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もしも島崎藤村がコンビニ店員だったら


 まだあげ初めし前髪の

 林檎のもとに見えしとき

 前にさしたる花櫛の

 花ある君と思ひけり


 やさしく白き手をのべて

 林檎をわれにあたへしは

 薄紅の秋の実に

 人こひ初めしはじめなり


 (島崎藤村『初恋』より)



 仕事からの帰宅途中、小腹が空いたなぁなどと考えていると、コンビニが見えた。

 毎日通っている道だが、こんな所に店があったとは知らなかった。思うに、新しく出来たコンビニなのだろう。煌々と灯る看板には、青地に白い文字で『TOWSON』と書かかれている。

 うーむ、気のせいか、どこかで見たことがあるようなないような……


 自宅まで辿り着けば食べる物はあるが、いますぐ少しだけでも何かしらを胃袋に放り込んで、空腹を紛らわしたい。そう考え、その店へと向かう。

 自動扉をくぐると、カウンターに一人だけ店員がいた。眼鏡を掛けた気難しそうなオッサンだ。胸のネームプレートには『島崎』と書いてある。

 島崎さんのすぐ横には保温機能のある棚があり、その中には出来立てと思われるフライやら焼き鳥やらが並んでいた。

 なるほど、フライか。いまの気分に合っているな。


 私は、その棚の前に立った。

 すると、島崎さんが声を掛けてきた。


「いらっしゃいませ」


 あ、ちゃんと挨拶が言えるんだ? そんなことを思いながら早速注文をする。


「すみません、唐揚げを下さい」


 島崎さんは気難しそうな表情のまま棚から商品を取り出し、そして、こう答えた。


「まだ揚げ立ての唐揚げと…………林檎 ※1」


 即座に言葉を返す。


「いや、林檎は頼んでいません」


 その手には林檎が握られていたのだ。

 しかし、私の指摘など意に介さず、島崎さんはこう続けた。


「優しく白き手を伸べて…… ※1」


 意味は分からないが、とりあえず言われた通りに手を差し出すことにする。


「こう手を出せば良いんですか?」

「……林檎 ※1」

「だから頼んでねえよ!」


 唐突に林檎を手渡され、思わず声を荒げてしまった。

 それでも島崎さんは表情を崩さず、淡々と問い掛けてくる。


「薄紅の秋の実は? ※1」

「いらないよ!」


 更に。


「心なき歌の調べは…………ひと房の葡萄 ※2」

「葡萄も頼んでねえ!」


 目の前のカウンターに林檎と葡萄を並べられる。新手の悪徳商法だろうか。

 私は呼吸を整え、冷静に尋ねた。


「あの、唐揚げは?」


 島崎さんは、遠くを見つめた。


「唐揚げは、全て山の中である ※3」

「ホント何言ってんの?」


 そんなやり取りをしばらく続けていると、ようやく目の前に求める物、すなわち唐揚げが、置かれた。


「やっとかよ」


 と、安堵の声を漏らす。

 ところが。


「……破壊! ※4」


 島崎さんは唐揚げを掌で叩き潰してしまった。


「なんで!」


 私の叫びなど気にも留めず、島崎さんが悟りを開いたかのような表情を浮かべる。


「涼しい風だね…… ※5」


 駄目だこりゃ。



 脚注――

  ※1:『初恋』より

  ※2:『若菜集序詩』より

  ※3:『夜明け前』より

  ※4:正しくは『破戒』

  ※5:藤村、最期の言葉



※日間文学ランキング一位獲得作品

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