9-47 落ち込み
撤退が始まった。
とは言っても、恵水族の待つ川辺まではそう遠くない。
危険も少ないはずだが、足取りは重い。
撤退する戦闘組は、負傷者を後ろに無事に送るのも役割だからだ。無事だった者に担がれているものもいれば、辛そうにしながら自分の足で歩いている者もいる。
そのほとんどがガルドゥーオン戦で負傷した者だが、周囲の警戒に加わって負傷した者も混じっている。
鶏顔のヒトは、緑の肌の人物を担いでいる。彼の部隊の隊長である、緑肌族のヒトだ。
リャック、と言ったか。
救助活動で、彼は辛うじて助けられたらしい。
一緒にいたもう1人、マリンとかいう元盗人は残念ながら間に合わなかったようだ。
それもあってか、鶏顔のヒトに支えられて歩く隊長の顔色は暗い。
負傷者に合わせてゆっくり進む一行に、丘の上から下りて来た連中も加わる。
サーシャ、アカーネにキスティもそこで合流した。
「ご主人様」
「お疲れ様、上はどうだった?」
「魔法が飛んできましたが、ルキが護ってくれましたから、問題ありません」
「そうか」
「アカーネはどうした? フラフラだが」
アカーネは自分の足で歩いているが、ヨロヨロと覚束ない。
怪我でもしたか?
「アカーネは魔具の操作の手伝いを頼まれまして、無理をしたようです」
「なに?」
アカーネがフラフラになるほどとなると、かなり大規模なものではないかと思うのだが。
上でも何か準備していたのか。
「ほら、アカーネしっかりしろ。しばらく抱き抱えてやろうか」
「うー…ご主人さまサイコー」
ふらふらと近づいて来たアカーネ。
「こら」
しかし、その頭をサーシャが叩く。
「ご主人様、まだ警戒中です。自分で歩ける者は歩きませんと」
「それもそうだな」
うっかりアカーネを甘やかすところだった。
「うえ〜ん」
「それにしてもご主人様もお疲れと聞きましたが、随分元気ですね……」
「まあな。ところで、キスティが静かだな?」
キスティは後ろに付いてきているが、表情は暗い。
「さあ、よく分かりませんが、何やら落ち込んでいるようなのです」
「むっ……今回、上に置いて行ったのが不満なのかね?」
「どうでしょう、それならそうと言うと思いますが」
サーシャに分からんのなら、俺が察するのは無理がある。後で話を聞いてみるか。
夜間行軍となったが、川まではほどなくたどり着いた。
そこで待っていた恵水族の小舟に負傷者を乗せて、その日は河原で一夜を明かすことになる。
普段なら気の抜けない野営となるが、今回ばかりは少し安心できる。
というのも、周囲をラキット族が警戒してくれているのだ。
川を渡ってガルドゥーオン戦に向かう途中でいなくなった、ラキット族のラリーがいつの間にか合流して「周囲の警戒は任せてください」と言ってきた。
そこで、夜番は立てるが、それぞれ焚き火の近くに座って待機するような形に落ち着いた。
ラキット族から警告が入ったら、戦闘態勢に入れるようにだけしておく。
俺はクダル家の陣取る焚き火の一画に待機する。
大物を倒した直後だというのに、皆テンションは低い。
元気なのはヒュレオくらいだ。
ヒュレオはもう色々と吹っ切れたのか、ウザい絡みが復活している。
俺たちのメンバーはほとんどいつも通りだが、いつも声が大きいキスティが元気がないので、活気がないように感じる。
サーシャが気を回してか、俺とキスティを同じ時間帯の夜番に指定したので、やはりここで話を聞かないといけないんだろうな。
そのキスティは兜を除ききっちり鎧を着込んで、体育座りのような姿勢で座っている。
焚き火から少し離れて、ぽつんと。
仕方ない、話に行くか。
「あー、キスティ」
「……何か用か? 主」
「あんまり話す気分じゃなければ、良いんだけど。上に置いて行ったこと、怒ってないか?」
「ああ、いや。それは気にしていない」
「本当か?」
「ああ」
なら何で様子が変なの、と訊きたいが。
地球世界で女子に無神経なことを訊いて、総スカンになった記憶がよぎる。
「……」
「……」
結果として、長いこと沈黙が続く。
仕方がない、やっぱりここはサーシャに何とかしてもらおう。
そんなことを決意していると、キスティがもぞもぞと身体を動かしたのが見えた。
「主、すまないな」
「ん? いや」
「戦場で塞ぎこむなど、戦士にあるまじき行いであった。私は別に、主の行動に何か思うところがあるわけではない」
「そうか」
良かった。良かった!
心の中でガッツポーズしつつ、傾聴姿勢で待つ。
「むしろ、逆というか……私自身にショックだったのだ」
「キスティが自分に?」
「そう。私がそれなりに地位の高い戦士階級に生まれて、その規範としがらみの中で生きてきたことは、主も知っていよう」
「ああ、そうなんだろうなとは」
「これまでは……主と旅をするまでは、それが苦痛だった。戦士の娘という檻を壊したかった。戦いをしているときは、家の事も関係なく己自身の力で大地に立っていると思えた」
「……」
「主のような、強く、自由な存在に買われたことは好都合だった。何かと巻き込まれたり、運任せな面もあってハラハラするが、それが心地よくもあった」
「お、おう」
豪快なキスティにすら、ハラハラされていたとは。
……心当たりは色々あるな。
「破天荒な旅は案外性に合っていたし、今でも戦いの高揚感は好きだ。だが……」
キスティは両手で膝を抱えるように、縮こまった。
「あの怪物、ガルドゥーオンを見て、恐ろしいと思ってしまった」
「……当たり前のことじゃないか?」
俺も怖いっちゃ怖かったし。
「主。主が私を残して降りて行ったとき、怒っていなかったかと訊いたな。逆だ……」
「?」
「私はあのとき、心底ホッとしたのだ。あの巨大な、暴力の権化のような存在に、自らの小さな命を差し出さずに済んだことを」
「……」
「それも別に、悪いことではないと言われるかもしれない。だが……だが、私は私が信じられなかったのだ。戦いに身を置くことが生き甲斐だと感じていたことも、積み上げてきた自信も。全てが嘘っぱちに思えたのだ。全ては、戦士家の娘という不自由さに反発していただけの、小娘の戯言に過ぎなかったのではないか、とな」
「……ふむ」
「主は強い。それは戦闘技術のことを言っているのではなくて、心の在り様が、きっと私とは違う。あんな恐ろしい存在にも、真正面から向き合えるのだから」
「それで落ち込んでいたのか?」
「……分からん。落ち込んでいるのか、あるいは、単にちょっとショックを受けただけかもしれない。少ししたらまた、元気になるから心配をしないで欲しい」
「そうか」
何か良い言葉を掛けようと頭を巡らせるが、やっぱりやめた。
俺みたいなやつから取ってつけたような励ましや、名言めいた何かを聞かされても困るだろうし。
キスティの悩みはキスティにしか解決できないのだ。少ししたらまた元気になると言っているし、悩みたいうちは大いに悩ませておこう。
「まあ、存分に落ち込んで向き合えば良いと思うぞ。俺にはキスティの葛藤は分からないが、簡単に折れるほどヤワでもなさそうだしな。何せ、隷属術に逆らって主人を殺しかけたくらいだ」
「ふっ……ふふっ。随分昔のことに感じる」
「もし戦いがしたくなくなったんだったら、拠点にとどまってくれても良いし。ちょうど拠点が増えるような話も出てるしな」
旧オウカの里の名目の領主になるような話をクダル家からされたことは、まだ保留している。
一度どこかで拠点に戻って東に転移し、ジグの意見を聞きたいところだ。
「ありがとう、主。いや、できれば旅は続けたい……どこまで世界が広がるのか、ワクワクすることも噓ではないのだ」
「それはそれで歓迎だ。キスティがいると助かるからな」
「ああ、少し考えてみる。心配を掛けてすまない」
「いや、別に」
とりあえず気まずい感じがなくなって良かった。
……何も解決はしなかった気もするが、俺にできるのはこんなとこだろう。
下手に俺が俺なりの意見で立ち直らせようとしたところで、失敗するのは目に見えている。
地球世界の失敗でそれは大いに学んだのだ。
それからキスティはまた自分との対話モードに入ってしまったので、星を数えてみたりヒュレオと下らない冗談を言いながら夜番を消化する。
担当の時間が終わりそうなくらいになって、野営地に高速で近付く気配を察知した。
すわ魔物かと警戒したが、姿を現したのは小柄な女性。
さきほどまで一緒にガルドゥーオンと戦っていた、英雄フリンチ様であった。
フリンチの姿が見えると、野営している面々も多少は明るい雰囲気になって彼女を迎えた。
フリンチはそれに応えながら、真っ先にヒュレオのもとに向かう。
そしてしばらく話し込んでから、今度は俺の方に来た。
「色男、改めてご活躍だったね」
「現場の指揮は良いのか? まだ救助とか解体とかあるんだろう」
「夜のうちは出来ることも限られてくる。クダル家の参謀に色々押し付けてきたよ」
「まさか、霧族の男か?」
「そうだよ」
マジかよ。クダル家の今回の派遣部隊の中心人物なわけだが、モク家がクダル家に指揮を任せて良いのだろうか。
まあ、俺が気にすることではないか。





