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天使と語る可憐な  作者: シロローナ
第一章 メイプルクランの主
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第1話 有力者会議 1

 その匂いは妖精を誘い、味は神さえも虜にする。


 古くからこの地域に伝わるロージィの酒は一度飲んだら他の酒が飲めなくなるくらいの、それはそれは美味しい酒なのだ。旅行客も行商人も、誰もがこの酒を求めてロンベルンを訪れる。酒は愛すべき町の宝、ロンベルンは酒によって潤い今日まで繁栄を続けてきたのである。


 ロージィは不思議な麦でなぜかこの土地でしか育たないという。その穂は緑色をしているが収穫期が近づくと茶色に変化し、最後には鮮やかな赤に染まっていく。展望台から眺める赤い麦穂の絨毯。実に素晴らしい景色だという話だが、私はまだその姿を一度も目にしたことがなかった。


「それにしても、いくら神がいないと言っても神を恐れないにも程があります」


 ここの住人たちは昼間から働かず外で酒を飲むのが当たり前だと考えているらしい。道を歩けばいつだって杯を片手に雑談する人々が目に入ってくる。


「別に良いじゃないか、楽しそうで何よりだ。最も、この幸せな光景は長く続かないかもしれないけれど」


「そうならないために私たちが頑張るんです。やっぱり、町の人間はあてに出来ないみたいですから」


 ロージィの酒に支えられている町だから存亡の危機と言っても大袈裟ではないだろう。だが、住人たちは意外と平気な顔をしているもので、麦畑事件だと言って大騒ぎしながらも、楽しみの酒を飲むことだけは絶対に忘れないのだった。


「連中も馬鹿じゃないさ。見てみなよ、今はあれを流行らそうと頑張っているらしい」


 民家の窓から顔を出している丸っこい人形を指さしていた。

 展望台にも沢山飾ってあったから知っている。あれはロージィ人形。藁で作られたブタやオオカミの人形で町の新たな名物にしようと土産物屋が中心になって力を入れているらしい。


「正気の沙汰じゃないですよ。あんなへんちくりんな人形、流行るわけないじゃないですか」


 今だって絶賛しているのは少数の変わり者だけだろう。どうせすぐに飽きられて、玉蹴りにでも使われるのが目に見えていた。


「あれを見ていると無性に腹が立つんです。全く、何を思ってあんな物を考えたんですかね?」


「私は嫌いじゃないよ。別に好きでもないけれど」


 楽しそうに笑うエル・リール。


 蛇のように曲がりくねった大通りを進んでいけば、何やら男たちが騒いでいた。これも良く見る光景だ。酒場に入りきらなかった連中が椅子を持ち出して外で飲んでいるのである。


「相変わらず酷いですね。通り抜けるのも一苦労です」


「私は大丈夫だ。結構楽しいものだよ、人の中を通り抜けるというのは」


 一人だけ先に行ってしまうエル・リールを追いかけて私も早足で歩いていく。人の隙間を抜ける途中、気になる話が耳に入った。


「一体どうしちまったんだろうな?」


「俺が知るかよ。だが、こいつは大問題だ。このままじゃ本当に酒が飲めなくなっちまうぜ」


「そういえば、有力者連中が対策会議を開くって話だぞ」


「今更だな。あまり期待できないが、今回ばかりは連中が何とかしてくれることを祈るしかないか」


 有力者、対策会議。

 普段よりも酒場から溢れた人の数が多いことが気になった。


「ミステル、男たちが面白い話をしていたよ!!」


「エル・リール様も聞きましたか。どうやら連中はまた私を除け者にしたみたいですね」

 

 私たちの旅は旅行者のそれとは少し違う。世界をゆっくりと見て回るため、一つの町に長く滞在すると決めていた。宿も定住者向けの物を選び、ちゃんと仕事だって見つけてある。


 酒場で聞いた面白い話を纏めて張り紙にするのが私の仕事だ。所詮は趣味のようなものだが、酔っぱらった町長に話を持ち掛けて正式に「町で唯一の張り紙屋」として認めてもらっていた。


「一人しかいなくても職の代表ですからね。私にだってちゃんと会議に出る資格はあるはずです」


「連中に君の優秀さを思い知らせてやる良い機会だね」


「まあ、見ていてください。問題解決の暁には広場の中央に私のブロンズを建ててやりますから」


 場所はどうせいつもの酒場だろう。酔っ払いが道に溢れていたのがその証拠である。


 気づけば二人揃って早足になっていた。ローブとスカートを翻し、宿を通り越して大通りを進んでいく。


「相変わらず道が狭いです。前の会議で綺麗にすると言っていたのは何だったんですかね?」


「清掃活動がどうって話だろ。君が張り紙を描いていた奴」


 あちこちに酒樽や瓶が転がっていて、もはや景観の一部として定着していた。積まれた樽はバリケード。そこら中の道が塞がれているから不便なことこの上ない。

 時々倒れて怪我人も出ているのに誰も気にしないのだ。きっと、全員が酒に頭をやられているのだろう。


「危険な所は片付けておかないと、明日にでもまた誰か潰れます」


 目についた樽を動かしながら進む。途中で細い路地へ入って近道だ。座り込む浮浪者を飛び越えて、邪魔な木切れを蹴飛ばした。家と家の間に延びる鉄屑の柱を潜り抜けていく。


 ロンベルンの建物はどこか適当で、一部が欠けている物や突き出ている物が多かった。職人が飽きっぽく、住人も特に気にしないのだろう。未完成としか思えない家に、普通に人が住んでいるのである。


「ゴミが散らかっています。拾って窓から投げ返してやりましょうか?」


「手が汚れるから止めておきなよ。それよりも先を急ごう」


 前にここを通った時にも違うゴミが撒かれていたはずだ。怪しいと思っていたが、これはもう間違いなく家の主が窓からゴミを投げ捨てているのだろう。近いうちに調べて張り紙を描いてやろうと思った。町の悪い部分を正すのも張り紙屋の仕事の一つなのだ。


 意気揚々、路地を抜けて再び大通りへ。目的の広場はすぐ近くだ。

 

 楽しそうな住人たち。陽気な歌が聞こえてくるが、同時にそこかしこから奇声や怒鳴り声が響いてきていた。ゴロツキたちは人目も気にせず喧嘩に明け暮れ、酔っ払いのゲロを飛び越えて子供たちが走っていく。

 

「全く酷い光景です。大人の一人として胸が痛みます」


「だけど、あの子たちもいつかは似たような酔っ払いになるんだろうね」


「嫌な予想ですけど、現実になりそうで怖いです」


 騒ぐ住人たちを横目に、広場に隣接する酒場へと向かっていく。ようやく到着だ。「死人よ永遠に眠れ」と書かれた鉄屑の看板が目印だが、酒場の名前らしくないからか町の人間は「シニトワ酒場」と呼んでいた。


 近くには立派な会議場もあるのだが、大手を振って酒が飲めるからだろう。会議はいつもここで行われると決まっていた。

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