10-37 ゴブリンの尻
投獄されている元村長の妻と娘に話を聞いた。
村長が降伏を決断した後の話も、かいつまんで確認できた。
公国軍に対して降伏を申し出たことで、村は占領された。進駐してきたのは、十数人程度の部隊だったという。
村には潜在的な反対派も居たが、村長が予め狩人頭を拘束して地下牢に閉じ込めるなどして、封じ込めた。多くの村人は、何がどうなって公国が乗り込んできたのか、理解していなかったらしい。
略奪の憂き目に遭うのではないかという不安も広がったが、村長夫婦が公国軍と一緒に説明して回り、その不安を鎮めた。
村長の娘ミルーもはじめ、公国に対して否定的だったという。
自分たちの平和な世界に乗り込んできた、荒っぽい侵略者だと。
だが、それも公国軍を代表して動く青年の情熱にほだされ、やがて積極的に協力するようになった。
「皆、馬鹿みたいよ。私だって、戦争なんかに巻き込まれて、攻め込んできた公国のやつらに、最初は腹を立ててた。でも、彼らの……彼のことを見ていたら、そんな単純なことじゃないって、馬鹿でも気付くはずよ。実際、彼のおかげで命拾いしたやつだっているの。それなのに……それなのに、彼がいなくなった途端……何もかも、無かったみたいに!」
ミルーは涙を床に落としながら話し、最後は感情的に声を上擦らせた。
「彼というのは、その何とかいう傭兵団の頭だな?」
「そう……そうよ!」
「名前は?」
「それは……っ! なんで、そんなこと聞くの?」
チッ。
勢いで答えてくれそうだったが、急ブレーキを踏みやがった。
「いや、別に。そんな立派な奴がいるなら、もしこれから戦うことになっても、平和的に解決できるかもしれないと思ってな」
「……ほんとに?」
「ああ。そもそも、公国軍は敵だぞ。今更名前が分かったって、別にそいつに不利益はないだろ」
いや、実際は不利益を与えようとしているが。
勢いで押すしかない。
「……カイルさん」
「ん?」
「だから! カイルさんって言うの」
いや、聞こえなかったわけではない。
どこかで聞いた名前だと思ったのだ。
たしか……。
ミホの下に訪れたっていう、「渡り鳥」の野郎か?
「ねぇ、聞いてるの? 彼に会ったら、戦ったりしないでくれるのよね?」
「……」
それは保証できない。
戦場で会えばどうなるか分からないし、そもそも奴は俺の標的なのだ。
それでも安心させるために、ニコリと微笑んで見せる。
すると、みるみる娘の表情が強張り、何かを悟ったように青ざめた。
「ほんっとに、最低! 皆嘘ばっかり! 戦争なんて、だいっ嫌い……」
ミルーはそう言い捨てると、話を拒否するように両手で膝を抱えて丸まってしまった。
何か誤ったメッセージが伝わってしまったらしい。
「ミルー!」
母親が咎めるが、ミルーは聞く耳を持たない。
話を聞くのもここまでか。
地上にもどる。
「主」
キスティが戻る途中の階段で呼び掛けてくる。
「どうした?」
「主はあの親子を……どう捉えているのだ?」
「ん?」
「つまり、あの親子は助けなければならないのか、または見捨てなければならないのか」
「どっちでもないな……あいつらを助けるべきかどうかは、よく分からん」
「なるほど」
キスティは得心した様子で頷く。
大したことは言っていないのだが。
「キスティはあいつらをどうすべきだと思う?」
「そうですな……村に任せても良いと思うが、公国の手先になっていたというのなら尚更、情報を持っているかもしれない。村も、我らが待てと言えば無理に処刑を急ぎはしますまい」
キスティはちらりと、最後尾の老人を気にするように目線をやる。
ここでは率直な議論はできないか。
「村で決めたことを軽く見るつもりはないが、そこは相談だな」
老人にも聞こえるように締めくくり、館を後にする。
「隊長どの! 奴らはいかがでしたかな!?」
後にしようとした。
が、やけに腰が低い小男のビリーが待ち構えていて捕まった。
「いかがって、別に何ともない。ああ、食事はまともに与えてやれと彼に伝えておいたぞ」
「食事を!? まさか温情をおかけに……!?」
ビリーはおよよと後ずさるような仕草でオーバーなリアクションを取る。
「別に処刑に異議を唱えるとか、そんな話じゃない。公国の情報を持っているかも知れないから、喋れなくなるような処遇はやめてくれと言ったまでだ」
「ははあ。これは気が付きませんで! おい、すぐに飯を出してやれ。腹いっぱいだぞ!」
「普通で良い、普通で……」
「仰せのままに! おい、普通にだ」
老人は「へいへい」と言い残して屋敷の台所の方に向かったようだった。
「おい、言っておくが。別にそこまで遜る必要はないぞ。俺はただの現場指揮官……の代理みたいなもんだ」
「やや、恐縮ですぞ。待ち侘びたお味方の方だと思うと、ついつい!」
カカカと笑うビリー。
「……次の村長は、お前になるのか?」
こいつが必死になっているのは、転がり込んできた村長チャンスをふいにしないためではないのか。
「ワタクシなどが? いえいえ、めっそーもない!」
「そうか? 今、村の指導的な立場にいるのはお前だろう。別に悪いことじゃないんじゃないのか。俺は反対しないぞ」
エサをチラつかせてみる。
このまま過剰な反応をされて、腹の底が見えない方が面倒くさい。
「ははぁ。そう思われるのも無理はありません。しかし、違います」
ビリーは真顔になって、落ち着いたトーンで否定する。
「この村は狩人たちが築いてきたのです。ゴブリンの尻すら射たことがない私では、務まりませんよ」
こいつは村長に興味がないと?
本当なのだろうか。
「そうか、それは邪推した。悪いな」
「いいえ、いいえ! 村のことですからな、隊長様が謝られるようなことではありませんぞ!」
こいつの、ビリーの調子が元に戻った。
村長の事を聞いたことで、警戒させてしまったか?
「まあ、それより。地下の親子だが」
「はい!」
「いつ処刑するかは決まったのか?」
「いいえ、まだです。隊長様はいつごろが良いと思われますか?」
うーん。俺に言われてもな。
「そうだな、そう急ぐ必要もないんじゃないか。まだ情報が引き出せるかもしれないし……正直、食糧の確保や公国軍の動きを探る方が大事だからな」
とりあえず先送りしてみる。
「なるほど、それは慧眼! では処刑は来週にでも致しましょう!」
先送りして、来週かよ。
ほっといたらすぐ処刑されてたところだったな。
「ああ、そうか。ところで……もし聞いても良ければだが」
「なんでしょう?」
「あの親子の罪状はなんなんだ? 降伏を決めたのは、村長なんだろう? そいつはもう死んでる」
「ああ、そんなことですか。簡単なことです、反逆への加担ですよ」
「……」
「軍の皆様ならば分かっていただけましょうが、村人の中にも物分かりが悪い者がいて困っておるのです。降伏は確かに、元村長の仕業でございます。他の者に直接的な責はない。しかし、その後公国の軍に積極的に協力したのは別の話。そうでしょう?」
「……公国のやつらがいたころ、お前はどうしてたんだ?」
「ゴブリンの王に使えるが如く、ですな! 従順に見せかけて、裏では打倒公国軍の策を練っておりました」
本当かよ。
裏では不服従とか言っているが、公国軍がいたらそいつらに媚びてそうな印象だ。
「なるほどな。王国への忠誠、見事だ」
「ははあっ!」
深く深く、頭を下げるビリー。
こいつはどうしてもあの親子を処刑したいらしいことは分かった。
やっぱり、前村長の家族とかがいると、今後やり辛いとかあるのだろうか。
「ああ、ビリー。狩人や戦士団の主なやつを集めておいてくれるか。今後のことを話したい」
「お任せあれ!」
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仲間の部屋に戻り、再度キスティの意見を聞いてみる。
「ビリーによれば、公国軍に協力したことが処刑理由らしいが。これはキスティのところでは妥当なのか?」
「や、どうであろうな。もちろん、利敵行為は場合によっては処刑対象になる。しかし、降伏した後に主張の家族が接待役になるのは致し方ない面もある。ただ、連座で処刑という場合はあるだろうな……しかし、そのような領令があるわけではないのなら、村長の家族だけ処刑というのはいささか恣意的にも思える」
「やはりあの男、ビリーがあいつら親子を殺したい理由があるといったところか」
「そのように見えるな。ありそうな線としては、あの親子はビリーが関与した協力行為を知っているとか」
「ああ。保身か」
あの調子で公国軍にもおもねっていたのなら。
そのときのことをあまりベラベラと話されるのは不都合な事だろう。
俺にとっては本当に、どうでも良いな……。
「とりあえず、まずは任務だな。村の防備で見直すべきところはありそうか?」
「それは、セラとニール曹長たちの報告を待ちたいところだが……確かにあの村長の妻の言うように、防壁の貧弱さが気に掛かる」
メリジリアの壁は、壁と呼べるかは疑問だが、腰くらいの高さしかない。そこに布などを張って高さを補っているが、本気で乗り越えようとしてくる軍隊相手にあまり意味のあるものではない。
こっちが攻める想定であればありがたいのだが、あっさりと奪取できて守らなければならない、となると非常に憂慮される。
敵はどこからでも攻められる。
それに対して、守るのが俺たちの仕事になってしまうのだから。
「ある程度は村人たちの協力が必要だろうな。まったく、とっとと決戦の決着がついてほしいもんだ」
作戦完了まで村を防備する任務が終われば、アアウィンダ探しに出られる。
……『渡り鳥』も。





