第五話 狩りの時間
「いらっしゃいませー♪」
定食屋の看板娘と言われる少女から、笑顔で迎え入れられる。その笑顔の眩しさから寂れたお店でありながらもリピーター多数との話であるが、女の子になれる俺だから分かる。
あの笑顔は精密に作り上げられた営業スマイルだと。
「というのは俺にとってはどうでもいいので、俺はコロッケ定食を選ばせてもらう」
「私はこの特製グラタンを」
「私は……えぇーと……」
「面倒だし俺と同じのでいいんじゃない?」
「あっ、そうですね」
そういう事で俺は中心地から少し外れた所にあるしがない定食屋へと足を運んでいる。もちろん事前に一人で来たことがあるし、ボッチ飯も済ませた事がある。
何故済ませた事があるのかと聞かれると、ここは隠れ家的場所だからか普段から人が少ないからだとしか言いようがない。俺のようなぼっちがいても悪目立ちしないから隅の方で食べておけばまずバレない。
「ふふ、我ながら完璧な作戦だ」
「何がです?」
「えっ? あっ、ロレッタには関係ない事だよ」
「ふぅーん……」
ラウラも俺の指示通りメイド服から普段着(とはいっても上下黒のシックな服装に眼鏡をかけた姿はとても元軍人とは思えないほどに上品な服装だが)に着替えて目立たないようにしているが、ロレッタの服装が全てを台無しにしている。
「むぐむぐ……」
そして相変わらず上品な服装で口いっぱいに頬張るような食べ方をするこの少女は、とてもいいところ出身だとは思えない。
「たくさん食べるのはいいけど食べカスとか落とさないでくれよ。その服を洗うのはラウラなんだから」
「えっ、私……ですか?」
「えっ?」
いやキョトンとしているけどあんた俺のメイドだよね? 洗ってくれるよね? メイド服と同じくらいゴチャゴチャしたゴスロリ服装だけどさ。
「…………」
「じょ、冗談ですよ真琴さんっ!」
冗談にしてはフォークが止まっていましたけど。顔までもがえっ? って感じでしたけども。
それは置いておくとして、本来の目的ともいえるヴラド家のことを探らなければならない。これから行動を起こすにあたって、敵の素性を知っておくことはとても大事だ。
「ところでさ、ロレッタって兄弟姉妹の中でも末の方なの?」
「えっ? どうして分かったんですか?」
そりゃ少し考えればわかる話。
「どうしてって、普通なら一族を継ぐ長男とかを爆弾として送り込まないだろうし……」
「あっ、それもそうですね!」
俺達の会話が物騒なおかげか周りの客やお店の人が少し引き気味な気がするが、そんな事に構っている余裕はない。それよりも情報を引き出す方が大事だ。
俺はそれとなく兄弟や家族のことを雑談でもしているかのように聞きだすと共に、ヴラド家についての情報を揃えていく。
――話によればヴラド家はそれこそ大層歴史ある一族のようで、『串刺し公』の異名を持つかのヴラド・ツェペシュが祖先だとかなんとか。そしてヴラド公は死ぬ間際にして、吸血鬼の名に恥じぬような、血を使った兵器をもたらす能力を手に入れたそうだ。
何故不確定な情報ばかりなのかと言われると、この少女も詳しい事は聞かされていないようで、ただ世間的な一般教養程度に一族の知識が備わっているだけなのだという。
「恐らく最初から使い捨てるつもりだったのでしょう。自分の父親の情報すらあやふやとは」
「本人がいる目の前でそれを言うのはなしでしょラウラさん。流石に可哀想過ぎでしょ」
「いえ、いいのです。私も自分で話すたびに、違和感を覚えましたから」
ロレッタはそういうと沈んだ表情で、それまで動かしていた箸を皿の上に置き始める。そしてその姿を前にした俺達もまた、同じく箸を置いてロレッタの言葉の一つ一つに耳を傾けようとしている。
「ヴラド家は身内すら武器として使い捨てる一族だったとは、少々見損ないました」
「返す言葉もありません……」
ラウラは軍人として、そして一人の人間として、人間を単なる道具として扱う者をひどく嫌っている様子。
「取りあえずご飯食べなよ。しばらくは俺達がかくまうから、多分そこいらより安全だと思うよ」
「はい、お世話になります……」
ったく、こんなにかわいい幼女を自爆させようなんて畜生の所業すぎやしませんかね……いや別に俺はロリコンじゃないよ? ホントだよ?
「俺も一つヴラド家に用事ができたし」
一体どんな奴がこんなことを考えているのか、ちょっと顔を見てみたい。
「私も、ヴラド家の人間に興味が湧きました」
えーと、湧いている興味の意味が違いますよねそれ。絶対に何かしでかす気満々ですよねそれ?
「それにしても、こんなに心強い方々と巡り合えただなんて、あの時の女性の方に感謝の言葉を告げないと」
「待て、今なんて言った?」
ちょっと今ポロリしちゃったよこの子。明らかに俺のところに差し引いたやつがいるってこと証明しちゃったよ。
「あっ! こ、これは黙っていなくちゃいけないものでした!」
「……さて、洗いざらい喋ってもらおうか」
あーあ、俺の行きつけの店だったというのに、ラウラは容赦なくショットガンを抜くんだから。もうこのお店には顔を出せないぞ。
「で、ですから喋ることはできないのです! 喋ったら――」
「喋ったらどうなるのだ? 喋ったら貴様が死ぬとでも言うのかッ!!」
ラウラがその引き金を引こうとしたその瞬間――
「ガルルァッ!!」
「なッ!?」
戸を破って入る一匹の獣。ラウラはとっさに振り向いて引き金を引こうとしたが、その前に獣の頭突きをもろにくらってしまい、そのまま壁へと激突してしまう。
「あいつはあの時の!?」
俺達を襲ってきたのは、あの時取り逃がしていた巨大なオオカミだった。オオカミは次に俺の喉笛を引き裂こうと突撃してきたが、俺は間一髪のところでそれを回避し壁へともたれかかる。
「ちょっと!? 争い事なら外でしてもらえませんか!」
看板娘さんごめんなさい。本当にごめんなさい。もう二度とこの店には寄りませんし、もう二度と寄られません。
「ラウラ!」
「大丈夫です……!」
ずれた眼鏡を直したラウラは殺意を込めた瞳で対象を定めると、改めて両手のショットガンの銃口を獣へと向け始める。そしてそれに応じるがごとく、狼はその場で遠吠えを始める。
「――さて、猛獣狩りといきましょうか」