2-41 暴れ鳥
夕方になって、雨は小降りになった。
止んだわけではないのだが、普通に歩けるほどの、「これくらいなら傘いらぬ」勢が頑なに傘を差さない程度の小雨である。
ピーターたちが野営地の入り口で手続きをしており、その待ち時間となっている。
それなりの大物を運び入れるときは所定の手続きが必要らしい。
それはそうか、無配慮に魔物を入れてあぶれるパーティなんか出てきたらトラブルの元だ。
同じく手持無沙汰な『地割れ』と世間話をして時を潰す。
「最近は『龍剣』がおかしくてな。まともに狩りも行えん」
リーダーの常識巨漢さんが愚痴を言う。
「あちこちで『狩場』を設定しているのか?」
「そうらしい。というか、どうもギルドの邪魔をしたいようだ」
「ギルドの邪魔だって? 何の得があるんだ」
「近年はギルドの権限が年々拡大しているらしくてな。それまで大手の傭兵団が握っていた権益を潰したんじゃないかって話だ」
「ああ、そういう……」
それにしたって、政府公認っぽい組織を敵に回して良いことがあるとは思えないが。
「狩場を設定すると、なんでギルドの邪魔になるんだ?」
「……なるだろう? 大きな傭兵団の類は、交渉するなり自分たちも場所を確保するなりしてなんとかなる。困るのは俺たちのような小規模なパーティ。だから、それを支援しているギルドへの攻撃となる」
「ほう」
「いや、それくらいではギルドは小揺るぎもせんかもしれないがな。嫌がらせにはなってるんじゃないか?」
「それで煽りを受けるのが俺たちのような零細パーティか」
「全く、やりきれん話だ……」
『地割れ』の皆さんは、ここ2,3年ほどテーバ地方に籠って魔物狩りをしてきたらしい。
もともと外で活動していた傭兵集団で、魔物狩りをして暮らしたい者を募ってここに移ってきたとのこと。
そして昨年からはタラレスキンドに活動拠点を移し、派手さはないながらも堅実に狩りを行ってきたらしい。
そこで直面したのが『龍剣』による嫌がらせの動きだ。
ギルドを頼り切っている小規模パーティがアタックするようなルーキー用、あるいは中堅用のお決まりの狩場をことごとく独占されてしまった。
新しいルートに挑戦しても良いのだが、お決まりルートは危険度の割に収入が良かったからこそお決まりルートだったわけで。
絶賛苦戦中で赤字に陥り、ちょっと焦っていたところでピーターの募集を耳にした、ということだ。
これだけで危機を脱したとは言えないわけだが、とりあえず食いっぱぐれのない依頼として小休止、一息つけたという塩梅だ。
ご苦労さまだな……。
「それにしても、あんたは力が強いな」
門の前に置かれた獲物を見やる。
俺の倒した小さな方のアーマービーストは、リーダーの常識巨漢が1人で抱えて運んで来た。
残りの4人が大きな方を協力して運搬した。
……ちょっとバランスおかしくない? と見てて思ったわけだが、リーダーは苦しそうな表情1つせずにここまで運んでしまった。
なかなかの馬鹿力である。「攻撃」の補正が高いと、こういう常識外の膂力があるのかもしれないな。常識的な巨漢が非常識巨漢になってしまった。何て呼べばいいんだ。
「まあ、それが取り柄だからな」
ニヤリと笑うリーダーこと元常識巨漢こと非常識巨漢。
残りの面子、杖を抱えた魔法使いじゃないらしい人やボウガン持ちの人のジョブも気になるが、そこに踏み込めるような会話がなかったのが残念だ。
ここは潔く諦めるとする。
そこへピーターと門番が1人、連れ立ってこちらへ向かってきた。
門の中への搬入許可が下りたらしく、ピーターが『地割れ』に向かって場所を指示している。
ここで『地割れ』の皆ともお別れだ。短い間であったが、仕事熱心な連中だった。
各人と別れの握手を交わし、それぞれが思い思いに動き出す。
今日は解体士の手も空いているということで、そのまま解体場に運び入れることになったようだ。
『地割れ』はこのまま解体場まで素材を運んで解散、俺たちは先に自分達のテントへと帰る。
運ぶ前に解体はしたが、それは運びやすくするための応急措置にすぎない。
素材として売れる状態にするために、専門の解体士にお願いするらしい。
俺たちでやってやれないことはないが、せっかくの素材をダメにするのも馬鹿らしいということだ。
「ここの解体場はギルドの運営だから、おかしなこともないだろう。今日は夜までゆっくりできる」
ピーターが疲れた様子で肩を回す。
あんたの相棒はサーシャに抱えられてスヤスヤ眠ってますがな。
「相棒、起きろ。夕飯の準備をするぞ」
「んぁ……? あー、おはようさん」
「まったく……」
ピーターがシュエッセンを引き取ってくれたので、俺もサーシャの手を引いてテントのある場所に連れ立って向かう。
当然ながら、別に手を引く必要はない。あっちがイチャイチャしているから、こっちもイチャり返したまで。
「ギー」
すると、リュックから顔を覗かせたドンさんが周りを見渡して、伸びをする。
おはようございます。
「今日の夜ごはんは何にしましょうか」
サーシャが目を細めて考え込む。
食欲魔人から食の達人へと進化しつつあるサーシャに任せておけば間違いないのだが、たまには何か軽くリクエストしてみるか。
「アーマービーストのステーキは昨日食ったしな……しかし、残り貰った分も、早めに食わないと悪くなるだろ。ハンバーグとかどうだ?」
「ひき肉にするのですか? ……ハンバーグとなると、材料が色々と……。いえ、なんとかしましょうか」
サーシャは生き生きと動き出した。
金も入るし、多少は贅沢もいいだろう。サーシャに付き合い、野営地まで商売に来ている商人から生鮮食品も買って、アーマービーストの肉のミンチを作成する。
持ち歩いている解体用ナイフと包丁を両手持ちして、台の上に乗せた肉に延々と振り下ろす作業である。
腕が疲れて、次第に痛みを感じるまで叩いたあたりでサーシャからオーケーが出て、小ぶりなネギを刻み込んだものと、白い粉と混ぜ合わせていく。
白い粉といってもやばい薬ではない。小麦粉的な何かだろう。確認していないが。
それが終わったらサーシャが商人から買い込んだ香草のようなものを刻んで振りかけ、鉄板にて焼き上げる。
ハンバーグってこんな工程だったっけ、と知識を掘り起こしつつ、まあサーシャのやることだから間違いはないだろうと口を挟まずにおく。
「良い匂いがするじゃんよー」
ちょうど焼き上がるころにまたもシュエッセンが飛び込んできて、飛び回る。
「料理中です、埃を立てない!」
そして食の達人サーシャの怒りに触れる。シュンとして翼を畳み、ベッドでくつろいでいたドンさんにもたれかかった。ドンさんは迷惑げだ。
だが、シュエッセンが乱入することを見越して多めにハンバーグを作って待っていたサーシャは優しい娘だ。
もちろん相応の材料代は取るつもりだが。
「こちらに相棒が……む、やはりいたか」
遅れてピーターが現れ、流れで食事に誘う。
厳密には、遠征は終わったとも言えるから、ピーターたちの分まで作る必然性はないのだけどね。
「ありがたくご相伴に与ろう」
4人……と1匹で料理を囲み、ハンバーグを賞味する。
「……うん、美味い」
「いいですね、普通のものより歯応えがあって、ちょっとだけパサパサしておりますが……」
サーシャは少し不満が残るらしい。だが、十分に美味い。日本のファミレスで出てきても特に文句はないくらいには美味しい。サーシャの振りかけた香草の味は……良く分からない。
スパイスというよりは、臭み消し的な意味合いのものだったのかもしれない。
「うまいぜー!」
シュエッセンはクチバシでハンバーグを突いて貪っている。
クチバシでもちぎりやすいハンバーグは、丸鳥族には大変嬉しいメニューだそうだ。
「……うまい」
ピーターも無表情に食べているが、食の進むスピードが速いように感じる。きっと気に入ったのだろう。たまに食うと美味いよね、ハンバーグ。
他に商人から買った根菜を焼いた付け合わせも、素材そのままの甘さという感じで悪くない。
色は紫色で怪しいのだが、食感は大根で味が人参のような味わいで、ハンバーグのクドさを和らげてくれる、素朴な甘さが嬉しい。
そんな食事を終えようかという時分に、こちらに武装した男が近付いてきたのが見えた。
「よう、白肌の」
男は気安い感じでピーターに話し掛ける。
ピーターの知り合いか?
「……誰だ?」
違った。だれやねん。
「覚えられちゃいない、か。『龍剣旅団』の団員、サイディだ」
「『龍剣』だと」
「そう警戒しなさんな。今日はもめ事を起こしにきたわけじゃねぇしよ」
「で、何か用か? こっちのパーティメンバーは退席してもいいのか?」
「いや、出来ればパーティメンバーにも話を聞いてもらいてぇ」
えー。面倒事の香りがするんですけど。
「……分かったから、とっとと話を進めてくれ」
えー、ヤダーと言える雰囲気ではなかったので、早く話を終わらせる方向で動く。
「ありがとさん。確認しておくが、表のアーマービーストをやったのはお前らだろ?」
「……そうだが」
ピーターが渋々といった態で認める。
「いや、いや。横取りする気はねぇよ、『龍剣』はそこまで落ちちゃいねぇ」
「最近は随分とアコギな真似をするようになったと聞くが?」
「狩場の設定か? あれは色々あってな……。俺らとしても心苦しいんだが、しばらく辛抱してやってくんねぇか」
「……」
「まあ、まあ。あんたらが怒るのも無理ねぇさ。でも、何つーかな……ギルドのお偉いさんが俺たちに難癖つけてきて、今旅団のトップも大変なんだわ」
「……で、何用なのだ?」
「あー、そうだな。白肌、お前らはまだソロでやってくつもりか?」
「相棒がいる」
「1人も2人も似たようなモンだろうがよ……要はもっと大きな組織に入る気はねぇのかってことだよ」
「……勧誘か」
男は少し気後れしたような肩を竦めると、渋い顔をして小さく頷いた。
「あんたがソロで立派にやってるのは知ってるがよ。あれほどのアーマービーストを少数で狩る腕があって、個人で小さくまとまるのは勿体ないと思うぜ。旅団に来れば狩場だって自由に使えるし、今の倍稼げるかもしれねぇぞ?」
「残念だが断る。金銭面では確かに有利だろうが、我々は組織では浮くだろう」
「……そこを考慮すると言っても?」
「駄目だ。やりたいこともある。傭兵団に所属する気はない」
男はまた渋い顔をすると、ふーと長い息を吐いた。
「勿体ねぇな……。まあ、アンタはそういう人かもしれないとは思ったがよ。で、アンタはどうだ」
「……」
「……」
「……」
こころなしか、男の目線が俺に向かっているような気がする……。
「……やっぱり俺か」
「お前以外にいないだろ」
「そうか。何で俺を勧誘する? アーマービーストを倒したのは主にピーターたちだと気付いたから、そっちから話を始めたんだろ」
「そうかもしれねえが、ただのお荷物だったら、白肌のが仕事終わりに仲良くお食事なんてしてねぇだろ。違うか?」
「………………」
男はピーターにそう問いかけるが、ピーターは無言のままだ。
「……あー、まあつまり、アンタも見込みがあるんじゃねぇかと買ってるんだよ。どうだ、傭兵団に興味ねぇか?」
「ない」
即答する。
男はこれが予想外だったのか、呆気に取られたような表情を浮かべた。
「……おいおい、もう少し話を聞いてみる流れじゃねぇのか、こういうのは」
「興味があるのかと訊かれたから、正直に答えてみた」
「そ、そうかよ。だがな、個人のパーティで動くより、傭兵団のメリットは思っているよりも大きいぜ?」
「いや、それは分かっている。その上で興味がないということだ」
「……なるほど、白肌のと同類だから仲良くなってんのか」
「言われてみれば、そうかもな。気が合ったからパーティを組んでいるわけだし」
「ふー、分かったよ。それで、そっちのお嬢さんはどうだい?」
男は今度はサーシャに狙いを定めたようだ。さて、なんて答えるべきかね。
「いえ、興味ありません」
俺が何か言う前にサーシャが答えてしまった。まあ、奴隷だという情報も渡すつもりはないし、それが正解なのだろう。
「……ふー、アンタもかい。全く空振りたぁなぁ……」
「ドンマイ」
ちょっと可哀そうなので少しだけ慰めてみる。
「アンタが言うかよ……。まあいい、食事時に邪魔したな」
「ああ、じゃあな」
龍剣の団員は本当に何するでもなく、そのまま帰っていった。ただの勧誘だったか。
「白肌の、って言われてたけどあだ名か?」
「うむ、二つ名のようなものだ」
「へぇ」
……安直すぎません?
白肌族だから「白肌の」って。ただの自己紹介ですやん。
白を入れるとしても、双剣使いであることを加味してこう、白き双頭の刃とか。うーん、カッコイイというよりは痛いな。意外とシンプルでいいのかも、白肌のって。でも俺だとすると「人間のヨーヨー」って呼ばれているようなもん。
やっぱりないわぁ。
「その二つ名、他の白肌族がいたら混乱しない?」
「流離の魔物狩りなどやっているのは私くらいだろう」
そうっすか。オンリーだから混乱しないってことかな?
「白肌族ってのは頭のいい種族だからなぁ。集落近くから出ると、役人になるか、商売を興すかってのが定番らしいぜ」
シュエッセンが補足してくれる。なるほど、戦闘系のジョブになる奴がそもそも珍しい感じなのかね。
「おめーさんも、二つ名が欲しいんか? ん?」
「いや、いらん……そういえばシュエッセンは? 相棒に二つ名があるんだから、あってもいいだろう」
「いや、わしは……」
「『暴れ鳥』だな」
誤魔化そうとした感じのシュエッセンに被せて、ピーターがズバッと答える。
『暴れ鳥』。なんか……全然格好良い感じはないな。というか普通に悪口じゃない?
「暴れたのか? お前」
「いやいや、乱暴なことはしねーぜ! 戦うときに飛び回ってるからなぁ、なんか暴れているみたいに見えるって話だ」
「ふぅん」
今回はピーターの補足が入らないから本当なのかもしれない。
疑わしいが。
「ま、まぁそんなことはいいぜ。素材の売却に明日いっぱいはかかるかもしんねーけど、そのあとどうするよ? おめーさんら!」
「ん? あー、この後か……。ピーターはタラレスキンドで大会の準備だろ?」
「当然」
剣士の部は、スタートの日程が色々な競技のなかでも最初である。そして、ピーターはその前には訓練所に引き籠って精神集中と特訓をするらしい。
実を言うと俺が出る予定の何でもありの部……自由型だっけ。それは日程スタートがかなり後ろだ。
オマケ的な扱いなのかもしれない……。
それまで、結構時間がある。
自分も特訓やピーターの応援をするよというなら話は別だが。
「もう一回狩りに出るか……ううん」
「なんだ、普通に働くのか? なら護衛依頼でもしたらいいと思うぜ」
「……護衛?」
「この時期だけは、護衛依頼が傭兵組合でも飽和するからのぉ。実績に乏しい個人傭兵でも妥協するっちゅう者らの依頼が余っとる……ぜ。ましてや、魔物狩りギルドからの紹介なら、割と条件が良いのがあるんじゃないかの」
「興味深いな。魔物狩りギルドの窓口で訊けば良さそうか」
「そうだぜ」
護衛依頼、かあ。アアウィンダ嬢の護衛に始まり、商隊の護衛もやったし、経験はないわけではない。それに魔物狩りギルドは戦士団からの依頼を引き受けたから、覚えも悪くないはず。
そうなると、結構良い条件で依頼を受けられるかもしれない。暇しているよりは良いか……。
「懸念が1つある。2人で大丈夫かね」
今まで護衛してきたのは、他にエリオットや騎兵隊、商人のときは専属護衛たちがいて、俺が加わるという形になっていた。
またそういった内容を探せば良いという気もするが、もし自分たちだけで護衛するとなると、2人という数は厳しすぎる。
「この時期に護衛を探している連中からすりゃ、十分と思うがね。足りないと思うようなら、あっちが勝手に追加を雇うぜ」
「うーん」
「なんなら、誰か紹介してやろうか?」
おっ?
なんか、ラムザから連鎖して人材の紹介が繋がっていくな。シュエッセンが信頼する人物なら多少は安心できるように思うが……。
「どういう人物だ?」
「ああー、これといって決め打ちしてるわけではないぜ。魔法使いギルドって知っとる?」
「ああ、入会した」
「ほお、そうだったか! そこにわしの知り合いが何人かいてな。誰か紹介しようと思うけど」
「なら……お願いしようかな。とりあえず顔を合わせてみて決めるということで」
「分かった」
ここから、入り口の街ターストリラに行くだけで片道5日間。
外に出て依頼主と合流し、戻ってくることを考えると……大会開始にギリギリかな?
後半に参加予定の俺としては余裕があるが、不測の事態もありえるので多少は余裕があった方がいいだろう。
せっかく高い登録料を支払ったのだ、不戦敗は避けたいところ。
狩りの道中に主にシュエッセンから大会常連の話を聞いて、勝ち抜く自信はかなり薄くなってきたが……。
登録は早まったかも知れん。
でも1勝だけでもできれば、赤字はなくなるという話だ。仮に2勝まで行ければ、そこそこの儲けになる。頑張りたい所だ。
「で、シュエッセンはどうするんだ? ピーターに付き合うのか」
「そうなー、金も入ったし、しばらくはゴロゴロする。んで、ピーターの応援係に回るぜ」
とりあえず、後日また魔法使いギルドで待ち合わせをして、人を紹介してくれるという話となった。
それもこれも、タラレスキンドに帰還した後の話だ。
まずはアーマービーストの残りを換金し、無事に帰りつかないとならない。気を緩めすぎないようにしないと。





