棒人間スキル
校内の掲示板に張り出された一覧を見て僕は溜め息を零した。期待をしていた訳ではないけれど、あんまりにもあんまりな結果だ。母にムチ打たれながら毎晩勉強机の前に座り続けたというのに、中間試験の総合点ランキングで最下位。下から何番目という中途半端な位置ではないのはもちろんのこと、惜しかったという慰めの言葉さえ出てこないほどの低得点だ。もはや他の追随を許さない。追随したいかどうかは置いといたとして。
そうは言っても、ここは私立の進学校。一般的な高校三年生に比べて特別無知という訳では決してない。ただし要領の悪さについては自他共に認める天下一品だ。
詰まるところ試験というものは、知識の有無を判定するものではなく、技術の程度を測るものだと考えている。トップランカーの同級生もこんな助言を口にしていた。「コツさえ掴めば問題を読まなくてもだいたい答えは分かる」と。いや、だからさ、そのコツが掴めないから困ってんだよ。
ともかく、これで再び勉強机に張り付くことは確定した。母にどう説明をすれば良いか考える。きっと嫌味を言われることだろう。技術さえあれば。技術さえ。
「本当に勉強してたの?」
案の定、試験結果を報告すると、母の口からは攻撃力高めな言葉が発せられた。
勉強していましたよ。ああ、していたさ! なんて反論は出来るはずもなく、三つ指ついて頭を下げて、自室にこもって勉強机の前に座る。
試験が終わったばかりだというのに山のように宿題があった。ただしそれは自業自得とも言える。なぜなら宿題の内容は試験の間違った箇所を直すというものだったからだ。
当然ながら試験の際に分からなかった難問が、この瞬間に解けるようになっているはずがない。しばし苦悶。オーケー、こいつは無理だ。僕がどんなに努力をしようと、問題のほうが歩み寄ってきてはくれないのだ。まるで成就することのない恋愛のよう。
そんな訳で早くも挫折し、赤いバツまみれの答案用紙を睨みながら手持ちブタさんブーブー、右手でノートに落書きを始める。なんとなくシャーペンを走らせていると、やがて出来上がったのは棒人間の絵だった。
丸い頭にシンプルな線で構成された身体。ふむふむ、心理学的見地からどういった精神状態で描かれた絵なのか考察しようではないか、というのは嘘で、こいつが宿題をやってくれればなぁ、という甘えたことを思う。ついでにフキダシも書き足して、『宿題は俺に任せろ!』と、棒人間に言わせてみる。
すると、その絵が動き出した。
書いたはずのフキダシがふわりと消えて、棒人間が歩き始めたのだ。
彼はノートの隅まで歩くと、そばにある問題用紙を眺め、腕を組んで何度も頷いた。更に、新たなフキダシを出現させ、こう言ってきた。
『この程度の問題、すぐに答えてやるよ』
そうして右腕を鉛筆代わりにし、すらすらとノートに答えを書き始める。
僕が唸り声しか導き出すことの出来なかった問題を、棒人間は、ものの数分で全て終えてしまった。お前、凄いな。
ザっと見たところ、答えに間違いはなさそうだ。僕は彼に向かって礼を述べた。
「ありがとう。助かったよ!」
『どうってことないさ』
棒人間は新たなフキダシでもってそう返事をすると、ノートの隅にドアを書いて、『じゃあ、またな』という台詞を残し、向こう側に姿を消した。
直後、ドアも台詞もふわりと消える。
次の日、宿題を提出すると、先生が感心したように言った。
「まさか本当に終えてくるとは思いもしなかったよ。やれば出来るじゃないか」
終えられそうにない宿題を出すんじゃねえよ、という言葉は飲み込んで、恐縮したように小さく頭を下げる。
ズルをした訳ではない。コツを掴んだのだ。棒人間は僕が獲得した『技術』だ。
昨晩、宿題を終えた後に再び棒人間の絵と台詞を描いてみたところ、当たり前のように彼は動き出した。試しに問題集を提示してみると、やはり当たり前のように彼は難なくそれを終えた。これは使える、と僕は思ったね。
それからというもの、宿題の全てを棒人間に任せることにした。
どんなに宿題があろうと、棒人間は簡単に終えてしまう。ただし、完璧という訳ではない。極めて難しい問題に関しては間違う場合もある。棒人間は全知全能の神様のような存在ではなく、あくまで人間なのだ。
他にも何日か共に過ごしたことで彼の特性が掴めてきた。
まず、棒人間の絵とフキダシによる台詞を描くことで彼を召喚できるのだが、大事なのがこの台詞だ。最初の頃は、『〇〇は俺に任せろ』とばかり言わせていたが、ある時、『この問題は難しいな』と言わせてみたところ、著しく能力が低下した。何度も首を傾げて考え込み、宿題を終えるのに相当な時間を要したのだ。つまり言わせる台詞によって行動と能力に差が生じるようだ。
次に、彼は一人だ。より効率を高めようと複数の棒人間を呼び出そうとしたが、動いたのは彼一人だけだった。また台詞によって呼ぶ出す度に能力が変わりはするものの、前日の記憶が引き継がれていて、『よお、また会ったな』といった具合に挨拶をしてくることもある。この記憶の継承は意外と役立つ要素で、例えば間違った問題があったとしても、参考書を熟読させることで、次回から間違わなくなるのだ。学習して成長する。まさに人間そのものだ。
そうとなれば、やることは一つ。参考書や教科書を見せ、『勉強するぜ!』と言わせるだけ。思った通り棒人間は連日に亘って熱心に勉強をした。あいにく彼は紙から出てこられないので、本のページを捲るのは僕の仕事。少し面倒ではあるものの、それだけでスムーズに課題を終えられるのだから、贅沢は言っていられない。
もちろん勉強するのは棒人間なので、僕の頭はちっとも良くならない。けれど、それで困ることはない。彼は紙の上ならば、どこにでも呼び出すことが出来る。そう。たとえそれが答案用紙だったとしても。
授業中に行なわれた小テストにおいて、僕は九十八点という高得点を叩き出し、学年一位となった。当然ながら問題を解いたのは棒人間。言い換えると、棒人間という技術を用いて僕が高得点を獲ったということになる。決してズルをした訳ではない。
先生から答案を受け取って席に戻る際、僕の後ろの席に座るトップランカーの同級生は悔しそうな顔をしていた。
その様子を見て、そっと告げる。
「お陰様でコツを掴んだよ」
同級生は何も言わず、チッと、舌打ちをしただけだった。
もはや安泰。
テストをすれば、ほぼ一位。クラスメイトや先生からチヤホヤされ、家に帰れば母も上機嫌。コツさえ掴めば問題を読まなくても答えが分かるんだぜ。この調子ならば内申点をガッツリ獲って、有名大学に推薦合格も夢じゃない。そのためには、小テストだけではなく、期末試験でも高得点を出す必要がある。勉強にも熱が入るというものだ。
僕は棒人間を効率良く育てるため、参考書や辞書を解体して巨大な一枚の紙に作り変えた。そして隅に棒人間の絵を描いて、『勉強するぜ!』と言わせた。彼は思惑通り、巨大な紙の上を走り回って次々と知識を吸収していった。
この作業を期末試験当日まで繰り返せば、究極の棒人間が完成する。そうすれば、僕は総合点ランキングでトップになれるに違いない。いいや、それどころではない。ひょっとすれば、世界で一番の秀才になれるかも知れない。落ち零れから世界一へ。なんて素敵なサクセスストーリー。コツって大事だな。
そして訪れた試験当日。僕は確固たる勝算を抱いて席に着いた。
背後からトップランカーの同級生が声を掛けてくる。
「期末は負けないからな」
はいはい、頑張れよ。僕のほうが優れた技術を持っているってことを教えてやるよ。
答案用紙が配られると、僕はさっそく棒人間の絵を描いた。そして、どうせならば圧倒的点数差で一位になってやろうと、フキダシにこう記した。
『全問、解いてやるぜ』
思わず笑いが込み上げる。過去、試験で満点を獲った奴なんていないだろう。あとは放っておけば解答欄は全て埋まる。
やがて僕は、作業を終えたという安堵もあって、ウトウトとし始めた。
しばらくして試験終了のベルで目覚める。
僕は芸術作品とも呼べるであろう完璧な答案を見下ろした。いや、完璧な答案を、見下ろしたはずだった。ところが、そこにあったのは意味不明な記号が散らばっている謎の用紙だけだった。
ここに置いてあるということは、これは答案用紙だ。けれど、解答欄が埋まっていないとか、間違った答えが書いてあるとか、そういったレベルではなく、元々記載されていた文字という文字がバラバラになって解読不能な状態になっている。
「ど、どうなってんだよ、これ……」
呟くと、用紙の端のほうで作業をしていた棒人間が振り返った。
『全問、解いておいたぜ』
呑気にそう言う彼に対し、音量を抑えながらも怒りをぶつける。
「解けてないだろ!」
すると、彼は首を傾げた。フキダシに新たな言葉が浮かぶ。
『とけてない? 俺は、ほどいてやるって言ったんだぜ』
棒人間は、『解く』という文字を、『ほどく』と読んでしまっていた。
呆然とする僕をよそに答案用紙が回収されていく。
その時、答案を覗き見られたのか、後ろの席の同級生が笑いながら言った。
「お前、棒人間スキルの使い方を間違ったな? だから言っただろ、コツを掴めって」
※ショートショート大賞最終審査作品
ショートショート大賞
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