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天使と語る可憐な  作者: シロローナ
第一章 メイプルクランの主
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第2話 有力者会議 2

 階段を上って扉を開け放つ。カーテンの閉められた夕方の酒場、中央の円卓を見ると既に会議の参加者たちが勢揃いしていた。


「ミステル・テトマイヤ、到着しました」


 有力者会議と言っても所詮は名ばかりの集団である。活発な話し合いが行われている訳もなく、全員が俯いて真っ青な顔になっていた。それ見たことか、私を呼ばないから真面な意見の一つも出てこなかったに違いない。


「ちょっと、皆さん死人のような顔になっていますよ。これじゃシニトワ酒場で死人が会議です」


 軽快に冗談を飛ばしてみるが返ってくるのは溜息ばかり。エル・リールだけが隅の方で微笑を浮かべていた。


「嬢ちゃん、この町はもう終わりだ。ロージィの酒が飲めなくなったら俺たちに生きている意味なんてねぇよ」


 力なく呟いたのはファン・ズーという男。この酒場の主でロンベルンを代表する酒飲みたちの纏め役だ。熊のような体格をしているが今回の件が余程堪えているのだろう、しょぼくれて小さくなっている姿が寂しかった。


「大丈夫です。お酒が飲めなくたって死にやしませんよ」


「いいや、俺たちは死ぬんだよ」


「はいはい、冗談言ってないで。まずは会議の内容を教えてもらえますか?」


 本当に何も話し合っていなかったのだろう。答えは沈黙。数人の男が首を振るだけだった。何て不甲斐ない連中だろう。そう思ったが、見ればカップの中身は酒ではなく水のようだった。きっと彼らなりに努力して、それでも駄目だったのだ。


「じゃあ、まずは現状の確認から。ジョリーさんお願いします」


 目が合ったので、料理屋の亭主ジョリー・ジョリーを指名する。物凄く嫌そうな顔をしたが、やがて観念したのか座ったままで報告を始めた。


 いつもなら茶色から赤色に変化していくはずのロージィの穂が収穫期を迎えても未だに変化なし。誰もが知っているはずの事実が場の雰囲気を一層暗いものにしていった。


「はい、ありがとうございました。ジョリーさんに盛大な拍手を」


 パチパチと私一人の拍手が響く。聞こえてくる広場の喧騒はまるで別世界のよう。たった一枚のレンガ壁を隔てているだけとは思えなかった。


「皆さん、もっと前向きになりましょうよ。古の神々も仰っていましたよ。下を向いていては希望が遠ざかっていくって」


 天使のような発言で鼓舞してみたが、哀れな迷い人たちは項垂れたまま。果たしてこの陰鬱とした感じはいつまで続くのだろう。困ったのでエル・リールの方へ視線を送るが反応はなし。黙ったままじっと円卓の面々を見つめていた。


「ベルモンさん、何か考えはないんですか?」


 町長のベルモンに声をかけてみる。近頃は老眼も進んできているという話だが、大そうな肩書を持っているのだから、きっと目が飛び出るような対策を思いついてくれるはずだ。


「子供の時分からロージィを見てきたが、こんなことは一度もなかった。もう収穫期はとうに過ぎておる。これは手遅れかもしれん……!!!」


 情けない言葉に全員が揃って天井を仰ぐ。間違っても町の代表という立場で吐ける台詞ではないだろう。私にしか聞こえない声でエル・リールが囁いた。


「籤で選ばれただけという噂を聞いたことがあるよ」


 酔った勢いとはいえ、私に張り紙屋の仕事を与えてくれた町長である。見る目のある男だと思っていたが、今後は考えを改めた方が良いのかもしれない。他の連中も似たり寄ったりだ。このままでは話し合いは一向に進展しないだろう。


「こうなったら奥の手だ。ミステル、得意の魔法を使うと良い」


「私もそうしようかと思っていました」


 エル・リールの言葉に反応した私を見て、男たちが怪訝な顔をする。怪訝ついでに少し驚かせてやろう。身軽に円卓へ飛び乗って手を掲げる。特に意味はないが「それらしい台詞」を吐いてくるりと回った。


「大いなる古の神々よ。哀れな迷い人に愛と勇気を、ハピートリガー!!」


 天使の教え第五番「どんな時でも前向きに」

 授かった魔法はハピートリガー。


 迷いや不安を掻き消して強制的に気持ちを前向きにしてしまう。受けた相手は細かいことを気にしなくなるからカーテンで仕切られた室内なら人前で使っても特に問題はないだろう。


 円卓を囲むように光の粒が次々と降り注いでいく。効果は抜群のようで死人のようだった男たちの顔にも見る見るうちに生気が戻ってきた。


「こうしちゃいられねぇ!!!」


 円卓をバンと叩きファン・ズーが立ち上がった。急に走り出して奥へ入っていったかと思えば、すぐに瓶の詰まった木箱を持って帰ってくる。さすがは酒場の男といった感じで手際良く杯を並べていった。


「元気になっていきなりそれですか。まあいいです。死人と会議するよりは良いですから」


「シニトワ酒場で死人と会議ってか!!!!!!!」


「なんだそりゃ、あっはっはっは!!!!!!!」


 さっきは無反応だったのに皆揃って大笑いしていた。エル・リールが興味深そうに杯の中身を覗き込む。濃い赤色の液体、これが例のロージィの酒だ。


「この色、匂い。やっぱり覚えがあるな……」


 彼女は飲み食いが出来ない体だが匂いは分かるらしい。どうも以前に飲んだことがあるようだが思い出すことが出来ないのだろう。酒の表面に触ろうと頑張っているが、指はするりと通り抜けてしまった。


 有力者たちはさっそく上機嫌で酒を呷り始めていた。私だけはミルクを注文。飲めないわけではないが清楚で可愛らしい印象を壊さないための作戦だった。


「今回の問題についてですけど、何か原因に心当たりがある人はいますか?」


 こいつが怪しいと活発に意見が飛び出してくる。これこそ私が望んでいた光景だ。円卓の上に立ちながら、下界の人間の騒乱を見守るのは中々気分の良いものである。


「とりあえず、お前はテーブルから降りろ」


「はい、分かりました」


 魔法の効果が効いているうちは大丈夫だろうと思ったがさすがに気になったらしい。素直に降りて席に座る。


「やっぱり酒だな。こいつを飲むと頭が良く回る。一つ言えるのは余所者が怪しいということだ。最近町にやってきた怪しい奴といえば……!!!!」


 ジョリー・ジョリーの発言にどうしてか皆が私の方を向いた。確かにロンベルンに来て日は浅いが、毎日のように旅行客が訪れているのだから余所者というだけで疑われるのは心外である。


「どうして私を見るんですか?」


「嬢ちゃん、正直に言ってみるんだ。今ならまだ皆許してくれるぞ」


「私は何もしていません」


「なんだ、お前がロージィ畑に毒を撒いたんじゃないのか?」


 天使に選ばれた私がそんな悪いことをするはずがなかった。

 疑われて残念な気持ちになる。


「ええと、私以外で誰か怪しい人を知りませんか?」


「知らねぇな。ああ、知らねぇ」


「アイラットさん、少しは考えてくださいよ。町の一大事なんですから」


 自分たちの身に火の粉が降りかかっているのに大したものだ。彼は若頭のアイラット。事件と聞けば駆けつけてくるが、何をするでもなく大声で騒ぐだけの無能者だ。だいたい、若頭なる役職がどういったものかも不明。神がいるならこういう輩にこそ天罰を与えるべきだろう。


「だいたい張り紙屋ってのは何だよ。いつも勝手に会議に入ってきやがって!!」


「ちゃんと許可は貰っています。証明書だってあるんですから」


 ベルモンの名前がしっかりと刻まれていることを確認し、アイラットが悔しそうに地団太を踏んだ。


「やっぱり籤引きは止めようぜ。次の町長は実力で決めるべきだ!!」


 当のベルモンはと言えば、杖を使い器用に円卓の周りを歩き回っていた。もう酔っぱらってしまったのだろうか。その行動に意味はなさそうだったが足取りは意外にもしっかりとしていた。


「そういえば……」


「何かあったんです?」


「いや、これは関係ないだろう」


 思わせぶりな態度を取った眼鏡の男、彼は土産物屋のエルヴィン。会議ではいつも会計を任されてる、ロンベルンの住人にしては珍しい真面目な性格の人間だ。


「些細なことでも教えてください。何かの切っ掛けになるかもしれませんから」


「実は最近森に魔物が増えてきたって、この間ジークの奴が言っていたんだ」


 魔物という言葉に私とエル・リールが揃って反応する。

 町で暮らしていれば出会わない魔物だが、森は彼らの縄張りのようなものである。


「詳しく教えて貰って良いですか。確かこの辺りって滅多に魔物が出ない土地なんですよね?」


「まあ、最近はね。昔はそうでもなかったと思うけれど、近頃じゃ全然聞かなくなったよ。良い世の中になったと思っていたんだが……」


「魔物が町に近づいてきたら大変ですね。そういえば、この町の防備はどうなってるんでしたっけ?」


 男たちの顔を見ると皆揃って目を泳がせていた。どこの町でも自警団くらいあるものだと思っていたが、まさか平和だったからと何の準備もしていないのだろうか?


「いや、ええと……。ああ、そうだ。それはアイラットの仕事じゃないか?」


「んん……? ああっ!!」


 エルヴィンの言葉を受けて間抜け顔で口を開いている。

 謎の役職「若頭」はどうやら町の治安を守る役目を担っていたらしい。こんな重要な仕事を任せておいて良いのだろうか。今回ばかりは心の底から心配になってしまった。


「そういやそうだな。まあ、任せとけよ。魔物の一匹や二匹、俺にかかれば簡単なもんさ。声を掛けりゃ若い奴らが集まるからな。全員で袋叩きにしてやるぜ」


「本当に大丈夫ですか。魔物を侮ると命を落としますよ?」


「俺の腕っぷしの強さを知らないからそんなことが言えるんだ。それに、いざとなったら町にこもってりゃ良いだろうが!!」


 確かに魔物が現れた時は下手に討伐を試みるよりも、町の中から静観している方が安全だろう。


 あらゆる町の土台になっている「タイル」は神々が人間のため特別に用意したという代物だ。魔物除けの効果があるから、タイルの上にいる限り魔物に襲われる心配はない。とはいえ、用心するに越したことはないだろう。


「今はそれで良いかもしれませんが、魔物の数が増えてきたというなら油断はできません。近いうちに防備の見直しを検討することをお勧めしますよ」


「それは俺が決めることだぜ。張り紙屋のお前に言われる筋合いはねぇな」


 アイラットはこういう男だ。何を言っても反発されるのが目に見えているからこれ以上は止めておくことにした。今はそれよりもロージィの問題について考えるべきだろう。


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