9-30 空気
モク家から、やっと前線に行くお許しが出た。
クダル家の滞在する一帯では、俄かに出発の準備が始まる。
と言っても、俺たちパーティはそれほどやることがあるわけではない。荷物をまとめて、出発の心構えをしておくくらいだ。
忙しいのは偵察隊だ。
リリ率いる偵察隊は移動ルートの確認のため、慌ただしく準備をしながら、現在地周辺の偵察も継続しなければならない。
まさにネズミの手も借りたいというわけで、アカイトは彼らに請われて偵察任務に連れていかれた。
許可したのは俺だが。
慌ただしい周辺を眺めながら、夜を過ごす。
翌日、出発前にまた集まりがあるというので、マッチと密談した部屋に集まる。
地図がしまわれた大机を囲むのは、ヒュレオにマッチ、アブレヒト、モセ・シャクランに山猫顔のヒト、そして俺という面子だった。
「彼まで呼ぶ必要はあったか?」
モセは俺を見ながらそう言う。
「現状を知っておいてもらうことも大切です」
マッチが何やら言い返す。
俺も呼ばないでくれて良かったのだがな。
「それで? 更に、ヤツらも呼べとは言うまい?」
「議題が議題だ、アード族は呼んでいません……ヒュレオさん以外は」
「そのアード族と仲良しなのだろう、ヨーヨーは。まあこの際良い、揃ったなら本題に入ろう」
「ええ」
「シャクラン家からの提案は、アード族の全員……雲の以外の全員の処刑または追放だ」
ヒュレオの顔色を伺うが、いつも通りの何も考えてなさそうなツラをしている。
「理由は?」
マッチがモセに問う。
「奴等は我らを不当に排斥しようとしている。いや、手緩い表現はよそう。私を殺そうとしている。確かな話だ」
「モセさんを? シャクラン家きっての実力者でもある貴女を、どうやって?」
「どれだけ優秀な戦士だろうが、常に隙がないわけではない。卑怯な手を使えばいくらでも……分かるな?」
マッチは微動だにしない。
霧がかったその顔の表情は読み取れない。
「一応聞きますが、証拠は?」
「奴等の1匹がうたった。これ以上の証拠はあるまい?」
「その者はまだ無事なのでしょうな?」
「無論」
「なるほど。ではその者の処置はお任せいただきたい」
マッチが平然とそう言うと、モセは口を広げて牙を見せつけるような表情を見せた。
「霧族。お前に任せたとして、どうするつもりだ?」
「適切に聴取を。もし真実であれば、アード族の処分も考えねば」
「なるほど、分かった。お前は敵のようだ」
モセが憤然として立ち上がる。
「お座りを、モセさん。結論を急ぐべき場面ではありません。落ち着いて」
「……」
モセは辺りを見回し、俺とアブレヒトに順番に目線をやった。
「なるほどな、こ奴らはお前の私兵というわけか?」
「誤解です」
「それなら何故わざわざ……いや、良い。ここで私を殺すか?」
「滅相もない。冷静に対処を考えようと言っているだけです、共にね」
モセは渋々とまた椅子に座る。それを待ってマッチが再び口を開く。
「モセさん。貴女の要望は改めて何ですか?」
「アード族どもの処刑だ」
「罪状はモセさんの暗殺未遂ですか?」
「そんな所だ……そこが重要か? 任務中に仮にも友軍を殺そうとしているのだぞ」
「それは貴女もでしょう。それに、対象がアード族全体なのは何故ですか? 一部しか関与していない可能性はありませんか?」
「自白したヤツの言ったことだ」
「信じると? それを。モセさん、貴女は自分が男連中からどういう目で見られているかご存知でしょう」
「だからなんだ?」
「観心を買おうと、話を作っていないか、盛っていないか。それを確認しないままで鵜呑みには出来ないでしょう」
「だから証人を引き渡せと? 霧族。お前がアード族を扇動していないという証拠もないのだぞ? そんなヤツに証人を引き渡せと?」
「結構。それならば、我らは事実を確認できず、貴女の訴えも受け入れられない。それだけのことです」
「なんだと!」
モセが再び激昂して立ち上がる。
その眼前を、蛇のようにくねりながら筒状の火花が通る。モセも虚をつかれて、一瞬押し黙る。
「落ち着きなよって」
火花の正体は奥の席にいたヒュレオが飛ばしたスキルのようだ。右手を差し出してスキルを使い、左肘を机に突いて身体を脱力させている。
「それにしても今更やることがこれか。興醒めだわー」
「何が言いたい、雲の!?」
「や、今のはモセちゃんのことじゃないよ。ごめんごめん」
「なにっ……?」
「モセちゃんさ。アード族の奴らってのは、どうやってモセちゃんを攻撃しようとしてたって?」
「魔物との戦いの最中、または直後に疲れたところを狙ってという計画だとか」
「そう。マッチちゃんさ」
ヒュレオはモセにではなく、今度はマッチに話を振った。
「なんでしょう」
「マッチちゃんの言うことは正論かもね。ある種の。でも、考えてみなよ。モセちゃんは自分を殺すって計画について聞かされたばっかじゃん。冷静でいられる方がおかしい。犯人が分かってるなら、何とかしてくれって言うでしょ」
「はい、そうですね」
ヒュレオは肘を付いたまま、視線をモセ・シャクランに戻す。
「モセちゃん、ひとつ言っておくけど、俺っちはモセちゃん達を大物狩りに欠かせない存在だと思ってるのよ。たとえ俺の種族のことや、ちゃらんぽらんな性格が嫌われててもね」
「そうか。だからなんだと?」
「だからアード族だろうと、それ以外だろうと、モセちゃんを不意うちで殺そうとする不逞の輩がいたら、俺がそいつらを叩き潰す」
「それを……信じろと」
「うん。信じてもらうほかないよね。それとも、信じられないからってここにいる全員を敵に回すかい?」
「……」
モセがヒュレオを睨む。
俺を巻き込まないでくれる? と言い出せる雰囲気ではない。いや、ぶち壊してでも言うべきか?
と逡巡しつつどれだけ経ったのか、モセがゆっくりとした、しかし覚悟を含めた調子で話し出した。
「良いだろう。今のところは引いてやる。しかし雲のヒュレオ、貴様をただ信用するのは難しい。それはアード族だからではなく、貴様自身が信頼に足る人格をしていないからだ」
「うん、頼りないリーダーですまんね」
「もし! もしまた我らを害する計画を察知した際は、今度は我ら自身の命と尊厳のために叩き潰す。誰がなんと言おうともな」
モセが決然とそう言い放つと、ヒュレオもマッチも何も言い返さない。肯定も、否定もしづらいのかもしれない。
沈黙が続く。
うん、よし。
「あー、その場合も、俺たちパーティは巻き込まないでくれるか? 無関係だから」
「……」
「……」
「……は?」
俺のお願いにも反応はなかったが、唯一隣のアブレヒトだけが間抜けな声を漏らした。
「……お前を呼んだのは、雲のか霧族のヤツだな?」
モセが集まって以降はじめて俺をはっきりと見つめて、何やら搾り出すように話した。
「ん? 誰だったかな。俺はとりあえず呼ばれたから来ただけだ」
「……そうか」
また沈黙が降りた。
「こいつはともかく、我らも我らの意地がある。あまりナメるなよ」
モセはそう吐き捨て、山猫顔のヒトを引き連れて退出していった。
「くくっ……ぶははははは!!」
残された面子の中で、ヒュレオだけが爆笑しはじめて呼吸困難に陥ってしまった。
「ヒィヒィ……サイコーだぜ、ヨーヨーちゃん」
「……おう」
やっと動き出した面々の中で、マッチはその霧がかった頭を押さえるような仕草をして、項垂れている。
「大丈夫か、マッチ?」
「はあ……いえ。策士策に溺れるというのは、こういうことですね」
なんか知らんが反省し始めた。
ミスをしたようだが、そんなときもある。ドンマイだ。
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昼過ぎには、モセの一件のこともなかったかのように、また隊列を組んで出発する準備が整った。
俺たちはまたアブレヒトたちと一緒に後方を警戒する役目だ。
隊列の右前はシャクラン家、左前はアード族の面々で固めており、両者を混ぜない配置になっている。
真正面はヒュレオがどうにかするらしい。
「ヨーヨー殿、流石の肝の据わり方だった!」
アブレヒトが会議での俺の発言を褒めてくる。馬鹿にしているのか、感動しているのか分からないが。
「空気を壊したことは申し訳ないがな……知らんうちにどっちかに肩入れさせられるのもシャクだし」
「うむ。その気概やヨシ!」
気概なのだろうか。
単に面倒を避けたいだけの一言なはずだが……。
「しかし、あの様子で大丈夫かね? 前線に着けば、腕人どころじゃない敵も出てくるんだろう?」
「驚いた。今は団結すべき時なのに」
「そうだな」
俺たちが向かう最前線の地は、モク家の砦だ。
最前線といっても、マッチの広げていた地図ではその先にも人里がありそうだった。
砦を拠点として、周辺を守っているのだろう。
軍事拠点間の移動だけあって、街道もそれなりに整備されたものになっている。
石で舗装なんてされていないが、明らかに道は踏み固められ、雑草も生えていないし大きな石などもない。
キュレスの街道とは比べるべくもないが、それなりに人手をかけて整備されていることが分かる。
魔物もちょこちょこと出くわすが、それほど頻繁というわけでもない。
この辺りはモク家が間引きしているのだろう。
心配は専ら、アード族の一部か、シャクラン家が暴発しないかだ。双方の不信感は極限状態、表面張力で辛うじて溢れていない水のようなものだ。
何か1つキッカケがあれば、酷いことになりそうな状態。やれやれ。





