8-5 ショー
逃散市民っぽい集団と野営していたら、盗みを働かれた。
集団の代表者だというエッタの父親と向き合う。
「こういうとき、あんたらの元の……故郷ではどうしてた?」
「え?」
「いやだから、盗みがあったときだよ。無罪放免ってことはないだろう」
「ぬ、盗み……銀貨だったら、相応の罰金と労役でしょうか。払えなければ期限付き借金奴隷として売られることもあります」
「今回の場合はどうなる?」
「今回は……失礼ながら、その者は本当に銀貨を盗んだのですね?」
面喰っていた様子のエッタの父親だが、案外冷静だな。
確かに、盗みの現行犯を目撃したのは事前に気付いていた俺とサーシャくらいだ。
「確かに盗んだな。それは神に誓えるぞ」
「……」
「それに、そいつが逃げようとしていたこと、銀貨を握っていたことは見ただろう。逆に教えて欲しいが、こいつは元々、逃げ出す前ではどうだったんだ? こういうことをやりそうな奴だったのか?」
「いや……、気位の高い方でしたから。でも……」
歯に物が詰まったような言い方をされた。
盗みはしないが、倫理観が高い方ではなかったというところか?
「あんたらの仲間だ。あんたらが裁け」
男を蹴りでエッタの父親の方に押し出す。
「わ、私たちが、ですか?」
「そうだ」
まさか他の奴らと共謀ってことはないと思いたい。
しかしここで処断を渋るようなら、疑いは残る。さあ、どうするかね。
「ギュストさん……」
「ば、バカなことを考えるなっ」
周りを囲む一行の白い目に晒されて、ギュストと呼ばれた盗人男が顔を真っ赤にして唾を飛ばす。
「だいたい、こ奴らは偉ぶっておるが、単なる流民だぞっ!? 理解しておるか、薄汚い流民だぞっ! こんな奴の言いなりになるつもりか!?」
「……」
「村を襲ってきおった賊どもも、どこぞに雇われた雇われの流民だっ! 流民の傭兵ってことはな、そいつらと同類なんだぞ!」
「しかし、彼らは食糧を分けてくれた」
「卑しい傭兵なんぞが何の狙いもなく施しをするものかっ! こ奴はワシらを騙して、売り飛ばす気だぞ!」
男はだいぶヒートアップしている。
しかし、彼を囲う者たちの見る目は厳しい。
「や、やっていられるか!」
あ。
男が俺と反対側に駆け出す。
近くにいた奴らも、突然のことに反応できていない。
「ラーヴァショット」
魔法を発動し、遠ざかる背中に撃ち込む。
少し遅れて、サーシャの矢が男の足に飛んでいく。
「ぐあっ!!」とくぐもった声が上がり、男は転ぶ。
そのまま起き上がってこない。
仕方なく近づいてみる。うつ伏せ状態で転がっている。
右足のふくらはぎには矢が刺さっている。
背中の右寄りの箇所に魔法が着弾したらしく、肉が抉れている。
足で転がすようにして、顔が上になるように向きを変えた。
まだ息はあるようだ。
「が、あ……」
肺でもやられたのか、まともに発音できていない。
少し肉の焦げる香りがする。
「咄嗟だったから、加減もできなくてな。楽にしてやる」
短剣を男の喉に付けて、力を籠める。
男の左眼から、すっと水滴が落ちてくる。
泣くくらいなら……いや、良いか。
短剣を滑らせ、男の手足から力が失われていく。
不思議と怒りとか、失望とかはない。
まあ、こんなものだよな。
そんな諦観というか、妙な納得感のようなものがあった。
「し、死んだの……?」
エッタの震える声で、現実に意識が引き戻される。
「ああ、死んだぞ」
「え、殺す必要は……」
「逃げようとした方が悪いだろう。それに、こういう悪い方に思い切りが良いやつは厄介だぞ。あんたらのことを売って、自分だけ助かろうとしてもおかしくない」
「……」
粛々と埋葬の準備を始めた従者組と、呆然と無言のままそれを眺める同行者たち。
奇妙な沈黙が辺りを支配する。
「た……確かに。あなたの言う通りかもしれない。今、無用なリスクを背負い込むことはできない」
「ああ」
「皆……朝食にしよう。すまない、調理を担当するからまた食糧を分けてもらうことはできるだろうか?」
「交渉成立だ」
サーシャに目配せをする。
あ、そうだ。
「エッタ」
その場を離れようとしたエッタを呼び付ける。
父親の顔を見てから、おそるおそると近寄ってくる。
「キスティと、傭兵の才能がどうのと話していたよな」
「あ、うん」
短剣を、少し前までは盗人男だった物に向かって軽く振って見せる。
「俺から言わせれば、こういうときに迷わずやれるってのが傭兵の才能だ」
「……っ」
エッタが息をのむ。
「お前には傭兵の才能はないだろうな。だが、それでいい」
少し離れたところにいる彼の父親と、父親に寄り添う幼い女の子。
エッタが食べ物を採ってこようとしたのは、あの子のためなんだろう。
「お前には別の才能がある。腐らせないことだ」
「な、何の才能?」
「妹か? あの子。あの子のために命を懸けたんだろう。お前は良い兄貴になれる」
「ありがとう。でも……命を懸けるのなんて、誰でもできる」
「深いことを言う」
思わず吹き出してしまった。
血の気を失くした盗人男と眼が合うが、彼はぴくりとも笑わない。
「戦って死ぬことだって、誰でもできるさ。命を粗末にしないことだ」
「……うん」
なんだかサーシャの目線が痛いので、手で払うようにして話を終わらせる。
ちょっとしたショーはあったが、日が昇って再度街に向かう。
少しだけ一行からの見る目が変わってしまった気がするが、仕方がない。
歩きがてら、エッタの父親に今後の話を聞く。
今は集団で移動している彼らだが、目的地はバラバラらしい。
エッタたち家族はこの先の街に親戚がいるらしく、それを頼るという。
他にも伝手がある者はその地を目指す。
彼らはほぼ間違いなく、逃散市民だと思う。少なくとも旅行者じゃない。
ただどうやら、領地を越えて逃げることに成功すれば、そこまで追及は及びにくいようだ。この辺はキスティとサーシャが断片的な知識を持っていたので、それらを掛け合わせた理解になる。どこまで正しいかは分からん。
それによると、逃げられて困るのはその領地の領主。隣の領主が協力して送り返すこともあるが、ケースバイケース。元の領地から遠く離れたところまで行けば、事実上不問になる。
基本的には「逃げられた方が悪い」という考え方なんだとか。なにやら天罰も関係あるらしい。
だから逃散市民は遠くを目指す。
しかし、首尾よく逃げられても、ハッピーエンドとはなかなかいかない。
元の生活をかなぐり捨てて来たのだ。金もコネも乏しい中で、新天地で安定を手にするのは厳しい賭けだ。
借金を重ねて奴隷になる者も多いし、そうなる前に自ら期限付き奴隷となって家族にまとまった金を残す例も多い。
開拓村が移民を募っている時なんかはチャンスで、生活は厳しいが、開拓が成功すると安定した身分をゲットできる。
それにしてもこの世界の奴隷って、本当にセーフティネットの側面が強いよな。多くは不本意とはいえ、本当に困窮した場合の最後の頼みの綱になっている気がする。
ちなみに「逃散市民」には正確には2種類いるらしい。
元の領主が探し、連れ戻そうとする、いわば「正式な逃散市民」と、そうではない「ただ逃げ散っているだけのやつら」だ。
領主や戦士団が神経を尖らせているのは前者のことであり、後者に興味は薄い。
貧困層がいくら逃げても領地運営に大した影響はないし、むしろ適度に貧乏人たちが消えてくれた方が治安が安定する。そもそも流民身分であれば、土地に縛り付ける根拠もない。
さて、今俺たちに同行している一行はどうか。
部外者を警戒し、他人の目を気にしている様子からは、正式な方の「逃散市民」っぽいが。
そうだとすると、彼らは追及を逃れられるような遠くを目指していることになる。
エッタたち家族も、親戚の家に着いて終わりではなく、そこで準備をして更に東を目指すのかもしれない。
「次の街では中に入るか?」
「ええ、できれば。皆も消耗しきっていますから」
街に入るなら、門で手続きをしなければならない。それは見つかって通報されるリスクがある。
しかし、あまりに人目を気にして、壁の外で力尽きてしまっても本末転倒だ。
難しい選択なのだろう。
「そうか。なら、食糧も補給できるな」
「ええ……そうですね」
エッタの父親は苦笑いを浮かべて首肯する。
考えていることはなんとなく分かる。
そんな金があればですが、といったところか。
「これを取っておけ」
布袋に銀貨と銅貨の束を放り込んで、渡してやる。
「えっ? い、いや……」
「乗り掛かった船ってやつだ。食糧の買い込みにでも使ってくれ」
「いい、ので……?」
本当に受け取って良いのか、飲み込めていない様子。
「銀貨を盗まれて騒いでたから、ケチだとでも思ったか?」
「いや、そうでは……」
「ははは、まあ気にするな。盗まれるのは気分が悪いが、施すのは気分が良い。それだけだ」
「……ありがたく」
エッタの父親はようやく皮袋を受け取った。
「このご恩は、忘れません」
「ああ」
「必ずや、恩返しもさせていただきます」
「まあ、東で落ち着けて、余裕も出来たときに考えてくれ。期待しとくぞ」
「あの……失礼ながら、普段はどちらに? スラーゲーに縁があるのでしたか」
「スラーゲーにはほとんど寄らないからなあ。ずっと東に行った、オーグリ・キュレス港は知ってるか? そっちにはちょくちょく寄ってるな」
「オーグリ・キュレスですか。大きな港なのだそうですね」
「ああ、馬鹿でかいし、金持ちの家もスラムもたんまりあるぞ。落ち着くには向いていない街かもな」
「そのような街で、どうやってお探しすれば?」
こいつ、本気で恩返しに来るつもりか?
その意気や良しだが。
「傭兵組合づてにヨーヨー宛のメッセージを送るとかかね。あるいは家……使っている家があるから、そこに手紙でも送ってくれ」
住所を教えてやる。
あの家が今後どうなるかは分からないが。
治安が悪いから、ちゃんと手紙が届くかは分からないとも伝えておく。
「大都市ともなると、住むだけでも大変なのですね」
「そうだな」
……スラム街に家を借りているとでも思われた気がする。
まあいいか。
途中で一回余計に野営を挟んだだけあって、日が暮れる前には着いた。
エッタの父親たちとは街に入る前にお別れする。
どうやら、俺も一味だと思われるリスクを考慮してくれたようだ。
「じゃあな」
「はい。最後になりましたが、私はシモンズと申します」
エッタの父親の名前が判明した。
「シモンズ。覚えておこう」
「ええ。ここまで色々ありましたが……ヨーヨーさん。あなたに会えたのは幸運でした」
「そうだな。俺の懐の暖かい時に会ったのは、ツイてたな」
「どれだけ裕福でも、目の前の困窮者に関わるのを忌避する者は多いです。あなたの人徳に、我々は救われました」
「タイミングが良かっただけだ。じゃあな、せっかく俺が助けた命を粗末に散らすなよ」
「はい、ありがとうございます」
結局シモンズ以外からは遠巻きにされたままだったが、シモンズは最後に笑顔を見せてくれた。
渡した金は今の俺からすると大金というほどでもなかったわけだが、この感謝のされよう。
人助けはコスパが良いな。
……なんのコスパだろう?





