10-41 無理
サーシャの傷と毒に、ビリーの薬が効いた。
翌朝、サーシャはだいぶ回復したようだった。
傷痕は残っているが、熱っぽさはまったくないという。やはり、ビリーの薬が効いたのだ。
村長の館にはビリーのほか、マフなどの主要な狩人が集まり、今後の話をすることになった。
「前村長の妻と子供は、処刑すること。これは軍からの要請でもある」
俺が宣言すると、数人の狩人が顔を見合わせた。
マフも心なしか、渋い顔だ。
「また急にやる気を出したな?」
マフが言う。
「いや、もともとやるという話だったし、偵察も一応終わったしな。予定通りだ」
「……だが今までは我関せずだったよな? そこの小男に何か吹き込まれたか?」
マフが示した小男というのは、薬師のビリーだ。
実際にその通りなのだが、そう言ってビリーの立場を悪くしてやる必要もない。
「これまで何度か、処刑が延期になっている話は聞いたぞ。俺たちとしても処罰は賛成だし、無罪放免となると体面が立たん。その辺のことを念押ししたまで」
「……俺は正直、どうでも良いがよ。あまり無茶をされて、村が荒れるのは嬉しくねぇ」
「そうだな。あくまで村の者に仕切りは任せるつもりだ。軍はいつも通り、警備を行う」
「……あいよ」
マフは引き下がったが、代わりに狩人の1人、やや歳を食っている印象の男が焦ったように口を挟む。
「ま、待ってくれ! 確かに、あの親子は裏切りの罪を冒した。処罰も文句はねぇ。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「本当に死刑が妥当なのか? 飯抜きとか、鞭打ちとか、色々あるだろう。臆病風に吹かれて変なことを口にすることは誰にでもある。彼女らの場合、身内が村長だったばかりに……」
「村の掟は知らんがな。一般的に、叛逆罪に死罪は妥当だろう」
きっぱりと言うと、狩人は口をパクパクさせて、何度か言葉を出しかけては飲み込んだ。
「……とにかく、もう一度村の皆で話させてほしい」
「では今日、頼む。ビリー、仕切りを頼めるな?」
「承知しました。今日、結論を出しましょう」
「ビリー! お前はまた、そんな取り入ることばかり!」
「ええ、そうですよリヤクの親父さん。わたくしは小狡い小男ですからな。ただ、叛逆者ではないのでね!」
「……」
あのリヤクという狩人が反対派か。
まあ、彼の言っているように、娘まで殺す必要があるかは疑問が残る。
ただ、何にせよ処刑はやってくれないと困る。
後は村人たちに、ビリーに委ねるとしよう。
さて、どうなることやら。
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村人たちの総会では、再度親子を処刑することが決まったようだった。
鞭打ちでもなく、死刑だ。
俺が思っている以上に、あの親子はヘイトを買っているようだった。
総会とやらで何がどう決められるのかは関知していないが、あのリヤクという男の意見は採用されなかったようだ。
「そんなわけで、明後日、お前たちの処刑が決まった」
地下牢で、親子を前に死の宣告を行う。
「そんな……なんとか、娘だけでも。命を助けられませんか? 巻き込まれただけなんです……娘は。あの青年に、惑わされたんです」
「『渡り鳥』のやつか」
「彼は、口が上手くて……どうか、軍の下働きでも良い。命だけでも、娘を……どうか……」
「悪いな。処刑はもう、避けられそうにない」
「……そんな……」
母親はしめしめと泣き始めてしまう。
「ねえ。あなたがわざわざそんなことを言いにくるなんて、変よね?」
娘の方は、意外にも気丈な様子だ。
「どう変なんだ?」
「村の処刑だから、止める気はないって。それなら、村の人が来るはず。でも、あなたが来た……どうして?」
「いや、別に大した意味はない。ただ、改めて言いに来ただけだ。俺は起こることに、何か干渉する気はない。そのことを伝えにな」
「バカみたい……それで自分は悪くないって、そう言いたいの?」
「そうかもな」
一応言うべきことは言ったが、失敗だったかな?
無駄に親子の憎しみを買っただけになってしまったかも。
「……一応、お前らのことは無駄に苦しませないように、言うつもりだ」
それだけを言い残して、去る。
そのつもりだったが、背中を向けたところで、娘の方が声を掛けてきた。
先ほどまでと同じく気丈な口調で、ただ少しばかり涙声になっているように聞こえた。
「ねえ」
「……なんだ?」
「母様も、村のヒトたちも色々言うけどさ。私、後悔はしてないんだ」
「降伏したことか?」
「ううん。それは、父様が決めたことだもん。そうじゃなくて、あのヒトを信じたこと」
あのヒト。
今までの話を聞くに、それは……。
「『渡り鳥』のやつか?」
「うん、カインさん。確かに、あの人は夢物語みたいなこと言ってたし、口から出まかせだって思う人が多いのも分かる。でも、でも……きっと本気だった」
「そいつは、何を言ってたんだ?」
「魔物に怯えなくてよくて……ヒト同士も争わなくても良い、そんな新しい世界を作りたいって。その世界では、ヒトは自由で、平和で……希望を持って暮らせるって。私たちみたいな普通のヒトが、不当に殺される心配もしなくて、皆が夢を語って……そんな世界だって」
新しい世界を作るときたか。
「バカみたいだけど……彼は、彼だけは本気だったと思う。それを陰で笑ってる人たちみたいには、なりたくなかった。だから……だからそう、後悔はないの」
「そうか」
「ごめんね、母様。泣かないで」
カインとやらが、本当の大馬鹿であるか。
あるいは妙な洗脳スキルでも持っているか。
どっちにしても、娘の方は本当に腹を括ったようだ。
逆に、気丈だった母親の方は、娘を救えないことへの絶望にうちひしがれている。
さて。
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夜、俺たちが間借りした部屋に、控え目なノック音がする。
「誰だ?」
「……俺です」
誰だ。
声色もピンとくるものはなく、キスティが開けるとドアの前には、戦士然とした老人が立っていた。リヤクと呼ばれていた狩人だ。
「リヤクだったな」
「ああ」
「まあ、入れ」
リヤクを入れてやり、椅子を薦める。
気配を念入りに探知してみるが、彼1人で間違いないようだ。
「用件は?」
「……地下牢の親子のことで、あんたがたに話がしたくて」
「ああ、それか」
やはり、というべきか。
このリヤクというのが、処刑反対派の中心人物のようだった。
「悪いが、俺が決めることじゃないな」
「それは分かってる。ただ、聞いて欲しい。あの薬屋の言い分だけを聞くのは、危ういぞ」
「薬屋?」
ああ、ビリーか。
「確かに彼は優れた薬師だと思うが、それで何か便宜を図ったわけじゃ……」
「奴は」
リヤクは、俺の言葉を遮って叫ぶ。思わずといった様子だ。
「奴は、あの親子に……特に、娘の方にちょっかいを出してたんだ! 親子でもおかしくない歳の、あの娘、ミルーに!」
「……何?」
「ミルーは大人の対応をしてくれたよ。奴は最低だが、薬屋としては知識があったからな。だが、本来なら叩き出されてもおかしくはなかった!」
「なんだ? 娘にまずいことでもしたのか?」
そんな馬鹿な、という印象はない。
なんというか、ちょっとやりそうだ。これは偏見だろうか。
「決定的なことまでは、まだ。ただ、自分を袖にしたミルーを、あれほど目の敵にするのは……本当に奴の私怨が入っていないと思うのか?」
……どうだろう。
入っていてもおかしくないな。
「奴は、口がうまい! 村のためとか、もっともらしいことを言っているが、死刑にああまで拘るのは私怨に違いあるまい」
「そうかもな」
「どうか、騙されないでくれ! 反逆の罪は、ミルーの父親の罪だ。皆、今は冷静ではないが、いずれ我に帰ろう。我らの村の未来ある若者を、我らの手で縛り首にしたのだと!」
「そうかもな。ただ、それを俺に言うのも筋違いだな。俺が同情したら、村の裁定をひっくり返すとでも思ったのか?」
「そ、れは……」
思ったよ、とは言えないか。
「まあ、俺にも言いたくなるのはわかる。だが、俺は村の裁定をひっくり返すことは考えてない。つまり、あんたが説得すべきは俺じゃあない」
「村の者と話せと?」
「まあ、そうだ。処刑のことも、今更この村の中で隠す意味もないだろう。大いに議論したら良いさ」
「……村の意見が変われば、処刑を止めてくれるということだな?」
「止めるもなにも……掟の範疇なら、好きにやってくれというだけだな」
「分かった。たしかにあんたに話しても、埒があかないか」
「そうだな」
本当に分かったのかどうか。
去っていく老狩人の背中を、何とも言えない気持ちで見送る。
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「随分と無理をなさったと聞きました」
布団の上で上半身を起こしたサーシャが呟くように言う。
順調に回復したサーシャだが、まだ安静にさせている。
本人曰く、もう問題ないから普通にしたい、ということだが。
「無理なんてしてないぞ」
「夜、魔物を殺しながら村に戻ったでしょう」
俺は身体に良いという薬草を乾燥させた粉で、薬草茶を淹れる。
少しツンとする香りがする。
俺がサーシャの前に茶碗を置くと、サーシャは持ち上げて、一口飲んで、また置く。
「美味しくはありませんね」
「薬草茶だからな」
「美味しいものが食べたいです」
「昨日の夜飯は、ルキが作ったんだぞ。イマイチだったか?」
「いえ、美味しかったですよ」
「そうか」
サーシャの顔の汗を、布でぬぐってやる。
「……無茶はしないでください」
「してないぞ」
「あれは無茶と言うんです」
「……そうか」
まあ、何の魔物が出るのかも不確定な状態で、夜通しの撤退は無茶だったか。
なぜ、この辺に遠く離れた地に出るはずの魔物が出たのか。
落ち着いてからビリーに尋ねると、帰ってきたのは意外そうな反応。
「そりゃそうでしょう」
「何故だ?」
「魔物は不動というわけじゃありませんよ。大勢のヒトが分け入って、片っ端から魔物のすみかを荒らし始めたりしたら、中には逃げる個体もいるし、魔物の生態バランスが崩れて自然とはぐれる個体も出る。もちろん、よっぽど多くの戦士が魔物のはびこる野に分け入ったりしなければ、そうはなりませんがね?」
「……」
今、多くの公国軍が、魔物のはびこる辺境に入り込んできている。
魔物の移動が起こらないわけがない、か。
俺が浅慮だった。
夜、サーシャの世話をルキに任せ、また地下牢に赴く。
粛々と処刑の準備は進み、予定では明日にも実行される。
そんな極限の状態でも、娘のミルーは腹を括ったようだ。
俺が火魔法を灯りにして下りていくと、正座をして目を瞑る娘の姿があった。
対して、日に日に弱っているというのが母親の方だ。
火を動かすと、鉄格子にすがりつくようにして泣く母親の姿が見える。
「ど、どうじて……来た、です?」
「さあな。本当なら、来たくはなかったんだが」
処刑直前のヒトの顔を見るなんて、ヘビーなことはしたくなかった。
ただ、ミルーの、前の啖呵を聞いて。
もう一度来るべきかと思ったのだ。
無駄かもしれないが。
「リヤクとかいうおっさんがな、あんたらを救うために、村人たちを説得しようとしている」
「リヤクおじさんが……」
目を瞑っていたミルーだが、話は聞いていたようで、小さく呟く。
「俺は領法とか掟とか、詳しくないけどな。あの様子からして、村人たちのほとんどの支持があれば、処刑の裁定を覆すことはできるんだろう?」
「……」
「なら、あんたが処刑の前にやることは、決まってるな。泣いて喚いて、悲劇を気取るのも好きにしてくれ。だが、それより、村人たちをどう口説き落とすのかを考えるべきだと思うがね」
娘の方はすっかり目を見開いて、こちらをじっと睨んでいる。
「どういう風の吹き回し?」
「別に」
「あなたは結局、私たちに処刑されてほしいの? されてほしくないの?」
「どっちでもない、が答えだ」
娘は怪訝な顔をした。
「あんたらがこのまま処刑されてくれたら、口を挟まなかった軍への信頼は高まるだろう。だが、村人たちが心変わりしてお前らを助けるなら、それはそれで良い。あんたらを処刑したがっている連中からは守ってやろう」
「それで、軍のひとたちの評判はどっちにしろ上がるってこと?」
「さてな、そういうこともあるかもしれん」
俺には、どっちが正しいかなんて分からん。
それに、決める気もあんまりない。
処刑派も、否定派も、当日はギリギリまでハッスルしてもらおう。
それでどう転ぶか、だ。
「処刑当日の手順って、あんまり分からないけど、演説の機会をくれるってこと?」
「それくらいは良いだろう。最後の遺言くらい」
「……そう」
後はこいつら次第だ。
「ありがとう」
満足して帰ろうとすると、背後の檻から声が聞こえた。
振り向かないまま、手を振ってやる。
明日はどうなるだろうか。俺も準備を怠らないようにしないと、な。





