10-43 正しい提言
親子の処刑の日、『渡り鳥』部隊長のカイルが彼女らを救出していった。
村人が煙を吐き続ける魔道具を見つけ、それを無理やり停止した。それから、村人たちは互いの無事を確認し合った。
結局、あのカイルは村人を1人も殺したりはしなかったようだ。
何人かが気絶させられていたが、幸いにも大きな怪我ではなかった。
その夜、村長の館には総会に出ていた面々と、軍からニール軍曹が集まった。
いや、1人だけ顔ぶれが欠けている。処刑反対派だった狩人、リヤクだ。
何でも、カイル一行に殴り付けられ、気絶していたという。
今は治療中ということだ。
「してやられたな」
マフはそう言って木のコップを呷り、床に叩きつけた。
「裏門にも奴らの仲間らしい連中が来たが、チョロチョロとするばかりでな……」
「まあ、魔物ではなくヒトだからな。あの程度の壁は越えてくるということか。少し前までこの地にいた者たちだしな」
別の狩人が腕を組んで言う。
「あいつらを追撃する戦士を出すか?」
「そりゃあ無茶だ。あれだけ華麗にしてやられたんだ。あいつらの力は侮れない」
マフが不機嫌そうに言う。
「それにしても、隊長の旦那。あんたもあのカイルって野郎とやり合えないとはな」
「やり合えてたさ。だが、あっちの準備の方が上手だっただけだ」
「どうだかな」
「何が言いたい? それに、あんたはあの親子の処刑なんてどうでも良さそうだったじゃないか。何を怒っている」
「目的が何であれ、村の戦士として外からの侵入者に対処できなかったんだぞ? もしあれが手癖の悪い賊だったら、村が壊滅してたかもしれねぇ!」
「……それは真っ当な指摘だ。今後は警護体制を強化しよう」
「これで、公国とやらがまた攻めてきたらどうなんのかね? 全く」
「……」
幸運にも狙い通りに事が進んだわけだが、その分カイルを見逃したことで、狩人頭の信頼を失ってしまったようだ。
確かに、カイルが救出ではなく、村の奪還に来ていたらちょっとマズかった。
情勢的に、なかなか考えにくいところではあるが。すぐに奪還作戦なんてするくらいなら、そもそも放棄していないはずだ。
「まさにその点です」
沈黙を破ってニールが言う。
「今回の件は、我々も責任を感じております。もし次に同じように敵が侵入してくるとき、それは間違いなく、再侵攻でしょう。それまでに、対策を立てなければなりません」
「だが、やれることは限られているぞ。壁も、あんたに言われて手を加えたが……無駄だったろう」
狩人がニールに反応する。ニールは壁を補強したり、罠をしかけたりして防護性を高めていた。それが徒労に終わったわけだ。
まあ、敵は『跳躍戦士』が2人以上いたようだから、だとしたらもともと低い壁に多少手を入れても、というところではあるが。
俺は、珍しく黙り込んでいる小男のビリーを見る。難しい顔をして黙り込んでおり、こちらとは目を合わせようともしない。
「壁を高くするのも、ヒトを増やすのも現実的ではないな……まず必要なのは情報だろう」
俺は議論の行方を聞きながら、話の途切れたタイミングでそう切り出す。
「情報?」
「ああ。公国がどう動くか。マフや皆の言う通り、公国がすぐ攻めてくれば色々と問題が大きい」
「そりゃあ、そうだろう」
「戦士長マフ殿に、正式にお願いをしたい。西に向かい、公国の動静を探ってはくれないか。できれば山向こうの水場までは様子を見てきてほしい」
皆の注目が、マフに集まる。
「……いったい、どういう風の吹き回しだ? 前はあんたらが自分で出来るって行ってきただろう」
「その結果、手痛い結果となった。あんたは山向こうと行き来しながら、公国の斥候どもを狩った実績があるだろう。やはり、土地勘のあるものに任せるのが適任だ」
「だとしても、なぜ今山向こうに行けと?」
「公国が来るとしたらそっちだろう? それに、俺たちが撤退する前に、水場にはヒトが寝泊まりした形跡があった。あそこが公国の拠点となっている可能性は高い」
「……そんな話は初めて聞いたぜ?」
「一応、軍の機密だからな。だが、ここに至っては仕方ない。もちろん、公国がそっくり片付けて撤退してくれていれば、それで良い。それ以外の場所も探ってこいとまでは言わない」
「……魔の森はどうするつもりだ?」
マフは嫌とは言わなかった。が、やはり森が気になっているようだ。
「しばらくは、俺たちが様子を探っておこう。魔の森は通ってきた場所だ、俺たちにも多少の土地勘がある。湧き点の調査までは難しいかもしれないが、村に被害が出ないように対処しよう」
「報酬は?」
「報酬ね。ニール、どうだ?」
俺のポケットマネーから出す気もないので、ニールに丸投げする。
「村の防衛に関することですから、普通は村人に報酬を払うことはしません。ただ、事情を鑑みて必要であれば、一定の金を支払うことはできましょう」
「ほう。どのくらいだ?」
「銀貨5から10枚といったところでしょうか。あくまで交戦せずに偵察のみする場合ですが」
「少ないな。20は出してくれ」
「……ヨーヨー隊長。その依頼はどれほど重要だと?」
マフが値段交渉なんてするから、こっちにお鉢が回ってきたぞ。
「俺としては、その価値はあると思ってる。なんせ敵がいる可能性が高い場所への偵察だ。普通の偵察と同じではない」
もっともらしい理由をつけて、値上がりを飲むように言ってみる。
あくまで軍の金だ。俺はいくらでも良い。
「……いいでしょう、20で」
「よし。ではその金は村に預ける。壁の強化に使ってくれ」
マフが食い気味に言う。
「経費ってやつを考えなきゃ、軍の旦那がたも、もうちょい好きにやれるんだろう? 20程度じゃ端金かもしんねぇが」
「確かに、やれることは多少増えますね。しかし、良いのですか?」
「こんな辺境で、銀貨を貯めてたって何の足しにもならねぇよ。ビリー、壁のことの取りまとめを頼むぞ?」
呼びかけられたビリーはただ静かに頷く。
マフは早速準備する、と言って立ち上がって部屋から去ろうとする。
部屋を出る直前で、マフが振り返った。
「そうだ、隊長の旦那。今日来れてないやつのことだが……」
「リヤクってやつか?」
「よく名前まで覚えてんな」
どきり。
たしかに、不自然か?
いや、総会に顔を出してる時点で、そこそこ村でも重要人物のはずだ。余裕のスルーを見せておこう。
「……まあな。それで?」
「あいつは……リヤクは、そっちで使ってやってくれ」
「そうか? そっちの仕事にはいらないのか?」
「……」
モフは、無言のままこちらを見ている。
なんだ、なんだ。
「要らん。ではな」
「ああ」
それから狩人頭を欠いた話し合いは、お開きになった。
これまで話し合いの牽引役だったビリーが静かなのも短い話し合いで終わった要因だ。
「ヨーヨー隊長」
自分たちの部屋に戻ろうとあぐらを解除したところで、ニール曹長から話しかけられる。
どうも、2人で話したいという。
そらなら、俺たちの部屋が安全だろうと、2人で戻って防音の膜を広げる。
サーシャたちには、他の部屋で休んでおいてもらう。この屋敷、部屋数はなかなか多いのだ。
「で、話したいこととはなんだ?」
「はい。あの狩人頭ですが、なかなかの役者ですね」
「役者?」
俺は、またなにか、騙されていたというのか。
「全然分からん。説明してくれ」
「そうだったのですか? あくまで推測混じりになりますが。おそらく彼が今回、我々を最初に責めてみせたのは、リヤクという狩人のためです」
「……なに?」
「今回、壁には私たちが設置した仕掛けもありました。しかし、一部は内側、つまり村の中から、解除された可能性が高いです」
「……」
「そして、不自然な負傷と欠席。彼がなんらか、関わっていた可能性は高そうです」
「あのリヤクって男が親子を助けるために選んだ手段は、カイルのやつを呼び込んで親子を助けてもらうことだった、てことか」
「あくまで推測ですか。しかし、そう仮定すると、狩人頭がやったことの意味はどう取ります?」
マフが話し合いでやったことか。
まず今回の騒動に怒って、俺たちを責めた。
それから俺からの依頼を渋ってみせて、値上げしてから村に寄付した。キザな野郎だ。
キザな演出という意味ではたしかに、役者かもしれないが……。
あ、去り際にリヤクを使えみたいなことも言っていたな。
「……リヤクは無実だって言いたいのか?」
「いえ、そうではなく。いや、近いのかもしれないな……。つまり、リヤクを反逆者として処刑させないという意図が見える気がするのです」
「……ふむ」
「村人はあの親子を反逆者として処刑しようとしたのですから、今度はそれが狩人であっても同じくするのが筋というものです。もしあの話し合いが敵に協力した裏切り者探しの流れにでもなっていれば、いずれリヤク追及に辿り着いたでしょう」
「だから、俺たちを責めてみせたという見立てだな?」
「はい。あり得る可能性のひとつに過ぎませんが、色々と筋が通ってしまうのです」
なるほどな。息を吐く。
「……それで? その通りだったら、どうするべきだと?」
「はい、それを話し合いたいのです。狩人頭としては狩人仲間を守るということなのでしょうが、軍としてはそうも言っていられません」
「まあ、そうなのかもしれないが、リヤクって奴も優秀な狩人なんだろ? 仮に奴が俺たちの推定どおりにやっていたとして、むざむざ外敵を招き入れた証拠を残しているのかねぇ」
「ああ、それは気になさらず。証拠は不要です」
……。
ん?
「どういうことだ?」
「今回はあの親子の場合とも違い、軍の目前での外患誘致です。軍が処刑するなら、証拠は不要です」
「……万が一、他のやつが犯人だったらどうするんだ?」
「その者も処刑しましょう」
ニール曹長は曇りなき眼でそう言い切る。
異世界だなあ。いや、どこでもそんなもの、なのかもしれない。
思わず目を瞑って頭を振ると、ニールが怪訝そうに言う。
「なにか?」
「いや、そういうものとは知らなくてな。ただ、仮にも俺の名前で処刑するなら、実際誰が犯人なのかははっきりさせたい。証拠がなくて分からないなら、無理に処刑したくない」
「お気持ちはわかります。が、それでは、もし敵がまた攻めてきた時にどうなりましょう? 仮に今回はそんなつもりではなかったのだとしても、一度裏切った者はまた簡単に裏切ります」
「うーむ」
たしかに。
と少し思ってしまった。
この村を守るという意味では、黒に近いグレーな不穏分子は排除してしまった方が良い。ニール曹長の提言を野蛮だとして一蹴することはできるが、彼の主張はきっと合理的だ。
「しかし、それでは狩人頭が怒るんじゃないか? 同じ狩人だし、さっきの推測通りなら、守る動きをしてたんだろう。狩人たちが離反したら、どの道この村はもたない」
「処刑と言いましたが、方法は村の処刑と同じように、衆目の前でやる必要はありません」
ニールはまた、曇りなきまなこで言った。
ああ。
暗殺しよう、って、そう言ってたのかこいつは。最初から。
「ふむ。ニール軍曹。君の推測は合理的だし、提案は説得的だ」
「君?」と呟くニールを無視する。
「だが、断る。その手は打たない」
今度はニールは目を瞑り、息を吐いて、ゆっくりと目を開けた。どういう感情か。
「理由を、伺っても?」
「気に入らないからだ。いや、あんたを責めるつもりはない。軍人として正しい提言をしてるんだろう、たぶん」
ニールの口角が少しだけ下がる。
「だが、俺がそのやり方が好きじゃない。だから却下だ。すまんな」
「では、代案をお持ちで? もしまたあのカイルという男が、『跳躍戦士』までいたという部下たちを従えて攻めてきたとき、どうやって村を守るつもりです? 壁内に裏切者まで抱えた状態で」
「カイルってやつの力はもう分かった。次に戦えば、俺が殺せる。頭さえ潰せば、何とかなりそうな相手だということも分かった」
「どうして分かるんです?」
「カイルって男が、カリスマだからだ」
「カリスマ、ですか。青臭い理想で民を懐柔する詐欺師としか思えませんが」
「ははっ、あんたには、きっとそうなんだろうな。だがああいうのが好きな連中は案外いるものさ」
「……納得はできませんが、ひとまずお考えは分かりました。それで、どうやって準備をするつもりで?」
「裏切者がいるなら、逆手に取ってもいいな。うまく操って、俺と一騎打ち以上の環境に置いてくれれば、俺が殺してしまいだ」
「二重スパイの要領ですか。分かりますが、私の経験では難しいですね。ヨーヨー隊長はその経験が?」
「いや、ないが……ま、やってみよう。なんにせよ、本隊がとっとと決戦に勝って、ここにも援軍をくれれば良いんだが」
「いえ、仮に決戦に勝利しても、ここに援軍などないでしょう」
ニールが笑いながら言う。
とりあえず、今はなんとか丸めこめたようだ。
さて、俺は三日後にカイルと会う準備をするとするか。





