第二話 決戦兵器
――しっかしそれにしても、人の家に逃げ込んだ立場とは考えられないんだが。ここ数日何も食べていないという事で、急いでちゃぶ台を置いてご飯の支度をしたのはいいが――
「――まさか炊飯器を空にされるとは思っていなかったわ……」
「もぐもぐ……はっ! ご、ごめんなさいっ! お腹が空いていたので、つい……」
いや別に残されるよりはましだからいいけどさ……その小さい体のどこに大人用の茶碗三人分のご飯を入れるスペースがあるのって話だよ。
それにしてもよく食べる子だ。見た目は黒髪赤眼の美少女といったところで、言葉遣いや身のこなし、そして何よりゴシック調のドレスを着たその姿は高貴なれど、食欲だけは人並み外れているようだ。
「真琴さん、どうします?」
「どうしますって、一応かくまっておくべきだとは思う。こんな小さい子を今から外に放り出すのもかわいそうだし」
それにこの顔つき、どこかで見た事があるような気がしてならないんだよなぁ。そこも何か引っかかるんだよね。それが分かるまではあまり手元から離したくはない気がする。
「承知しました。では私の方で預かっておきましょう」
「それが良いかもね。オレも無駄に力をバラさずに済むし」
「ごくん……えっ、何をですか?」
「きみをどうやってかくまうか決めていたんだよ」
「かくまうって?」
いやさっき助けてって言ったばっかりじゃん。
「はぁ……さっきのオオカミは追い払っただけで、まだ近くをうろついていないともいえるしょうに」
「あぁ! 言われてみればその通りですね!」
もしかしてこの子アホなの?
「とにかく今日はラウラのところで泊まっていくといい。それと――」
俺は改めてちゃぶ台の向かい側に座りなおすと、目の前の小さな少女に少しきつめの問いかけを投げかける。
「どうしてここに来た? マンションの中でも最上階、しかもわざわざ角部屋に。いざとなった時に既に隅に追い込まれているような状況で、逃げるのは難しいとは思わなかったのか?」
「…………えぇと、それは――」
「明らかに分かっていてこの部屋に逃げ込んだよね? 他の階のほとんどがDランクの人間のこのマンションで、ピンポイントでこの部屋を当てるのは中々の剛運だと思うが」
本当に助けを求めるつもりなら、一番手っ取り早く一階の人間に声をかけるはず。それに加えて上層階に行けばいくほど、この子が逃げられるとは思えない。
更に言わせてもらえば、幼女とはいえこれだけしっかりと発言できるのであればそれだけ頭の回転も悪くはないはず。
「…………」
「さて、本当の目的を教えてもらいましょうか」
これで吐かないなら――ちょ、ラウラさんってば殺し屋の目つきで少女の真横でショットガンのリロードは止めてもらえませんかね!? 脅しにしてはこっちまで恐ろしくなってくるんですけど!?
「……ごめんなさい! 本当は、最初からここに助けを求めるつもりで来たんです!」
ほらね。でもまあいずれにしろ助けを求めに来たのなら今更追い返すつもりはないんだけど。
「なぜわざわざ俺のところに?」
「それは……その……」
「……今話したくないんだったら、別に後でもいいけど」
「真琴さん! それでは尋問の意味が――」
「別に尋問しているワケじゃないし……それに、こんな小さな子を放っておくのも気分が悪いでしょ」
ラウラってば軍人時代の癖が抜けていないなぁ。まあだからこそ頼りがいがあるんだけれども。
「とりあえず、今日のところは何も聞かずにかくまってやる。だが、いずれはワケを話してもらうぞ」
こちらとしても無条件でリスクを背負うつもりはない。少なくとも追われる理由くらいは知りたいところ。
俺の取引の条件に対して、少女はしばらく黙りこくった後、静かに応じるように返答を返した。
「はい、分かりました」
「約束だからな。えぇーと、名前を聞いていなかったな」
「名前、ですか……?」
まさかとは思うけど、自分の名前を知らないってオチじゃないよね?
「名前は……ロレッタ=ヴラドと申します」
「ヴラドだと!? そんな、まさか!?」
えっ? 何? ラウラは知っているの?
「ヴラドがどうしたの?」
「簡単に言えば殺し屋を上回る存在、戦争屋ですよ」
見るからに物騒な聞こえだと思いつつ、俺は更にラウラの言葉に耳を傾ける。
「ヴラド一族は、噂によればかなりの昔から戦争の裏で糸を引いていると言われています」
「へ、へぇ……ならばどうして、こんなところに損なお嬢様がいるの? そんな一族なら同じ家族から――」
「私は、その家族から兵器として売られたのです」
「へっ……?」
少女は自分の腕を爪でひっかいて出血させると、その血を凝固させて腕に血のブレードを作り上げ始める。
「『血戦』……それが私達ヴラド家に伝わる呪いなのです」
ちなみにこの編は最初こそシリアスですが後半はだいぶ砕けた回になる予定です。