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全自動めでたいロボット


 ジイジなんて嫌い。大嫌い。

 だって、いつもいつも声が大きいし、いちいち大袈裟なんだもん。


 わたしが何かする度に、

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」

 もう聞き飽きたよ。


 ママ、生卵を一人で割ることが出来たよ。

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」


 ママ、三年生で一番背が高くなったよ。

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」


 ジイジは黙っててよ。わたしはママとお話をしているの。

 何回言っても直してくれない。いつでもどこでも両手を上げて手を叩いて、ガラガラ声で、めでたい、めでたい。


 この間なんて一カ月に一度の公開授業にやって来て、わたしが先生の質問に答えただけなのに、パチパチ、バチバチ、手を叩いて、お隣の誰かのママに話しかけちゃって、最後にはもちろん、

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」

 ちっとも、めでたくないよ。

 近頃の大人は知らないかもしれないけど、近頃の子供は馬鹿じゃないんだよ。公開授業の時、先生は全員に簡単な質問を一つずつして、みんなに見せ場を作っているの。そんなこと、みんな知っているんだから。

 その日は授業が終わると、友達たちが、変な爺ちゃんがいたね、とか、うるさいのがいたね、とか言うものだから、恥ずかしいったらありゃしない。


 もっと許せなかったのは今日のこと。

 校庭で体育の授業をしていると、門の外から声が聞こえてきた。

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」

 ジイジだ。

 徒競走の最中で、もうすぐわたしの出番だったから嬉しかったみたい。わたしの名前を呼んで、がんばれ、とか言っちゃって、馬鹿みたい。

 わたしは徒競走には自信があって、誰にも負けたくないから、ジイジのことなんて無視して走ることに集中した。

 それなのに、わたしは、友達に負けて二位になっちゃった。

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」

 二位なんて、めでたくないよ。ジイジなんて嫌い。大嫌い。

 わたしは門の所へ駆けていって、力一杯に叫んだ。

 ジイジはもう学校に来ないで!


(ウィーン、ガッシャン、ウィーン、ガッシャン……)


 ジイジを怒鳴ってから半月くらい経って、また公開授業の日がやってきた。あの日からジイジは少し元気がなくなっちゃって、わたしも少し反省をしたけど、だからといって、やっぱり学校には来て欲しくない。

 来るのかなあ、来ないのかなあ、気になっちゃってソワソワしちゃって、教室の入り口を見ていると、ママがやって来た。

(ウィーン、ガッシャン、ウィーン、ガッシャン……)

 ジイジの姿は見えない。ママだけなのかなあ? そう思った時、ママの後ろに四角い影が見えた。

(ウィーン、ガッシャン、ウィーン、ガッシャン……)

 それは、段ボールで出来た、顔も体も四角い、ロボットだった。

 え?

 誰でも思うでしょ。え?って思うでしょ。どこからどう見ても、中に誰かが入っている段ボールロボットが来たんだもん。

 頭のテッペンにはアンテナが立っていて、手は視力検査の記号みたいな『C』の形。口はマジックで書かれたギザギザで、目には黄色いセロハンが貼ってある。

 わたしは、授業が始まる前だったから、急いでママの所に向かった。

 どういうこと、って聞くと、ママは困った顔をするだけで、代わりにロボットの中から声が聞こえてきた。

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」

 ジイジでしょ? そんなことを言うのはジイジだけだもん。

 二人のことを責めると、ロボットはママに近付いて、ゴニョゴニョと耳打ち。しばらくするとママは、困った顔のまま、これはジイジじゃなくて『全自動めでたいロボット』だから、めでたいって言うんだよ、と答えた。

 わたしは馬鹿じゃないもん。そんな話を信じる訳ないでしょ。そう思ったんだけど、ポカンと口が開いたまま固まっちゃって、何も言うことが出来なかった。


(ウィーン、ガッシャン、ウィーン、ガッシャン……)


 運動会が近いから体育の授業は校庭で徒競走とかリレーとかの練習ばかり。チラと門のほうを見ると、そこには、全自動めでたいロボット。 

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」

 前回の公開授業の時から、いつも学校にロボットは来るようになった。

 家でジイジに、変なことしないで、って言っても、ロボットなんて知らないよ、って返されるばかりで、全然話にならない。

 もう諦めた。ジイジなんて嫌い。大嫌い。

 諦めたのには他にも理由があって、実は、全自動めでたいロボットは学校中で人気者になっていた。見た目が変だし、まあ、面白いよね。それで、みんなはロボットが現われる度に大騒ぎ。

 最初の頃は男子がからかうように盛り上がっていただけだったのだけれど、いつからか様子が変わって、今では、愛されているって言えば良いのかなあ、なんかそんな感じ。

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」

 喋る言葉はそれだけ。でも、その声の感じやジェスチャーで、言いたいことは何となく分かる。そのお陰で、みんなロボットを好きになっちゃったみたい。


 誰かが転んだよ。

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」(怪我をしなくて良かった、良かった)


 誰かがビリになったよ。

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」(最後まで諦めず、偉い、偉い)


 誰かが二位になったよ。

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」(あともう少しだ。頑張った、頑張った)


 そんな子供騙しに引っ掛かるなんて、みんな馬鹿じゃないの。何もめでたくないじゃない。めでたくないのに、めでたいなんて言われても嬉しくないよ。

 ねえ、ママ、そう思うでしょ?

 ある日ママにそう尋ねると、ママは笑いながらわたしに、じゃあ、めでたいと思えることを達成すれば良いだけじゃないの?と言ってきた。

 悔しい。なんだか馬鹿にされたみたい。わたしは馬鹿じゃないもん。分かってるよ、そんなこと。目標を達成すれば良いんでしょ。

 わたしは徒競走で絶対に一位になってやるんだから!

 

(ウィーン、ガッシャン、ウィーン、ガッシャン……)


 今日の体育の授業も徒競走。ただ、いつもとは雰囲気が違う。今回の徒競走の結果で運動会のリレー選手が選ばれることになっていて、みんな緊張している。

 もうすぐわたしの出番という時に、ふと門のほうを見ると、

「………………」

 いる。全自動めでたいロボットはいる。でも、何も言ってこない。

 分かってるよ。自分がどうすれば良いかなんて分かってる。一生懸命走れば良いんでしょ。見てなさい!

 いよいよわたしの走る順番になって、スタート地点に並ぶ。前屈みになると、先生がピストルを上に向けた。

 パンッ。

 みんな一斉に走り出す。隣にはこの間わたしのことを負かしたライバル。リレー選手に選ばれるかどうかは最終的にはタイムで決まるんだけど、少なくともここで誰かに負けたら、それでおしまい。

 距離は五十メートル。腕を振る。足を上げる。半分を過ぎた時点でトップはライバル。わたしは顎を少し引いて、めいいっぱい地面を蹴ってゴールに向かった。

 声が、聞こえる。

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」

 わたしは、チーム別低学年リレーの選手に選ばれた。しかも、クラスで一番足が速いということで、アンカーに。

「めでたいなぁ、めでたいなぁ」

 あ、う、うん……ありがとう。

 全自動めでたいロボットも、たまには良いことを言うじゃない。


 そんなことを思ったその日の夜、ジイジが、入院した。

 ジイジなんて嫌い。大嫌い……


(ウィーン…………)


 運動会当日、開会式が始まっても家族の姿は見えなかった。

 みんな、ジイジのお見舞いに行っている。

 ママがお医者さんと話をしているのを聞いちゃったんだけど、ジイジの体に悪い塊が出来ちゃって、急いでそれを取り除かないといけないんだって。しかも、取り除くための手術は凄く難しいらしい。

 そして、今日がその手術の日。

 昨日お見舞いに行った時、ジイジは笑いながら、こう言っていた。

 ジイジは応援にいけないけど、きっと、ロボットが応援にいくと思うよ。

 そんな訳ないでしょ。ジイジが動けないんじゃ、ロボットだって動けなくなるってことくらい、わたしは分かってるんだから。わたしは馬鹿じゃないんだよ。

 でも、心のどこかで期待していたのかも。

 お弁当の時間が過ぎて午後のリレーの時間になった時、わたしは全自動めでたいロボットの姿を探した。当然、いる訳がない。知ってる。分かってる。

 走ることに集中しないと。

 各学年の女子二人と男子二人が代表選手で、一年生から順に走って、三年生のわたしが十二番目の走者、つまりアンカー。

 徒競走だったら誰にも負けない自信はあるけど、リレーはそうはいかない。わたしの順番がくるまでに大きく差がついていたら、さすがに逆転は難しいと思う。

 少しでも有利な状況でバトンを渡して欲しい。そんなことを願ったけど、結果、めでたくないことに、十一番目の走者は最下位。その状況でわたしはバトンを受け取った。トップはコーナーの手前。アンカーだけは百メートルの距離を用意されているので、何とかまだ抜くことは出来そう。

 わたしは一生懸命走った。一人抜き、二人抜き、あともう一人。どんどんゴールが近付いてくる。あともう少し。あともう少しなのに、トップの走者がとても遠くに見える。もう無理……違う。諦めちゃ駄目だ!


 こんなんじゃ、めでたい、って言って貰えないもん!


 息が止まるほど力を込める。残すは最後の直線。わたしは空を舞うように足を前へ前へと突き出した。

 そして、もう一人の走者とほぼ同時にゴールに飛び込んだ。

 先生が一位のチーム名を読み上げる。それは、わたし達のチーム名だった。歓声が起こる。わたしはその賑やかな声の中で、息を切らし、膝に手をあてて前屈みになった。

 誰かがわたしのことを呼ぶ。顔を上げると、そこにはママがいた。

 ママは、全自動めでたいロボットの頭をお腹の辺りで抱えるように持っていた。

 嫌な予感がした。ううん。予感じゃなくて、たぶん本当のこと。バアバのお葬式の時も、ママはそうやってバアバの写真を抱えるように持っていた。わたしは馬鹿じゃないもん。分かってるんだよ。知ってるんだよ。

 必死に笑顔を作って、ママに、一位になったよ、って言うと、ママは、良かったね、って返してきた。

 欲しいのはそんな言葉じゃないもん。ママは分かっていないよ。

 喉の奥のほうがツーンと痺れて、目の周りが熱くなって、わたしは誰にも顔を見られたくなくて、ママからロボットの頭を奪って、それを被った。

 ジイジなんて嫌い。大嫌い。

 暗闇に包まれると、涙が流れてきた。頭の中で、あの言葉が繰り返し流れる。

 めでたいなぁ、めでたいなぁ。


(………………)


 翌日、ママと一緒に全自動めでたいロボットの頭を持って病院に向かった。

 病室に着くと、ジイジは、元気だった。

 病院の先生が、何歳まで生きる気だ?と冗談を言うくらい元気だった。手術は上手くいったみたい。ジイジもママも紛らわしいんだよ。

 心配したよ、という言葉を飲み込んで、わたしは不貞腐れた顔で、ジイジなんて嫌い、大嫌い、って呟いた。

 ジイジが笑う。

 わたしはロボットの頭を被って、機械みたいな声でこう言った。

「メデタイナ、メデタイナ……」


(ウィーン、ウィーン、ガッシャン、ウィーン、ガッシャン……)



※ユーザ企画「ひだまり童話館」参加作品

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