9-32 魂の底力
最前線に向かう途中で、大型魔物「ガルドゥーオン」が上から降ってきた。
改めてガルドゥーオンを見る。
身長が10m以上、おそらく15mはあるか。しっぽがあるので体長はもっと長いだろう。
近いイメージは、強いて言えば肉食恐竜だろうか。大きく鋭い爪が付いた二足の脚で体重を支え、長いしっぽでバランスを取っているからだ。
ただしティラノやラプトルは相対的に手が小さいイメージがあるが、ガルドゥーオンは違う。脚ほど太くはないが、長く筋肉質な腕と、器用に動く4つの指。
腕の動きは森で暮らす猿類に近いかもしれない。
巨大な声で吼えるその口は、肉食恐竜のように恐ろしげ。鼻先には角が生え、頭の上にはかぶり笠でも被っているかのように硬い部位が乗っている。
背中には大きな突起物を束ねたような器官があり、そこから2本の長い触手が生えている。
「石頭」「襲い来る災厄」、そして「破滅を齎すモノ」といった異名を持つ。
それに恥じぬ恐ろしい外観だ。
これまでさまざまなおぞましい魔物や、強い魔物を見てきた。
しかし、「デカい」と「動きが速い」、そして「強そう」を兼ね備えたコイツは、なるほど「襲い来る災厄」に違いない。
俺の傍にはサーシャとキスティ、アカイトがいる。
アカーネとルキ、シャオは怪物の向こう側、馬車の近くにいるはずだ。
最初に狙われず、生き残った方の馬車は、備え付けられた魔道具を発動して撃っている。
緑色の光る巨大な矢のようなもの、いわば巨大マジックアローをガルドゥーオンに撃ち込み、またチャージを始める。
連射ではなく、強力な一撃を叩き込むタイプのようだ。
しかし、放たれた巨大マジックアローは、ガルドゥーオンが尻尾で弾いてしまう。
そして、そのまま一周するように尻尾で360度を薙ぐ。
飛び掛かった数人が尻尾に巻き込まれて弾き飛ばされる。
そしてギリギリ尻尾を躱した1人が足元に滑り込み、足裏を攻撃したようだ。
ギャオッ!
ガルドゥーオンが跳び上がり、真下に触手を叩きつける。
それをギリギリで避けた後、触手を斬り付けてから離脱する気配。
あれは、ヒュレオか。
「攻撃を続けろ! 炎を出させるな!」
馬車の方にいるだろう、マッチの声だ。ガルドゥーオン越しでも、不思議と耳に入る。
「殿、拙者どもは森の方に参ります」
賢者アカイトが呟くように言う。
「森? いや、そうか」
キスティは怪力だが、あのガルドゥーオンに対抗できるとは思えない。相性が悪い。
サーシャの弓も豆鉄砲にしかならないだろう。それでも役に立つ可能性はあるが……。
「誰かが、森の魔物が集まってくるのを阻止せねばなりますまい。樹眼を持つ拙者たちは適任です」
「なるほど、頼む。キスティ、サーシャを護衛して森の魔物を討て。横槍が入らんようにな」
「主はどうするのだ?」
「あれの相手をして、モセを守る。時間稼ぎだ」
「……承知した」
「アカーネたちとも、可能なら合流して行け」
いざという時、まとまっていれば転移を試せる。
「そこは問題なさそうですぞ」
暴れるガルドゥーオンをすり抜けて、シャオが飛んで来ている。
アカーネたちの姿は見えない。
「拙者がシャオに乗って伝えて参ろう」
「アカイト。死ぬなよ」
「無論。その言の葉、主人格にも言ってやってほしいですな」
「ああ」
一撃離脱を繰り返すヒュレオに苛立ち、踏みつけを始めたガルドゥーオン。
その後ろから、巨大化した光の剣のようなものがガルドゥーオンの腰あたりを斬る。
光の剣を振るったのは、シャクラン家のベテラン、三毛猫顔のヒトだ。
その横から、アード族の若者が剣を手にして飛び出す。
尻尾を振り、その二人を吹き飛ばすガルドゥーオン。ヒュレオは辛うじて飛び上がって避けようとしたが、少し掠ったようで、痛そうに呻いて後退する。
パンチや触手の突きはなんとかかわせても、尻尾で根こそぎ払う攻撃がやっかいだ。
面での攻撃だから、地上にいる限り避けようがない。
エア・プレッシャーで加速する。
地を踏みしめて前に駆け出そうと跳び上がり、エア・プレッシャーで跳び上がりを補助する。二段目のエア・プレッシャーで一気に上に飛ぶ。
それでも、やっとガルドゥーオンの腰の高さだ。ガルドゥーオンがこちらを見た。目が合ったかもしれない。
繰り出される右ストレートを上に跳んで避ける。
下に灰色の肌が広がるのが見える。繰り出されたガルドゥーオンの右腕があるらしい。そのまま自由落下に任せ、着地の瞬間に上向きにエア・プレッシャーをして減速し、着地する。乗ってみると、下にいる俺を狙った腕はかなり傾いている。
このまま上に登ってみようかと思うが、直後に手を振って逃れようとする動き。その直前に手を蹴って更に跳び出す。
! ガルドゥーオンの身体が強張った。
緊急離脱。
先程までいた場所に、縦振りの尻尾の一撃。
見上げると、ガルドゥーオンの目線は俺を捉えている。
が、急にガクンと躓いたようにたたらを踏むと、後ろを振り返った。
ガルドゥーオンが振り返った方向には、道に沿って進んでいる馬車の姿。馬車の魔道具が命中したのかもしれない。
そう思ったが、振り返りざまに馬車から緑色の巨大マジックアローが放たれ、ガルドゥーオンは触手でそれを止める。
触手も無傷とはいかず、何かの体液のようなものが飛び散る。
左からは、数人のアード族がガルドゥーオンの巨体に迫っている。
さて、モセ・シャクランの方に行くか。
モセ・シャクランは右翼を指揮しているはず。
ガルドゥーオンの動向を注視しながら、そちらに向かう。
飛びかかったアード族の一人目は尻尾の回し払いを跳んで避け、足下に滑り込む。それに続いて同じように二人目が飛び込んだとき、まるで狙っていたかのように空中のアード族を右ストレートで殴り飛ばした。
続いて潜り込んだ一人目を潰すように足踏みする。地上戦はやはり分が悪いか?
モセ・シャクランは馬に乗るところだった。
彼女の部下がロバ似の駄馬の、荷物をまとめている帯を剣で切り離して荷物を強引に下ろした。
そして代わりにモセが乗る。
そのモセの手には、杖のような、筒のような不思議な何かを持っている。
「モセ・シャクラン! 無事か!?」
「ヨーヨーか。遅いぞ」
「あんたを守れと言われた、ヒュレオに。何かあるんだろうな!?」
「ああ、そうか。こんな所でこれを使うことになろうとは、な」
「そいつは魔道具か?」
「ああ。ただし発動まで時間がかかる。本来、乱戦で使うものではない」
いつぞやの戦争見学で見たような、戦術魔法のようなものか。
そうか。
これが本来のモセ・シャクランの役割だったわけか。
ガルドゥーオンが咆哮する。
誰かが死んだと、誰かの叫ぶ声。
一人、活発に動き回っているのはヒュレオか。
アード族が退けられるのと入れ替わるように、光の大剣を手にした三毛猫顔のヒトが再度ガルドゥーオンに近づく。
近づきながら光の刃を伸ばし、自身の身体の何倍もある光剣を振るう。
それを見たガルドゥーオンは、触手を2本とも地面に刺して、自分の身体を押し出すようにして後ろに跳んだ。
そして、着地の瞬間に足で地面を蹴り起こし、三毛猫のヒトに土砂を浴びせた。
ヒトで言えば砂を掛けたくらいの動作だが、体格の差がありすぎるとそれでは済まない。
岩の混じった土砂が叩きつけられ、三毛猫顔のヒトは吹き飛ばされる。
こっちにも余波が来そうなので、エレメンタルシールドを展開。
グシャグシャと生々しい音が響き、土砂がシールドに張り付く。振り向くと、後ろのモセたちも無事に守れたようだ。猫顔たちが息を呑んで前を見ている。
土砂で視界が遮られたが、気配でガルドゥーオンが、三毛猫顔のヒトが飛ばされた方に向かい、踏み付けをしたのが分かる。生きていると良いが。
「モセ、そいつを溜めるのに、どれくらい掛かる?」
「分からん。早くても10分は掛かる」
モセは既に、馬上で集中している。
代わりに答えてくれたのは、モセのお世話をしていた周りの者だ。
「分かった」
やるしかないか。
視線の先では、また筒状の火花が放たれている。
ヒュレオはまだ元気なようだ。
「うおおおお!」
馬車の進行方向とは逆から、叫びながら乱入してくる者の気配。
最初に吹き飛ばされていたアブレヒトが、雄叫びを上げながら突貫しているらしい。
大角族2人が従っているが、そちらはどこか腰が引けている。
「我が祖の恨みを知れッ! 『魂の底力』!!」
アブレヒトの全身がどす黒い何かで覆われる。
その姿に思うところがあったのか、両手に斧を握って突貫するアブレヒトに、ガルドゥーオンが狙いを定めて触手を放つ。
ほぼ同時に放たれた触手の突きを、前に回転するようにして弾くアブレヒト。続いて放たれたガルドゥーオンの左パンチを、斧を交錯させて受け止める。
左右の大角族が弓を放ち、腕に刺さるがそれは無視される。右パンチ、左パンチ。
連続で放たれるパンチを受け止めるアブレヒトだが、最後に放たれた右パンチを受けて吹っ飛ぶ。
スキルが切れたのか?
しかし、その時間で、モセたちも体勢を整えたようだ。
馬に乗ったモセは集中しながら、部下に誘導された馬が小走りで移動を始めた。
「これより、我々は西の目的地に向かい離脱する。奴が諦めない場合、モセさんの一撃をもって牽制する。総員、馬車とモセ・シャクラン一行を守れ」
マッチの声だ。
張り上げた声ではないが、これも不思議と耳に入る。
「……残念だが、天に還った仲間の亡骸を回収することは諦めよ。逃げた駄馬も放っておけ。最大多数で生き延び、辿り着こう」
マッチの声が続く。
倒すのではなく、離脱か。
この状況では致し方ないか。
ただ……。
アカーネとルキも、おそらく馬車の傍か、森の方に合流しているはずだ。
ここの連中が頑張っているうちは、無事でいてくれる可能性が高いだろう。
これ以上のことは、なるようにしかならん。
やるだけやるしかないか。
そして、ガルドゥーオンに踏み潰されたかもしれない、三毛猫顔のヒト。良い奴だった。
「倒してしまっても、構わんのだろう?」
強がりが聞こえたからではないだろうが、こちらを見たガルドゥーオンが吠えた。
更新を日曜0時→月曜0時に変えるかもです。





