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ハチミソ


「世の中は甘くない」


 ご飯の度に教育熱心なママがそれこそ熱心に僕に言うので、へへん、甘いものならそこらにあるはずさ、なんてことを考えながら庭に咲いたツツジの花のミツをチューと吸う。

 嫌いな食べ物があるからといって塩辛い将来しか待っていないだなんて、そんなことある訳ないでしょ。苦手なことがあっても甘い汁だかミツだかを口いっぱいに頬張ることくらい簡単に出来るはずさ、そう思うんだ。

 けれども、花のミツは思ったほど甘くなかった。

 花のミツから出来るハチミツはとても甘いので花のミツだって甘いはずだと信じていたのだけれど、花のミツは花のミツで、つまりハナミツであって、ハチのミツであるハチミツとは違う味がしたということになる。でも、花のミツが集まってハチミツになるのだからハチミツの甘さになる部分がハナミツには入っていて、ハナミツはハチミツのように甘くあるべきだとも思うんだ。

 なのに、どうしてこんなに甘くないんだろう。そうだ、こんな時はおじいちゃん先生に聞いてみよう。



 そして、おじいちゃん先生は言う。


「それは良い質問だね」


 僕自身、何を聞いているのか、何を話しているのか、話をしている最中に色々と良く分からなくなってしまったというのに、おじいちゃん先生は全部納得した様子で、ちょっと笑いながら、ちょっと頷いたりしながら、長いヒゲをなでなで。

 僕のおじいちゃんであるおじいちゃん先生は、いつも顕微鏡を覗いて、菌とか小さな生き物を研究していて、とても頭が良いものだから、何でも知っていて、何でも教えてくれて、何でも出来ちゃうので、フニャフニャな僕の質問も良い質問になってしまう。


「確かに花のミツはハチミツとは違う味だね。ハチミツはハチの出す酵素という成分が花のミツを分解したものなんだよ」


 言っている意味が分からない。

 頭の上でハテナマークをチカチカさせながら腕を組んで首を右へ左へと傾げていると、おじいちゃん先生はヒゲをなでなで、更に話を続けた。


「例えば、味噌は何から出来ているか知っているかい? そう、大豆だ。大豆が菌の出す酵素でグズグズに溶かされると味噌になるんだよ。大豆と味噌は違うものだろう?」


 じゃあ、味噌とハチミツは同じものなの?と聞くと、おじいちゃん先生は上を見ながらちょっとの間、うーん、とか言って、それから、ヒゲを引っぱって顔を僕のほうに向け直し、ゆっくりと質問に答えた。


「まあ、似たようなものだね」


 なるほどなるほど、似たようなものなんだね。そういえば、『ミソ』と『ミツ』って、字も似ているしね。

 つまり、ハチミツはハチミソだったんだ。



 良いことを思いついた。

 実は僕は味噌が嫌い。特に味噌汁は大嫌い。だって、臭いし、塩辛いし、ザラザラするんだもん。だからご飯の時に味噌汁が出ると、透き通った上澄みだけを飲んで、ごちそうさま、と言って席を立つ。

 でも、この思いついた方法なら味噌汁をおいしく食べられそう。本当は良いことなのかどうか分かっていないのだけれど、思いついてしまったのだから仕方がないね、やってみよう。

 ママ、ママ、今日の味噌汁には特別な味噌を使ってよ。甘い味噌でね、ハチミソっていうんだ、そう言いながら戸棚から取り出したハチミツの瓶をドンとテーブルの上に置く。

 すると教育熱心なママは不思議そうな顔をして、具合でも悪いの?なんて言いながら僕のおでこを触って、クスクスと笑いはじめた。

 違うよ。ハチミソはね、っておじいちゃん先生に教えてもらった話をすると、ママは笑ったままこう言った。


「じゃあ、ご飯を残さず食べるっていうなら、ハチミソでお味噌汁を作っても良いよ。約束出来る?」


 もちろん約束するさ。



 ワクワクして、気分が良くなって、いつもはやっていないのに料理の手伝いをしちゃおうなんて思って、ジャガイモの皮を剥く。皮を剥かれた野菜は刻まれてダシの入った鍋に放り込まれる。だんだんと良い香りがしてきたので仕上げに僕が味噌ではなくてハチミソをたっぷりと鍋に入れると、モクモクとあがる白い湯気の向こうに金色のスープが姿を現した。ハチミソ汁の出来上がり。

 急いでおじいちゃん先生を呼んで、みんな席についたら食事の時間。いただきます。早速ハチミソ汁を飲む。

 どうしよう。おいしくない。

 ダシの臭いとハチミソの薄い甘さがぶつかって、変な味。だけど、残さず食べるって約束をしてしまっているので、嫌だ、なんて言う訳にはいかないし、逃げられない。だからといって鍋いっぱいに作った汁を、ヤッター、とか言いながら笑って食べられる自信なんて、もちろんない。

 お椀で顔を隠しながらコッソリとママを見ると、ママは全く表情を変えずにハチミソ汁を飲み込んで、全く表情を変えずにお椀をテーブルに置いて、全く表情を変えずに喋り始めた


「体に良さそうな味ね。具合の悪い時には良いかもしれないわね。オホホ」


 今まで聞いたこともない笑い方をするので、おっかない。

 おじいちゃん先生は何も言わずに一口ハチミソ汁を飲むと、とても困った顔をしながら僕のことをチラチラ。しまいには、わざとらしく咳払いをしたりするものだから、僕は、何か言わないといけないなあ、と思わされて、居心地が悪いったらありゃしない。



 えーっと、ごめんなさい。

 我慢出来ずに僕が謝ると、ママは頷いて黙って立ち上がり、ハチミソ汁の鍋に醤油を入れてコトコトと煮込みはじめた。

 しばらくすると、ハチミソ汁は肉ジャガに変身した。

 まるで、魔法みたい。たぶんママは、魔法使いだとか絵本に出てくる仙人だとかの仲間で、言っていることも、やっていることも正しいに違いない。

 感心していると、お皿に盛られた肉ジャガがテーブルに運ばれてきた。

 ついでに、いつの間に作ったのか分からないのだけれど、目の前に普通の味噌汁の入ったお椀が置かれた。

 ああ、世の中って甘くないな。



 + + + + +



 ハチミツ肉ジャガの作り方


 材料(四人分)

 ・ひき肉 一五〇g(豚または牛)

 ・ジャガイモ 四個

 ・ニンジン 一本

 ・玉ねぎ 一個

 ・ダシ 二カップ

 ・醤油 大さじ四

 ・酒 大さじ三

 ・ハチミツ 大さじ三


一、野菜は皮を剥き一口大に切る。鍋に油を少量ひき、肉と玉ねぎを炒める。

二、ダシを入れ、沸騰したらアクを取り除く。

三、ニンジン、ジャガイモ、ハチミツと酒を加え、一〇分ほど煮る。

四、野菜が柔らかくなったら醤油を加え、煮汁が半分になるまで煮込む。

五、器に盛り、茹でた絹サヤ(分量外)を添えると色取りがキレイ。



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