僕のプップクパラポン
雨上がりの山の中で、爺ちゃんがプップクパラポンを捕まえた。
爺ちゃんは帰って来るなり、「プップクパラポンは刺身で食うと旨えんだ」と言って、プップクパラポンをカゴから出した。海のプップクパラポンに比べて山のプップクパラポンは活きが良い。放たれたプップクパラポンは部屋中を駆け回った。
爺ちゃんが「さてと」と呟き、調理の準備を始める。ノコギリやらカナヅチやらカンナやらオキシドールやらがまな板の上に並べられていく。すると、プップクパラポンが不安そうな顔をした。つぶらな三つの瞳で僕のことを見上げている。
そこで僕はプップクパラポンの頭を撫でた。プップクパラポンがサイカンと呼ばれる毛髪状の呼吸器官を、甘えるように僕の足に擦り付けてくる。
その姿を愛らしく思い、僕は、爺ちゃんに告げた。
「僕、プップクパラポンを飼いたい!」
+ + +
かつてプップクパラポンはどこにでもいた。爺ちゃんが子供の頃には、どの家の壁にもプップクパラポンが貼り付いていたらしい。ところがいまではその生息数は大幅に減少して、秋雨の頃の山中か海苔の養殖場ぐらいでしか姿を見ることが出来なくなった。
ましてやペットとして飼われているプップクパラポンは滅多にいないので、僕がプップクパラポンを連れて歩いていると、とても注目を浴びた。
僕は、少しだけ誇らしい気分になれた。
僕のプップクパラポンはまだ子供らしく、体が小さい。どうにかキャベツ一玉を丸飲み出来る程度の大きさだ。お陰でプップクパラポンの最大の特徴である触手は、まだゼンマイのように丸まっている。聞いた話によれば、この触手は翼が退化したもので、大人になると全長5メートルを超えるそうだ。
でも子供とはいえ、プップクパラポンの名前の由来となった腹部のプップクは、それこそ絵に描いたようなパラポンな状態なので、きっと成長したら立派なプップクパラポンになるに違いない。脱皮するのが、いまから楽しみだ。
プップクパラポンの朝は早い。陽が昇ると共に、散歩に連れていけ、と僕にせがむ。プップクパラポンと暮らし始めてから僕は早寝早起きをするようになり、すこぶる体調が良くなった。
僕にとってプップクパラポンは幸せを運んでくる天使だ。見たことないけれど、本物の天使は、きっとプップクパラポンのような姿をしていると思う。
散歩の際は、普通のペットならば首輪やリードを着けるけれど、あいにくプップクパラポンの首は伸縮自在かつ太さも定まっていないので、首輪を着けられない。
そこでいくつもある触手のうちの一本を伸ばしてリードの代わりにする。個体によってはすぐに触手を自切してしまうらしいけれど、僕のプップクパラポンは賢いのでそんなことはしない。
いつだったか、隣に住むいじめっ子がちょっかいを出してきて、プップクパラポンがプップクを逆立てたことがあったけれど、その時でさえ僕がリード代わりの触手を引っ張ると、プップクパラポンはすぐにおとなしくなった。プップクパラポンは、いじめっ子なんて相手にするだけ無駄だな、とでも言いたげな顔をして、歯茎を見せて笑っていた。
散歩が終われば食事の時間。プップクパラポンもそれを理解しているようで、家に着くと同時に、お腹が減った、とでも主張するかのように鳴き声をあげる。
プップクパラポンの鳴き方は少し変わっていて、中年おじさんみたいな太い声で、「ムリッスヨ」と鳴く。エサの用意をする僕の足元で、「ムリッスヨ。ムリッスヨ」と声をあげるプップクパラポンは、とても可愛らしい。
ちなみに、プップクパラポンの好物はパラポンだ。野生のプップクパラポンは細長いブラシ状の鼻を隙間に押し込んで、出てきた獲物を上アゴのハサミで丁寧に刻んで食べるらしい。でも生きた獲物を入手することは困難なので、僕はスーパーで売っているパラポンをプップクパラポンに与えている。
プップクパラポンはエサを食べている最中も「ムリッスヨ」と鳴く。その声はまるで、美味しい、と言っているみたいだ。
食事が終わるとプップクパラポンは布団を敷いて寝ようとする。だけど油断をするとすぐに太ってしまうので、僕は運動のためにプップクパラポンを庭に放り出すことにしている。プップクパラポンは少し面倒臭そうな顔をするものの、地面の上に降り立ってしまえば何もかも忘れて無邪気にはしゃぎ始める。プップクパラポンは庭で遊ぶのが大好きだ。
プップクパラポンが特に気に入っている遊びは落ち葉を散らかすこと。僕が一箇所に落ち葉を集めておくと、プップクパラポンはそこに飛び込んできてゴロゴロと転がる。それから立ち上がって、前足と後足を器用に同時にバタつかせ、辺りに落ち葉を散らす。その際、体を支えるため中足はしっかりと地面を掴んでいる。
同じ遊びを何度も繰り返すプップクパラポン。楽しそうにしているプップクパラポンを見ていると、僕まで楽しい気持ちになってくる。
そうして日が暮れるまでプップクパラポンはずっと庭で遊ぶ。時には昼食を食べることさえ忘れてしまうほどだ。しかも、僕が「今日の遊びは終わりだよ」と言っても、プップクパラポンは不服そうに「ムリッスヨ」と鳴くばかりで家の中に入ろうとしない。でも「今日の晩御飯もパラポンだぞ」と言うと、プップクパラポンは慌てて駆け込んでくる。
愉快で可愛いプップクパラポン。プップクパラポンは、僕の大切な友達だ。
一日の終わりには、一緒にお風呂に入り、一緒に布団に入る。プップクパラポンは日溜まりのように温かく、抱き締めていると、すぐに眠気が訪れる。
僕がウトウトし始めると、釣られてプップクパラポンもウトウト。やがて、遊び疲れたせいもあってか、プップクパラポンは僕よりも先に熟睡してしまう。
起きている時には岩のように硬いプップクパラポンの体は、眠ってしまうと綿のように柔らかい。特に肉球はポニポニとした感触で、揉んでいると、とても癒されるんだ。
プップクパラポンの平均寿命は、およそ四百年。事故にでも遭わない限り、僕よりも長生きするのは確実だ。
これから何十年、僕は、死ぬまでプップクパラポンを大切にしようと誓った。
+ + +
ところがある日、プップクパラポンと別れなければならない事件が起こった。
その日の散歩の際、いつものように隣に住むいじめっ子がちょっかいを出してきた。
当然のようにプップクパラポンは涼しい顔をしていたのだけれど、いじめっ子にツノを握られた途端、暴れだしてしまった。
プップクパラポンにとってツノは最大の弱点だ。僕がリード代わりの触手を引いてもその怒りはとどまることを知らず、プップクパラポンは触手を自ら切断して、いじめっ子に襲い掛かってしまった。
プップクパラポンの牙は電柱をも噛み砕く強度を秘めている。巨大な肉食獣でさえ、プップクパラポンに噛まれれば一瞬でただの肉塊だ。
「やめるんだ、プップクパラポン」
「ムリッスヨ!」
幸いにも、いじめっ子の傷は浅かった。けれどプップクパラポンの唾液に含まれる神経毒テトロドトキシンが体内に侵入し、いじめっ子は入院することとなってしまった。
それ以来、近隣の住人から苦情が相次いだ。「危険な生き物を飼うな」「保健所に連れていけ」と、僕は散歩の度に心無い言葉を投げつけられた。
家に帰ってもことあるごとに爺ちゃんが、「プップクパラポンは刺身にすると旨えぞ」と言ってきて、居心地が悪い。
かつて、プップクパラポンはどこにでもいた。ところが、いまではその生息数は大幅に減少してしまった。ほかの生物と共存できなかったのだ、プップクパラポンは。
僕は、プップクパラポンを山に帰すことにした。
爺ちゃんがプップクパラポンを見つけたという山へ、僕はプップクパラポンと共に向かった。不安はあった。プップクパラポンは本来、集団で生活をする生物だ。ペットとして飼われていたプップクパラポンが、たった一匹で、険しい山の中で生きていくのは困難だろう。けれど、有害鳥獣として処分されかねない状況に比べれば遥かにマシだ。もしかすれば山の中でプップクパラポンの群れと合流できる可能性だってある。
僕は、森の入り口に立って、プップクパラポンの頭を撫でた。プップクパラポンは、悲しげに三つの瞳で僕を見上げた。
お別れだ。涙を堪えながらそんなことを思い、プップクパラポンを抱き締める。プップクパラポンの体は、いつもと同じように温もりに満ちている。
その時、辺りから声が聞こえてきた。
右手から「ムリッスヨ」。左手から「ムリッスヨ」。背後から「ムリッスヨ」。空から「ムリッスヨ」。地中から「ムリッスヨ」。真正面から「ムリッスヨ」。プップクパラポンの群れだ。偶然にもプップクパラポンの群れと遭遇することができたんだ。
足元で僕のプップクパラポンも鳴き声をあげる。呼応して、周りから再び声がする。まるで会話をしているみたいだ。
僕は確信した。山のプップクパラポン達は新たな仲間を受け入れてくれる。足元のプップクパラポンも同じことを考えたようで、力強く頷き、森に向かって歩き始めた。
僕は、その後ろ姿に向かって叫んだ。
「プップクパラポーン! 元気でねー!」
プップクパラポンは振り返らない。その足取りは勇ましい。きっと、野生の中で生きていく覚悟を決めたのだろう。
僕もいつまでもメソメソなんてしていられない。プップクパラポンに笑われないよう頑張って生きていこう。そう思い、後ろを振り返って呟く。
「さて、家に帰ろうかな」
すると、辺りから返事があった。
「無理っすよ……」




