9-48 ウィンク
拠点まで撤退している最中、フリンチが野営地に現れた。
フリンチがわざわざ俺の元まで来たのも、何か話があるからだったようだ。
「さて、あんたの今回のご活躍への報酬だけどね。あんたはクダル家と契約してるとはいえ、あれだけ暴れてもらってウチから無報酬ってのは体が悪くてね」
「ほう。ボーナスでもくれるのか?」
「そうだ。ガルドゥーオンの素材、おそらく魔石の一部になるだろうね。受け取ってもらうよ」
「ほう、魔石の……くれるってんなら、ありがたく貰っておくが」
「ああ……やっぱり欲がないねぇ、あんたは。普段ごうつくばりばかりを相手にしていると拍子抜けだよ」
「そうか?」
魔石だけじゃ釣り合わないとか、言うべきだったのだろうか。
「それより、用がそれだけなら、俺からも良いか?」
「なんだい」
「地上のシャクラン家の姫さまと、丘の上にあったっていうモク家の魔道具。どっちが本命で、どっちが囮だったんだ?」
フリンチは片眉を上げてこちらを見た。
「なんでそんなことが知りたいんだい?」
「いや、単なる好奇心だ」
「そうかい。でもあんたも、魔物狩りとしてはまだまだだね」
「そうだろうな」
「ふん。どっちも囮で、どっちも本命だよ。もっと言えば、どっちも囮でもあった。分かったかい?」
「……まだ奥の手があったってことか?」
「ご想像に任せるよ。でも、結果としてはあのシャクランとかいう戦士のおかげで助かった。それは間違いないよ。長引けば長引くほど、被害も広がっただろうからね」
自分を囮にして暴れていたフリンチだが、熟練の魔物狩りらしい狡猾さも持っていたか。
「興味本位ついでに、囮と言えば最初に囮になった馬車に乗ってたやつは、生きてるのか?」
「死んでるだろうね」
「……生きて助かる可能性はあったのか?」
「なかったね」
なんの戸惑いも含めず、フリンチが即答する。そして、続ける。
「そうできる人材を選んだ」
「犯罪者とかか?」
「似たようなもんさ。奴らとあんたの間で交流があったとは思えないけど、なんでそんなことが気になるんだい?」
「興味本位だよ」
フリンチは英雄だし、俺に対してはどちらかと言えば友好的に見える。
だが、こいつもしっかりと権力者だな。
最前線で生き残りながら英雄になるようなやつは、甘くないということか。
「あんたは、その辺の甘さはないと思ったけどね。哀れになったかい?」
「いや、そういうわけでもない」
「それなら良いけどね。甘さってのは時に傲慢さだよ。身の程は弁えときな」
「ああ」
「己の目的のために、他の全てを捨てる。そんな覚悟を持った奴は強いよ。ま、そこまで行ったらそれはそれで、哀れだけどね……」
「復讐者とかか?」
他の世界から転移してきたと言っていた、トカゲ顔を思い出す。
「そうかもしれないね。でも復讐なんてのは、案外あっけないものでもある。だから……いや。あんたも、あんたの女がやられても熱くなりすぎないことだね」
もしキスティがやる気を出して、むしろ参戦してきていたら。
それで彼女がやられでもしたら、俺は冷静でいられただろうか。
どれだけ入れ込んでも、いざというときは切り離せる冷たいニンゲンだという自覚はあったのだが。
これだけ異世界で大冒険を一緒にしてしまっている仲間でもある彼女らが倒れた時に、今も冷静でいられる自信は必ずしもない。
「肝に銘じるよ」
「そうかい。それじゃ私は行くよ……ああいや、最後に1つ」
フリンチは人差し指だけを伸ばしてから天に示して、1という数字を強調した。
その指は伸ばしても、やや不自然に曲がっているような箇所がある。
過去、戦いで人差し指を骨折して、その際の後遺症とかだろうか。
「あんたの女たち、誰1人として見放すんじゃないよ」
「……さっきと言っていることが違わないか?」
「違わないよ。もし誰かがやられても、あんたは冷静じゃなきゃいけない。でもね、そうなるまでは、下らない理由で見捨てたりするんじゃないよ」
「そりゃそのつもりだが……それも聖軍の落とし子つながりでのアドバイスか?」
「いや。これは、身勝手な男どもに好き勝手にされてきた女の恨み言さ」
フリンチはしわの寄った瞼で奇妙なウィンクをすると踵を返した。
「師匠、師匠!」
「ああ、結局残った男はあいつ、マザコン息子1人だけってもんさ。全く」
フリンチを叫んで呼びながら走って寄っていくのは、彼女の弟子と言っていた金髪の人間族。あいつ、フリンチの身内だったのか。
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……。
えんじ色の絨毯、辞書みたいな厚さの本が並び、その前のソファに腰掛ける少年。
俺は野営地で寝たんだったよな。
呼び出されたか。
「ヨーヨー、君も座ったらどう?」
「ああ」
いつもは立ったまま話をすることも多いが、何となくソファに座る。
ふかふかだ。
目の前にいるのは当然、白ガキだ。
いつもの如く、ティーカップに淹れた茶を嗜んでいる。
かちゃかちゃ、と陶器のこすれる繊細な音がする。
「何の用だ?」
「何の用だ、って。依頼のこともあるし、僕は一応、いつでも動ける状況になってくれるように転移の練習とかを提案したんだけどね」
「大物狩りの依頼を受けたことが不満か? まあ、何だったら途中で抜けてもダメではなかったし」
「なかなか大胆なことを言うね。ま、そっちのことはいいや。君に何か強制するつもりもないしね」
「ふむ。それじゃ?」
「用は一応、済んだんでしょう? じゃあ、そろそろ転移して船に戻ってみないかい」
「……?」
何か妙だ。
そう、普段は放任主義のこいつが、具体的な行動まで指定するのが変なのだ。
「依頼が近い、とかか?」
「そうだね、可能性としては高い。もちろん、今日明日じゃなくても良いけど……」
「分かった、ここでクダル家とは別れて、別行動するようにしよう。だが、転移はどうなんだ? 練習はしているが……」
「まあ、やってみなよ。不足があったらフォローはしてあげるよ。特別サービスだよ?」
「それなら、そうさせてもらうか」
ずっとはぐらかされてきた、依頼とやらの内容が近々聞けるのか。
気になるような、聞きたくもないような。
これにて9章完了です。





