10-39 エリマキ
パーティで村の外に索敵に出た。
地元の狩人が行く分には半日くらいの距離だというが、俺たちが行くには丸一日かかるという水場が一応の目的地だ。
そこには簡易的な狩人小屋もあるらしいので、そこが敵に使われていないかを確認して戻ってくる形だ。
まずは街道に沿って北西に進む。
そして西にある山を回り込むような形で、比較的険しくない道を通ってその場所に着く。
険しくないと言っても、山を突っ切るルートに比べれば、である。
街道を外れてからは道なき道に近く、セラが案内する道を必死に進む。
「それにしても道を教えて貰ったと言っても、来たことがない場所だろう? よくこんな道を迷いなく進めるな」
「これだけヒトが通った跡が残っていれば、道は分かる。よく整備されているしな」
「整備? これでか」
道に伸びてきている雑草をかき分ける。
「ああ。どうしても通れないようなものは取り除かれているだろう」
どこがだ、と言いたいところだが、すっかりこっちの世界の辺境巡りにも慣れてしまった俺には、ちょっと分かってしまう。
特に西の果ての辺境の道なんて、岩から岩に飛び移って進むようなところも多いし。
特に山道なんかは、木の根に掴まりながら急斜面を駆け上がるしかないような場所もあるのだ。
それに比べると、見た目は草木に覆われた道でも、そんなに曲がりくねらずに、特に急斜面もなく進めるようになっているこの道は、「よく整備」されているのだろう。
日も暮れ、いよいよ目的地に近くなってきたとセラから報告を受けた。同時に良くない報せも。
水場らしき場所があった。
そしてそこには何者かがいる気配があったと。
セラも音しか聞いていないらしく、相手に悟られる前に急いで引き返してきたという。
「それでいい。お手柄だ、セラ」
水場にいるのが公国の部隊なのかは分からない。
ただ状況的に、そうでないと楽観することもできない。
そこからは罠に気をつけながら、途中で道を外れて慎重に水場に近寄る。
普通に進むよりも何倍も時間がかかるが、仕方ない。
ある程度水場に近づけたのは、すっかり陽も落ちた後であった。
月明かりが強く、夜でも視界があるのは助かった。
セラに敵に気付かれずに近づけそうなルートを案内してもらいながら、気配を探る。
動物らしき気配も多いが、方角や動きから見切りをつける。すると、確かに水場の近くで動き回る怪しい気配がある。
水を飲みに来た動物や魔物なら、そのまま水場近くでウロウロすることはあまりないんじゃないだろうか。
セラが報告して少し時間も経っているのに、そこで留まっているというのは、そこで休憩を取っているヒトだからか?
時間をかけ、更に慎重に歩を進める。
木々の間からサーシャに「遠目」で見てもらう。
「いるか?」
「ええ……あれは、巨人族か……または亜人かも」
「数は分かるか?」
「いえ、隙間からなんとなく見えるだけですから」
俺の気配探知では、おそらく2人の気配が探知できている。
ただ森の中でそれなりの距離があると、気配探知の精度は結構微妙だ。
実は3,4人いるが、探知に引っかからない場所にいた、とかがあるのだ。
隠密系のスキルを持っていれば尚更だ。
「俺とキスティ、ルキは前に出なきゃいかんか。サーシャは隠れやすいところから援護、セラは背後と周囲を警戒してくれ」
「分かった」
「はい」
村の狩人から、周囲に出る魔物の情報は聞いている。
この辺に出る巨人族サイズの亜人としては「ウィドフット」という、4本の手がある魔物がいる。ただ、そいつは滅多に群れないというから、その線は薄いようにも思える。
本当に公国の部隊がこんなところにいるとしたら、面倒なことだ。
村の占領を諦めたんなら、大人しくこの辺からも撤収していれば良かったものを。
公国の部隊が大勢いるなら、無理に戦う必要まではない。
俺たちは単に、偵察として出てきただけなのだ。
ただ、本当に亜人でないかくらいは確認しないとまずいだろうと、静かに近付く。
「ご主人様、申し訳ありません」
サーシャが木の陰から水場を確認して、声を潜めて言う。
「どうした?」
「あれはヒトではありません。明らかに……魔物です」
「亜人か」
拍子抜けする。
道理で、どんなに気を付けて進んでも罠の1つもないとは思った。
「あれがウィドフットでしょうか? しかし……」
「見た目が違うか?」
「手が4本あるという話でしたが、2本です」
「……数は?」
「3体、だと思います」
亜人3体か。
もう夜中だし、魔物の傍で息を潜めるより、排除して水場で一泊すべきだろうな。
「よし、攻撃するぞ」
「はい」
隠密行動を止め、敵に近づく。
森から出て、開けた場所に出る。
そこで、敵も気付く。
「ボボボボ!」
重低の鳴き声を上げる。
見た目は、筋骨隆々のヒト型に近い。遠くから見て、巨人族かもしれないと言ったのも納得だ。
ただし、長くて太い腕と鋭く尖った指があり、尻尾が生えている。そして、顔は口だけしかない。
目と鼻も、どこかに紛れているのかもしれないが、はっきりと分かるものはない。
大きく裂けたような口には鋭い牙がいくつも生えている。
見た目は明らかにパワー型だ。ただ、手はいずれの個体も2本しかない。
「気を付けろよ、キスティ、ルキ!」
「応ッ!」
敵の数は、3体だ。
こちらに気付くと、腕を構えて臨戦態勢に入った。
そして、こちらが近付くと口を大きく開けて吠える。
「ボ、ボ、ボ、ボ!」
その口の中を目掛けて、ファイアーアローを放つ。
間一髪で口を閉じられるが、その代わりに顎に火の矢が刺さり、爆ぜる。
「ボボボボ!」
怯んだ魔物の近くで、剣を振る。
魔力の奔流が放たれ、敵の胴体に当たる。血吹雪……ではなく土煙のようなものが飛ぶ。
返しに、その長い腕を振り回して、指で引き裂こうとしてくる。
剣で受け止め、力を込めて押し返す。
警戒するように少し後ずさった個体の代わりに、その個体の後ろ左右から魔物が飛び出してくる。
1体はキスティのハンマーで押し戻され、もう1体はルキの防御壁にぶつかって転倒する。
それぞれ、すぐに体勢を戻して、こちらを警戒してくる。
「効いてないわけじゃなさそうだが……こいつら、やたら硬いようだ」
「弱点は口のようだな? 主、我らが止めている間に、顔を狙えるか?」
「やってみる」
敵が左手を振り上げて、突進しながら突き出してくる。
それをフェイントでかわしながら、突き出された左手を払う。
ジャリ、とした感触が伝わる。
敵が突進してくる勢いを利用して、こちらから体当たり……しようとして、敵の胸に生える無数の小さな棘が目に入る。こりゃああかん。
エア・プレッシャーで強引に跳び上がり、敵の頭上に。
敵の顔がこちらの動きを追う。
右手から剣を伝って魔力を練り、ラーヴァ・ボールを準備する。
警戒するような敵の動き。
しかし、それをキスティのハンマーが崩す。
俺に注目していた敵の顎を強打したハンマー。
敵の口が開く。
そこに、放てる限りのラーヴァ・ボールを流し込む。
「ボ……ゴオオォォ」
苦しむ敵の首に着地して蹴り、キスティの方向にいた敵に向かう。
キスティは投げ槍で攻撃したらしく、足に刺さった槍を手でつかんで、投げ捨てたところだった。
「喰らえ!」
同じくラーヴァ・ボールを放つが、先ほどの仲間の末路を見ていたのか、口を閉じて手をクロスさせて、防御姿勢に入ってしまう。
腕に着弾した溶岩弾は焼けた音と匂いを発するが、敵の腕は無事だ。
「チッ」
一瞬、左の様子を見る。
ルキは剣を抜き、盾と剣、そして防御スキルで敵の攻撃を捌いている。
ルキは技術で、敵は身体能力で拮抗している。
そして、いずれの攻撃も敵の守りを突破できないでいるようだ。
「ギイ、ギュギュッ!!」
後方で、聞きなれた鳴き声。
ドンだ。
振り向く。
サーシャがこちらに矢を構えていて、その背後に、デカいエリマキトカゲみたいな魔物が、その鋭い爪を振り上げていた。
一瞬遅れてサーシャが振り向き、そして攻撃から逃れようと後退する。
しかし、敵は頭上から飛び掛かったのだろう。
数歩離れただけでは、敵の攻撃から逃れることはできなさそうだ。
「サ……!」
叫び掛けながら、弾速の速い魔法、ファイアアローを用意する。
今は叫ぶより、こっちだ。
火を引き延ばし、敵に放る。
しかしその火の矢が当たる前に、敵が爪をサーシャに振り切る。
サーシャの身体の前に透明な壁が現れるが、それは敵の爪で強引に破壊され、ほとんど意味をなさない。
サーシャの肩から腹にかけて、敵の爪が切り裂く。
サーシャは衝撃で後ろに飛ばされる。
受け身を取ることもできず、地面に転がる。
「サーシャアアア!」
火の矢が敵に、ようやく届く。
敵はサーシャから目を話し、舌をチロチロとさせながらこちらを向く。
エリマキトカゲのような顔に、カラフルな青緑の図体。体長は3メートル近くあるだろうか。
一瞬の見つめ合い。しかし、すぐまたサーシャが転がっている方向を見た。こいつ!
更に魔法を準備しながら、サーシャの方向に駆け寄る。
魔物は再度爪を振りかざして、サーシャに振り下ろされる。
そして、敵が吹っ飛んだ。
後方から突っ込んできたセラに、槍ごと体当たりされたようだ。
ゴロゴロと転がってから、取っ組み合いになる。
槍を刺そうとするセラ。それを尻尾で弾き飛ばす敵。セラは取っ組み合いを解除して、敵から離れつつ短剣を放る。
いくつかが身体に刺さり、鬱陶しそうに身震いする、敵。
その背後から、俺がスキルを多重発動させて魔剣を振る。
身体強化、性質付与「切れ味強化」、強撃、魔閃、魔力放出。
横なぎの剣筋のあと、敵の首が、エリマキトカゲのような飾りごと、すとんと落ちた。
「ふぅ……はぁ……サーシャ、無事か!?」
サーシャに駆け寄る。
肩当ては損壊して、脇のところは防具を貫通している。
あの魔物、並の攻撃力ではなかったようだ。
「サーシャ!」
「だい、じょうぶです……すこし、きれた……だけ、です」
「セラ! サーシャの手当を頼む。警戒もな!」
「ああ」
キスティたちの方を見ると、1体をキスティが押している。
気が抜ける相手ではないが、俺が手を貸せば倒せない魔物ではない。
……くそが!
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全ての魔物を倒した後、サーシャの容態を見たが、傷は深くなかった。
消毒をして包帯を巻き、サーシャには安静にしてもらう。
しかし、少し時間が経ってから、サーシャの息遣いが荒くなってきた。
「傷口が……あ、熱いです」
「クソ、消毒はしたのに!」
思わず、石を蹴る。
「ヨーヨー。この魔物は知らないが」
セラが、俺の落とした魔物の首を持って、何かを調べながら言う。
「なんだ?」
「症状としては、毒の可能性が高い。特にこの手の色合いのやつはそうだ。俺の経験則でしかないが」
「毒か……畜生。俺の油断のせいだな」
「言っている場合ではないぞ。どうする?」
周囲は既に真夜中である。
本来なら、ここで一泊する予定だった。
しかし、毒だったら。
事態は一刻を争う可能性がある。
転移。
一瞬、それが目に浮かぶ。
あの船なら治療ができるだろうか。
ただ、もしこいつの毒が船で治療できない場合、むしろ戻るのは悪手になる。
そして、それをやればここには戻れない。
連れていけないセラだけが残される。
任務は当然に失敗だろう。
そんなことよりサーシャの命が大事なのは間違いないが……。
「ご主人様、大丈夫です。明日を待って戻りましょう」
サーシャが苦しそうな声で言う。
クソ。
「村に戻るが、明日を待ってではない。すぐに戻るぞ」
「……夜だぞ?」
セラが言う。
「悪いが、セラ。何とか案内をしてくれ。サーシャは皆で交代で背負う。それと、こいつもだな」
色鮮やかなエリマキトカゲのような敵の死骸を指差す。
毒だったら、こいつの死体も治療のヒントになるかもしれない。
「本気だな?」
「ああ」
「……分かった」
セラは槍を拾い、立ち上がる。
「キスティ、ルキもすまないな。今日は寝ずの行軍だ」
「ああ、構わない」
夜、セラに案内を受けながら、来た道を引き返す。





