10-44 信頼
ニールと今後の方針を話し合った。
狩人頭はとっとと準備をして、偵察に先に向かってしまった。カイルがドジって狩人頭に捕捉されるようなことがないように祈る。
気になることはカイルや狩人頭ばかりではない。
処刑騒動まではやかましかったビリーが、大人しいのだ。何かの病気で弱っているとかいう様子ではない。ただ急に政治的な事にやる気を失ったかのように、薬師としての仕事と村の役場的な仕事だけ静かにこなしている。
昼を誘って、二人きりになってみる。
サーシャ謹製のハンバーグステーキを俺たちの部屋で馳走してやるのだ。
「これは美味しそうですなぁ」
穏やかに笑うビリー。
どうしたんだ、本当に。
穏やかに食事を進めた後に、タイミングを見計らって質問をぶつけてみる。
「なあ、前は色々と気を張って主張してたろう。いきなりおとなしくなったが、いったいどうしたんだ?」
「ああ、そうですな」
ビリーは困ったように笑って、少し考える。
「なんでしょうな、やり切ったせいとでも言いましょうか。もう村が二分することもないでしょう?」
「燃え尽き症候群というやつか?」
「難しい言葉ですな」
「ああ……帝国語にしかなかったみたいでな。訳すなら、燃え尽き病、かな?」
「燃え尽きですか。そうですな、その通りかもしれません。ワタクシは、ただ村が壊れていくのが怖くって……公国を追い出すために秘密で狩人たちに話をしたりと、無茶もしました。ですが、事を起こす前に皆さんがいらっしゃった。そして、あの親子も、不本意な形ではありますが消えました。村はこれでもう、元通りだと。いえ、元通りではないのですが……」
「そうか。やり切ったということだな」
「……はい。ここだけの話、あの親子は、あれで良かったのかもしれませんねぇ」
「なぜそう思う?」
「少ないですが、彼女らに同情する者らもいました。もし処刑していれば、村には僅かなわだかまりが残ったかもしれません。しかし、我らの力及ばすで攫われたなら、処刑派も反対派も、どうしようもありません。あの公国の青年にしてやられた、というだけです。彼女らの今後を考えても、決して楽な道ではないと思いますがね」
「なるほど」
納得したところと、そうでないところがある。
本当にビリーが村を守りたかったなら、一区切りとなった今回の騒動でやり切ったという説明も、分からないではない。
ただ、この村は現在、全く安全ではない。
戦争は続き、この村はまたいつ敵に占領されるか分からないのだ。
本当にこいつは、やり切ったのか。
だとしたら、なぜこのタイミングなのか。
あるいは、もしかしたら、だが。
こいつの目的が最初から「親子の口を塞ぐこと」だったら?
だから、村から彼女らが逃げ、もう二度と帰ってこないような立場になったから、目的を果たしたと思っているのなら?
少しだけすっきりしない思いを胸にしまって、今後も頼むとビリーを見送った。
彼はすっかり落ち着いた笑顔で帰っていった。
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狩人頭が偵察に行っている間、俺たちは魔の森を警戒することになった。
なった、というか、そうするように多少強引に話を運んだわけだが。
仮にも軍の隊長という肩書があると、無茶が効くものだ。
その狙いは単純だ。
俺は、魔の森でカイルに会う。
それを邪魔してくれそうな優秀な狩人頭には逆方向に行っておいてもらう。
従者組には、少しだけ事情を話す。
事情があって、魔の森でヒトと会う必要がある、と。
色々と察してくれたかもしれない。
サーシャもキスティも、ルキも何も俺に余計なことを訊こうとはしなかった。
魔の森にて。
悠々と近くの魔物を狩りながら、指定した場所の近くを探ってみると。
3日後と指定したとおりに、カイルが姿を現した。
わざわざ水場の近くの光が降り注ぐ場所で、静止してこちらを待っている。
間違いなく来たぞ、という静かなアピールだろうか。
兜を外して手に持っているため、額当てだけになっている。
改めて顔を見ると、彫りの深い中東系の顔立ちをしている。
アラビア語あたりが母語だとしたら、間違いなく俺と意思疎通はできない。
が、ここでは共通語を介して会話ができる。
実に不思議な状況だ。
左右には護衛らしき重武装の人物の姿。
処刑の日に見た『跳躍戦士』とは別人か。
助けられた親子の姿はない。
まずはその保護を優先すると思ったので、3日後にしたのだ。
うまいこと狩人頭たちを魔の森から追い出せない場合に備えて、少し後にしておいたというのもあるのだが。
話しかける前に、周囲の気配探知をいつも以上に念入りに行う。
こんなところで公国の隊長と密会しているところを見られれば、俺の方が処刑されかねない。
「よく来てくれた」
「やあ、ポール」
「……ああ」
ポールは俺がカイルに教えていた偽名だ。
こちらは処刑の日と同じ装備のため、俺だという判別は簡単に付くだろう。
ただ、ナイスマスクですっぽり顔を隠している俺に対して、あっちは確証がないはずだ。
こっちが偽名を使っている可能性くらいは考慮しているだろうが、それはそれでポールと呼んでみせることで、あのときの人物であることを互いに確認した。
厳密にはあのときの「ポール」として交渉するつもりがある人物であることを確認できたわけだ。
「それで、さっそく話を聞かせてくれるかい?」
「後ろの護衛を、少し下がらせることはできるか? 防音の魔道具を発動したい」
魔道具ではなく自前の魔法だが、それも言う必要はない。
カイルは一瞬考えたが、すぐ頷いた。
「構わない」
「感謝する。こちらも護衛は同じ距離だけ離すとしよう」
サーシャたちを後ろに下がらせる。
同じくらいは下がれ、という無言の提示でもある。
それぞれが十分に下がったところで、カイルに近付いて懐から改造魔石を取り出す。
それを空中に放ると、光が溢れ出す。
同時に、風魔法で防音の膜を展開してやる。
ちょっと演出が派手すぎたかな?
「これでよし、と。さて、まずは約束通りに来てくれたこと感謝する」
「うん、僕としても興味はあったから。そういえば『渡り鳥』の情報はどこで知ったんです?」
「それは人伝てだが、ただ詳細は話せない。別に困ることがあるというわけではないが、単に言っていいかどうか、確認できていないからな」
「慎重だね。まあ、そういうことなら無理に聞くつもりはありません。ただ、どんなことを聞いているのかは興味がありますね」
こちらの事情に合わせてくれたが、一方でこちらが掴んでいる情報については興味津々のようだ。それはそうか。
「分かった。俺が聞いたのは、最近公国の方で力を付けてきている傭兵集団みたいなもんだと。あるいは、よそ者を受け入れて支援している奴らだとも。どっちが本体かは知らないが」
「ふぅん……」
「こっちも聞かせて欲しい。あんたらが、よそ者を、公国への移住者を支援してるってのは本当か?」
「うん、それは本当。ついでに教えてあげると、傭兵の真似事をしているのは別に本意じゃない。僕らの集まりの本来の意義は、公国への移住者の互助組織です」
「互助、か」
それと、この世界への移住者の互助組織でもあると。
なるほど、その建前として「公国自体への移住者」を集めているという形を取っているのか?
「依頼というのは、あなたも移住したいという話だったり?」
カイルはこちらの様子を確認しながら、慎重に言った。
「ああいや、そうではない。だが遠からずだな」
「というと?」
「……まずは信頼してもらうために、自分から言おう。俺の仲間の傍に、1人隠れているのは分かったか?」
「隠れている? いや、分からなかったな」
本当だろうか。
「あれは俺の……恩人だ」
「恩人?」
思わぬ方向に話がいったのか、首を傾げるカイル。
中東の美青年といった雰囲気のカイルが少年っぽい動きをすると、なかなか女性にモテそうだ。やはり従者組は近付けないようにしておこう。
「ああ。今回の戦争で、帝国と公国が随分と情報戦をしていたらしい。知っているか?」
「いや、よくは知らない。戦争の経緯についても、十分な説明があったわけじゃないんだ。完全な奇襲だったらしいというのも、前線で戦っているうちに分かったことだしね」
「ほう、そうなのか」
本当だとしたら、なかなか重要そうなことをサラっと言ってしまうものだ、この男も。
「それで、帝国と情報戦をしていたことが、何かあなたの頼みに関係あるのかい?」
「ああ、大いにな。つまり公国は……ああ、言っておくが戦争のきっかけがどっちのせいだとか、そういうのは興味はないんだが。とにかく、公国は戦争のために、情報を集めたわけだ。そのときに、どうしたって現地協力者が必要になる」
「そうだろうね」
カイルは素直に頷いた。
そういえばこいつ、紛争地帯で生まれ育ったんだったっけ。
「……それで、本人も詳しいことは分からないまま、協力させられたってヒトたちもいた。別に公国が悪いということじゃなく、こっちはこっちで、帝国の情報協力者を使ってたんだろうがな」
「……」
「隠れてんのは、そのうちの1人だ。詳しくは言えないが、こっちの国で商売をしている商会のなかにも、そういう協力者がいてな」
カイルは黙って頷く。
話が見えてきたのかもしれない。
「彼も、彼を雇っていた商会も、別に国を売るつもりはなかった。だが、帝国に追われ、殺されるのも時間の問題だ。帝国が成立したときの内乱について、あんたがどこまで知っているか分からないが。あのときも、多くの帝王の政敵が短い期間に大量に粛清された」
「内乱のことは聞いてるよ。表面的なことだけだけどね」
「ああ。帝国は反逆者に容赦がない。座して死を待つくらいなら、雇い主に迷惑をかけるくらいならと、彼は失踪した」
「……実際は君が匿っていたのだね?」
「いや、それは少し違う」
まあ、そこはどうでも良いのだが。
変に疑われないように、経緯はなるべく話しておくとする。
「俺が彼と合流したのは、たまたまだ。前線に行くために寄ったところで、彼のことを頼まれてな」
「誰に頼まれたんだい?」
「それも言わないでおこう。まあ、想像からそう遠くはないはずだ。俺は彼を雇っていた商会と彼に、多少の恩義があってな。それで、前線まで来るのを助けた」
「ふむ」
「そこで、彼を無事に出国させてくれそうなルートの1つとして、あんたらの事を聞いた。まあ正直、敵味方で別れている以上、あんたらはそう有力な候補じゃなかったんだが」
「そうだろうね」
「だが、村であんたの噂を聞いた。本当の敵は、帝国と公国の民衆同士ではないという演説もな」
「ああ、う~ん。なんだか変な風に伝わってしまってないかな?」
カイルは照れくさそうに笑った。
まあ、俺も村人や、ミルーが言っていたのを聞いただけだからな。
「そうなのか? まあ、そうだとしても、あんたは亡命を望む民を、帝国憎しで見捨てたりはしない。そう確信は持てた」
「……なるほど」
「あとは、どうあんたらと連絡を付けるかというのが難しい問題だった。あの親子の処刑を助けに来るとは思ってなかったが、思わぬ幸運だった」
「ああ。あなたの事も、ミルーたちから少し聞いたよ。処刑を阻止しようともしなかったけど、前向きでもなかったし、多少の助言もしてくれたって」
「あー、まあ、そうだな。村の掟と言われては仕方がなかったが、あの親子が悪辣だとも思えなかったからな」
いや、嘘は言っていない。
悪辣だとも思わなかったし、大して興味もなかった。前段を言葉にしただけだ。
「なるほど。あなたはやはり、優しいのですね」
「いや、そうでもないだろう。逆の立場に立っても、あんたみたいに、1人も殺さずに親子を助けるとか、そんなことはやろうとも思わなかっただろう」
「うん、まあ、あれは馬鹿なことだと仲間にも随分と嫌味を言われたよ」
そりゃそうだ。
公国への協力を叫んで元村長を処刑した村人たちなのだ。
もうはっきりと敵と言える状況で、その村人たちの命までも守ろうとは。
「それで、あんたを見込んでのお願いだ。俺の恩人を、どうか助けてくれないか。亡命を、どうか」
「……うん、分かった」
「え? 良いのか? 彼と会ってもいないが」
「構わないよ。元から、僕は戦争で虐げられる民を見捨てる気はないよ。それがたとえ、相手国の民だったとしてもね」
「……」
思わず、ちょっと本気で絶句してしまう。
こいつは筋がね入りだ。
「感謝する。本当に、助かる」
「いいや、構わないとも。ミルーたちを無事に救い出せたのは、ポールのおかげなんだ。仮に、あの協力がこの取引のためだとしてもね」
「そうか……いや、俺はあんたを見誤っていたようだな。戦争では敵と味方なのが残念だ」
「そうだね。どうかあなたもこの下らない戦争を生き残って、そして今度は公国を訪ねて来てくれないか。皆で歓迎する」
「ああ。絶対に、約束だ」
カイルが手を差し出す。
握手のつもりだろうが、それは分からない振りをして首を傾げておく。
俺に出来ることが、相手に出来ないとは言えないのだ。
万が一ステータスバレしたときに、ダメージが大きいのは俺だ。
「それは?」
「握手、だよ。お互いの信頼の証だ」
「すまない、俺の故郷にはない習慣でな。特に傭兵になってから、そういうことは無理なんだ。ついつい警戒してしまってな」
「ああ、すまない。強要するつもりはないんだ」
「良いさ。さて、今度こそ彼を紹介しよう」
隠れていた「彼」に合図を送り、出てきてもらう。
カイルの護衛も何事かと1名が寄ってきたが、カイルがハンドサインで大丈夫だと伝える。
「ポ、ポールさん。この方は?」
びくびくしながら近付いてくる、ひょろりとした男性。
目が泳ぎ、まだ警戒が取れていないことを示している。
「このヒトが、例の部隊長さんだ。あんたを安全に出国させてくれるぞ」
「ほ、本当に?」
男は、カイルをまだ不安そうに見つめた。
「初めまして、僕は『渡り鳥』のカイル。亡命者をこれまでも匿っているんだ」
「亡命者を? ポールさん……」
男、アジークが俺に不安げな目線を向ける。
おいおい。
やりすぎだ。だが、すごい演技だ。
俺が彼と顔を合わせたのは、昨日が初めてだ。
そう、カイルに話した話は、ほぼ作り話だ。
俺にアジークなんて恩人もいない。
だが、そういうことにした。
別に信頼もしていない俺に全てを預けている感じも、もちろん演技だ。
「彼は信頼できる。俺が保証しよう」
「分かり、ました。ポールさんがそう言うなら……」
アジークが決意を固めたように頷く。
「随分とポールさんのことを信頼されているんだね」
「え、ええ。私など、彼がいなければ今頃どうなっていたか。ここまで辛うじて生き延びてきたのも、彼のおかげなんです」
「ほう」
「カイルさん、ご迷惑かとは思いますが、戦闘以外のことは何でも手伝います。どうか、どうか……助けてください、私をぉぉ……」
言いながら、アジークはぽろぽろと涙があふれ出て止まらない。
「できれば、今日このまま彼を連れて行ってくれるだろうか?」
「ええ、構いませんよ」
カイルはアジークの背中に手を当ててさすってやっている。
「ああ、1つついでに教えておこう。公国の動きを探るため、村の狩人が西に行っている」
「……狩人頭ですか?」
「そうだ。彼もいる。くれぐれも彼らに見つかるようなヘマはしないでくれよ。まずは安全なところまで護送を頼む」
「分かりました。あの人は……マフさんは、僕のことを何か言っていましたか?」
「さてな。処刑を邪魔されたことにはえらく立腹していたが」
カイルは深刻そうに頷いた。
下手に仲直りされて、共謀でもされたら事だ。
もうこんな村のことは諦めて、公国軍と一緒に去ってほしいものだ。
カイルはアジークの肩を支えるようにしながら、森に消えていった。
やがて、気配も探知できなくなる。
ふぅ。
何とかひと仕事を終えたぞ。
それにしても、やっぱりプロの演技って、すごいな。





