10-1 バスケットボール
「これが奴の魔石だ」
「……でっけぇ」
茶色い大きな宝石のような魔石をモク家の文官から受け取る。今まで見た魔石のなかでも大きく、バスケットボールくらいある。しかもこれ、あくまで俺たち用に削り取られた一部なのだ。
「この包みを使うと良い。換金したいなら取引できるが?」
モク家のヒトは大きな布を渡してくれる。魔石を包んでも余りがあり、それを結ぶと馬車などに括り付けることができるようになるという物だ。
ありがたく頂戴して担ぐようにして魔石を持つ。
「いや、せっかくなのでこのまま貰いたい」
「そうか。盗難には気を付けろよ」
「ああ」
このサイズならなんとか、異空間にも入れられるだろう。ここを出たらすぐ仕舞っておこう。
魔石を持って建物の外に出ると、月明かりで照らされた周囲が見える。
そこかしこで、酒を片手に騒ぐ声。
ガルドゥーオンを倒した後、砦まで戻ってきた俺たちは、そこで休憩して怪我を癒しつつ待機となった。
警戒組として周囲の魔物狩りに駆り出されていた傭兵団たちも次第に帰還してきて、そしてついに現場で救援作業とガルドゥーオンの解体をしていたチームが帰還したのが今日だ。
黒い溶岩に埋められた者のうち、救助できたのは半分を超えるくらい。
周囲に展開していた部隊からオーラ使いが駆けつけて、助けられた者も多かったらしい。
作戦時に巨大な防御スキルを使っていたらしい筋骨隆々の男なんかは、埋められたものの防御魔法で空間を確保し、かなりの人数の命を救ったらしい。
俺も防御魔法で似たようなことはしたんだが、その功績もすっかり霞んでしまった。狙っていたわけじゃないが、結局「身内」のクダル家だけ守ったわけだし。
「ヨーヨーちゃん、こんなとこいたの?」
ガッと肩を掴まれ、引っ張られる。
宴会になっているところを避けて暗がりを歩いていたら、さらに死角になっている壁際に連れ込まれた形だ。
ヒュレオは片手に白く濁った酒を持っている。ここで1人飲んでたようだ。
「ヒュレオも他人のこと言えねえだろうが」
「まあね。でもヨーヨーちゃんを探してたのは本当」
「なんか用か?」
「いや、聞いたよ? ここでお別れするつもりだってね」
「ああ」
白ガキと話した後、クダル家とはここで契約を終了することにして、離れる口実を探った。
そんなとき、渡りに船の話があったので、それに乗って離れる旨をクダル家の霧族に伝えたのだ。
「ラキット族のことでちょっと、野暮用ができてな」
「まー、天下のモク家までこんな有り様じゃあ、ラキット族たちも困ってるだろうからねえ。話がいくのは分かるけど。どう? クダル家がそのラキット族のお悩み解決に手を貸そうか?」
「いや、クダル家はそれどころじゃないだろ。それに悩み解決ってわけでもない。隠れ里も近いから、話をしにいくだけだ」
「ふうん。十中八九、なんか頼まれる気がするけど?」
「どうだかな」
そう、ラキット族のラリーにお願いして、ラキット族に呼ばれているので行きたいという設定にしたのだ。
ラリー曰く、本当に来て欲しいらしいが、途中で人気のないところまで行って別れて、転移するつもりだ。
「まー、それはいいケドさー。仕方ない、ほらこれ」
ヒュレオは床に置かれていた布袋を持ち上げ、こちらに寄越す。ずっしりしている。
「……これは?」
「報酬、の一部だね」
開けてみる。
大きな硬貨がたくさん。そして赤銀色に光る綺麗なインゴットみたいなやつが1つ。
「大貨20に、基準サイズの鉄竜石1つ。とりあえずそれを貰っといてくれる?」
「鉄竜石ってのは?」
ヒュレオはこちらを見て、怪訝そうな顔をした。
「知らない? それ一個で、大貨の2、3枚分の価値はあると思うよ」
「へぇ」
「受け渡しはクダル側の拠点でってことで、後回しにしても良いんけどさ。それもどうかなーって。それで、とりあえずポケットマネーでさ」
「……ありがたい」
「でもこれだけじゃ足りてないでしょ。またそっちの用が終わったら、クダル家の拠点に来てよ」
「ああ、そうする」
気になるのはこの、鉄竜石とかいうやつだ。大貨もそれなりに高額な通貨だったはずだが、それより価値があるこれは何なのか。
「で、この鉄竜石ってのは何が凄いんだ? 魔道具とかに使えるのか?」
「ん? いや、綺麗でしょ」
「え?」
改めて取り出して眺めてみる。
鈍く光るミニインゴット。どこか赤みがあって、綺麗といえば綺麗な石だ。
「他に……何か用途は?」
「だからまあ、金の代わりだって。綺麗だから」
「……なるほど」
つまり宝石みたいなものか。
宝石が何の役に立つのかと言われたら、まあ綺麗だよねとしか言いようがない。
「あと、里の件も考えといてよ」
滅びた、かつてのジグの里の支配権を貰うとかいう話だ。転移でオーグリ・キュレスに行き、ジグと話し合ってから戻ってきてと考えると、結構時間がかかりそうだ。
「ああ、期限とかはあるのか?」
「いや、ないけど」
「もし時間切れになったら、辞退扱いで別のものを報酬にしてくれ。良いか?」
「うーん、分かった。良い返事を期待してるよ」
ジグの反応次第では、断る可能性も高いのだが。
ここは話を逸らしておこう。
「それより、モク家とはこれからどうするんだ? まだ戦うのか?」
「どうかね〜。両家ともそんな余裕はない気もするけど。なにより、あの英雄婆さんの力を見ちゃったからなぁ」
「フリンチか。クダル家の精鋭でも、あんなのはいないか?」
「サシじゃあ勝てないね、ありゃあ。対人というより、魔物狩り特化な感じはするんだけどね」
「ほう……あれ以上は流石にいないか」
「ま、相性はあるだろうけどね。イェンちゃんとこの精鋭を集めても、勝てるか分かんないねぇ」
「勝てるかもしれないのか?」
「う〜ん、びみょー。イケるかも知んないけど、とにかく底が見えないのよ、あの婆様はさ」
俺はガルドゥーオンと戦う姿しか見ていないから、相手がヒト、それもクダル家の精鋭部隊とかになったとき、どうなるのかは分からない。
それでも、あのフリンチがそうそう簡単にやられるとは思えない。
「そうか。フリンチもヒト同士の戦いには興味がなさそうだったから、うまく共存できると良いな」
「まあ、ね〜。イェンちゃんもあんまりこっちには興味ないみたいだし、丸く収まるとうれしーけどね」
「そうだな」
「そんなことより、ヨーヨーちゃん。ここでお別れするのは仕方ないけどさ。無茶して死んだりしないでよね」
「心配してくれんのか?」
「ま、色々関わっちゃったからねぇ。変な死に方されても気持ち悪い」
「ありがとよ」
出会いこそアレだったが、こいつとの付き合いも長くなってきたな。
白ガキに呼び出されたらしばらく西には戻らないかもだし、また会うのもしばらく後になりそうだ。
そっと右手を差し出す。
「ん? なに?」
「一応な、俺の故郷の風習で、別れ際の挨拶みたいなもんだ」
「いや、握手くらいオレも知ってるけど……」
あるんかい。
「……。しばらくは山に籠るつもりだからな、一応だ」
「そ? まあ、またね」
ヒュレオも手を差し出してきて、握手する。
ステータスを見ようとしてみたが、レベルやステータスは見れなかった。
チッ。
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「じゃあ、ラリー。ここでお別れだ」
砦から出発し、川を渡り森の中を進んでしばらく。
ラキット族のラリーに前とはまた別の隠れ場に案内してもらい、そこで別れを告げる。
「本当に隠れ里までご一緒しないのですか?」
ラリーは残念そうに言う。
その背中には、モク家に持たされた物資を入れたパンパンの袋を背負っている。
「悪いな。食糧は近いうちに、アカイトにでも持たせて送ろうと思うが……ああそうだ、オウカの里って里の場所は分かるか?」
「オウカですか? 確か魔物に襲われたという……」
「まあ、それだ。今そこでクダル家が復興作業をしているようでな。ヒトが駐在するようになったら、そこにラキット族宛ての穀物とかを置いておくとか出来るかもな」
「ほう!」
「賢者衆に話しておいてくれるか。今回はあんたらのお陰で勝てたのもあるし、最初は無償で送るぞ?」
「それはありがたい! 早速話しておきましょう」
「俺が見つからなかったら、そっちの方にいるウリウっていう人間族の商人に伝言してくれ」
「ウリウ、ですね」
「ああ、ラリーは知らないかもしれないが……もともとはラキット族をさらってたやつなんだが」
「ええっ!?」
「今は改心して働いているところでな。そこは大目に見てやってくれ。ラキット族からの伝言なら、特に確実に伝えようとするだろう」
「ほお、改心したなら素晴らしいですね」
ラリーはあんまり拘ってなさそうだ。
当事者じゃないからかもしれないが。
「ま、そういうことで。俺たちはここでしばらく泊まっていく予定だから、先に行っていいぞ」
「承知しました」
ラリーは彼にとっては大荷物を背負って、機敏に森の中に走り去っていった。
「さて。夜になったら転移するぞ」
俺と従者たちだけになったところで宣言する。
「……それもあると思っておりましたが、また急ですね」
ルキがぽつりと零す。
うむ。言ってなかったからな。
「例の白ガキ絡みでも色々あってな。拠点に帰ったあとの方針は、その後に決める」
「承知しました」
ルキがたおやかに頭を下げる。
育ちが良いこともあって、ルキはいちいち所作が綺麗なんだよな。
そこが、育ちは良いが戦士戦士してきたキスティと違うところだ。
あと、ルキは基本的に俺の言うこと、やることにあんまりツッコまない。
楽だが、もうちょっと自己主張してくれても良いのだけどな。
キスティはまだ静かなので、賑やかしが足りない。
「やや、伝説的な魔物狩りの後に神に呼び出されるとは! まさに神話級ですな!」
いや、うるさいのがいたわ。
「アカイト、白ガキは神じゃねーよ。多分な」
本当に神だったら、白ガキ白ガキ言っている俺がヤバい奴みたいじゃないか。
「それは失礼! 神ならぬ神とは一体なんなのでしょうな~」
「ご主人さま。あの白髪の超越者様から、何か伝えられたのでしょうか?」
サーシャが確認してくる。
「いや、まだ良く分からん。どこまでサーシャたちに伝えられるのかもまだ分からん」
「……そうですか」
「悪いな。まあ、あんまりな内容のことを頼まれたら、断るつもりだから安心してくれ」
「それはそれで心配なのですが、あの方は断っても許していただけるのでしょうか?」
「多分な」
前に「依頼」の話をしたとき、断っても良いと強調していたのはあっちなのだ。
本当は断ったら敵対するとかだったら、流石にあんなこと言わないと思うが……いや、分からんが。
「とにかく一度戻ろう」
数時間後、辺りが真っ暗になり、近くに何者の気配もないことを確認して、転移する。
はたしてすんなり転移できるのか、少し不安もあった。
しかし、結果的にするりと領域を拡張でき、転移は成功した。





