4-25 謝罪
馬車の中に、寝袋を重ねて作られたベッドがある。そこに毛布をかけ、寝たまま上半身を僅かに起こした男が1人。
そして、それに対して入り口で胡坐をかいたまま、時代劇のように頭を下げる男が1人。
商隊の主たる、ジシィラ・エモンド、その人である。
さすがに予想外の光景で、思わず絶句したまま空白の時間が流れた。
「あ、頭をお上げください」
「うむ。感謝を示したかったものでな」
「いえ、護衛としての仕事をしたまでです」
誰だ、こんな殊勝なことを言っているのは。俺だわ。下手に出られると謙遜してしまうのが、日本人たる特性かもしれない。
「正直に言えば、あの戦いの後、しこたま部下にも叱られてな」
「ジシィラ様が、ですか」
「死蜘蛛の脅威は分かっていた。分かっていたが……知らぬ間に、魔物というものを軽く見るようになっていたかもしれぬ」
そう話すジシィラの口調には、いつもの威厳の中に少しだけ、後悔の念が混じっているようであった。
「今回、2名が命を落とし、重傷者はヨーヨーを含め多数だ。……早期決着とならず、長引けばどれだけ死んでいたのか、分かったものではない」
「……そう、ですか」
「だから改めて、礼を言う。そして怪我が治るまで、給金は満額支払うことを約束する」
「それは有難い」
まあ、そうなんじゃないかって話は前にされたけれども。
トップに約束されるのは、正直安心ですわー。
というか、治るまでに目的地についたら、微妙に動けないまま契約が切れる方が困るかもしれない。
「望むのであれば、ここで契約を打ち切り休養に専念しても良い。如何にする?」
「あ、いえ。それは最後までお付き合いしたいです。仲間は無事ですし」
「そうだな。あの金髪の女性は、今回の活躍でずいぶん人気のようだぞ」
「むっ……なるほど」
キスティが『狂戦士』だということも、見ていた人にはバレただろう。
「狂化」中の補正は武器にも影響するらしく、あの迎撃の後でもロングソードは壊れていなかった。壊れてはいなかったのだが、ひしゃげたようにボロボロで、交換の必要はありそうだった。
キスティ曰く、タダで交換してくれる話があったということだが。
この様子では、それもジシィラ様なりの計らいなのかもしれない。
「これは、一応確認しておきたいが」
「はい」
「ヨーヨーは、商隊に所属するつもりはないのか?」
おっと。これはスカウトだろうか。
今回は自分でも出来過ぎな活躍ができたからな。そういう話があってもおかしくはない。
「……はい、私は組織人としては適性がないので」
「そう、か。しかし『魔剣士』というやつは、強いものだな。何故貴族に人気があるのか、思い知った」
うーん。
多分、俺の戦い方は『魔剣士』としてはスタンダードではない。
ちょっと離れた所から、魔力を叩きつける人が多いみたいだからな。テーバ地方の闘技会で、戦ったものだよ。
「自分はちょっと『魔剣士』としては異端なので、参考程度に考えてください」
「うむ、そうか。確かに闘技会で見た『魔剣士』は、その妙な移動技は使っていなかった気がするな」
そういえば、ジシィラ様もテーバから移動してきたんだっけ。
『魔剣士』の試合の1つや2つは観戦しただろう。そんなことより、気になっていることを訊いておくか。このままでは落ち着かない。
「死蜘蛛は、他にもいたようですが、そちらは平気でしょうか」
「ああ。その点は、大丈夫だ。他の1体は討伐を確認しているし、もう1体は戦士団が直接出向いて動向を把握している。直に討伐されるだろう」
「そうですか、安心しました」
「しかし、新たな個体が出てこないとも限らぬ。死蜘蛛以外にも危険な魔物はおるし、予定を切り上げて南に進むことに決めた」
「……よろしいので?」
たしか、上の人から言われてこっちに来たんじゃなかったか。
そんなことを考えて言葉を探していると、ジシィラ様がその目線を上げて小さく頷いた。
「良いのだ。守護様からの要請とは言え、直々のものではない。もともとお願いであって、命令でもない。それに、死蜘蛛に襲われたとあっては、切り上げる口実としては十分だからな」
「なるほど、そうなのですね」
分からない世界なので、適当に合わせておく。ジシィラ様もそれは分かったのだろう、苦笑しながら話を切り上げた。
「まあ、心配は要らぬ。ゆるりと静養し、回復に努めてくれ」
「かしこまりました」
「医者の話では、割と治りが早い。1週間もすれば、問題なく動けるそうだ」
「……ありがとうございます」
マジかよ。
ビバ・ニート生活とかちょっと思い始めていたのだが。
いや、だって、骨にヒビだぞ? 1週間で治ります?
「リハビリも兼ねて、2週間程度かな。それまではゆるりと休め」
「はっ、お気遣いに感謝します!」
「……ああ、それと。今回のことでは特別に褒賞を出す予定だが。ヨーヨーには以前も保留にした褒賞があったな?」
「はい、そういえば」
「正直、今の我々にそこまで余裕はない。だが、必ず何か報いるとしよう。差し当たって、死蜘蛛の脚1本と、魔石の1つでどうか?」
「はっ…… よろしいので?」
「構わん。保留にした分もまだ有効ゆえな、何か考えておけよ」
「はい」
「……では、儂は行く」
「承知しました……」
サーシャに見送りに行ってもらって、話を反芻する。
とりあえず、死蜘蛛の脚1本と魔石を貰えた。
……喜ぶべきなのか分からん。
「アカーネ、死蜘蛛の脚って何に使える?」
「えーっ、ボクもそこまで分かんないよ。うーん、でも、防具には使えるって周りのおじさんが言ってたか」
「防具ね」
スキルを受けても傷つかない硬度だったものな。
その割には軽かったし、何かに使えそうだな。
「素材、いるか?」
「ええっ……嬉しいけど、流石に使えないよ」
「遠慮するな」
「いや、そうじゃないって、ご主人さま! 単純に使える知識がないの。知識があっても、多分技量がないってハナシ! 売るか、街で防具にしてもらおうよ」
「ああ、そう……」
まあ、そうだよね。
でも、魔石の方なら使えるかな。
「魔石も、正直怖いなぁ……。多分、何かに使えそうだけど。かなり高いんでしょ」
「多分な」
なんたって、あの巨大魔物の魔石だからな。安物ではないだろう。
「まあ、どこの魔石かにもよるけど」
「うん?」
「え?」
「ん?」
「……ご主人さま、死蜘蛛の魔石は8つあるのは知ってるよね」
「……そうか」
8つあんのかい。
そう考えると、1つくれるってのもそこまで太っ腹でもないな。
つい1つだと思っていたから、ありがたく受けたけど。
「首か、尻のあたりにある魔石は大きいらしいよー。でも、脚の根本にある他のは、微妙みたい」
「マジか」
「どっちが貰えるんだろうね?」
「……知ってれば、そこまで確認できたんだけどなー」
知識って、大事な。
それぞれの地域の大型魔物くらいは、ちゃんとそこまで頭に入れておかないと駄目かも。
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それから1週間近く、馬車で寝ながら過ごす日が続いた。
驚いたことに、1週間と経たずに痛みは引き、問題なく運動できるレベルになってきた。
せっかくなので、1週間は寝て過ごしたがね。
完全に折れているわけではないから治りが早いというのはあるのだろうが、それにしても短い。医者が飲ませてくれた薬の効果もあるのだろうか。
怪我明けは無理をしてはならないというのは、この世界でも同じらしく。治ったからすぐに護衛に復帰しろという指令はなかった。少しずつ運動しながら、身体を慣らして復帰して欲しいという話をされた。
そんなこんなで、キスティと軽い打ち合いをして調整しながら、馬車にいる間は魔法やスキルの練習をして暇を潰した。
1週間と少し、この世界で1週間は6日なので、9日ほど経った日。
ついに一行は、領境を越えて、目的地にたどり着いた。
国境の領地。デラード家領である。
領地の境目というと、色々な関が設けられていることが多く、アルフリード家領⇔デラード家領でも、それは例外ではない。ただ、その関は、関と呼んでいいのか迷うような代物だった。
森の中にあるきこり小屋。
それが一番しっくりくる見た目だ。
馬車が通りかかると、小屋から1人、薄手の服を着た女が出てきて、簡単な質疑応答が行われた。そして何かを検査する素振りもなく、通行が認められた。以上である。
馬車の窓から、小屋の方を見やっていたら、見えなくなる前に、窓から中が見えた。
何やら獣のように体毛が生えた男が、ぐったりと椅子に凭れていた。
やる気のかけらも見えんな。
ま、まあ、もともと味方同士で、お互いに監視する意味は薄いのかもしれない。
逆にデラード家領から北上する場合も、あの小屋で手続きをするのだろうか。
良い区切りということもあり、デラード家領に入ったところで俺も護衛に本格的に復帰した。
ここからは、少し前まで戦争をしていた紛争地帯。寝て過ごすのも少しばかり、心臓に悪いというものだ。
リハビリ生活のなかで、訓練に時間を割けたこともあって、レベルも少しばかり上昇した。
『干渉者』が遂にレベル24に。
わりと、久しぶりな気がする。
『魔法使い』『警戒士』『隠密』、それに『魔剣士』も1つずつレベルアップしている。
『愚者』については、レベルアップでレベル7になった。
魔法やスキルの練習をしているとき、余ったジョブ3に付けていただけなのだが、上がってくれた。
この調子なら、直にレベル10になってくれるはずだ。ステータスアップ効果のある「貫く魂」に続き、『愚者』の2つめのスキルを会得できれば、このジョブの方向性が見えるかもしれない。ヨル殿が使っていたっぽい、精神干渉スキル無効みたいなやつだと嬉しいと思う。
さて、デラード家領に入っての商隊の動きだが、真っ直ぐ領都に向かうわけではないらしい。
死蜘蛛との不意の遭遇というアクシデントに見舞われ、アルフリード家領では予定をキャンセルして大幅ショートカットした商隊であったが、デラード家領でまた寄り道道中を再開するという。
こちらはお偉いさんに言われたからではなく、もともと予定していた行動だからだ。
国境貴族であるデラード様との縁を作る。それがわざわざこんな所まで旅をしてきたジシィラ様の狙いであるわけだ。そのために印象を良くするためにも、当地の情報を集めておくためにも、各地を巡りながら行商を行っていく、のだとか。
最近お呼ばれするようになった、ジシィラ様と側近たちとの飲み会の席で、緑の帽子を被った弱そうな見た目の苦労人、名前は何だったか、再会したその人に教えてもらった。というか、一方的に語られた。絡み酒になるタイプの人間だったようだ。
デラード家領都は、「チック」というあまり強そうではない響きの街らしい。
もともとは国境に位置する変哲もない村を拠点化したもので、領都というよりは急造の軍事拠点という性格のようだ。
場所は領の中心、つまりアルフリード家から譲られた、キュレス王国側の国境地帯と、今回の戦で奪ったズレシオン連合王国側の国境地帯だった場所の境界に位置する。
現在のデラード家領からすると、だいたい中央にあり、そこに領主も生活している。
そこに行くためには、アルフリード家領との領境から真っ直ぐ南下すればいいわけだが、Sの字を書くように蛇行しながら、情報収集していく。
そうしてデラード家北方の地を見て回ったわけだが……。
その印象は、あまり良い地ではないということだった。
治安が悪いとか、そういった話とはまた別に、単純に荒地が広がっているのだ。
北端の森を抜けると、乾いてひび割れた土が直に見える土地が遠くまで広がっている。
村や街に寄っても、その周辺で営まれている農地や牧場が明らかに少ない。
なるほど、このような土地を手放しても、アルフリード家が構わないと判断した理由が窺い知れる。ただ、東の海に近い土地では、それなりに緑が多く、やや活気があるようであった。





