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アライグマのトンスケ


♪トンスケトントン トンスケトントン トンスケトンスケ スケトントン トントンスケスケ スケトンスケトン トントンスケスケ スケトントン トンスケトントン トンスケトントン トンスケトンスケ トントントントン トンッ


 昨今では晩婚化が進んでおりまして、それに伴い、子供を持つ年齢も高くなっております。老いた両親が幼い一人息子を可愛がるなんて姿も良く見かけるようになりました。

 それは、動物の世界においても、同じだそうで。


 花の東京二十三区から西へおよそ四十キロ、人里離れた小川のほとりに、一組のアライグマの父子がおりました。

 父親の名はトメキチ、齢は十を超える老アライグマであります。それに対して息子は生後数か月の幼いアライグマ。名は、トンスケと申します。

「やい、トンスケ」

「なんだい、父ちゃん」

 高齢のトメキチにしてみれば、やっとこ得られた子宝は、そりゃあ可愛くて仕方がない。暇さえあれば野山のあちらこちらへと連れ回し、餌の見つけ方から寝床の作り方まで、手取り足取り教えておりました。

 言わずもがな、この日も何かしらを学ばせるため、愛息を川辺まで連れ出したのであります。

「トンスケ、アライグマの矜持っつうのは何だか知ってるか?」

「『きょうじ』って言葉の意味が分からないよ、父ちゃん」

「つまりだな、アライグマにとって大事なことは何だ?っつうことだ」

「食って寝る」

「お、おう……さすがは俺の子、賢えなあ。だがな、俺が言いてえのは、それじゃあねえんだ」

 ただ首を傾げるトンスケに向かって、トメキチは、小さく咳払いをしてから、胸を張って更に言葉を続けました。

「アライグマにとっては、『洗う』ことこそ誇りだ」

「へえ。だから、『洗い』グマなんだね」

「おう、その通りでい。アライグマはな、他の畜生達とは違って、綺麗な物しか食わねえ高貴な動物だ。そこで今日は食事のマナァについて教えてやろう」

「ありがとう、父ちゃん」

「これでおめえも立派なアライグマになれるってえもんだ」

 そう言うと、トメキチは傍らにあった酢桃を拾い上げ、トンスケに問いました。

「トンスケ、これが何かあ分かるか?」

「果物だね、父ちゃん」

「う、うむ……これは酢桃なんだが、酢桃も桃も桃のうち、もちろん桃は果物だもの、おめえの答えは大正解でい。凄えなトンスケ、おめえは天才だ」

「ヘヘヘ」

「おあつらえ向きに酢桃は二つある。一つをおめえにやろうじゃねえか」

 酢桃を受け取ったトンスケは、すぐさま頬張ろうとしました。

 それをトメキチが咄嗟に止めに入ります。

「おっとトンスケ、何かを忘れちゃいねえかい?」

「洗うんだグマ」

「さすがトンスケ、良く分かった。それが食事のマナァっつうもんだ。よし。そいじゃ、まずは俺が手本を見せてやろう」

 トメキチはさっそく小川の流れに酢桃を浸し、息子に粋な姿を見せてやろうと、大袈裟に手を擦り合わせました。

「いいかトンスケ、こうやって食い物を洗うんでい。シュッ、シュッ」

 続けて、トンスケが見よう見真似で酢桃を洗います。

「こうかい父ちゃん? ザブン、ザブン」

 黙っちゃいれないトメキチが、もう一度、手本を披露。

「違え、違え、もっとエレガントに、シュッ、シュッ」

「こうかい父ちゃん? ザブン、ザブン」

 そんなことをしばし繰り返しましたが、一向にトンスケに上達する兆しは見られません。それどころか、腹を空かせて悲しげな顔をするばかり。

 息子が可愛いトメキチは、ついに見兼ねて涙を浮かべながら叫びました。

「うおお。おめえはチャンピオンだ」

 続けて、もう一言。

「初めてにしては上出来だ。やっぱりおめえにはアライグマの才能がある」

 そうしてトメキチとトンスケは、川のほとりで仲良く酢桃を食べました。

 

 けれども、それだけじゃあ腹は膨れません。種の周りの果肉まで綺麗に食べ終えると、二匹は、次の餌を探しに山の中へ入ったのでありました。

「トンスケ、俺が教えた通りに食い物を探してみろ」

「わかったよ、父ちゃん」

 クンカ、クンカと匂いを頼りに、トンスケが食える物を探します。

 トメキチは、いざとなりゃあ俺が探せば良い、なんてことを思いながら余裕に構えて、息子の様子を微笑ましく眺めておりました。

 すると、トンスケが嬉しそうに言いました。

「父ちゃん、美味しそうなものを見つけたよ」

 少しばかり意外に思いながら、トメキチがトンスケの手元を覗きます。

「どれどれ」

 そこにあったのは、人間が落とした焼き菓子、ビスケットでありました。

 ところが二匹は、今までそんなモダンなものは見たことがありません。当然、トンスケは父親のトメキチに尋ねます。

「これは何だい、父ちゃん」

 トメキチにしてみても、それが何かなんて知りようがありません。甘え匂いがするから食える物には違いねえだろうが、さて、どう答えれば良いものか。

 可愛い息子の前で、分からねえ、なんて言う訳には参りません。トメキチは頭を悩ませ、どうにか尤もらしいことを口にしました。

「ああ、ええ、それは、硬え餅だ……」

「硬え餅?」

「おう、そうでい。人間の作った食い物でな、米を捏ねて固めた物だ。時間が経つと、そんな具合に硬くなっちまうんだよ」

「食えるの?」

「あ、あたりめえよ。おめえが見つけた上物だ」

「じゃあ、さっそく食べよう」

「トンスケ、その前にアライグマの誇りを忘れんなよ」

「うん。洗うんだグマ」

 再び川原に戻った二匹。トメキチが見守る中、トンスケは恐る恐るビスケットを水に浸し、洗い始めました。


「父ちゃん、水に入れたらヌルヌルしてきたよ」

「そんだけ汚れてたんだ。念入りに洗えよ」


「父ちゃん、ボロボロと崩れてきたよ」

「それは表面の皮で食えねえ部分だ。もっと洗え」


「父ちゃん、だいぶ小さくなってきたよ」

「そこに旨味が集まってんだ。食うのが楽しみだなあ」


 ザブンザブン、ゴシゴシと、トンスケはビスケットを洗い続けます。

 やがて。


「父ちゃん、全部トロトロに溶けて流れちまったよ」

「ああ、流れちまったなあ……」


 辺りにはシクシクとヒグラシの声が響いておりました。

 秋は、もうすぐそこです。


 おあとがよろしいようで。



※ユーザ企画「ひだまり童話館」参加作品

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