1-3 定住証明証
「ひい、ふう、みい……はい、グリーンキャタピラの魔石15個、お預かりします。こちらが銀貨1枚と銅貨30枚になります」
「たしかに」
グリーンキャタピラの魔石を売っ払い、現在の所持金は銀貨2枚と銅貨50枚程度である。
あれっ増えてなくね?と思うが致し方ない。
ちょうどタイミング悪く、グリーンキャタピラの魔石の相場がやや下がっていたのが痛恨だ。
グリーンキャタピラの次に弱いのはゴブリンらしい。ただ、ゴブリンは道具を用いるし、集団戦も得意だ。
そういう意味では、ブラッドスライムの方が狩りやすい、らしい。
「グリーンキャタピラの相場が回復するまで、ブラッドスライムを狙って見るか?」
そう考えて二階の資料室でブラッドスライムについて詳しく調べてみる。資料室は、基本は無料で開放してくれるという。
混んで来るとお金を取って、整理券で時間制を取ったりするらしいが。
さて、ブラッドスライムであるが、不定形の定番「スライム」の亜種である。
まず、スライム系統に共通する特徴として、魔石が壊れるか、体積を著しく失うと活動を停止する。
ブラッドスライムは体内に赤い液体を充満させており、この点が身体のほとんどを同じような粘性物質で構成される通常のスライム種とは違うところだ。身体に傷を付ければ液体が流出するため、体積を失わせて活動休止にする方法がはまりやすい。
ただしブラッドスライムが怖いのは、身体の一部を尖らせ、武器のように扱うことと、個体によっては魔法を扱うという点だ。通常のスライムは身体で包んで窒息死であるとか、溶解液を飛ばすなどといった攻撃がメインで、身体を変化させるといってもせいぜい鞭のようにしならせて叩くといったところだ。
しかしブラッドスライムは尖らせて突いてくる。
直接攻撃の攻撃力が高いのだ。魔法は、だいたい火魔法で、炎の球を飛ばしてくることが多いらしい。土魔法を使う個体もいたとかで、油断は禁物だ。
攻撃力に乏しかったグリーンキャタピラよりずっと魔物らしい魔物だ。これは気合を入れて戦うべきだな。
残念なのは、不定形の魔物なので採取できる素材がないということ。
いや、普通のスライムはそれはそれで素材として利用できるらしいのだが、ブラッドスライムのほとんどを構成する赤い液体は特に使い道が知られていないらしい。
なのでお金になるのは魔石しかない。ないのだが、魔石を壊さずに倒すのが手間がかかる。これもグリーンキャタピラ同様、「手間の割に儲からない」系のモンスターだ。ま、しょうがないけどね。
魔石は1つ銅貨11~12枚は確保できて、大きさ次第で15枚程度まで跳ねることもあるらしい。スライムってのは魔石の大きさがかなりまちまちらしいので、ギャンブル性がある。
さて、ブラッドスライムは身体を尖らせて攻撃してくるということで、中古の金属盾を1つ購入してみた。
銅貨50枚也。銀貨を消費せずに盾を手に入れられたのは幸運だったと思う。
いかにも安物な代物だけど。
野宿続きで辛かったので、宿も個室に宿泊して、ぐっすり回復してみた。銅貨50枚也。
残るお金は銀貨1枚と銅貨50枚強……頼むぜブラッドスライム。君に決めた。
出発は昼過ぎ、街中の露店でできるだけ安くて重い食事を摂り、携帯食として冒険者っぽい干し肉にも手を出した。
ブラッドスライムの生息領域は荒野なので今回は水筒に水も入れていきたいし、背負えるタイプの大きめのリュックも欲しい。
服も何枚か欲しいし、夜眠るように寝袋なり、毛布なりも必要だ……。
と消費していくと、銅貨がほとんどなくなった。
余裕があれば防具も揃えたいけど、全身の防具が揃うのはいつの日っすかね?
泣けてくるわ。
今回は南門を出て、南西の荒野へと出掛ける。ちょうどグリーンキャタピラと真逆の方角だ。
さて、今のステータスを見てみよう。
************人物データ***********
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(3↑)短剣使い(2)
MP 12/12
・補正
攻撃 G+
防御 G
俊敏 G+
持久 G
魔法 G
魔防 G
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅰ、ステータス表示制限
刺突微強
・補足情報
なし
***************************
変わり映えしないね。
『干渉者』のレベルが1上がりました。
ただ、上がったタイミングが、宿でグースカ寝て起きたら上がっていたので、グリーンキャタピラを倒したことで上がったわけではないのが少し気になる。
ちなみに、そのあたりも調べるために図書館に赴くと、「入館料は銀貨1枚」とか言われたので逃げた。素直にないと言えば同情して貸して……ないな。うん。
お金持ちになるまで調べ物は封印だ。
南西には道らしい道がない。岩だらけの荒野を、上がったり下がったりしながら進んでいく。
ほどなくしてグネグネ動く赤い生物を発見。あれがブラッドスライムか。動くのを見るとキモいな。
大型ナイフでサッと一突きして飛び退くと、赤い液体をまき散らしながらブルブルしている。
こちらに飛んできたと思うと尖った触手を伸ばしてくる!
盾でしっかりと防ぎ、またナイフを1刺し。距離を取る。
数回繰り返した所で動きが鈍り、一気にメッタ刺しにして止めを刺した。
「攻撃が怖いけど、グリーンキャタピラより防御力は低いな」
倒すとぐったりして、唯一の固体である魔石が浮かび上がってくるので、魔石の回収は楽だ。うん、悪くないかもな、ブラッドスライム狩り。
ブラッドスライムは鈍足のようで、奇襲されるおそれがないのはいい。サクサクと探索しながらとにかく西に進んでみると、1日目にして10匹近いブラッドスライムに遭遇した。
遠くから針のように身体の一部を飛ばしてくるのに慌てて転んでしまったり、慣れてきてつい油断していたら火の球を飛ばしてきて足が燃えかかったりといったトラブルもあったが、概ね順調に魔石を集めていた。
それにしても数が多い。グリーンキャタピラ探しの苦労は何だったんだ。
ただ、ブラッドスライム狩りにも辛い点はある。
まず荒野なので、森のある北西と違って身を隠せるところが少ない。水も現地で補給できない。水たまりのようなものはあったりするのだが、濁りすぎていて飲む気になれない。
まあ、生水は飲むなって話だから今まで森の泉で水を補給していた方がマズかったのかもしれない。
南門の前には水も売っている屋台があったから、それを利用しつつ、とにかく節水するしかない。水浴びどころか水で身体を拭くことすらできない。
仕方なく汗でベタベタになりつつも南門近くへと帰還し、南東への街道傍に生えていた木の陰に毛布を被って寝る。
(こっちへの遠征は長くは続けられんな……)
意識が落ちる前にステータスをチェックしてみる。
************人物データ***********
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(3)サバイバー(3↑)
MP 12/12
・補正
攻撃 G
防御 G+
俊敏 G
持久 G+
魔法 G
魔防 G
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅰ、ステータス表示制限
消化機能強化
・補足情報
なし
***************************
ジョブは、『短剣使い』を『サバイバー』に変更している。レベルが上がれば、このサバイバル生活に役立つスキルがあるかもしれないと思ったからである。
金が出来たら、短剣も卒業するだろうし。
そうすると、1日でレベルが2も上がっていた。
(ジョブによって上がりやすさがあるのか、あるいは戦闘以外でも経験値が入っているか。両方かな?)
毛布の中で落ち着く体勢をもぞもぞと探りながら思案する。
『サバイバー』だから、こういう野外生活をしていると勝手に経験値が入るのかもしれない。
そうだとしたらしばらくは『サバイバー』で固定でもいいかもしれない。
『サバイバー』には「攻撃」の補正が入らないようだが、ブラッドスライム狩りに、そこまで攻撃力は必要なさそうだし。
(それにしても壁外で寝るのはやっぱり怖いな……早く宿生活ができるようになりたい。それにしても、他にも生活困窮者が街壁の外で泊まっていてもおかしくないけど……俺以外に見たことがないな)
羊平は知らないことだが、お金がないといっても、羊平のように壁外で魔物を狩って暮らすなんて人はほとんどいない。
まさに俺が陥っているように、入街料との兼ね合いでカツカツになるし、危険も多い。
それよりはスラムにでも寄って、その日暮らしをするほうが格段に安全で、確実にお金も稼げるのである。
俺は、ゲームのような世界だからなのか、なんとなく魔物を狩って生計を立てることに拘ってしまっており、この世界の常識もないためにこんな生活になっていた。
(まあ、この調子なら明日、明後日とブラッドスライムを狩れば少しは余裕ができるだろう)
そして動き回って疲れた身体は、劣悪な環境でも俺の意識を眠りへと誘った。
翌日は、門から南に進んでみる。
南東に伸びる街道にも近いところだが、昨日と同じくらいブラッドスライムに遭遇した。
(街から日帰りできる距離にこれだけ魔物がいるって、問題じゃないの?)
まあ、ブラッドスライムくらいどれだけ発生してもまともな護衛がいれば対処できそうではあるが、たとえば街道に出没して、気付かずに接近してしまって馬車があの硬化した身体の攻撃を食らえば、重大な事故になりかねない。
(もしかしたら、センターに報告しておいた方がいいのかもしれないなぁ……いや、門番に話せば足りるか?)
火の球を吐くときはぐぐぐと身体を縮こませてからタメがあることを発見してから、羊平は昨日以上にスムーズにスライムの攻撃に対処していた。
陽が傾くまでに門へと引き返し、この日の収穫は8匹であった。
門に近付くと、暇そうにしていた門番がこちらに注視するのを感じた。この南門は、東門よりも通行量が少なく、門番はいつも暇そうにしている。
「どうした、入門希望か?」
「いや、ブラッドスライムの量が多いので、一応報告をしておこうかと」
「そうか、どれくらいだ?」
「一日10匹程度遭遇した。つまり半日で行って帰ってこられる距離だから、ちょっと多くないか?勘違いだったらすまないが」
「いや、確かに多いな……方角は?」
「昨日はここから西に、今日は南に向かったがどちらも同程度だった」
「そうか……大量発生の予兆かもしれないな。情報感謝する」
おせっかいだったらどうしようと思って腰が引けていたが、愛想良くお礼を言ってくれたのでほっとした。
大量発生ってのがあるんだな。その時期に外に出ていたら危なかったかもしれない。
ひやりとしたものを感じながら、屋台で水を買って干し肉をかじる。
残念ながら、東門のように出来合いのものを売る屋台はない。屋台の数も少ないが、あっても調理前の自作野菜とか、そんなものばかりだ。通行量が少ないから儲からないんだろう。
水を売っていた屋台のあんちゃんに話を聞くと、門の前で物を売る連中は、だいたい街中での場所代が払えないか、払うと赤字なのでここで売るらしい。
なるほど……壁の外だから街も税金を取らないのか。
翌日、朝からブラッドスライム狩りに熱中していると、昼過ぎくらいに金属鎧を着込んだ騎士って感じの二人組がブラッドスライムを囲んでいるのに遭遇した。
まさか盗賊の類か?と思って警戒したが、こちらに気付いて目が合うと気さくに話しかけてきた。
「よぉ」
「あ、うん。どうも」
「ソロでブラッドスライム狩りか?珍しいな」
「ええ、まあ。あんたたちは?」
「俺らは定期巡回だ。昨日大量発生の予兆ありとタレコミもあったらしいし、な……」
「タレコミ……」
「あ、もしやあんたが情報提供者か?」
「多分そうだと思う」
「そうか、ありがとな。どうやらここ数日で急に増えてきているみたいだからな。定期巡回もしているとはいえ、一日の情報の遅れが問題になるんだ」
「あんた……貴方たちは街の衛兵ですか?」
「ん?いや、戦士団だ。スラーゲー戦士団。この辺の街道を中心に、魔物を間引いているんだが、意外と知られてないのか?俺ら」
「あ、すいません。俺、学がないもので」
「ははは、まあ気にするな。これが大量発生の予兆なら、今日明日あたりにはもっと増えて、ブラッドスライム狙いの上位の魔物が流れてきたりとか、ビッグスライムなんかが発生してもおかしくない。気を付けろよ」
「はい」
ビッグスライム……ブラッドスライム同士が合体したりするんだろうか?
魔法能力なんかも向上していたりすると、今の俺では勝てそうにない。今日は早目に撤退しよう。
その後、少しだけ狩りをしてから街へと戻った。
************人物データ***********
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(4↑)サバイバー(4↑)
MP 13/13(↑)
・補正
攻撃 G
防御 G+
俊敏 G
持久 F-(↑)
魔法 G
魔防 G
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅰ、ステータス表示制限
消化機能強化
・補足情報
なし
***************************
(おっ、持久の補正がアップした)
どうやら、ジョブのレベルが上がれば補正も強化されるようだ。
(『干渉者』のジョブの補正があるのかないのか良く分からないから、複数ジョブの補正効果がどう影響するのかどうかも謎なんだよなあ)
考え事をしているうちに、カウンターでは初日に対応してくれたやさしそうなおばちゃんが魔石の状態を確認していた。
「はい、結構です。買取金額は、手数料を除いて銀貨2枚と小銀貨8枚となります」
小銀貨は、銅貨10枚と等価だ。羊平などは小さくてなくしそうだと思ったが、そのへんのこともあってか、あまり多用されない。今回は銅貨80枚と多いので、小銀貨にしたようだ。
「小銀貨は半分ほど銅貨にしてもらえないか」
「かしこまりました。小銀貨3枚と銅貨50枚にしておきますね」
にっこりと笑顔で対応してくれた。この人がいなかったら初日で心折れていたかもしれない。すばらしい人だ。
「このセンターでは、チップ……みたいな制度はあるのか?」
「はい?」
「いつもお世話になっているので、お姉さんに銅貨を……」
「ああ。渡す方はいらっしゃいますが、私はお断りしています。お仕事しているだけですからね」
にっこり。いい笑顔で。もう少し若ければ、惚れていたかもしれん。
「すまん。余計なことを……」
「いえ、お気持ちは本当にありがたかったですよ」
気持ちよく魔物買取センターを出て、飲み街で豪勢に食う。高いし、あまり興味はないので酒は飲まない。
異世界で潰れたら有り金取られそうだし。
運ばれてきたのは何かの肉を潰したショウガ(のような味の何か)に絡めて焼いた、生姜焼き定食。まったりしたキノコのスープと大盛のごはんつきである。
地球で読んだことのある、異世界に転移や転生した物語などでは、よく日本食に飢えて東の地に向かって見付けたりしていたけれど。このスラーゲーの街、普通にコメがある。
というか、麦より米の方が主流だ。
パンのようなものもあるが、食い物屋に入って出て来る主食としては、米とパンでだいたい2対1くらいの比率になっている。
外で節制したぶん、貪り食うようにおかわりをしてから、適当な安宿に連泊の予約を入れる。これまでは外で四苦八苦しながら野宿してきたが、ちょっと考えがあるのだ。
連泊で多少安くなり、一泊銅貨43枚。まぁ、安い方だろう。
翌日、俺は下町にある街の役所出張所に出向いた。実は昨日、街に入るときに、ブラッドスライムの件を報告した衛兵さんが受け持ちだったので「毎回銀貨1枚払うのがきついっす」と軽く愚痴ってみたのだ。
そうしたら、「それなら定住証明証でも発行してもらえば?」と軽く言われたのである。
いわく、定住証明証を所持していれば、日帰りであれば無税で出入りできるらしい。
ただし、登録料として銀貨1枚、そして毎年末に銀貨20枚もの大金を支払う必要がある。
今は12か月中の3月くらいということで、まだ税金にはかなりある。何より外での野宿には限界を感じていたので、ここは素直に従ってみることにしたのだ。
ちなみに、定住証明をしても、長く住みますよ、という程度で、代々街に暮らしている市民の皆さんよりは一段扱いが低い。
ましてやお貴族様などに絡まれれば即首が飛んでもおかしくはない。
身分証としてはそんなに効力が強くないということだ。まあ、今の身分証がない状態よりは、数段マシかもしれないが。
あくまで節税のための手段と割り切っておく。
「こちらに手を置いてくださいますか」
水晶のような魔道具に手を置くと、名前、年齢、犯罪歴が浮かび上がる。どういう仕組みなのだろう。
「はい、結構です。こちらが証明証になります。手数料として銀貨1枚を頂きます」
銀貨1枚を渡すと、銀色の小さなカードのようなものを渡された。
「ヨーヨー 人間」と簡潔な記載があるだけで、簡単なつくりだ。
「街を出る際には事前に解除申請をしてください。そうでなければ、脱税として犯罪となる場合がございます」
「はい。これを用いて日帰りでの出入りをしたいときは、どうすれば?」
「その場合、出るとき、入るときにそちらの証明証を門番、役人にお渡し下さい。そちらで都度、処理いたします」
「はい」
こうして羊平は街からの日帰り旅行フリーパスを手に入れたのである。
(最初っから手に入れてればどれだけ節約できたか……まぁいい、俺は未来に生きるんだ)
今後は情報収集をしながら、グリーンキャタピラやブラッドスライムを日々狩っていけば安宿暮らしは維持できそうだ。
少し目途が立ったところで、気になるのはやはり装備問題。
さっそく街の武器屋へと足を運ぶ。
「うへぇ、高い……高すぎる」
剣、槍、弓、と定番の武器を見渡してみるも、基本的に銅貨程度で買えるものではない。安い物でも銀貨数枚はする。
いったんまともな武器は諦めて、「街の道具屋」という名前の雑貨屋で、今後の宿生活に必要な物を揃えていく。
そこで、思わぬものを発見した。木槍である。
(「道具」枠なんだ……木の槍って)
ちょっと釈然としなかったが、銅貨30枚という武器としては破格の値段である。
とりあえず予備も含めて2本購入した。
きっと戦国時代の農民の竹やりみたいなもんだろう。
殺傷道具ではあるけどまともな武器ではない、みたいな扱いなのかもしれない。
「けっこう作りはしっかりしているじゃないか……ブラッドスライムを突くには十分だろ」
ご機嫌で夕飯のおにぎりも購入し、少し時間が浮いたので奴隷市場の中を通ってみた。
「働き盛りの力持ちだよ!金貨2枚は破格だよ~」
「この子はまだ若いが、その分仕事を仕込めるよ!文字も読める!」
この前はなかったが、今日はそこかしこで八百屋の呼び込みのようなことをしているのが聞こえる。
時間によっては、こういうことをやっているのかもしれない。
特に筋肉がありそうにも見えない特徴のない男の奴隷の値段が金貨2枚、つまり銀貨200枚である。相変わらず高いな、と思いながら見渡していると、妙齢の女性ばかりを集めた店があった。
何人かのお客がじろじろとそれを眺めている。やはりそういう用途の奴隷は人気があるようだ。
檻の中に入れられた女性たちは座り込み、あまり元気そうではない。そりゃそうか。
周辺をじろじろと見渡してみるが、値札がない。
「お客様、どのような娘をお探しですか?」
いつの間にか初老の男性に回り込まれていた。
「え、えっと見ていただけだ。すまん」
「そうでございましたか」
「1つ質問があるのだが」
「なんでございましょう」
「この娘たちの値段は、どのようにして決まるのだろう?」
「はい。予算の都合を教えていただければ、こちらから予算に相応しい者を紹介するという形です。もちろん、気に入った娘がおりましたらその場で交渉ということで」
「……特に値段は決まっていないと?」
「いえ、相場はございますが。お客様との相談ということでございますね」
その手の知識のない客を排除するためなのか、あるいはこの市場での出店は、あくまで広告のようなものなのだろうか。こんな美しい娘たちを揃えられる当店にお任せください、みたいな。具体的な話は店舗で伺いましょう、的な。
「そうか、回答感謝する」
初老の男は頭を下げて次のターゲットを狩りに戻った。
(値段が分からないのはちょっと怖いなぁ……とりあえず金貨出せるようになってから考えよう)
ちょっと現状にしょんぼりしながら、宿に戻った。