第十一話 ウェルカム乱入者!
「――さて、何処から話そうか」
本来なら入院患者がいるはずの病室の一室を借りて、俺達は簡易テーブルを挟んで向かい合って話合おうとしている。
せっかくコーヒーを入れてもらったのはいいが、このエドガーという男がいまいち信用ならない。コーヒーにも何をブッこまれているか分からない。
「おや? 『粉化』はともかく、そこの二人はコーヒーが苦手だったかな?」
「……まあ、そういう事にしておいてください」
緋山さんはオレンジジュースを飲んでいるけど……まさかコーヒーが苦手だとか?
「バカ言うな。コーヒーなんざ、砂糖を三杯入れれば飲めるっつーの」
それは一般的には飲めてないと言えるんじゃないですかね……?
「残念だ。せっかくボクのコレクションの中でも上等のものを淹れたというのに」
そうやってコーヒーを悠々とすするエドガーだが、俺にはそれすら怪しい行動にしか見えていない。
「……で」
「ん?」
「知っているって話じゃねぇのか?」
「何を?」
緋山さんは明らかに知り合いに対して苛立ちを募らせていた。ついさっきまで俺達を呼びとめるためにまるでヴラド家を知っているかのようなそぶりを見せていたにも関わらず、今度はとぼけたかのように質問を質問で返している。
「ふざけんなよ。あんたこいつの一族のことを、ヴラド家のことを知っているって話じゃなかったのか?」
「へぇ、外にはヴラド家っていう一族があるんだね」
「……騙しやがったな」
「おや? 騙したつもりはないけど? ボクはあくまで推定される範囲内で情報を紡ぎ合わせただけだよ」
「チッ! 帰るぞ!!」
緋山さんは即座に席を立ち、病室のドアに手をかけようとしたが――
「くっ! ……てめぇ、念力で閉めやがったな」
緋山さんが思いっきりドアノブを引っ張ろうとしているが、ドアはびくとも動かない。
「フフフ……そりゃそうだよ。被験体に逃げられたら困るからね」
エドガーはその場にゆらりと立ち上がると、それまでの雰囲気から一変して歪んだ笑みを浮かべ始める。
「フフフフフッ……あっ、ちなみに嘘はついていないよ。力帝都市に新しく来る人で、ロザリンデっていう人を診たことがあるし、その能力を診断したのもボクだからね」
そこからエドガーの医者としてではなく、能力者としての本性が露わになり始める。
「いやぁ、実はけっこうその時から気になっていたんだけど、いかんせん周りに護衛っぽい人が沢山ついていたから手を出しづらくてね。まさかこんな少人数で酷似したケースの被験体が来てくれるとは思わなかったよ」
「チッ……こいつのもう一つの異名を忘れていたぜ」
「それって、なんです?」
「『完全な異常能力者』だ」
そっちの方がおおごとじゃないですか!?
「くっ、こうなったらこっちも――うっ!?」
「俺がその前に――かはっ!?」
「どういう、事でひゅか……っ!?」
い、息が……できない!?
「申し訳ないけど、気道を直接握らせてもらっているよ」
ロレッタも含む俺達三人が、突然喉をじかに握られたかのように息ができなくなる。こ、これも念力ってやつか……かふっ……。
呼吸困難になり意識が落ちようとしていたが、俺はこの時少しだけ幸運に思っていた。
女の子の身体でこいつなんかに身体をいじられるよりはマシだった、と――
「――お嬢ぉおおおおおおお――――ッ!!」
「なっ!? ごはぁっ!?」
突然のガラスが割れる音と、人が一人壁に叩きつけられる音が、微かに遠くに聞こえる。
だがそれが聞こえた瞬間、それまで息ができなかった俺の喉が解放される。
「――はぁっ!? はぁ、はぁ……生きてるッ!?」
「どうやら助かったみてぇだな……」
俺が隣を振り向くと、そこには緋山さんが――ってあんた砂になって回避できていたんならさっさとぶっ飛ばして解放してくださいよ!!
「すまん、ギリギリまでバレないようにしてから確実に気絶させようと思っていたんだが……その前に来客のようだ」
振り返るとそこには、気絶したロレッタを大切そうに抱きかかえる一人の男の姿が。
「あっ! あんた昨日の!」
「お嬢をこんなことに巻き込みやがって……貴様もそこの男のように切り刻んでくれるッ!!」
男の言う通り、足元には血まみれになって倒れるエドガーの姿がある。
「ぐっ、どうやらキミ達、運が良かったみたいだね……」
「貴様もよく喋る……黙って死ねば楽になれたものを!」
男は靴から猛獣のような爪を跳び出させると、そのままエドガーを突き刺すかのようにトゥーキックで壁まで蹴り飛ばす。
「ごぱぁっ……ろ、ろっ骨が肺に刺さったか……ッ!?」
ざまーみろ、と言いたいところだけどロレッタはまだ目の前の男に取られたまんまなんだよね。
「じゃあ、取り返させてもらいましょうか」
「こうなったらもう隠し事はできねぇぞ、榊」
「分かっていますって」
俺は改めて精神を集中させ、初めて人前である一つの反転を行う。
「――性転換」
「なッ!? 貴様は――」
「貴方は、あの時の――」
そう、俺はこの時初めて人前で女の子に反転する。
「ハァーイ、今度は鼻血対策をしてきたかなー?」
今度は物理的に鼻血を出させてあげるから、覚悟してね!!
ちなみにこの時本当に運が良かったのはエドガーの方だという事は、後の榊真琴にまつわる話で判明します。