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天使と語る可憐な  作者: シロローナ
第一章 メイプルクランの主
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第3話 有力者会議 3

 近隣の森で魔物が増えているという話は興味深かったが、果たして麦畑問題と関係があるのだろうか?


 情報の出どころであるジークベルトは町の有名人だ。ゴロツキの中でも特に危険な男で、誰彼構わず喧嘩を吹っかけていく狂人として名が通っていた。


「話を戻しますよ。ジークベルトさんが森の変化に気づいたということでしたけど、そもそも何であの人が森の事なんて知っていたんですかね?」


 タイルのある場所が人間の住む世界なら、森は魔物たちの縄張りである。ロンベルンの周辺は他の土地と比べて魔物が少ないと言われているが、それでも危険地帯であることに変わりはないだろう。


 普通の人間ならば好んでそんな場所に足を踏み入れようとはしない。ジークベルトが森の様子に詳しいと言うなら何かしら理由があって森に入っていたと考えるのが妥当である。


「いやいや、待てよ。エルヴィンには悪いが、ジークの奴が言う事なんて本当に信じられるのか?」


「あの野郎は気が狂ってるからな。だいたいゴロツキなんてのは頭のおかしい奴ばっかりなんだ」


 ジョリー・ジョリーとアイラットが声を荒げていた。どちらも苦虫を噛み潰したような顔をしているから、もしかしたら以前に絡まれたことがあるのかもしれない。


「やっぱり噂通りのゴロツキなんですかね。私はあまり面識がないんですけど」

 

 ロンベルンへ来た最初の頃に何回か見かけたことがあるくらいだ。張り紙屋として喧嘩の様子を記事にしようと見学したこともあるが、怖い顔をされたので慌てて退散したことを覚えている。


「皆の言いたいことも分かるよ。確かにジークは無茶苦茶だ。でも、嘘を吐くような奴でもないさ。あいつなりに色々あるんだ」


 嫌われ者のジークベルトだが、エルヴィンだけは別のようだった。以前聞いた話では確か家が隣同士なのだとか。町で一番のゴロツキと真面目な土産物屋の店主が幼馴染で仲良し。これは少し面白いと思った。


「ちなみに、その色々というのは何です?」


「町で喧嘩をするのにも飽きたんだとさ。張り合いがないと言っていたから、多分森で力試しでもしているんだろう」


「へぇ、だから最近町中で見かけなかったんですね。てっきり、他の町へ遠征にでも行っているのかと思っていました」


「それはそれで間違ってないよ。良く他の町へ遠征に出かけているらしいから」


「ああ、やっぱりそうなんですか」


 果たして彼らは何のために争うのだろうか?


 ゴロツキという生き物は本当に不思議だ。全力で殴り合っていたかと思えば、次の日には楽しそうに並んで酒を飲んでいたりする。昔はいなかったようで初めて彼らの喧嘩を見た時はエル・リールも目を丸くしていたものだった。


「分かりました。今度ジークベルトさんに直接話を聞いてみましょう」


 あの男と関わるのは正直気が進まなかったが、魔物関連の情報を握っているというのであれば避けては通れないと思った。


「……そういえば!!!」


「ちょっと、びっくりするじゃないですか!!」


 急に叫びを上げたのは材木屋のランディだ。彼は今まで何の発言もしていなかった。てっきり眠っているのかと思っていたが、そうではなかったらしい。


「ランディさん、声が大きいです」


「頭のおかしい余所者といえば!!!」


 喧嘩を売られたような気がしたが見逃してやる。


 このランディという男もジークベルトと同様に森について詳しいはずだ。森と隣接する町の外れに作業小屋を持っていて、そこで木材の加工をしているのである。


 ちなみに工事に欠かせない樹液の収集も彼の役目。建物とタイルを張り合わせるのに必要だから鈍間そうな外見にも関わらず重要な仕事を任されているのである。


「マヤトーレだよ。少し前に町の近くをうろついていたらしい」


「ああ、森とは全然関係ないんですね……」

 

 ジークベルトの件と関連して魔物の話が出てくるかと思っていたので拍子抜けだ。そんな私の思いとは反対に、他の有力者たちは驚愕の表情を浮かべていた。


「あの馬鹿女か!!!」


 犯人見つけたり。血気盛んなアイラットが椅子から立ち上がって叫びを上げた。テーブルを叩くファン・ズー。さらには温厚なエルヴィンまでもが拳を握りしめていた。


「そうか、奴に違いない。どうして気づかなかったんだ!!?」


 全員が色めき立っている。もう森がどうだとか、ジークベルトがどうだなんて話は忘れてしまったかのよう。それだけマヤトーレというのが怪しい人物なのだろう。


「マヤトーレさんですか。私、その人に会ったことないんですよね」


 森の魔女マヤトーレ。ロンベルンからさらに西、森の奥に住んでいると言う変わり者の女である。以前は良好な関係にあったようだが、町で放火事件を起こして立ち入り禁止になっているのだとか。私が来るよりも前の出来事なのでそれ以上のことは良く分からなかった。


 最初に彼女の話を聞いた時の衝撃は相当なもので、私以外にも魔法が使える人間がいたのかと驚いたことを覚えている。けれど、何と言っても酔っ払いの町である。結局は噂の域を出ず、未だ真実は闇の中だった。


「あいつはやべぇぞ。町中で魔法をぶっ放して大笑いしてやがったんだ」


「アイラットの言う通りだ。うちの料理を食べに来た事もあったが、あの女は金も払わずに出ていきやがった!!」


「ジョリーさん、落ち着いて下さい。血管が切れそうですよ」


「落ち着いていられるか。犯人は奴で決まりだ。間違いない!!!」


 あの放火魔が犯人に違いない、異変の原因はマヤトーレで決まり。もうそんな雰囲気になっていた。奴をどうやって懲らしめてやろうか。そういう声すら聞こえてくる始末である。


「決めつけるのはちょっと早くないですかね。もう少し他の可能性も探ってみるべきでは?」


「そんな必要はない。あの女はこの私の料理を食べるだけ食べて不味いと言いやがったんだぞ。偉そうな態度も鼻にかかる。その上、町に火を放ったんだ。絶対に許せん!!!」


 どちらかといえば、食い逃げや放火よりも不味いと言われたことに腹を立てているように聞こえるが気のせいだろうか。ジョリー・ジョリーの怒りに拍車をかけるようにアイラットが大声で囃し立てている。普段は役に立たない癖に、こういう時ばかり元気になるんだから質が悪い。


「ほらな、俺も最初からあいつが怪しいと思ってたんだ」


「さあ、殴り込みだ。奴の家も燃やしてやろう!!」


「いやいや、それは駄目ですって。何言ってるんですか。もしかして、酔っぱらってます?」


 喧騒の続く店内。これはもう駄目だと思った。気持ちを前向きにする魔法は知っているが、後ろ向きにする魔法なんて教えてもらっていない。全力で回り出した彼らの情熱を止める術を私は何一つ持っていないのだった。


「分かりました。じゃあ、マヤトーレさんが犯人ということで……」


 盛大な拍手が店内に活気をもたらす。今回の会議は大成功と言って良いだろう。飛び入りとはいえ議長を務めた私も鼻が高かった。


「お前に拍手した訳じゃねぇからな」


「別に良いじゃないですか。こんなこと、滅多にないんですから」


「俺が町長になった日には、張り紙屋代表なんて役職はこの世から消してやるから覚えておけ」


 とても酷いことを言われた気がするが多分大丈夫だろう。アイラットが町長に選ばれる日なんて永遠にこない。そう思ったので無視して会議の纏めに入っていく。


「ええと、皆さん。今日は本当に素晴らしい会議だったと思います」


 ランディがにやけ顔で頭を掻いていた。ある意味では彼こそが今日の主役だ。決して誰も褒めてはくれないだろうが、その気分を味わう資格は十分に持っていると思った。


「ああ、最高だ。明日にもマヤトーレの奴を丸裸にしてやろうじゃないか!!!」


 そう言ってジョリー・ジョリーが急に脱ぎ出した。皆の喝采を浴びて誇らしく笑っているが、私から見ればただの変態である。


「良かった。本当に、良かった……」


 酒に生涯を捧げているファン・ズーや、一応は町の代表という事になっているベルモン。彼らも安心したようで、実に気持ち良さそうな顔で杯を交わしていた。


 この場にいる誰もが笑っている。依然として問題は解決されていなかったが、それでも彼らの中で一つの納得できる結論が出たという事なのだろう。


「それで、どうやってマヤトーレを調べようか?」


「あっ、忘れていましたね」


 さっきまで元気良く騒ぎ合っていたのに、エルヴィンの発言で急に静かになってしまった。


「いや、そいつは……」


 やはり具体的なことは一つも考えていなかったらしい。どうなるかと思って見ていると、なぜか皆の視線が私に集まってくる。


「ええっ、嫌ですよ。話を聞く限り危ない人じゃないですか」


「だからお前が行くんだよ。町の張り紙屋だろうが」


 この人たちは張り紙屋を何だと思っているのだろうか?

 全員が行けという目をしていた。


「良いじゃないか。噂の魔女が本物か確かめる絶好の機会だ」


 エル・リールにまでこう言われてしまったらどうしようもない。了承しようかと思ったが、悩んでいるように見えたのだろう、またもエルヴィンが声を上げた。


「そうだ、ジークの奴を用心棒に連れていけば良い」


「そいつはいいや。俺たちみたいなのが付いて行っても、嬢ちゃんの足手まといになりそうだしな」


「いやいや、ちょっと待って下さいよ」


 反対しようとしたが、その前に誰かが拍手を始めてしまった。すぐに広がってもう決まったかのような雰囲気。この連帯感は何なのだろう。


「なるほどな。頭のおかしい奴には、頭のおかしい奴をってことか」


「ちょっと、今何て……。だいたい、あの人が私の言うことを聞くと思いますか?」


「そこは俺に任せとけ、奴は俺に借りがあるからな。ツケを帳消しにしてやるって言えば何でも言うことを聞くはずだ」


 ジョリー・ジョリーが胸を叩く。ファン・ズーも同様の対応をすると名乗り出た。どうやらジークベルトは至る所に借金を抱えているらしい。


「それは名案だ。しかも自分の損を顧みないなんて中々できることじゃない。帳消しにした分はジークの友人として私が支払いましょう」


 エルヴィンの心意気にまたも惜しみない拍手が響く。もう後には退けない状況。今更、一人で行くと言っても誰も耳を貸してはくれないだろう。


「おい、張り紙屋。こいつは良い記事になりそうだぜ。書けたら読んでやるからせいぜい頑張りな」


「アイラットさん、調子に乗ってると今にぶっ飛ばしますからね」


 私を置き去りにして騒ぎ出す男たち、その手にはもう新しい瓶が握られていた。ぞろぞろと入ってくる町の住人たち。どうせ聞き耳を立てていたのだろう。私の方を見てにやにやと笑っている。


「もう、分かりましたよ。この事件を解決した暁には広場の真ん中にブロンズを建ててもらいますからね!!」


 思い切りミルクを飲み干す。口の周りが真っ白になるが気にしない。こうなったら後はやるだけだ。必ずや酔っ払いたちに目にもの見せてやる。決意を新たに私はシニトワ酒場を後にした。

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