第5話 人型の話、鉄屑の話
宿を出て大通りを進む。目指すはロンベルンの西方に広がる「エレモアの森」だ。
展望台があるのとは逆の出口だが、こちらを通る人は殆どいないからだろう。無人のオンボロ塔と今にも壊れそうなアーチが寂しげだった。
「この辺りは滅多に来ないですけど、西側は明らかに廃れていますね」
「私は結構好きだよ。廃退的な情景っていうのかな」
大勢で騒ぐのが好きな酔っ払いは勿論のこと、この辺りにはゴロツキも滅多に寄ってこないようだ。ただ一人、達観した様子の浮浪者だけが、古びた時計台にもたれ掛かりながら物珍し気に私の姿を眺めていた。
アーチを潜り抜け、ロージィ畑の真ん中を通っていく。両手に広がる麦の絨毯はやはり茶色のまま、風になびいて揺ら揺らと模様を描いていた。
「何とも寂しい光景だ。見てみなよ、彼らは何の仕事も与えられていない。ただ、ああやって立っているだけなんだ」
畑の中に点々としている灰色の影。彼らは人間のようで人間ではない。「人型」と呼ばれる人間の偽物、道具だった。
「神々はどうしてあんなものを作ったんですかね?」
「それは君たちが楽できるようにするためだろう」
森から生まれてくるという彼らは、人間に対して従順で簡単な仕事なら理解して実行してくれる。昔物語にも描かれている、神々が人間の生活を豊かにするために与えてくれた贈り物だ。
「今回の問題って、もしかして人型が原因ということはないですかね?」
「それはないと思うよ。君たちだって知っているだろう。彼らは悪意ある命令を受け付けない。神がそのように生み出したからだ」
人型は絶対に安全な物だ。
生まれた時から近くにいるから、誰もが経験として知っている。
「そうですね。だから、昨日の会議でも意見が出なかったんだと思いますけど、何となく怪しい気がします」
実際に畑で働いているのは人型ばかりだった。
町の人間も畑に顔を出すが、彼らは監視役という名目で集まってお喋りをしているだけである。仕事と言えば人型が転んだ時に起こしてやるのがせいぜいで、自分たちは決して汗を流そうとしないのだ。
畑に佇む人型に疑いの目を向けてみるが、動かないまま私の視線にすら気づいていないようだった。こうして止まっている姿を見ると、やはり道具なのだという気持ちが強くなってくる。
「やっぱり人型を疑うなんて突飛な発想ですかね……」
それこそ千年以上も前から人のために働いてきたという存在だ。仕事を任せておいて彼らを疑うというのは可哀そうかもしれない。
「そうだね。だけど、少しだけ気になることがある。彼らの数が多すぎやしないか?」
「逆に聞きますけど、昔はもっと少なかったんですか?」
「良く覚えていないけどさ、昔物語に絵が載っていたじゃないか」
沢山の人間に混じって働く人型の絵を思い出す。
一緒に働く人間がいなくなったから、人型が多く見えるという事だろう。
人型を作ったのは「ダルムンサ」という神様だ。
痩せた老人の姿で描かれていて、口元から毛むくじゃらの髭が垂れ下がっている。人型は彼自身を模しているようで、皆一様に同じ姿をしてエル・リールが着ている物と似た灰色のローブを纏っていた。
「でもさ、世の中ってのは大きく変わるものだね。昔の人間はもっと勤勉に働いていたと思うんだ。人型ってのは手伝いをさせるための道具なのにさ、今じゃほとんど全部を彼らがやっている。これはダルムンサの意図からも外れているんじゃないかな」
何とも耳の痛くなる話である。
大抵の町で人型が使われていると思うが、ロンベルンでは特にその傾向が強かった。
仕事はなるべく彼らに任せて自分たちは昼間から酒を飲んで騒いでいる。それが当たり前だと考えているのだ。人間のためにと思って作った道具が人間を駄目にしてしまったというのは何とも皮肉な話ではないだろうか。
振り返れば町の喧騒が聞こえてきそうである。ラッカの都では機械の音が響いていたが、ロンベルンでは酔っ払いたちの叫び声が鳴りやまない。静かなロージィ畑はまさに別世界。反対側を見れば広大な森が広がっていて、間に立つ私は奇妙な空間に閉じ込められたかのようだった。
「雲行きは上々。頭をやられる心配もないでしょう」
幼い頃に閉じこもっていたせいだろうか。外に出るようになってからは、こうやって流れていく雲を眺めるのが好きだった。
「慣れたものだね。私は今でも驚いてしまうよ。大丈夫だって分かってはいるんだけど……」
空から降ってくる鉄屑は様々な物を作るために必要で、今や私たちの生活に欠かせない大切な資源となっている。
これは意外な事実だが、どうやらエル・リールが眠りに就く前には「空から鉄屑が降る」という現象がなかったらしい。最初に目にした時のエル・リールの慌てようと来たら、それこそ世界の終わりといった感じで見ていて面白かったことを覚えている。
「ギルマンテスが悪いんだ。地上の人間のために何かを残して行きたかったんだろうけど、やり方が酷すぎる。あの神は上等な帽子を被っていたから、鉄屑が頭に当たるなんて想像が出来なかったんだろうね」
昔物語にも出てくる機械を司る神様だ。立派な宮殿に住んでいて訪れた者に大袋一杯の鉄屑を授けてくれる。名前の知られている神の一人で、特に私の故郷「機械の都ラッカ」では有名だった。
「ラッカにいた時は大変でしたね。あそこは良く降りますから。この辺りはそうでもないですけど」
思えばエル・リールが私から離れなくなったのは、鉄屑を恐れるようになってからだった。それまでは良く一人で出かけては都の人々の様子を報告してきたものだ。最近になって時々私の傍からいなくなるようになったが、それは多分ロンベルンでは滅多に鉄屑が降らないと分かったからだろう。
「雨は怖くないんだけどね。鉄屑は駄目だよ、生身なら絶対痛いじゃないか」
「でも鉄屑がないと生活が大変ですよ。今の時代、何でも機械ですから」
ロンベルンでは木材を使った製品も多く使われているが、やはり便利なのは鉄屑の機械だった。張り紙や絵本を作るには複写機がなくてはならないし、レジスターがなければ頭の悪い者に店番を任せることだって出来ないだろう。
「そういえば、エル・リール様は機械を作らないんですね?」
「天使だからって必ず機械を作ると思ったら大間違いだよ」
昔物語には天使が機械を作る場面もあったが、エル・リールにそういう趣味はないようだ。むしろ、この方面に関しては鉄屑技師の娘である私の方が明るいくらいだろう。
鉄屑には色々な種類があるが、単体では何の意味もない石ころのようなもので、一つ一つ綺麗に磨き上げ、定めに従って組み合わせると機械になる。組み合わせの数は無限ともいわれているが、多くは長い年月の中で忘れられてしまったというのが私の考えだった。
「何にしてもさ、空から鉄屑が降るなんて本当にふざけた話だよ」
昔は神様から直接鉄屑を貰っていたのだろう。
大変に貴重で粗末には扱えないはずの物が、空から降ってくるというのは確かに異常なことなのかもしれない。
「これからは、もっと鉄屑を大切にしないといけませんね」
丁度、畑を抜けて川を渡る所だった。小さな橋の向こうとこっち。タイル道はまだ続いているがここがロンベルンの人間にとっての町と森との境界線である。
「このタイルを見てみなよ。中々良い趣味をしていると思わないかい?」
神々が生み出したタイルは世界中に存在し、私たち人間を魔物の脅威から守ってくれている。
タイルは地域ごとに同じような色をしているが一つ一つ微妙に違っており、形も大きさも決して一定ではない。魔物除けの効果は勿論だが、傷つけることも動かすことも出来ないと言われている、今の技術では再現不可能な超常の代物だ。
「私には分からないですね。どれも似たような茶色いタイルにしか見えませんけど」
天使には拘りがあるようで、時々こうやってタイルを眺めては感想を教えてくれる。中でもラッカの森で見つけた一枚は最高の出来のようで、饒舌に喋っていたがやはり私には理解できなかった。
「これこそ神の業というやつだ。人間の技術じゃ例え何千年かかっても作れやしないよ」
「天地創造というやつですよね。昔物語に載っていました」
神々は地上にタイルを敷き、空には月を浮かべた。地上から空に昇ればどこからでも月に辿り着くと言う話だが、翼のない人間にそれを確かめることは不可能だろう。
同様に私たちは「世界の壁」を超えることが出来ない。遠く聳え立つ山々の向こう、壁の先にどんな景色が広がっているのかは誰にも分からないのだ。
「昔の人間は機械を使って空を飛んだと言いますけど、私には全く想像がつかないです。エル・リール様も見たことはないんですよね?」
「そうだね。少なくとも、人間と空でぶつかった記憶はないかな」
話をしている間に森の入り口へと到着する。
誰が作ったのか道の脇に進入禁止の看板が突き立てられていた。
「さあ、いよいよだ。ここから先は魔物の縄張り、いつまでも散歩気分ではいられないよ」
散歩が趣味の天使が良く言ったものだ。立ち止まって、くるりとモルゲンロッドを回してみる。
淡いセピア色の葉っぱが、もう頭上にまで伸びてきていた。