を収束するはずの媒介を使い物にならなくする。

やるなら体術か。棒術なら俺が持っている杖を使ってどうにかならないだろうか。

白魔導士のくせに筋骨隆々の兄上に鍛えてもらっていればよかったと思いつつ、本日何度目かの回復呪文を唱える。

金の光が弾け、カイの疲れと細やかな傷を癒す。

もはや作業となり掛けていた魔法を行使する。

カイがひときわ大きい蜘蛛数匹を斬りとばす。それらはやはり大剣に触れたと思った瞬間に吹き飛び、その場には緑の体液だけが残されている。むごい。

もう少しで討伐も終わりか。

辺りを見回した時だった。

後ろでカサリ、と微かな音がした。

あれ、と思う。後ろに敵なんかいただろうか。

振り返る。

「…っ!」

間近に見えたのは、ダラダラと緑の体液を腹から流しながら赤い複数の目で自分を見つめる人喰い蜘蛛だった。

ぞわり。言いようのない嫌悪感が背筋を駆け上がる。

糸が迫る。

杖を構える。しかし杖は蜘蛛を殴る前に粘つく糸に絡め取られてしまった。しかも運が悪いことに手首まで糸に絡め取られているときた。

一本一本が剣のように鋭い脚が振り上げられる。

簡単に殺されてたまるか!

やられるまえに頭を蹴り上げてやると足を振り上げた。瞬間、何か鋭いものが落ちてきた。

息を飲む。ぶちぶちっ、バキンッ!肉と骨が切断される形容しがたい音。ぶちまけられた赤。

「…ぐっ!」

思わず呻く。片足丸ごとやられた。

地面が近づいてくる。

痛い、痛い、熱い、痛い。

己の足があった場所に蜘蛛の歯が突き刺さっている。

頬に草が、土が触れた。

蜘蛛は赤い目を爛々と光らせて、俺の足を貪り食っている、

吐き気を催す。ぐらりと視界が揺れる。

…が、まだ死ぬには早い。

「…治れッ!」

パッと金の光が弾けて花を咲かせる。一瞬で紡げる白魔法の中で最上級のものだ。

断ち切られた断面から骨が生え、神経と血管が伸び、肉が盛り上がる。皮膚がそれを覆う前に手に絡んだ糸を力任せに引きちぎった。この際杖はくれてやる!

ヒュッという風切り音。顔を上げる。同時に頭上を飛んできたカイの大剣が、寸分の狂いもなく蜘蛛の頭を貫いた。ぐろい。

緑の体液が夕焼け空に綺麗に映えた。それを遠い目で見つめる。

油断した。背後の警戒を怠るとは。今後は気配に聡くならないとな。

それに糸で捕まってしまったのも悪かった。とっさに動けるようにならないと、また同じことを繰り返すだろう。

今回の失敗の反省点を並べていく。脳内反省会はグルグル堂々巡りだ。

「おい、あんた大丈夫か⁈」

黒い鎧が手を伸ばす。

「…ああ、大丈夫だ」

起き上がろうと頭を上げる。

とっさに傷を塞いだのが良かったのか、組織が回復したのが良かったのか。身体は重いが、歩くことくらいはできそうだ。

先ほどよりぐっと悪くなった視界で目を凝らし、ゆっくりと立ち上がる。いくら傷を治したとしても、失った血は戻ってこない。とどのつまり、貧血状態なのだ。

諸事情で貧血には慣れたないるとはいえ、注意は必要だろう。特に頭は急に動かない方がいい。

ズキズキと痛む頭に一瞬顔を歪める。が、目の前の男に悟られるわけにはいかない。

…後で造血の霊薬を飲んで、魔法も重ねがけするか。

「無理するな」

「別に無理はしていな…」

ふわりと意識が揺らいだ。目の前が黒く染まる。

あ、まずい。

倒れる、と受け身を取る。しかしやってきたのは、思ったよりも軽い衝撃。

目を開くと視界いっぱいに光沢のある黒が広がった。とりあえず立ち上がるろうと腕に力を込める。しかし身体を起こすことはできなかった。

なんだかさっきよりも体が重いような?

「動くな」

上から低い声が降ってくる。

顔を上げると、出会ってから一番近い位置に黒い兜が見えた。兜で見えないはずなのにギロリと睨まれた気がする。

「もう大丈夫だ。傷は治した」

「自分の顔色を見てから言え。ローブで分かりにくいが、顔色が悪い」

「だから大丈夫だと…」

「……あんたは大丈夫を連呼する顔色の悪い奴を信用するのか?」

「いや、しないな。…あ」

盛大に呆れたようなため息が落ちてきた。案外感情表現が豊かな奴だな。


その日の帰りはカイに担がれて宿に帰った。

出迎えてくれた姐さんには盛大に驚かれ、問答無用でカイの部屋に放り込まれた。ついでに部屋の数が足りなかったから、ちょうど良かったらしい。雑すぎないか。

パン粥の食事が再開し、ようやく肉が食えると喜んだ俺は肩を落とした。ちなみにカイが作ったというパン粥はものすごくうまかった。

レシピを聞いたら、

「あんたの顔色が戻ったら教えてやる」

とのことだった。これは早めに回復しなければならない。

その日は食事をして、カイが席を外している間に風呂に入り、カイが戻る前に眠りについたのだった。


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