第8話 町のゴロツキ 2
魔物の竜巻がジークベルトを吹き飛ばしていく。上空でバタついている所に向って、さらに大木が伸びていった。
「今度は魔物が木を放りました!?」
「先ほどのお返しという訳か。中々頭の良い魔物みたいだ」
尾で絡めとるようにして木を圧し折り、空中でもがくジークベルトに投げつけたのである。剥き出しの尖端が当たったのだろう。落下する男の胸は赤黒く染まっていた。
「じっとしていて下さい。すぐに助けますから」
天使の教え第一番「命を大切に」
コロリシリーズはたちまちに怪我を治してしまう。私が一番得意な魔法である。
「余計なことはするんじゃねぇ。お前は帰って人の悪口でも書いてればいいだろうが!!」
抉られてはいないようだが、胸を撃たれて平気なはずがないだろう。口元からは血も滴っているが、ジークベルトは恐ろしい眼光のまま決して怯んではいないようだった。
「まあいいさ、邪魔するようなら纏めてぶっ飛ばしてやる」
強がったところで動けるはずがない。
そう思ったがジークベルトは何でもないように立ち上がり、そのまま上空の魔物目掛けて石を投げつけた。さらには間髪入れず、私に向かって突撃を仕掛けてくる。
「ちょっと、何やってるんです!?」
とっさに反応して杖を振るってしまった。突き出される拳と杖がぶつかり合う。モルゲンロッドは殴打に向いた武器だから、素手では勝負になるはずがない。そう思ったが、ここであり得ないことが起きてしまった。
「意外とやるじゃねぇか。俺の拳を受けても圧し折れねぇとはな」
ジークベルトの拳は硬かった。こっちは特注の鉄屑を使っているというのに、砕けるどころかヒビ一つ入っていないらしい。それどころか、僅かだが私の方が後ろへ押されている。
「お前は両手、俺はまだ片手が残ってる。この意味が分かるか?」
「ジークベルトさん。貴方は一体……」
反対側の拳を繰り出してくるのは明白だ。魔法を使おうかと悩んだが、それよりも早く横から突風が襲い掛かってきた。隙を突かれ、ジークベルトと一緒に地面に叩きつけられてしまう。
「あいたっ!!」
「ああ、畜生。頭にくるぜ!!!!」
ここでもジークベルトは速かった。飛び起きて石を投げつけ、見事に魔物の体制を崩して見せたのだ。
「鳥野郎が、もう容赦しねぇ!! こいつで地面に叩き落としてやる!!!!」
今度は片手で木を引っこ抜いた。両手に二本の木を掴み、高く飛び上がって魔物目掛けて投擲していく。
「はっ、今のは惜しかったな。ざまあみやがれ」
確かに尻尾を掠めていた。怒った魔物が風を放つがお構いなしだ。ジークベルトは全身を軋ませながら、それでも歯を食いしばって大木を振り回していく。
私は夢でも見ているような気持ちでその光景を眺めていた。暴風の中を男が飛び回っている。ただの人間が魔物相手に善戦しているのだ。
「これは冗談みたいな男が現れたね。古の英雄たちと比べても遜色ないよ。君以外にもあんなのがいるとは」
魔物も恐怖を覚えたのだろう。
風で倒せないと分かると、警戒するように上空へと舞い上がっていってしまった。
ジークベルトは挑発を繰り返したが、降りてこないから頭に来たのだろう。怒鳴り声を上げながら、何度も何度も木を引っこ抜いては投げ飛ばしていく。
「さすがに届かねぇか。だったら、また石をぶつけてやるぜ……」
「なんてことだ。こんなことは有り得ないはずだ」
「やっぱり腕力がおかしいですよね。それに身体が頑丈すぎます」
荒い息を吐きながらも疲労は感じられず、むしろ生き生きとしているようだった。魔物との戦いで恐怖を覚えるということもないらしい。瘴気の風を受けても平気な顔をしていることといい、やはりジークベルトは人間離れしている。
「いや、そんなことじゃない。あの男は魔法を使っている。投げている石は魔法で生み出したものだよ」
何かの間違いだろう。そう思いたかったが私も気付いてしまった。さっきからジークベルトは一度も石を拾っていなかったのである。そもそもこの霧の中で戦いながら何度も投擲に向いた石を見つけるなんて無理な話だった。
「魔物の気配と混じって分かりにくかったけど間違いない。微細な魔力だ。でも確かに魔法を使っている。どういうことだ、誰が彼に魔法の力を与えたんだ……?」
エル・リールが頭を抱えている。フードを深く被り直し、うろうろと私の前を歩き始めた。過去に何回か見たことのある光景だ。こうなったらしばらくは聞く耳を持たないだろう。
「エル・リール様、これは相当に悩んでいますね……」
自由を愛する彼女にとって同類との再会は大問題なのだ。
空飛ぶ魔物に石を投げる男、天使はぶつぶつ言いながら行ったり来たり。
どうしたものかと立ち尽くしたが、頭の中のトカゲはいつもと変わらず、鉄屑の車輪の中を同じ速さで回り続けていた。
「取り合えず、問題を一つずつ片付けていくとしましょうか」
エル・リールの悩みは知らないが、私にとっての問題はジークベルトだ。
選ばれし者であるという私の存在価値を崩壊させる恐れのある男。極端な考え方をすれば、石投げに夢中になっている今のうちに後ろから襲い掛かって「やってしまう」というのもありだろう。
「おっと、お前は動くなよ。あいつは俺が倒すって決めてるんだ」
麦の粒のような殺気だったと思うがゴロツキの感が働いたのだろう。面倒なことに、私の方にまで石が飛んでくるようになった。
「ああ、邪魔をしないで下さい。これじゃ纏まる考えも纏まらないじゃないですか!!!」
不意打ちが難しいのなら、ここでジークベルトとやり合うのは良くないだろう。あの鳥の魔物は考える力を持っている。私たちが争えばそこを狙ってくるのは目に見えていた。
ジークベルトとの関係は良好に保っておくべきだ。協力を求めるにしろ、魔法の秘密を聞き出すにしろ、そちらの方が良いに決まっている。だが、本当に厄介な相手である。そもそも話が通じる気配がまるでなかった。
「さっきから避けてんじゃねぇぞ、余所者の悪口屋め!!!!」
全部顔面を狙ってくるからたちが悪い。無性に腹が立ったので避けるのは止めて打ち返してやることにする。モルゲンロッドをフルスイング。狙いは勿論ジークベルトの顔面である。
「大した腕だな。だが、俺の本気の石を打ち返せるかな?」
「もう無茶苦茶です。こうなったら私も好きにさせてもらいますから!!!!」
ちらりと上空に視線をやる。
完全に仲違いを始めた私たちを見て、鳥の魔物が僅かに姿勢を下げていた。
「こいつで終いだ。俺の石で木っ端微塵になりやがれっ!!!!!」
唸りを上げて迫ってくるが、顔面狙いだと分かっているから打ち返すのは難しくない。会心の一投にモルゲンロッドを合わせていく、全力で振り抜けば石は魔物目掛けて真っすぐに伸びていった。
「なんだと!?」
「これは当たります!!!!」
「てめぇ、最初からこれを狙ってやがったのか!?」
ラッカの都で遊んでいた頃の話だ。
機械仕掛けの遊具で遊ぶための待ち時間、列に並ぶのが退屈だった私は、空飛ぶ鳥を見つけてはこうやって石を打ち出して落としていた。「都の鳥落とし名人」とは何を隠そうこの私の事である。
「ふっ、私の技術をもってすれば造作もありません!!!」
二人揃って空を見上げていた。私の打った石は見事に魔物の腹を捉え、渦を巻くような悲鳴がセピアの森に波紋を広げていった。魔物は上下に激しく揺れて、羽を散らしながら逃げていく。見事、追い払うことに成功したのである。
「ふぅ、すっきりしました……!!」
「待て畜生、逃がさねぇぞ。降りてきて俺と戦いやがれ。お前は俺が倒すって決めてんだよ!!!!!」
拳を上げて叫んでいるが魔物はもう戻ってこないだろう。届くはずのない石が虚しく放物線を描いていく。これでやっと落ち着いて話が出来るはずだ。怒る男の背中を眺めつつ、私は大きく息を吐いた。