10-36 投資
メリジリアに到着した。
白ガキにも呼び出されたが、湧き点をちょっと閉めたかもしれないことは言わなかった。隠したというより、聞かれなかったからではあるが……ほんのちょっとだけ、何かのときに白ガキを出し抜ける要素になるかもと思ったことは否定しない。
てっきり何か言ってくるかと思ったが……。
こいつはいつも見ているわけではないそうだし、あの湧き点での出来事まで見えるのかは疑問だ。
何も言ってこないということは、見ていなかったか、見えていなかった可能性がある。
村の者たちは協力的で、村長の館に居座る小男のビリーや、おどおどとしたラルはやけに従順だし、村中で大きな顔をしている狩人たちも、洗濯に料理にと忙しそうにしている他の村人たちも特に盾突いては来ない。
ニールたちは最初から、自分たちの持ってきた食料を村人たちに譲り渡していた。彼に言わせると、「必要な投資」らしい。
もともとは村の外から攻撃する展開も覚悟していたわけで、食料は多めに持ってきている。それを渡したのだ。
もちろん、不要になったわけではない。これから何があるかわからないし、帰りの分もある。出来れば分けたくはなかったろうが、ニールの一存でまだ保存が効くものも含めて、ほとんどを村に分けていた。
そうしたのは、村の状態があっただろう。村は、たしかに最初にマフとかいう狩人が言っていたように、穀物の類がほとんどなかった。公国の部隊が持ち去ったのだ。
考えてみれば、これから撤退する部隊が、占領しにくる敵に食糧を残して置く理由はない。むしろ、「ほとんどない」であり「根こそぎ持っていった」ではないのは、敵軍の慈悲かもしれない。
メリジリアはもともと狩人の村であり、その気になれば森での採集や狩りで食糧を集めることもできる。それ故に作物を育てている量も少なめだったらしい。
公国の部隊が去ってすぐ、狩人たちは頻繁に狩りに出て食糧を集めるようになった。
ただ、どうしても少しずつ消費する穀物の代わりはなかなか確保できなかった。
そこに来て、日持ちする穀物をたっぷり恵んだニールたちに、村人たちからの感謝は大きくなった。
俺たちはあんまり分けていないのだが、所属の違いなど分かる筈もない村人たちは俺たちにまで好意を向けてきた。
忍びなくなって少しだけ俺も食糧を放出すると、さらに人気になってしまった。
「公国の奴らは、持っていくばかりだったけどねぇ! 狩りを手伝うとか言ってきたけど、そんなのは村の衆で足りてる。はた迷惑だったよ!」
村のおばちゃんがサーシャたちに、口々に公国軍の文句を言う。
おかげで、村にいたという連中の話は相当集めることができた。
「ああ、ミルーのことはずっとお姫様扱いさ。父親も、それで嬉しくなっちまったんだろうねぇ。バカな野郎だよ」
「功績を立てたら貴族になるとか、そんな自慢話をしていなかったっけ?」
「傭兵たちかい? あいつらは変な連中でね。頭の優男も、見てくれはまあまあだけどね。あま〜い言葉を吐いては村の女を誑かすんだよ。あたしは引っ掛からなかったけどね」
「女ばかりじゃない。男にも歯の浮くようなことを言ってやがったぜ? 笑顔が好きなんだとよ」
「私は好きだったけどね。ミルーにべったりだったけど、私の髪をいっつも褒めてくれてね。あ、でも別に村を売るとかは考えなかったよ!?」
どうも口達者なやつだったようだ。
ここに居た『渡り鳥』の頭は。
誰彼かまわず口説いていたのかな?
そんな彼が特に熱心に口説いていたというか、よく一緒にいたらしい相手が、ミルーだという。
ミルーは、元村長の娘だ。
今は地下牢に閉じ込められているらしい。
元村長は公国に融和的だったようだし、その娘と公国のやつが仲良くなるのは自然なことなのかもしれない。
ただ、話を聞いていると元村長やミルーに対する言及に温度差があるのも感じる。
積極的に貶め、国の敵と蔑む村人と、馬鹿だったとか否定的なことは言うけども、そこまで人格否定のようなことは言わない村人がいる。
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村長の屋敷から、ぎいぎいと錆の音を出す腐りかけの扉を開き、真っ暗な地下への通路を辿る。
俺とキスティ、そしてニール軍曹が、瘦せこけた老人の案内で土の階段を下りている。
階段は大した段数があるわけではないが、踊り場を挟んで折り返す。
折り返したところで、先が全く見えず、火魔法で灯りを出す。
階段を下り切った先には空間があり、その左右には鉄格子が見える。
手前と奥に、それぞれ一区切り。つまり左右と前後で4つの牢屋がある。
「……ぁ……」
右の奥の牢屋から、息が漏れたくらいの呟きが聞こえた。
「どなたですか……」
消え入るような声。
掠れてもいる。
火球を動かして、声のした方を照らしてみる。
鉄格子にもたれるような姿勢のまま、顔だけをこちらに向けようとしている。
土汚れた貫頭衣を着たその人物は、もう何ヶ月も牢屋に入れられていたんじゃないかと思わせるほど、生気がない。
「元村長の妻と子がいると聞いたが、あんたはどっちだ?」
「……私が妻です。あなたは?」
「軍の関係者だ」
「軍の……キュレスの、ですね?」
「そうだ」
しばしの沈黙。
「あの人は、夫はどうなりました?」
「どう……だと?」
横にいる、看守役の痩せた老人を見る。
まさかまだ、処刑のことは知らされていないのか?
「死んだ、のだということは聞きました」
なんだ。
「しかし、最期にどう処刑されたのか……何も話してはくれません」
「ふむ。悪いが俺も、処刑を見たわけじゃないんでな。何も言えないぞ」
「そう……ですか」
元村長の妻は、話すごとに喉を鳴らす感覚を思い出したかのように、はっきりとした話し方になってきた。
しかし、その声はどこまでも弱々しく、へたり込むようにして鉄格子にもたれかかっている姿は幽霊のようだ。
「本当は、あんたらが何故公国に肩入れすることになったのか、その経緯を聞きたかったんだがな」
「聞いて、どうされるのです?」
「さてな。聞いてから考える」
「そう、ですか」
「だが気が変わった。とりあえずあんたらは食事をしろ。そんなんじゃ、処刑を待つまでもなく死ぬぞ」
「ふふ……おかしな話ですね。処刑されるのなら、今死んでも、変わらないでしょう」
「さあな。おい、こいつらにまともな食事をやれ。今度来たときに同じ様子なら、お前の責任だからな」
痩せた老人は露骨にしかめっ面をしたが、渋々頷いた。
「分かったよ。だが、こいつらは最低限で良いって言われたんだぞ?」
「ああ、上の偉そうにしてる連中にか? 情報を引き出すために必要とか言っとけ。俺の名前を出して良いぞ」
「へいへい」
去る前に、娘の方も火で照らしてみる。
栗色の長髪で、まあまあ可愛らしい少女だ。
母親とは対照的に、鉄格子から離れた部屋の隅で膝を抱いて縮こまっている。こちらを見て怯えた表情をしており、火の光が赤く照らすと、ひっと声を漏らした。
「悪かったな、邪魔をした」
「あ、あの!」
少女の方から、母親の声とよく似た、しかし高い音階の声が聞こえた。
「なんだ?」
「公国のヒトたちとの話をすれば、見逃してくれるの?」
「いや別に……処遇は村の者に任せてるしな。参考にするだけだ」
「そ、それじゃ話せない」
少女は顔を上げて、こっちを睨む。
「別に構わん。俺は気まぐれであんたらの話を聞こうと思っただけだ」
「っ!」
もう行こうと思ったが、今度は母親の方から声がする。
「ミルー」
「な、何? お母様」
「話しなさい。何があったか」
「な、なんで」
「今、できることはあまり多くないの」
「……」
「出来ればあなただけでも、助かって欲しいけれど。それが出来る力を持っているヒトは、限られているの」
あー。
どうやら母親の方は、俺を現状変更が可能な相手として認識して、希望を持ってしまったらしい。
それは正しい。
村の裁定には関わらないと宣言してしまったので気まずいが、仮にやっぱり処刑はやめてくれと強く主張すれば、村の連中も引いてくれるかもしれない。
「……わかった。話す」
「今じゃなくてもいいぞ?」
「ううん。今、話させてほしいの。軍人さん、お水だけ貰えないかしら?」
「良いだろう。おい、外に行って新鮮な水を持ってこい」
老人に水を取りに行かせて、娘の牢屋の前に腰を下ろす。
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メリジリアは、衛星村としては割と安定した、平和な歴史を辿ってきたらしい。
ミルーの話では、戦争が始まるまでは、楽ではないが皆で助け合う、のどかな狩人の村だったという。
戦争が始まると村にいた狩人の何人かが、キュレス軍の募兵に応募するために旅立った。
そして公国が迫ってきたころ、戦士団から戦力を出すように領主から命令を受けた。
普段は動物や魔物を相手にすることが多いメリジリアの戦士団にも、多少対人の訓練や経験を積んだ者がいる。戦士団長もその中にいたらしい。村人たちは、彼ら数人を送り出した。
そして、戻ってこなかった。
代わりに入って来たのは、友軍の敗戦という悪報だった。
次いで入って来たのが、村にとっては寄親的な存在である、リーム陥落という凶報。
村長の妻は、その報を受けた際の村長の動揺ぶりを見ていたという。
つまり、その時点までは彼は、公国に協力していなかったというのだろう。
あくまで、妻の言い分に過ぎないが。
村長がその報告を受けた時、妻もその場にいたのは何故か。
それは単純な話だった。
妻が、その話を村長にしたからだ。
「私の実家は、リームです」
「……リームに家族が?」
「ええ。リームの古農の家系なのです」
古農。
あくまでざっくりとした俺の理解だが、その地に昔から住んで、『農民』として地域に貢献してきた一家みたいな意味だ。
地球世界なら「一般人か」となるところかもしれないが、この世界では、キュレス国では違う。
農民の地位が高いのだ。より正確に言えば、代々『農民』ジョブを継いで、ジョブも含めた農業関係の知識が豊富な一家は、地位が高いのだ。
つまるところ、村長の妻はリームの町の良い所のお嬢さんだったのだろう。
そして、配下であるメリジリアの村に嫁に出された。
「リームが陥落したということは、家族から聞いたのか?」
「ええ、その通りです。急使が届きました。もちろん、その時点で事の真偽は分かりません。家族が脅されて書いただけかも。でも、家族が脅されるような立場に置かれていることは分かります」
「つまり、占領されたと考える合理的根拠があったと」
「合理的かどうか、私には分かりません……でも、そう思えた」
キスティによると、地域の中心的な町を落とす場合、大きく分けて2通りあるという。
1つは、周囲の従属的な地位にある小村を落として、町を包囲していく方針。
そしてもう1つは、逆に周囲の小村を無視して、町から攻める方針。
後者の場合に、中心となる町を落とされた周囲の小村はどうするのか。
まちまちだ。
周囲の村に逃げ延びて来る町の戦士団などと一緒に、反撃を期す場合。
ひとまず様子見をして、周囲の村落と歩調を合わせる場合。
そして、積極的に降伏し、安全を確保する場合。
メリジリアの村長は、降伏の選択肢を取ったのだ。
「強行軍を続けてきた公国軍は気が立っていて、リームの町でも残虐な事件をいくつか起こしたようです。そんな相手に対して、お味方は総崩れ。逃げ延びて来る残党すらいない始末。そのような状態でどうして、徹底抗戦をすることが村のためなどと言えるでしょうか? ……私です。私がそう、夫に言ったのです」
「夫はその意見を受け入れた?」
「いいえ、最初は迷っていました。しかし……そのうちに、狩人頭が公国の斥候と鉢合わせ、殺してしまいました」
「優秀だな」
「ええ、本当に。ですが、そうなれば猶予はありません。そのまま戦端が開かれ、公国の本隊が到着すれば……見たでしょう、この村の防備を。とても軍を相手に戦える防備はしておりません」
「ああ、そうかもな」
「その焦りと……あの青年の情熱が、夫を動かしました」
「青年?」
「ええ。公国軍でも一目置かれていた、不思議な青年です。彼は自分の身の安全を顧みずに、夫を説得しに来ました。どうにか、村人の血を流さずに終わらせることはできないかと」
「そいつは何者だ? 軍の者らしくはないが……」
今までの情報を総合すると、そいつが。
「彼は、『渡り鳥』と呼ばれる傭兵団の指揮官でした」
「そうか」
そうか。
こいつらが処刑される前に、話を聞いておいて良かった。
上手くやれば、こいつらから敵の情報を得られる可能性がある。
それに、こいつらが処刑されるほどの刑があるとも、地球の平和に親しんできた俺からするとピンと来ない。
敵に媚びを売ったとも言えるが、小村の村長一家としてまっとうな判断をしているとも言える。
しかし、村人たちはすっかり処刑モードだ。処刑を止めてまでやるべきことか?
せっかく良好な、この村の村人たちの関係も変化してしまう。
さて、どうするか。
……ひとまず、連絡するか。





