9-8 長屋
リックスヘイジに辿り着き、ひと息吐いた。
1つ忘れていたことがある。
ウリウの護衛、ダースタと約束したことだ。
借りた倉庫でダラダラと過ごしていたところ、ダースタが俺をわざわざ探して来た。
「悪い悪い、忘れてたわけじゃなかったんだが」
「……。今日は? 空いてる?」
「ああ、ちょうど今日俺もダースタを探そうと思っていたところでな。妹さんだっけ? 案内してくれるか」
完璧な言い訳をしながら、ダースタの肩を叩く。
「キスティ、留守を任せたぞ」
「任された! 主は1人で大丈夫か? 道に迷わないか?」
「大丈夫だ。たぶん」
迷子には確かになりそうだ。
まあ、狭い壁内だ。どうにかなるだろう。
「聖軍の危険もある。キスティもくれぐれも気を付けろ」
「承知」
キスティと話した後、少し支度をしてダースタに同行する。
「思ってたんだけど……あれは東の言葉?」
「キスティと話していた言葉か? まあ、そうだな。ある種の暗号みたいなもんだ」
この辺の住人は喋れないからこそ、安心して話せるという意味では暗号文みたいなもんだな。
「ふぅん。頭が良いんだ」
「そうだぞ。戦闘だけじゃなくて頭も良い。見直したか?」
「別に元々見下していない」
そういうことじゃないんだが。勉強もできるのが凄いという話で。
まあ、俺は白ガキ様にチートしてもらっただけなので、何一つ凄くはないのだが。
「ダースタの実家はどの辺なんだ?」
「南の居住区。ああ、色々言われるかもだけど、無視して良いから」
「色々? ダースタの家族にか?」
「家族もだけど……。まあそれはいいや」
ダースタに連れられて、南の居住区とやらに向かう。
町自体が丘の上にあるような構造なので、南に向かうとなだらかに下りになっている。
その先でも、いっそう低地で斜面がなくなった場所にダースタは入っていく。
西門の入り口付近ではある程度建物は整然と並んでいたのだが、この辺はそうではない。
思い付きで建てられたような感じで、奥に行くとガチャガチャと混み合った建物が干渉し、カオスな空間になっている。
「あれーっ、ダースタか! 帰ってたのか?」
「ダー坊か?」
ダースタが建物の住人らしき人物に気付かれ、絡まれている。
「うん。ヒャーはどこ?」
「あの子なら、壁んところでまた一人遊びしてるべ」
「そう。ありがと」
ヒャーというのが妹の名前か。
変な名前だが、まあヴェラプ族のネーミングに文句を言うつもりもない。
「あれー、こっちは誰だ? またごっつい格好でねぇ」
「ダースタの良いヒトか?」
「違う。任務でお世話になったヒト。失礼しないで」
軽く囲まれかけた俺を、ダースタが救出してくれる。
「このヒトらは家族か?」
「違う」
だよね。種族からして色々いるもの。
「近所の知り合いか」
「そう。同じ長屋に住んでる」
「長屋、と来たか」
まあ、ルームシェア相手のようなものか。
こんなところに貴族連中はいそうにないし、そういう意味では安心だ。
「こっち」
ダースタは入り組んだ道を先導し、林に囲まれた小さな広場に出た。
目の前には壁が迫っている。
そこにはダースタと同じヴェラプ族に見える人物が、壁に向かって何やら練習していた。
「ヒャー」
「んっ!? お兄ちゃん、帰ってきたの」
「うん」
振り返った女性は、絶世の美女……なわけはなく、トカゲ顔だ。
まあダースタの家族なわけだし。
「そっちのヒトは?」
「ヨーヨーさん。仕事でお世話になったヒト」
「ふぅん?」
「ヨーヨーさんは魔法が使えるんだ」
「!!」
興味なさそうにしていた妹は、その言葉を聞いて目を輝かせた。
「あ、あなた、何魔法が使えるの?」
「色々だが……。最近使えるようになったのは氷魔法か」
「氷魔法……凄い……」
おお、なんかストレートに褒められた。
ちょっと気分が良いかもしれん。
「そういえば、ダースタに見せてくれと頼まれたのも氷魔法だな。ここで見せても?」
「お兄ちゃん、まさか?」
「……少しは参考になるかと思って」
ダースタは妹に言ってあるわけではないようだ。
少々問答があったが、結局壁に向かって氷魔法を放つということになった。
「いいわよ、お願い」
ダースタの妹は俺の真横で、真剣なまなざしで見つめている。
やり辛い。
「あー、じゃあいくぞ。アイスニードル!」
手の中に細かい氷を生成し、それを投げるようにして飛ばす。
氷の針が何本も壁に突き刺さる。
うん。
だいぶスムーズに生成できるようになってきたな。
強度も上々。
「握り込むようにする動作は、何の意味が?」
「意味はあってないようなもんだ。俺の場合、手の中で固めて放つイメージが合ってたってところだな」
「魔法のイメージは人それぞれらしいものね……」
「ああ。失礼だが、あんた……妹さんはどういう魔法を使えるんだ?」
「それは……いえ、隠しても仕方ないか。私、水魔法以外が苦手なの」
「水魔法特化か」
ダースタの妹は肩を竦めて残念そうな仕草をした。
「残念ながら。水魔法って、戦いではあまり強くないのでしょう?」
「ん、そうか? 俺の知っている『水魔法使い』は強いけどな」
「本当に?」
「ああ。俺があった中で一番強そうな魔法使いも、『水魔法使い』だった」
グリフォンみたいな魔物を倒した時に共闘したクリスじいさんだ。
もっと強いやつもきっといたのだろうが、印象に残っているのは彼だ。
「周りの皆は、戦いには向いていないから壁の中で就職しろとかって」
「まあ、水魔法なら戦わない道も色々ありそうだしな。戦いたいのか?」
「……どうかな」
彼女は兄の方をそっと見た。魔法を使うと言ったからだろう、兄の方は少し離れてこちらを見守っている。こちらの話が聞こえているのかどうか。
「お兄さんを助けたいのか」
「そんなんじゃないよ」
「せっかく魔法が使えるようになったんだ、将来のことはよく考えれば良い。それより、俺の魔法はもう良いのか?」
いつまで見せなきゃいけないとか、その辺は特に決めていなかった。妹さんが良いと言うならここまでで良いだろう。
「できればもう一度見せてもらえる?」
「また氷魔法で良いのか?」
「何魔法が使えるの?」
「基礎の四つと、氷魔法、あと溶岩魔法だな」
「溶岩魔法!? 見たい!」
「お、そうか」
ちょっとしたサービスだ。
サテライトマジックで、水、火、土、溶岩のボールを浮かべてやる。氷魔法はまだ無理だが。
「これが溶岩魔法。ラーヴァボール!」
ドロドロとして赤黒く光るボールを壁に当てる。
ジュウ、と音がして壁の一部が溶け崩れてしまう。
げっ。
「このことは内密にな」
「す、すごい……。あの壁って魔法で壊せるんだ」
「溶岩魔法は土魔法の影響が強いからな。物理に近いせいかもしれない」
物理、魔法どちらに強い相手でもそれなりに効くし、高熱の物質がまとわりつくことで追加ダメージも狙える。
溶岩魔法こそ、戦いに向いている魔法かもしれない。
「複合魔法は、どれくらいで使えるようになったの?」
これは難しい質問が来た。
年数でいったら、ここ数年で魔法を初めて使って、既に複合魔法も使えるようになったということになる。
ただ、色々偶然や元の世界の経験も重なってできたことだし、『干渉者』で魔力がブーストされていた影響も大きいだろう。
「まあ、複合魔法は最近使えるようになった感じだ。それまでは基礎属性で戦ってたぞ」
「へえー。水魔法も使った?」
「もちろん。ダンジョンに潜った時は、水魔法のおかげで命拾いをした」
「水代わりにしたってこと? あんまり良くないって聞いたけど」
「いや、そういうことじゃなくて。普通に戦いで使ったんだよ。強い亜人に苦戦してな。水魔法で無理やり地底湖に流してやった」
「……とんでもないことをしてるわね」
「水があるところなら、水魔法は便利だぞ。土や風より扱いやすくて、まとめてぶつけるだけで質量攻撃になる」
「あなた、魔法を使うときに創らないの?」
「ゼロから創ったりもするが、そこにあるものは利用した方が早いだろ」
「そういう考え方もあるのね……」
握り込んだ掌に氷を創り、飛ばす。
壁にぶつかるが、流石に壁を破壊はできない。
「氷は流石に近くにあることが少ないからな。基本は創ることになるんだろうな」
「氷を創るときは、どんなイメージなの? ごめんなさい、あんまり聞いちゃいけないのかもしれないけど」
「魔法はヒトによって全然感覚が違うらしいからな、あんまり参考にならないと思うぞ。俺の場合は最初、基本属性を組み合わせて氷を創ってたな。慣れてきた今となっては、そうだな……水を固体で生成するみたいな感覚が近いかな」
「水を固体で?」
首を捻って考え込む。理解できないようだ。
「言ったろ、それぞれの感覚だって。最後は自分の感覚だ」
「……もう一度、氷魔法を見せてもらっても?」
「良いぞ」
氷魔法を続けざまに放つ。
アイスニードル、拳大の氷塊。そして円錐型の攻撃に適した形も試してみるが、安定しない。
まだまだ練習不足だな……。
「あなた、名前は何だったっけ?」
妹さんが、俺が創る氷魔法を凝視したまま言う。
「ヨーヨーだ」
「私はヒャービャー」
「そうか」
「覚えておいて。いつか、一流の魔法使いになるんだから」
「……覚えておこう」
名前の記憶には自信はないのだが、幸い変わった名前だから……ぎりぎり覚えておけるはずだ。
「終わった?」
俺が妹さん、ヒャービャーから離れてダースタのもとに向かうと、ダースタもそれを察して近づいてきた。
「ああ、かなり見せたと思うが、もう良いだろう?」
「うん、ありがとう」
「……ダースタ、あんたも妹が戦うことには反対なのか?」
ダースタは驚いたように目を見開いた。そして眉間に皺を寄せながら語った。
「正直に言えば少し……や、結構反対。今回の湧き点みたいに避けられない被害もある」
「まあ、危険はあるわな」
「水魔法なら、壁内の仕事もたくさんある。わざわざ危険を冒さなくても良い」
「そうか」
「本人のやりたいことは尊重してやりたい。でも、そこだけは……傭兵だけは。これはわがまま?」
「当然の意見だと思うぞ。出来ることといえば……どんな道を選んでも見守ってやれるように、長生きするこったな」
「この仕事はいつ死ぬか分からない」
「そうだな」
もしこいつが死んだら、見舞金はたんまり払ってやれとウリウに言っておくか。
俺に出来るのはそのくらいだな。





