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天使と語る可憐な  作者: シロローナ
第一章 メイプルクランの主
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第7話 町のゴロツキ 1

 段々と森の深みに入り込んでいく。

 見える風景に変化はないが、明らかに緑の気配が濃くなってきていた。


「中々見つかりません。もしかしたら、行き違いになっているんじゃないですかね?」


 ここはもう森の深部だろう。


 魔物を発生させる瘴気は、同時に人間にとって有害な毒のようなものでもある。耐性があれば大丈夫だが、普通の人間がこの環境に長く身を置くことは不可能なはずだ。


 どうやらジークベルトはタイル道を外れていたらしい。多分、安全な森の入り口辺りを適当にうろつき回っているのだろう。


「探索はここで終わりにしましょうか。一度町へ戻って……」


 この辺りで引き返した方が良いのかもしれない。そう思って足を止めた私の耳に何やらバリバリと地鳴りのような音が聞こえて来た。


「向こうの方に魔物の気配を感じる。藁人形とは違う感じだ」


「どんな魔物か気になりますね。取り合えず音の方向へ向かってみましょう」


 もう近くにタイルは見えない。右も左も分からない森の中を夢中になって進んでいく。


 この森はこんなにも複雑な地形だっただろうか?

 似たような景色ばかりだと思って歩いてきたが、駆け出すと急に高低差を強く感じた。


「この感じは久しぶりです。やはりタイルの上を歩いただけでは、本物の森を知ることは出来ないということでしょうか」


 土と葉っぱの感触、盛り上がった木々の根っこや転がっている石に足を取られないよう注意して進んで行く。


 思い出すのはエル・リールと一緒に探検したラッカの森だ。何回も通っているうちに地形や魔物の動きを覚え、都を離れる頃にはタイルがなくても困らないようになっていた。恐ろしい思いだって何度もしたが、今では懐かしい私にとっての原点だ。


「強い魔物独特の嫌な気配を感じる。君次第だけど、怖いと思ったら逃げても良いよ」


 今更恐怖なんて感じるものか。

 そんなものは全てあの森に置いてきてしまった。


 神経を研ぎ澄まして敵を探る。

 セピア色の景色の向こう、風に乗ってやってくる新たな音を捉えた。


「どうやら、当たりみたいですよ」


「どういう意味だい?」


「魔物と一緒にゴロツキが騒いでいます」


 エル・リールは魔物を見つけるのが得意だが相手が人間となると別なのかもしれない。


 音の輪郭がはっきりとしてくる。聞こえるのは木々が倒れる音と男の怒鳴り声だった。


「この野郎が、生意気に空を飛びやがって――」


 巨大な影が前方を横切っていく。予想していたよりも遥かに大きい魔物ようだった。目を凝らすとその後ろに人影が見える。ジークベルトらしき男が空飛ぶ魔物を追いかけているのだ。


「こんな大きな魔物、初めてです……」


 霧の中を悠々と飛んでいく。鳥のように見えるが、胴が長く蛇のように上下に身体をくねらせていた。翼は四枚だろうか。木々があってもお構いなしで、薙ぎ倒しながら進む姿はまさに化け鳥だ。


 追いかけられてはいるが、とても逃げているようには見えなかった。魔物は思うがまま、後ろの男の事なんて意に介さず低空を我が物顔で飛んでいた。


「こうなったら奥の手だ。今度こそ絶対に仕留めてやる!!!!」


「本当に一人で騒いでいるね。町で見るのと様子が変わらないよ」


 さすがはロンベルンで一番のゴロツキといったところか。

 頭の中は空っぽで自分がどれだけ危険な場所にいるのか理解できていないらしい。


 町の人間相手に勝っているから調子に乗っているのだろう。今は相手にされていないから大丈夫だが、魔物の視界に入った瞬間に痛い目を見るに決まっている。


「ここからじゃ声も届きません。あまり気は進みませんが助けに行きましょうか」


 魔物に食われても自業自得だと思ったが、見て見ぬ振りをするわけにもいかないだろう。揺ら揺らと飛んでいく魔物の影。男の影は立ち止まり、次の瞬間に予想もしない行動を取り始めた。


「木を引っこ抜きました!?」


 霧のせいでシルエットしか見えないが間違いないだろう。男はそれを抱えたまま走り出し、あろうことか魔物に近づいて振り回し始めた。


「なんだこれ、こんなことって……」


 思わず足を止めた私の後ろで、エル・リールまでもが絶句していた。

 普通の人間が化け鳥を相手に凄いことをしている。


「腕っぷしの強さが異常ですね。でも、あれじゃ当たらないですよ」


 長さが全く足りていないのだ。走ったり飛び上がったりして木を振り回しているが、やはり地上からでは命中させるのが難しいようだ。


 ジークベルトも無理だと気付いたのだろう。怒鳴り声をあげて木を手放し、何とそのまま蹴飛ばしてしまった。


「あっ、木が当たりますよ!!」


「これは効いたよ。魔物の奴、泡を食っているんじゃないかな?」


 滅茶苦茶だがゴロツキが一撃を入れてしまった。


 魔物も驚いたようで、木に押されるようにして大きく体制を崩していた。

 それでも羽ばたきを止めようとはせず、枝葉の天井を破るように上空へと昇っていく。


「見なよ、今度は石を投げるみたいだ!!」


「石っていうより岩ですよ。どこからあんなの拾って来たんでしょう!!」


 いつの間にかジークベルトの両手に石の塊が握られていた。

 立て続けに投げ飛ばして、外れたが一つが翼のすぐ近くを通過していった。


「もしかするとですけど、魔物は本当に逃げていたのかもしれませんね」


「驚きだよ。私が眠っている間に人間はここまで強くなっていたのか……」


 もっと近くで見てみたい。

 そう思ってエル・リールと顔を見合わせる。


 気づけば再び走り出していた。

 木々の間を疾走して、怒り狂う男の姿をはっきりと捉える。


「どうして魔物を追いかけているんです?」


「ああ!? 誰だてめぇは!!?」


 突然現れた私に驚いたのだろう。石を投げる手を止めて、ジークベルトが目を見開く。


「私の名前はミステル・テトマイヤ。ロンベルンの張り紙屋代表と言えば私の事です」


「知ってるぜ。最近調子に乗ってる余所者だな」


 鋭い視線は猛獣のよう。茶色い髪に滴を滴らせ、ジークベルトが霧にしゃがみ込みこんでいく。


「貴方にお願いがあります。魔物を倒すのなら協力しますから、私の話を聞いてくれませんか?」


「分かった。なら、さっさと帰るんだな」


 人の話を聞かないのはゴロツキに共通する特徴の一つである。

 素早く動いたかと思うと、私の耳元を石が通り過ぎていった。もう少しずれていたら顔面直撃。この男、いきなりやってくれる。


「ちっ、外したか」


 腹立たしそうに地面を蹴ったかと思えば、私を無視して魔物を追いかけていってしまった。ズボンにシャツ、鋼の胸当てを付けている。町中では浮く格好だが森を駆け回っている姿は実にそれらしいものだと思った。


「さて、どうしてやりましょう」


「あの手の輩は懲らしめるに限る。だが、君に勝てるかな。今の石の勢いも尋常じゃなかったよ」


「昨日と言っていることが違いますね。まあ、大丈夫でしょう。力はあるみたいですが、戦いはそれだけではありませんから」


 身体能力はずば抜けていて、修行を積んだ私と同等の動きをしていると言っても過言ではないと思った。だが、それでも魔法が使えるという優位は覆らないだろう。


「殺さないように上手く手加減できるか不安です」


「私がけしかけたみたいだけど、別に戦わなくても良いんだよ。敵はむしろ鳥の魔物の方だろう?」


 そうなるとやはり力を合わせた方が良いのだろうか?

 

 今しがたの行動を考えると難しそうだと思った。けれど、麦畑問題の件で協力を頼まなければならないのだから、最初から喧嘩腰という訳にもいかないだろう。


「全く、色んな意味で厄介な相手です」


「でも、あれなら役に立つかもしれない」


 強く大地を蹴って駆け抜けていく。霧を突き破るように加速して、段々と大きくなる音の方へ。


 ジークベルトは荒れ狂う竜巻の中に立っていた。魔物の逆襲にあったのだろう。連中は瘴気を魔力に変える術を持っている。これには彼も舌を巻いているようで、飛ばされないようにするのが精一杯のようだった。


 やはり魔法に対抗できるのは魔法だけ。私のような選ばれた人間の出番である。


 窮地のジークベルトを救い出し、恩を売りながら麦畑問題の協力を取り付ける。今後の事を考えればそれが一番だと思った。


「大丈夫ですか。聞こえていますか、ジークベルトさん?」


「ああ!? 誰だてめぇは!!?」


「私の名前はミステル・テトマイヤ。未来の絵本作家とは私の事です」



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