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ちょっと気になる吉祥寺


 関東と言えば東京のイメージが強いけれど、実際、東京都の面積はたったの約22万平方キロメートル。それに対して関東の面積は約324万。つまりは、ほとんどが『県』なんだよね、『県』。

 わたしが生まれ育った土地は、まさにその『県』な訳で、「関東? ああ、東京のある所ね」なんて言われようものなら、「県民を馬鹿にするな!」と一発叫んで、県民パンチと県民キック。

 とはいえ、平然とジャージ姿で外をうろつく人達を見ると、都会にはこんな人種はいないよなぁなんて思って、東京に対して羨望の眼差しギラギラ。


 そんなこんなで、かくかくしかじか、すったもんだがありまして、一年浪人してまで東京都中央線沿いの大学に通うことになりました。ビバ一人暮らし。これでオシャレでいなせな東京ガール。

 テンション上がって調子に乗って、イケてる先輩に勧誘されるがままイベントサークルにまで所属してみた。東京ボーイとフォーリンラブ?


 ところが、ところがである。蓋を開けてみれば生粋の東京人なんてほとんどいない。わたしを勧誘したイケてる先輩さえも、「え! 尚美ちゃんと俺、出身地一緒じゃん!」などと言う始末。

 現実ってこんなもんだよねぇと心の中で呟いて、溜め息の代わりに煙草なんて吸ったこともないのにフーッと煙を吐くような仕草なんかしちゃって、さっそく諦めモード。


 でもでも、そんな中、一人だけ気になるサークルの人がいた。


 それはわたしと同じ一年生の年下男子。ヒョロリとした体型で、どことなく頼りなさげ。だけど落ち着いた雰囲気が良い感じ。流行りの服は着ていないのに古着を上手いこと合わせてオシャレ臭も漂わせている。

 こうなったらもちろん勇気を出してレッツアタック。「ねえねえ、名前なんていうの?」と、馴れ馴れしく話しかけちゃう。

 

「翔だよ」


 芸名みたい、と思ったけれど、その言葉を唾と一緒に飲みこんで、「翔くんって言うんだぁ。カッコ良いね」と愛想スマイル。なんだかんだで仲良くなれた。


 そうは言ってもお互い奥手で、ただの友達として一ヶ月。


「……尚美さんって一人暮しだったんだ?」

「うん。翔くんは?」


 五月になってもそんな会話をしちゃう翔くんとわたし。

 ちなみに翔くんは実家住まい。東京吉祥寺に住んでいるとのこと。


「へえ、吉祥寺なんて良いなぁ。オシャレな街じゃん」

「そんなことないよ。23区外だし」


 さりげなくそう言えちゃうところが東京人って感じ。


「ねえねえ、吉祥寺に行ってみたい。今度、案内してよ」


 フフ、わたしもさりげない台詞を言っちゃったよ。ついでだから更に追い打ちをかけておこう。社交辞令なんて返せないようにさ。


「井の頭公園に連れてってよ。次の週末はどう?」


 すると突然、翔くんはわたしのことをじっと見つめた。

 え、ちょ、緊張するじゃん。


「ど、どうかした?」


 そう尋ねると、翔くんは首を横に降って微笑んだ。


「どうもしない……良いよ。週末に井の頭公園に行こう」


 スルスルっと話は進んで、デートをすることになったわたしはラッキーガール。



 日曜日、井の頭公園駅の前で待ち合わせ。

 イメージと違って何にもないし、誰もいない。いやいや、誰かはいた。誰かっていうか、翔くんが既に待っていた。


「ごめん。お待たせ」

「平気。僕も来たばかりだし」

「そっか、それなら良かった。それにしても静かだねぇ」

「待ち合わせ場所には最適でしょ」


 そして、翔くんに促されて公園の入り口を通る。

 するとそこは森の中。大きな木々が茂っていた。


 正午なので翔くんの提案で公園内のアジア料理屋に向けて歩き始める。

 道すがら、手持ちブタさんになったわたしは腕を広げて、「わぁ、井の頭公園って広いんだねぇ」なんて言いながらクルリと回ってみちゃったり。


 そうしたら、いつかみたいに翔くんがわたしのことをじっと見つめた。

 え? え? え? どうしてそんなに見つめるの? ドキドキしちゃうじゃん。


 わたしが戸惑っていると翔くんは笑って、「うん。井の頭公園は広いんだよ」って当たり障りのない言葉。続けて高台の上を指差した。そこには目的とする料理屋さん。


 ガパオだ。ガパオだ。ガパオライスだ。アジア料理といえばガパオライスという発想しかなかったわたしは、店内に入ると迷わずそれを注文。

 しばらくすると、ご飯の上に鶏挽肉の炒め物が乗った料理がわたしの目の前にやってきた。それに対して翔くんの目の前には蒸し鶏。いかにもヘルシーって感じのオーラが出ている。翔くんはそれを箸でつまんで上品に口に運んだ。スプーンでガツガツとガパオっていたわたしは少しばかり劣等感。


 わたしは翔くんを睨んだ。ううん、見つめた。えーい、ドキドキしてしまえ。


 ところが翔くんは澄ました顔で、「あ、一口食べたかった?」だなんて言うもんだから、わたしは、「いいえ。そんなに食べられません」って訳もなく敬語。

 ぎこちない雰囲気のまま店を出ることになった。


「どこ行きたい?」


 唐突に聞かれる。だけど、何があるのか知らないし、「どこでも良いよ」としか言えないなぁ。


「動物園もあるし、ボート乗り場の近くには大道芸人がいるよ」

「ボートあるの?」

「あるよ」

「じゃあ、ボートに乗りたい」


 わたしの希望通り、お船に揺られることになった。


 本当はスワンボートに乗りたかったんだけど、なんだか恥ずかしいから手漕ぎボートを選択。350円ずつキッチリ割り勘でお支払い。

 翔くんは当たり前のようにオールを握ってスイスイと器用にボートを漕いだ。ああ、過去に誰かと乗ったことがあるんだなぁ、なんてことを思ったり思わなかったり。そこで意地の悪い質問。


「よく井の頭公園でデートしてるんでしょ?」


 すると翔くんは、わたしのことをじっと見つめた。

 気不味い。慌てて取り繕う。


「ごめん、変なこと聞いちゃったね……」

「え? 別に平気だよ。井の頭公園でデートしたことないし」

「それなのに漕ぐの上手いね」

「子供の頃から何度も来てるからね。尚美さんも漕いでみる?」

「う、うん」


 ボートの上で足腰の弱った人みたいにヨロヨロと立ち上がって、座っている位置を交換する。すれ違う時に息が触れ合うほどに顔が近付く。あ、ヤバイ。池に落ちそう。違う。恋に落ちちゃうカモ。すぐそこで鴨も泳いでいるしね。

 わたしがボートを漕ぎ出すと、翔くんは空を見上げて、「ああ、気持ち良い」だなんて湯船に浸かったオジサンみたいなことを言い始める。ムードがないなぁ。


 ムードがないまま30分後、弁天様にお参りしようということで、再び道を歩き始めた翔くんとわたし。

 典型的東京人の翔くんは歩くのが早くて、翔くんとわたしとの間にはレモン数十個分の距離。なんだかとっても淋しくなって、切なくなって、「ねえ、翔くん」と甘えた声を出しちゃうわたしはラブリーガール。


「なに?」


 振り返る翔くんに、右手を差し出して更に一言。


「お手」


 すると翔くんは素直に左手をわたしの手の上に乗せた。うい奴め。すかさずその手を握って、語尾にハートマークをつけたような艶々の台詞ツヤツヤ。


「捕まえた(ハート)」


 翔くんはキョトンとした顔をしている。ちょっとちょっと、今こそじっと見つめる時じゃないの? らちがあかないと思って、わたしのほうから気になる男子に気になる言葉。


「手を繋ごうよ。せっかくデートスポットで有名な井の頭公園にいるんだし」


 そこでようやく翔くんは、真剣な眼差しをわたしに向けた。


「尚美さん、実は、ずっと気になってたんだ」

「わ、わたしも気になってた」

「ホントに?」

「うん」

「じゃあ、わざとだったんだ?」

「ん? なにが?」

「え?」

「え?」


 ちょっと会話が噛み合わない。不思議そうに首を傾げると、翔くんは近くにあった公園の案内板を指差した。


「その『井の頭』っていう字は、『イノカシラ』って読むんだよ。尚美さんは『イノガシラ』って、濁点をつけてるよね」


 え?


「ひょっとして、気になっていたって、そのこと?」

「そうだよ」


 衝撃的な事実を知ったわたしは茫然、唖然。それに対して翔くんは、「ああ、スッキリした」なんて言っちゃって、今日一番の晴れやかスマイル。


 わたしの気持ちも知らないで……県民パンチだ、バッカヤロー!



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