10-35 平伏
魔物の群れに襲われたが、たまたま俺が湧き点を狭めたことで難を逃れた。
すぐに移動した俺たちは、そこから別の群れに当たることはなく、壁の前に辿り着いた。
壁、と呼んで良いのか分からないが。
腰辺りまでの高さの柵があり、その上に木の枝と網が絡み合ったものが張り巡らされている。
見た目通りの物なら、これを見て侵入が困難だと感じるヒトはいないだろう。
魔物相手になら、一応の目隠しになるのかもしれないが……。
今は壁から離れた森の影から村を観察している。
道が続いていった先には、簡易の壁が途切れた場所がある。入り口だろう。
入り口のすぐ近くには物見の塔が建てられており、その上には旗がはためいている。
帝国旗と公国旗の両方だ。
「あれはどう見る?」
小声で、木の影にしゃがむニールに問い掛ける。
「公国の旗だけなら占領されているのでしょうが、両方となると、もう占領されていないものと考えるのが素直な解釈ですね」
「しかし、解放されてるんなら公国の旗とやらは掲げないだろ? 悪い状態か?」
「確かに解放はそうですが、一番良い状態かも」
「一番?」
悪くない状況ということでもなく、一番良いとは。解放されていないかもしれないのに?
「ええ。公国の勢力が残っているなら、帝国の旗を掲げるなんてできません。しかし、公国の旗を下ろしてもいない。つまり、帝国側の部隊も入っていない」
「それが良いことか?」
「ここを解放する役目は、我々が受領したものです。つまり、ここは敵地か、良くて空白であるべきなのです。それが別の隊が入っていたとすると、想定外な前線の動きがあったかもしれない」
「つまり、作戦どおりが一番やりやすいってことか」
「ええ。それに、です。万が一、これが罠だった場合、あなたが敵側なら、どうします?」
罠、か。
つまり敵がまだそこにいるが、あえて帝国旗を掲げているケース。待ち伏せだ。
「敵の……この場合、帝国の旗だけを掲げさせとくな。その方が油断する可能性が高そうだ」
「同感です。両方の旗を掲げるなんてことをすれば、帝国部隊も慎重になるでしょう。もちろん、そこまで読んであえて両方を掲げているのかもしれないですが」
「その可能性は低いと思うか?」
「はい、そう思います」
「なら、確かめてみるか」
「……いいでしょう。誰を派遣しますか?」
じっと、ニールが目線だけをこちらに寄越す。
「そう構えるなよ。俺が行く」
「そ、それは」
「だが、俺は見た目が……個性的に見えるらしいからな。あんたも来い」
「私は戦えませんが」
「大丈夫だ。矢を射掛けられたら、なるべく守ってやる」
「なるべく、ですか。頼みますよ」
ニールと2人、のこのこと入り口に近づいていく。
入り口にもバリケードのようなものが一応設けられており、入りにくくなっている。
近くで見ると、壊れた扉のようなものがある。もともとは簡素な門が設けられていたか。
「あんたらは!?」
塔の上にいた女がこちらに気付き、誰何してきた。
「我々はキュレス帝国軍の者である! 当村落の者が未だにキュレス王家の臣民たるのであれば、速やかに開門いたせ!」
ニールが怒鳴るように回答する。
塔の上のやつは慌てたように、後ろにいる人物も話しはじめた。
「メリジリアの民は帝王様に忠誠を誓っている! しかしすまない、そのバリケードは中から開けるものではない! 撤去を手伝ってくれ!」
「……あいわかった!」
ニールはやれやれも首を振った。
「どうした?」
「いえ。村の者に作法を期待しても仕方ありませんがね。陛下の呼び方はまだしも、こちらの人数さえ確認しないとは……」
たしかに、姿を現しているのは2人だけだが、他に仲間はいないのかとか聞かれなかったな。
「当然、森に隠れていると思ったんじゃないか?」
「そうだとしても、こちらが呼び掛けに応じているのですから、人数くらいはまず確認しないと。これで我々が何百人と引き連れていたら、どう対応するつもりなんでしょうね」
入り口の簡易バリケードを壊して、通れる道を作る。
バリケードの反対側には木製のハンマーを持った男を引き連れた、ガタイの良い粗末な衣服の男。
筋骨隆々とまではいかないし、どこか疲れ切ったような影を感じるが、何となく迫力のある感じだ。
「軍の者と聞いた。本当か?」
ニールを見て会話をパスする。
「軍に任務を受けただけの者も含まれるが、それも含めてキュレス軍の正式な部隊として考えてくれて良い」
「旗は?」
「こちらに」
ニックが準備していたらしい旗を手渡す。
狼と蛇が向かい合っているような図柄だ。たしか、南西軍の軍旗だったはずだ。
「おい、マル! 公国の旗を下ろしてこいつを指してこい」
「へい」
後ろに連れていた、ハンマーの男に旗を手渡す男。
「それで、他の仲間はどこにいる?」
「待機させている。それより、まずは状況を聞かせてもらえるか。公国の旗も掲げていたようだが?」
男は目を細め、ニール、俺、またニールと目線を移す。
「悪いが、最近まで俺も地下牢にいてね。詳しい経緯は別のモンに聞いてほしい。端的に今の状況を言うなら、クソの公国野郎どもが消えて、次の手を考えていたとこだ」
「公国の部隊が消えたと言うのは確かか?」
「ああ、間違いねぇ。俺がシャバにいんのが証拠だ」
「……あなたは誰なのだ? それを知らないと、どう判断して良いやら」
「ああ、悪かったな。クソの戦争なんてはじめてで、どうにも勝手が分からなくてよ。俺はここの狩人頭で、戦士団もやってるマフってもんだ」
「マフ。悪いが村長か代官はいないのか? そちらと話したいのだが」
「悪いが、俺が今、ここの頭みたいなもんだ。村長は殺されちまってよ」
「何? 公国の仕業か?」
「いや、村の連中にな」
「……そうか。村長は公国に?」
「ああ。べったりだった」
「愚かな判断をしたものだ」
「どうだかな」
男は首を振ってため息を吐いた。
「で? あんたらは何しにきたんだ? 悪いが、作物の類は粗方持ってかれちまったぜ」
「徴発は目的ではない。我々はこの村の解放が任務だ」
「そうかよ。そいつは安心した。俺もようやくお役御免だ。後は任せるぜ」
男は大して嬉しくもなさそうに、そして関心もなさそうに背を向けた。
「おい! ちょっと待て。まだ、村の者のとの調整が必要なことが山ほどある」
「そいつは、村長の家にいるやつらと話しな。キュレスの部隊が来たと知れば、喜んで尻尾を振るだろうぜ」
「……もうひとつ! お前はなぜ、投獄されていたんだ?」
「村長が降伏を決める前に、公国のやつをやっちまってな。まあ、そんなとこだ」
男、マフはそのまま村はずれの方に歩いていってしまう。
他の仲間を呼び、村長の家を探す。
幸い大きな集落ではないし、しっかりとした造りの家を探すとそれらしい建物は限られていた。
「おおっ」
村長の屋敷だと村人にお墨付きを貰った屋敷に入ってすぐ、禿げた男が駆け寄ってきた。
「今、うわさを聞いたばかりですぞ! あなた方がこの村を悪魔どもから解放しにきてくださったお方々ですな!」
「あんたは?」
「ここで臨時のまとめ役をしております、ビリーと申します。ささ、まずは奥へどうぞ!」
応接間らしい広い間取りの部屋には、俺とサーシャ、ニールが行く。
他はキスティに指揮してもらって、周囲を警戒する。
村の外への警戒は、ひとまず村の者に引き続きやってもらう。
応接間には椅子がなく、直接床に座ってビリーと、そのお付きの数人と対峙する。
「それで? 皆様は方角的に、魔の森を超えてきなすったのでしょう?」
「魔の森? あの森はそう呼ばれているのか」
「ご存じありませんでしたか。あそこは以前から、湧き点が出来やすくてですね。この村も、始まりは魔の森に狩りに出る者たちの寄り合い場所だったらしいのです」
「なるほどな」
「マフという名の大男には会いましたかな? 今の狩人頭なのですが」
「ああ、入り口でな。何やら、あんたらに任せるとか言ってどっか行ったぞ?」
ビリーの貼り付けたような笑顔が引きつる。
「へへえっ、それは申し訳ありません! 狩りの腕は確かなのですが、いまいち礼儀というものがないもので!」
「別に無礼な対応はされていないから大丈夫だ。彼は捕まっていたと聞いたが、解放したのはあんたらか?」
「まあ、そうなりますかな。前の村長を打倒した際に、牢獄にいるところを解放しました。以後、前の村長の代わりに村の皆や狩人をまとめてくれております」
「打倒か。前の村長は公国寄りだったとか?」
「ええ、まあ。祖国を裏切り、世迷言を言って村人たちを丸め込もうとしておりました。幸い、奴めが頼っていた公国の手先どもが村を離れまして。ここにいる者たちを中心に、村人たちが手を合わせて村長を追い詰めたのです!」
「そうか、それは素晴らしい」
褒めてもらいたそうなので褒めておくと、過剰に畏まって、泣き真似のようなことまでするビリー。
別に俺は雇われ隊長だから、偉くもなんともないはずなのだが……。
「それで、村長はどうなった? ん、死んだのだったか」
「ええ。3日前、裁判にかけたうえで処刑しました」
「最近だな」
「ええ。前の村長などより、村の再興が優先でしたから」
「まあ、そうか」
なんか怪しいが、まあ俺としては前村長の処刑日などいつでも良いか。
「あ、あの、ビリー……」
ビリーの横にいた気弱そうな青年が、何かを言いたそうに声を掛ける。
ビリーはそうだったとばかりに大きく頷く。
「隊長どの。地下牢にはまだ、前の村長の家族が残っておりましてな。いつごろ処刑すべきかと話していたのです」
「え? いや」
気弱そうな少年が何か言いかけたが、ビリーの声量に流されて消える。
「奴らは村長と共謀して、村を公国に売り渡そうとした売国奴! 処刑は免れんとしても、慈悲をかけて苦しませないようにすべきという声もありましてな! 隊長どのにご意見があれば是非に!」
曇りなき目でこちらを見つめてくるビリー。
「……いや、そっちの男が何かを言いかけていたような?」
「おお、失礼しました。どうしたのですルイ、あなたの姉が親しくしていた者たちの処刑に関することです、意見があれば言うのです!」
「あ……いえ」
ルイと呼ばれた青年は、目線を泳がせる。
「何でもありません」
「いや、そういう態度を取られるとこっちも気になるのだが。別にこの男の説明と矛盾してもかまわん。言ってくれ」
「……」
ルイは何か口を開こうとして、またつぐむ。
その動作を何度かしたあとで、やっと喉を震わせた。
「せめて、苦しくないように、ひと思いにやってください。どうか……」
ルイは平伏する。
「別に俺は村のことに口を挟むつもりはないぞ。処刑するもしないも、どう処刑するかも好きにやれ。ニール、問題あるか?」
「いいえ。我らの任務はこの村の解放と守備。内政のことは干渉しませんし、村の掟や領主の定めに従って粛々とやるべきでしょう」
「なるほど! ご配慮、痛みいりますぞ!」
ビリーは感激したように叫び、平伏する。
「俺たちはここの入り口近くの部屋と、あと空きの家があればそこに泊まろう。村人たちの協力をお願いしたいことがあれば、ここに来る。ビリーでも他のやつでも良いが、対応はできるように頼む」
「ははーっ!」
まるで時代劇のように平伏しながら了承するハゲ男。
おおげさだなあ。
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目を覚ます。
いや、この感覚は目を覚ましていない。
ワイン色の絨毯を踏み、机の前で優雅に過ごしているはずの白髪の少年を見つける。
「やあ」
少年はいつものように、ソファにふんぞり返ってはいなかった。それどころか立ってこちらを迎える殊勝さを見せている。
「珍しいな」
「ん?」
「ソファで紅茶を飲んでいるのが好きなのかと」
「ああ……思考のクセってやつだね」
「あ?」
「まあ、そう深い意味はないよ。今回はやや強引にこちらに来てもらったから、勝手が違うと思ってほしい」
「そうか」
俺の方は、向かいのソファにどっかりと腰を下ろす。
ふわふわ、ふかふかだ。ここだけ無重力の魔法でも掛けられているかのように感じるくらいだ。
「用件は?」
「うん。君が今いる場所だけどね」
「……メリジリアか?」
「そうそう。そこを占領していた公国の部隊、いるでしょ」
「ああ。やはり珍しいな、下界の戦争にそこまで首を突っ込むとは」
「致し方なくね。それで、その中に居たみたい」
「居た?」
何がだ、と言いかけて理解する。
「……標的か」
「そう。『渡り鳥』がね」
「偶然か、それとも……お前が何かしたか?」
白ガキはやっとソファに座り、こちらと目線を合わせた。
「いいや。僕も多少、頑張って調べてみたんだけどね。最近公国が会戦に臨んだ主要な前線4つのうち、『渡り鳥』は2つに関わったみたい。半分の確率だよ」
「別に大した幸運でもないってことか?」
「まあ、そうだね。君が軍の作戦に協力するってなった以上、結構な確率で『渡り鳥』との接触は起こっただろう。それが今のタイミングなのが幸運なのか不運なのかは、何とも言えないけどね」
「ふむ」
『渡り鳥』がいたのか、あの村に。
案外、アアウィンダのお嬢様より前に、そっちの話が進んでしまったか。
「だが、奴らは退却したんだろう? 結局何にもならないな」
「出来れば追って欲しいところだけど、まあ単純じゃないことは僕も理解している」
勝手に動くなと言われたしな。
軍のおっかないお偉いに。
「ただ、覚悟しておいて。メリジリアから君がどう動くのか分からないけど、もうどこで出くわしてもおかしくない。そのときは……殺せるかい? 同じ境遇の人を」
「それは大して問題だとは思ってない」
「そうかい? それは……まあ、依頼にとってはプラスだと、ここは前向きに受け取っておくよ」
「ああ」
白ガキと更に情報交換して、現世に戻ってくる。
といってもまたドアを潜り、目が覚めるように起きるだけだが。
それにしても、『渡り鳥』が今撤退したということは、十中八九、決戦に関わるのだろう。
いっそ、王弟殿下が勝ちまくって、『渡り鳥』の人員を勝手に壊滅させてくれないだろうか。





