10-42 取引
地下牢にいた、前村長の妻と娘の親子が処刑される日になった。
表門には軍の新人たち、裏門には騒動に興味がなさそうなモフに警護に入ってもらう。
それ以外の村人たちは中央の広場に集まり、ちょっとしたお祭りのような様相だ。
広場の真ん中に設置されたのは、太い丸太と、その先端に括りつけられたロープ。
簡易的な首吊りマシーンだ。
今回のために作ったというわけではなく、村で使われている伝統的な処刑道具らしい。
……伝統的な処刑道具て。
俺たちは、回復したサーシャも含めて、完全武装で広場を警備している。
俺は処刑台のすぐ近く、サーシャ、キスティ、ルキにドンは広場の端の、やや高台になっている場所に陣取っている。
キスティとルキは俺の傍に待機したがったが、却下してサーシャの護衛に付いてもらっている。
何というか、状況に左右されて対応がぶれてしまったが、ここに至ってはもう、後は野となれ山となれだ。
村長の館がある方向から、縄に縛られた元村長の妻と娘が連れてこられる。
縄を持っているのはビリーだ。
狩人の何人かが護送役に付いている。彼らは処刑台までのルートにいる村人をどかしながら、処刑される二人を先導する。
ざわざわが強まる広場の周囲を見回すが、動きはなし。
そうこうしているうちに、2人が処刑台の前に着く。
護送役の狩人2人が、処刑台の方に行く。
彼らは護送役であり、処刑の実行役でもあるらしい。
縄の結びを確認し、踏み台をセットする。
背後で処刑の準備が進められているなか、処刑される親子が村人たちの方を向く。
といっても、囲まれている形なので、単に処刑台に背を向けただけだ。
そして、話すのは彼女たちではない。
ビリーが2人の縄を持ったまま、懐から汚れた紙切れを取り出す。スピーチの原稿のようだ。
「えー、皆さん! ここにお集まりいただきありがとう。ここにいる2人は、先に処刑された村の裏切り者であり反逆者であった村長の伴侶と、娘であります。しかし、ここの2人は反逆者の妻であったから、娘であったから処刑されるのではありません。彼女らは侵略者を温かく迎え、侵略者と勇敢に戦った戦士長を冷たい地下牢へと入れました。ワタクシの聞いた限りでは、それによって周辺の集落の多くが、侵略者の軍門に下りました。彼らが侵略者に占領されている間、少なからぬ死者も出ました」
ビリーはやるせない、と言うように首を振る。
「女の身で、子どもなのにかわいそうだと、そう感じる人もいるでしょう。それは間違っていません。ワタクシですら、長く村の仲間だった彼女らには同情を感じます。しかし……しかし! 彼女たちが村人たちを裏切ったことで、起こったことにも思いを致さずにはいられません。ここではない集落で殺されていった罪なき人々。そして、何故か帰ってこない村の力自慢たち! ごほん。この処刑は、この2人の罪を濯ぐものであると同時に、侵略者との決別を周囲に示すものでもあります。異議あるものはこの場で申し出てください」
ざわざわとするが、異議は出ない。
あのリヤクとかいう狩人は動かないのか。
処刑台を囲む村人たちを軽く見渡しても、それらしい顔は見当たらない。
喜ぶべきか嘆くべきか、これはどう解釈すべきか……。
「では、村総会の決定どおり、死刑を執行します。さ、2人から、最期の言葉はあるか?」
「はい」
娘が大きく頷く。
その表情は引き締まっていて、覚悟を決めてきたことが分かる。
「皆、ごめんなさい」
娘は深く頭を下げる。
「さ、それでは……むっ」
娘の方に踏み出しかけたビリーを掴んで止める。
「隊長どの?」
「掟によると、処刑されるやつが話すことがあるなら、話させるんだろ?」
「話したではありませんか」
「まだ話すことがありそうだ」
「隊長どの、まさか……」
「別に止めるつもりはないが、こんな背戸際で何ていうのかは見物だろ」
「……」
ビリーは不承不承引き下がる。
娘、ミルーは頭を上げると、話し始める。
「私は夢を見ました」
拡声の魔道具などが置いてあるわけではない。
だがミルーの声は、よく通った。張り上げているわけではないが、腹から声を出しているのが分かる。
「この村が、何にも怯えず、ただ平和に、幸せであることを。父様が降伏すると決めたとき、私も当惑しました。それが正しい決断だったのかは、今でも分かりません。いえ、きっと間違っていたのでしょう。父様はただ、村を守りたいだけでした。でも……国を裏切った」
そうだ! 裏切り者! と罵声が飛ぶ。
「では、私と……母の罪はなんでしょうか? 母は父に、情勢を伝えました。私は村長に命じられ、占領軍に対応しました。決断をしたのは、私達ではありません」
敵と寝ただろう! と、はっきりとしたヤジが飛んだ。
同時に、投げられた石を察知する。
風魔法で逸らしてやる。
「良いんです、隊長さん」
「……処刑方法はあの首吊りだろう。石で殺されても対処に困る」
「良いんです。ありがとうございます」
「……」
シールドを解除して引き下がる。
「私と、カイル様は男女の関係にはありません。きっと信じてはくれないでしょうが……私も、最初は彼のことが嫌いでした。幸せに暮らしていた村に、突如として乗り込んできた占領者です。人好きのする笑顔で、占領地である私たちにまで壮大な夢を語る彼が、気味が悪くて仕方ありませんでした。でも……」
裏切り者が!という怒号とともに、石が1つ、ミルーのほほをかすめて切る。
先導してヤジってるのはさっきから同じ連中だな。
それに釣られて、他の者たちもヤジってる構図だ。
もしかすると、積極的にヤジっている連中はビリーが仕込んだサクラ達だったりして。
「彼は、公国が戦争を起こしたのは間違いだと、言っていました。敵か味方かで分けるのは分かりやすい。でも、本当は皆だって分かっているはず! 戦争をしたくもないのに動員された彼らと、戦争に巻き込まれて翻弄される私たち。敵も、味方もない。本当に悪いのは、この戦争を起こしたやつら。違う? そして、こうなることを防げず、私たちに犠牲を強いるヒトたち。私たちの敵は、本当は違うところにある。戦争だからって、国のために死ににいかないといけない。本当にそれは正しいの?」
村の誇りを侮辱するな!
裏切り者が!
また、石が飛んでくる。
1つがミルーの胸に当たり、頭に当たる。
頭に当たった石は鋭利だったようで、当たった所からは血が流れる。
「私は、夢を見たの。誰も戦争を望んでいない、ヒト同士が敵も味方に分かれていない、別れる必要がない、そんな世界。そこで、村の皆が幸せに暮らす方法はないのかって。だから、彼の話を聞いた。彼と一緒に考えた。この村の皆でできることは、本当に戦うことだけなのかって。それが罪だと言うなら、私は消える。それで、皆が幸せになるなら」
売女!
綺麗ごとを言うな!
石は、次第に増えている。
ミルーの演説は失敗か?
「痛っ……うっ……でも、聞いて。わたしは、いいから、母様を。母様は、話を、話をした、だけ……」
黙れ!
処刑しろ!
石が次々と飛んでくる。
リヤクとかいう処刑反対派は何をしてたんだか。
何もしないから、処刑一直線じゃないか。
流石に前に出て、石をシールドで受ける。
「隊長どの、もういいでしょう」
俺の後ろに隠れるように身をかがめていた、ビリーが言う。
「これがこの村の総意なのです。処刑以外の道があるなら、とっくにワタクシがそうしておりましたとも」
「……そうか」
「おい、この親子を処刑台に!」
何かで止められていると分かったからか、投石は減ってきた。
その間に、狩人2人が親子を引っ立てて、処刑を開始しようとしていた。
「みんな、聞いて! 母は、何も悪くない、全部、私なの!」
「娘だけでも、お願い! ねえ、なんで、そんな残酷なことができるの!?」
親子は流石に取り乱した様子で、処刑の準備をされながら訴えかける。
しかし、投石こそなくなったものの、村人たちから処刑中止の声は出ない。
「おい、台を上れ!」
娘から、処刑用のロープの下にある、台を上るように言われている。
娘が躊躇していると、処刑人役の狩人が娘を持ち上げ、台の上に移してしまう。
その間に、もう1人がロープを首にかけ、娘の処刑の準備をする。
娘は暴れるが、がっちりとした狩人の身体に抑え込まれている。
「最期まで見苦しいぞ! 潔く逝った父親を見習え!」
そう、狩人が言ったとき。
煙幕のようなものが、急速に広がり広場を包んだ。
そして、何か投石のようなものが、娘を押さえていた狩人の頭に当たる。
狩人はその衝撃でか、台から落ちる。
俺にも投石らしきものが飛んできたが、シールドで防いでおく。
気配察知と気配探知を全開に。
広場の外から、こちらにまっすぐに突っ込んでくる気配。
娘の方に向かっている。
剣を握り直し、構えてその前に立ちふさがってやる。
煙幕の中から、突っ込んできた奴の顔が見える。
簡易的な兜を被っているので完全には分からないが、栗色の髪。男っぽい。
「ミルー!」
「カイル!?」
男が、ミルーと短いやり取り。
鳥肌が立つ。
こいつ。
こいつ!
こいつ!!!
「お前がカイルか?! 『渡り鳥』か!」
「有名人みたいで困るね、どうも」
なんてことだ。
宝くじを引き当てた気分。
いや、ダメもとで掬った砂山から、金塊が出てきたみたいな。
「やはり、お前かあああああ!」
よく来た。よく来てくれた。
斬り付ける。剣を立てて受けられる。フェイントを入れて、蹴りを見舞う。
当たるが、後ろに跳んで衝撃を消したようだ。
視界が限られているなか、なかなか動けるようだ。
「あんたがウワサの『魔剣士』ね。見逃してくれないですか?」
「そいつは出来ない相談だな、カイル!」
カイルの突きを払って、切り返し。
籠手を狙ったが、籠手が硬くて剣が弾かれる。
「おらぁ!」
打ち合う。
何度目かに打ち合った際に、カイルの剣を巻き取るようにして引き付け、鍔迫り合いの力比べの状態にする。
「くっ……」
「交渉だ。戦っている振りをしろ」
「なっ!?」
一度力比べを解除し、再度斬り付ける。
カイルが受け止めると、話しの続きを小声でする。
「いいか、親子を助けて逃げろ。俺がそれとなく助ける」
「何が、望み、だっ?」
カイルが剣を弾きながら、疑いを向けてくる。
「交渉だ。俺の条件を聞くか? 受けないならこの話はなしだ」
「……ああっ」
また数度、打ち合い。
エア・プレッシャーも使用してアクロバティックに立ち回るが、決定打は与えない。
見た目だけ派手な魔法弾も撃ち込んでおく。
衝撃くらいはあるだろうが、大したダメージはないはずだ。
「お前ら『渡り鳥』に頼みがある」
「頼、み?」
「ああ、詳しくは言えんが」
「それ、はっ!」
打ち合う。
「はあ、はあ……それじゃ、何が条件か分からない」
「それは3日後話すが、ヒトの命に係わることだ」
「……それは……僕らを、信じると?」
「ああ」
また、しばし打ち合う。
頼みを聞くと言えばカイルの望みは叶う。
だが、カイルが後出しの頼みとやらを本当に聞いてくれるのかは分からない。
だから、そこまで俺がカイルを信じるのが不思議だったのだろう。
俺も、村での彼の話を聞かなければ、もうちょっと進め方を考えただろう。
だが、これが、今は最適な気がするのだ。
煙幕は晴れる気配がない。高価な魔道具でも使ったのか。
そして、カイル以外に親子に近づくものもいない。
サーシャ達とは事前に、こうなったら合図がなければ近付かないように言ってある。
ただ、敵が1人とは。マジでカイル1人で突っ込んでくるなんて、流石に想定外だ。
気配探知のときに少しだけ探知できる気配を考えると、カイルの仲間はいそうだ。だが、広場の周囲で陽動するばかりで、広場に突撃する実行役はカイル1人に任せているらしい。
俺にとっては好都合だが。
「3日後、魔の森の”蛇目の水場”に」
「……魔の森?」
「東の森だ。おおかた、その辺に潜んでたんだろ? 分かんなきゃどうにかして探せ」
「分かった、だが口約束で良いのか?」
「仕方ないさ。……まあ、お前らの仲間が1人、死ぬくらいだ」
「……何? 分かった」
一応、こいつが来てくれるようにブラフも入れておく。
まあ、こいつは来るだろうな。
なんせ、ここまで親子も助けに来るくらいだ。
「貴方の名前は?」
「名乗るほどじゃない。ポールとでも呼べ」
「それで、どう助けると?」
「適当に派手なスキルを出せ。合わせる」
「……分かりました」
「にしても、もう1人くらい親子を助けに来ないのか?」
「ええ」
ええ、じゃないよ。全く。
カイルが剣を掲げると、激しい光が辺りを照らす。
「ぐあああ!」
渾身の演技で自ら吹っ飛び、母親の方の横に転がる。
剣を創り、こっそり母親の縄を手早く斬ってやる。
「カイルってやつに付いていけ」
「あ、あなたは……」
「余計なことは言うな。分かったな」
「は、はい」
カイルは俺を吹っ飛ばした後、娘の方に行って台から下ろし、縄を切っている。
そして熱い抱擁。おい、やってる場合か。
また威力のない魔弾で、カイルをしこたま爆撃してやる。
「ぐぅっ」
そして近付き、また剣で打ち合う。
「おい、とっとと逃げろ」
「ああ、恩に着る」
「取引だぞ、忘れるな」
カイルは親子を庇って俺と戦いながら、後退していく。
広場を抜けるとようやく、カイル以外の救出要員が合流した。
親子をそれぞれ背負い、跳躍して壁を越えていく。
『跳躍戦士』か?
「おい、最後に派手な技をまた出せ」
「ああ」
カイルが剣を掲げ、また光があふれる。
俺が演技するまでもなく、今度は光に質量があるかのように吹っ飛ばされる。
空中でエア・プレッシャーをして姿勢調整、着地。
あいつ、殺す気かよ。
本気で冷や汗をかいた。
起き上がると、カイルと親子の姿はもうない。
「くくっ……」
まだ完了したわけではないが。
笑いが漏れてしまうのは仕方なかろう。
3日後にあいつが現れない可能性もまだまだあるのだが。
こうも、うまくいくとな。





