8-1 墓参り
エモンド家からの商船護衛依頼を完了し、船を降りた。
到着の翌日、軍が貸してくれた簡素な宿泊施設から出て壁の方に向かう。
壁は王都はもちろん、そのへんの街壁と比べてもその背は低く、造り自体は堅牢な感じがしない。
ただし壁上には大砲のような魔道具が取り付けられていて、周囲に睨みを効かせている。
世話になったハーモニア号は多少の積荷を積んでから引き返すということで、しばらく停泊するようだ。
いくつもの船影が朝陽に照らされているのを見ながら、壁の見張りに出発の要望を伝える。
すると、同じく外に出る軍のグループがあるらしく、それを待つように言われた。つまり、俺たちのためにわざわざ開門作業をするのが面倒くさいのだろう。
門の前で待っていると、揃いの制服を着た一団が門の前に集まり、手続きを行いだした。
ケープというのだったか、ポンチョというのだったか、服とマントの中間みたいなものを着ている。
背中には、目玉のようなマークがある。怪しい。
「貴様、今回の輸送船に乗って来た者か?」
怪しい一団の1人が、後ろから話しかけて来た。まさか話しかけられるとは。
「……ああ、そうだ、です」
軍って気難しいのだった。そんなことを考えて、無理やりに丁寧語に軌道修正した。
話しかけて来たのは長身の中年女性で、無表情かつ顔色が白すぎるくらいに白い。白肌族かな。
「礼を言う。我が隊は物資が届かず、ここで随分と足踏みさせられていた」
まさかの礼を言われた。
「あ、いや……。俺は護衛で居合わせただけなんで」
「そうか」
会話終了。しかし手続きはまだ終わりそうにない。
案外礼を言われたこともあって、何となく気まずくなって余計なことを言う。
「この部隊は、軍の? 見たことのない制服ですが」
「あまり探らない方が良いぞ、今の情勢では無実でもスパイに仕立てられるやもしれん」
「あ、失礼した」
「いや。そうだな、この制服は帝国建国後のものだから、見慣れない者も多かろう。帝国魔導局の調達部隊のものだ」
「魔導局? もしや、ピカタという人物は知ってますか?」
「なんだ、知り合いか?」
「いや、昔ちょっと魔法を習いまして」
「ピカタか。うちの部隊にはいないが。おい、知っているか?」
長身女性が、傍にいた背の低いオールバックの男性に声を掛ける。
男の方は肌が色黒なので白肌族ではないはずだが、無表情なのは同じだ。
「王都で会ったことはあります。学園の才媛らしいです」
「ほう。才媛が、傭兵に魔法指南か」
あれ、あんまり言っちゃダメなやつだったか?
フォローしとこう。
「指南と言っても、魔法ギルドで知り合って少しアドバイスを貰ったくらいですから。それでも大変助けられたのですが、まさか学園のエリートとは」
「どうせ小遣い稼ぎでもしてたんでしょう。金のない学園生の常套手段ですから」
俺の気遣いは、背の低い男に一蹴されてしまった。俺は出来る範囲で頑張ったよな。
「まあ、どうでしょうね」
「それで? そのピカタとやらは、今は?」
学園生のアルバイトには特に興味がなかったのか、長身女性がカットインする。
「さて? 確か調達課の所属でしたから、今頃は我々と同様に駆り出されているのではないですか」
「別の調達部隊か。このところクズ魔石は過剰なくらいに流れているからな。そのピカタとやらも、前線に駆り出されているかもしれんぞ」
男もピカタの行方は知らないようだし、そこまで親しかったわけではないのだろう。
「そうですか……いえ、もし近くにいるなら挨拶をしようと思っただけですので。失礼しました」
「そうか。しかし貴様、魔法を習ったと言ったな? 見た感じは剣士か、重戦士の系列に見えるが」
「少し魔道具も齧っておりまして。魔導局の皆さんと比べられるようなレベルではないですよ」
「ほう。貴様は個人傭兵なのか?」
「え? はい、そうです」
まさか勧誘か、でなければ依頼とかされる流れだろうか。
「個人傭兵は近頃、どんな魔道具を使うのだ? 興味があるな」
単なる魔道具オタクっぽかった。
「あー、私は少し変わったスタイルでして。あまり一般的な個人傭兵とは言えないかと」
「構わん。どんな魔道具を使うのだ?」
「えーと、例えば後ろの彼女」
サーシャを示し、その鎧に取り付けたシールドの魔道具を手に取る。
「これはマジックシールドを展開できる魔道具です」
「なるほど、マジックシールドか。それはあって困るものではないな」
「他には……そうですね、大したものではないですが」
アカーネ謹製の土属性の改造魔石を1つ取り出して見せる。
「こちらは魔石を少し改造しただけの代物ですが、砂煙を出すことができます。それだけですが、案外重宝しますよ」
「ほう、砂煙か。逃げるときに使うのか?」
「まあ、そうです。後は上手く使えば、敵の視界だけ奪って一方的に攻撃したりできます」
「ふむ。風魔法と合わせて使うと面白そうだな」
「はい」
長身女性は興味津々だ。そこまで特殊な品ではないはずだが、国の部隊ともなると、逆にこういうのに疎くなるのかね。
「つまりは目潰しか? 貴重な球形魔石を、下らんことに使うものだ」
男の方はあまり感心しないらしい。
最初から完璧な球形の魔石は珍しいし、そうでない魔石は磨いて球形にしたりする。そこまで手間暇を掛けて、砂煙を出すんだから確かに勿体ないかもしれない。
俺も、アカーネがいなければ、アカーネの練習という名目がなければ魔石のまま売っぱらって終わっていただろう。
「ティン、我々にない発想を学ぶことは大事だぞ。皮肉を言うな」
「失礼した……傭兵、気を悪くするな」
「ああいえ。実際、大層なものじゃないんで」
しかし長身女性の方が偉いヒトっぽいが、結構フランクだな。同じ質問をしても許されそうだが……訊いてみるか。これでスパイってことにはなるまい。
「魔導局の皆さんは、どういった魔道具を使われるのでしょう? やはり魔撃杖のようなものを?」
「む、そうだな。魔導局の部隊もまちまちだが、調達部隊は割と自由だ。各々得意なものを使うという部隊も少なくない」
「なるほど」
「まあ、とは言え貴様が言うように、魔撃杖が鉄板だろうな。個人的には東方から伝来した魔銃など、気になっているがな」
「魔銃……ですか。なるほど」
おっと。
つい「それなら持ってます」と言い掛けたが、そんなこと言って接収されたら面倒だ。
「基本は魔撃杖と似たような代物なのだがな。魔力そのものをエネルギーへと転換するような発想のものがあるのだ。あれはなかなか面白い」
「それならば、属性魔法使いや……魔法系ではないジョブでも使いやすいものになるかもしれませんね」
「そう、そうなのだ。魔導隊に力を入れてきた帝王様の発想に適うと思うのだが、いかんせん魔導局の上の連中の頭が硬い!」
「副長?」
盛り上がる長身女性を疑問系で制したのは、男の方だ。
「また余計なことを。また局長に叱られそうですな」
「それを言うな。傭兵、今の話は忘れよ」
「はい、何のことやらですよ」
「それでよい」
局長とやらがよっぽど怖いのか、フランクな長身女性もすっかりだんまりになってしまった。
やがて彼らが進発した後、俺たちも簡単な手続きをして壁の外に出ることができた。
手続きといっても、街壁から出るときのようなものではなく、どちらかというと余計な物を持ち出していないかをチェックしているようだった。
つまりコソ泥を疑われているわけだ。
やけに高価そうな装備だな、という感想を頂いただけで、無事放免となった。
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空からはチラチラと白い物が降ってきている。
完全装備をしていると寒さは感じにくいが、サーシャの吐く息が白いことで寒いのだと理解する。
門から出た俺たちを迎えたのは、一面に広がる草原……ではなく、森。
目の前には鬱蒼と広がる木々。
道が通っているのは壁沿い。門は北を向いていたので、北を目指すなら森を突っ切っていくことになる。
「ご主人さま、どっちで行くの?」
アカーネが自作の地図を広げながら訊いてくる。
「どっちとは?」
「西回りか、東回りか? あっ、西回りだと戦争に巻き込まれるかもしれないから、東かなー?」
「うむ、そう言おうと思っていたところだ」
東から回り込むようにして北上するしかないらしい。
「ところでアカーネ。その地図の情報はなんだ?」
「えっ? 船でサーシャ姐が集めた情報を書き込んだんだけど。ご主人さまの指示じゃないの?」
サーシャを見る。無表情で澄ましている。
「……まあ、そんなところだ」
どうやらご主人様が魔法に興じていた隙に、情報収集もしていたらしい。
振り返ってみるとそういう暗黙の指示を出していた気もするな。うん。きっとそうだ。
「ご主人様。予定では北を目指すということですが、本当によろしいのですか? スラーゲーの太守は帝王派ということですから、危険はないと思いますが」
サーシャが進路を確認してくる。
そう、俺が転移してきた場所であり、サーシャと出会った場所でもある町、スラーゲーが地味に近いのだ。とは言っても、徒歩で向かえば1~2週間は掛かりそうな距離なのだが。
ここからスラーゲーに向かうには、北に向かった後、少し東に進む必要がある。
北周りで西に向かうルートを考えていたので、別にスルーして良いか、という気持ちだった。なんせ、本当は故郷というわけでもないし、そこまで思い入れがないのだ。
ただ、改めてサーシャに言われたことで、少し考えたことがある。
「ふむ……サーシャ、ご両親のお墓ってスラーゲーの近くにあるのか?」
「私の両親ですか? いえ、スラーゲーではありませんが……スラーゲー近郊の2人の出身地の合同墓地に埋葬されていますね」
「どうせなら、お参りに行くか」
「ご主人様、よろしいので? 特に何もない寒村ですが」
「まあ、サーシャの活躍には助けられているしな。サーシャが寄りたくないのであれば、止めておくが」
「いえ。長いこと顔を見せておりませんので、参りたい気持ちはあります」
「じゃ、寄ろうか」
「はい」
どうせ、北に向かうとスラーゲー近くを通るのだ。
他の従者組も家族に会うとか、お墓参りとか行きたいのだろうか?
ルキはある意味お墓参りしたようなものだし、キスティは複雑な家族関係なので少し難しい。考えるとしたら、アカーネか。アカーネは両親の死後、育ての親となった親戚とは仲が悪かった。別に会いたくもないだろう。
しかし死んだ両親の墓がどこにあるとか、そういえば聞いたことがなかった。
「サーシャ姐の出身地って、どこなの~?」
「私の出身地とは違いますよ、両親が生まれ育った村です。ミロー村という所です」
「ミロー村かあ。聞いたことないや」
「何もない村ですからね。街道も整備されていませんから、スラーゲーとの行き来しかありませんし」
「ふぅ~ん」
そのアカーネはサーシャと話している。
また機会を見て訊いてみるとしよう。





