第十話 能力の原点
「――ちょっとそれって鬼畜過ぎる二択じゃないですかね?」
「別に俺達は慈善事業じゃねぇ。厄介ごとが来るってんなら追い返せばいい」
追い返し方に問題があると思うんですがそれは。
「そ、それは……」
「別にいいんだぜ? 俺はお前がここにいることをロザリンデに言うだけだからな。榊に迷惑をかけておいて、その理由も言えないってのは不平等な話だよなぁ?」
「そうですけど……それでも今は喋ってはダメだと言われているのです」
ん? という事はロレッタの後ろにはさらに誰かいるという事か? 益々この件に関しては謎が深まっていくばかりだぞ。
「誰からだ? 誰から口を封じられている?」
「……言えないです」
「……榊、これはこっち側に不利過ぎる戦いになるぞ。お前の敵であるヴラド家の素性は分からず、そしてお前がかくまう少女の素性も分からない。下手したら同時にお前に牙をむく可能性すらあるんだぞ?」
「そ、そんな事はしません!」
「どうだかな。自分の素性を教えねぇ奴なんざロクなもんがいねぇよ」
そう言っている緋山さんの視線の先には何故か之喜原先輩がいるが、之喜原先輩はただ黙ったまま笑顔で首を傾げている。
「……とにかくだ、このままここにいさせる訳にはいかない」
「でもどうするの? このままこの子を外に放り出すの?」
「違うに決まってんだろ。俺の知り合いに一人面倒事を引き受けてくれる奴がいる……俺にとっても、そして多分お前にとっても不愉快な存在になるだろうがな」
何か嫌な予感しかしないような言い方ですね……。
「――お前を、『世界一腕の立つヤブ医者』の所に連れて行く」
◆◆◆
「――で、なんでこんなところで待っているんでしょうか」
「そりゃ今そいつが手術中だからだろうが」
この場にいるのは俺と緋山さん、そしてロレッタだけ。澄田さんと之喜原先輩は先にひなた荘に帰っているとのこと。
そして俺達が今座っているのは病院の廊下。更に言うと手術室前の椅子だ。
赤々と点灯する手術中のランプが消えるのを待ちながら、俺はそのヤブ医者とやらについて色々と聞こうとした。
「えぇーと、どうしてその人に預けようと考えたんですか?」
「どうしてって、そいつは人の持つ能力に興味があってな……殊更、外部の能力者となれば厄介ごとを背負ってでも引き取るだろうよ。それに――」
「うぎゃあああぁぁぁぁあああっぁぁっぁぁぁぁ!!」
手術中のランプが消えると同時に、手術室内から男の人の苦痛にゆがんだ悲鳴が響き渡る――って、手術失敗していませんかこれ!? 誰か人を呼ばないと――
「呼ぶ必要はねぇよ。いつもこれだから」
「いつもって……患者さん今ので死んだんじゃ――」
俺が不吉な言葉を言い終える前に手術室のドアが開き、中から体中縫合の跡を残した半裸の男が現れる。
「痛っつつつ……もう少し念力の精度を上げないと、まーた動脈切ってしまった」
「医者がこいつで、患者もこいつだ。こいつは自分を解剖するのが趣味の変態だからな」
「全く、誰かと思ったら『粉化』か。相変わらず手厳しい言葉しか投げられないのだな」
男が苦笑しながら手に持っていた白衣を身に着けると、名札のところに男のフルネームが記されている。
「エドガー・ジーン……」
「……ところでその小さい少女、面白い血液をしているね」
「そうなんですよ――ってまだ何も喋っていないんですけど!?」
「あー、こいつ初見の奴にはとりあえず透視をかけるらしいからよ」
確かにとんでもない変態野郎だなこの人は。
「視た随分と面白い性質を持っていそうだね。ちょっと思い出すために解剖していい?」
いや常識的に考えて駄目でしょ。
「あのー、もしかしてこの人に預けようって魂胆なワケないですよね?」
「そうだ、こいつがその『超能力者』だ」
「さて、帰ろうかロレッタ」
「ほぇ? どうかしたのでしょうか?」
「いやどうしたもこうしたもないでしょ!? この人に預けたら三日後にはバラバラ死体になってるよきみ!?」
「大丈夫だいじょうぶ。他人の解剖は自分の手でやるから念力より信用できるよ?」
「そういう問題じゃない!」
完全な無駄足だ。之喜原先輩も緋山さんも、この件に関しては全くといっていいほど関わって欲しくなくなった。
「もう俺一人でどうにかするんで、緋山さんに頼った俺が馬鹿でしたよ」
俺がそうやってロレッタの手を掴んでその場に背を向けようとしたその時、エドガーは急に大声を出して俺達を引き留める。
「あぁー!! 思い出した!!」
「何をですか」
「その血の能力、確か『血戦』じゃなかったっけ!?」
「はぁ、それがどうしたっていうんですか」
「ボク、多分キミの家族を執刀したことがあるかも……五百年くらい前に」
……多分どこから突っ込めばいいのか分からないくらいにこの人が一番頭おかしいわ。
「どうかな? 『全ての能力の原点』と言われた存在と、少しお話してはくれないかな?」