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EX2話 Own Little World

「――オラァ!!」


 三対の赤い翼を携えた穂村と、白い羽を背中ら伸ばした少女イノセンスの決戦は、もはや地下の研究施設だけにはとどまらなかった。


「まだまだ行けるだろ!? なあイノ!!」

「回答を……拒絶する……ッ!」


 Sランクに引けを取らない力を持つようになった少女と、それと互角に戦うAランクの関門とが争う姿は、力帝都市に住まう誰の目にも映っていた。


「なかなかやるじゃねぇかイノ! 流石はSランクといったところか!」


 穂村とイノセンスは互いに宙を舞うように攻撃を繰り返し、闇夜に炎の粉塵と光の欠片をまき散らす。

 穂村の心には不思議と憎しみなどが無かった。ただ純粋に、目の前の強敵との戦いに身を投じていることに、イノとふれあえる喜びを感じながら拳を交えていた。


「いくぜイノ、耐えてみせろよ……!」

「っ、熱エネルギーの変異を確認。警戒態勢に移行する」


 穂村は両腕をだらりと下げて、指先にだけ力を込め始める。


(フィンガー)(フレア)(ファイブ)――」


 穂村の両手の指に小さな火がともされる。そしてそれはとどまることなく両の腕まで広がってゆき、爆炎を纏って顕現けんげんする。


「――装填式焔龍弾ドラグーンリボルバーァ!!」


 紅蓮の弾丸を指に装填すると、穂村は更に拳を握りしめ始める。イノセンスは突然のエネルギー上昇を前に、大剣を構えて防御を固め始めた。


「――おーおー、やってるやってる」


 全てを巻き込んだ超大規模の戦いの最中、まだ崩壊せずに済んでいるビルの屋上にて、魔人は空を飛ぶ天使と悪魔の戦いを、まるで試合の観戦をする野次馬のごとく遠目からニヤけた表情で眺めている。


「まさかあの時助けた少女と本気で殴り合いになるとは、アイツも思っていなかっただろうよ……クヒヒッ」


 そう、何を隠そう今戦っているのは、あの時榊を使ってまで穂村に助け出させた少女と、Aランクへの関門で有名な穂村ほむら正太郎しょうたろう

 互いに限界を超えた力――想いを遂げるために手に入れた力をぶつけ合い、戦っているのである。


「ククククク、ハーハハハハァ!! これこそ、これこそがSランク同士の戦いであるべきだな! ナァ!? そう思わないか妄想女(メガロマニア)ァ!!」

「黙れ。私はこの近辺一帯を完全に封鎖し終えたか見に来ただけだ。それに私の能力は『全能メガロマニア』だ。貴様のようなインチキ魔人とは格が違う」


 腰に手を当てて威風堂々と立ち、凛々しい瞳でまっすぐと魔人を睨む一人の女性。サラサラと小川のように長い黒髪を風になびかせるその姿は、大和撫子という言葉がよく似合う。

 『全能メガロマニア』。それが彼女の能力名であり、彼女が通常呼ばれる呼び名であり、この力帝都市にいる二人の市長のうちの一人の名である。


「『知ったかぶり(ソシオリズム)』のクソガキはどうした」

「『全知ソシオリズム』ならば辺り一帯の封鎖に取り掛かっている。なにぶん今回の戦いは今までのものとは比べ物にならない極上に苛烈なものだからな。無論、零体防護壁アストラルフィールドも最大出力にしている」

「霊的因子にまで影響する戦いか……クククク、こりゃ異次元の扉(アナザーゲート)が開いてもおかしくねぇな」


 魔人が笑いながら観戦している中、遂に極大の力がぶつかり合う。


「――全力全開最終砲火オールガンズブレイジング!!」


 はるか上空にて巨大な爆発が起こり、重い衝撃波が街中を駆け巡る。誰もが目を覆うほどの、赤い波動が広がってゆく。


「イノ! まだ生きてんだろ! まだ戦えんだろ!!」


 もはや普通の人間が生きることなど出来ないであろう熱気の中、穂村の言う通りにイノセンスは肉体を修復し、再び戦闘態勢にはいる。穂村はそれを見ても一言も発せず、ただニヤリと笑っている。


「――怒りを携えながらも戦いに興じるその姿、まさに『炎の憤怒ラース・オブ・ファイア』だな」


 爆発で建物が一掃されていく中、『全能』は自身の周りだけに円形のバリアフィールドを張って宙に浮かんで観戦を続けていた。

 魔人の方はというと、今の炎などまるで火遊びだと言わんばかりに、バリアすら張らずに宙に佇んでいる。


「クックック、あの程度でバリアを張るたぁ随分と軟弱だなテメェ」

「フン、バカみたいに喰らえば偉い訳でもあるまい」

 『全能』はそう言いながらも視線は穂村に向けられたまま、まるで穂村の戦う姿に見惚れているかのように釘付けである。


「……オイオイ、オレが先に手ぇつけてんだろ? テメェ横からかっさらうつもりか?」

「フッ、何を言っている。あのような男こそ理想だ。我は、我を超えるような男としか子をなすつもりはないからな」


 惚けた表情で『全能』は両手を頬に当てて腰をくねらせるが、魔人は気持ち悪いと言わんばかりに怪訝な表情を向けて皮肉をその場に吐き出す。


「ケッ、テメェを超える奴としかヤらねぇとか抜かしてるが、テメェを超えるヤツなんざごまんといるぞ。それこそテメェをマワすレベルでな」

「フフフ、そんな事は絶対に起きない。何故なら我が『全能』だから――」

「――うるさぁい!!」

「ッ!」


 魔人と『全能』が下らない言い合いをしていると、突如イノセンスの叫び声が響き渡る。


「貴様に……お前に何がわかる! 私の名はイノセンス! イノなどという少女ではない!!」


 イノセンスは巨大な剣を天に掲げ、刀身に炎を宿らせる。そして相対する者への拒絶の意思を、より具現化させていく。


「オイオイ、いくら穂村正太郎でも消し飛ぶんじゃねぇのか?」

「フフフ、先が見えぬ貴様には、この戦いの行く末など分かるはずもないか」

「黙れクソアマ。オレはゲームをする前から攻略本とか見ない主義なんだよ」


 そうこうしている内に、イノセンスは剣を天に掲げ始める。


「俺に炎は効かねぇぞ……!」

「うるさい……黙れ、黙れ! 黙れぇええええ!!」


 太陽かみの力を受けて極限温度に達した炎の剣は、神話の域に達する――


「神撃――偽・レーヴァテイン!!」


 炎の剣は大地を割り、空を深紅に染め上げる。


「うわあぁああああああああ―――――――――――――!!」


 少女の悲痛の叫びと共に街は、地上は、火の海へと沈んでいった。



          ◆◆◆



「はぁっ、はぁっ……これで、全て終わり……あは、あははは……」


 イノセンスは街を火の海に沈めた事で勝利を確信し、笑みを浮かべていた。

 今や燃えカスと瓦礫の残骸が広がる街の中で、イノセンスは勝利を前に笑っていた。


「――マジかよ、すげぇな」

「フッ、リュエルの子飼いの研究者にしてはよくここまでこれたものだと褒めてやりたいところだ」


 区画の四方を封鎖する巨大な防護壁――全壊。零体防護壁アストラルフィールド――損傷率66%。戦闘区画の外への被害――現時点では測定不可。


「で、どうするんだ?」

「ん? 何がだ」

「テメェ、街を守る市長の癖に周りの区画までぶっ壊されてんぞ」

「そんなもの、巻き戻せば元に戻る」

「……そこに住む人間も、か」


 無論、とでも言わんばかりに『全能』は鼻で笑うだけで返事を返さない。


「…………そうかよ」

「なんだ? 人間を見下し嫌っている貴様が、人間の心配か?」

「いや……ただ、所詮テメェもオレと同じだって思っただけだ」

「それは違うな」


 『全能』は魔人の言葉を即座に否定した。


「貴様と我が同じ……? バカを言うのも大概にしておけよ下郎クズが。貴様のような、世界を終わらせた負け犬と、世界を生まれ変わらせようとしている我々とでは天と地ほどの差がある事を、その身をわきまえた上で知れ」

「……クックック、クカカカカ、ギャハハハハハハハッ!」


 『全能』の言葉に対し、今度は魔人の方が狂ったような大笑いで笑い飛ばし始める。


「何がおかしい」

「いやいや、テメェの方こそこの期に及んでまだそんな事を言うとはよ」

「何だと!?」

「オイオイそれより本来の観戦の方をおろそかにしてんじゃねぇよ」

「チッ、貴様……」


 二人が話をしている間に、戦いは更なる転機を迎えようとしていた。


「はぁっ、はぁっ……これで、全て終わり……あは、あははは……」


 イノセンスは街を火の海に沈めた事で勝利を確信し、笑みを浮かべていた。

 今や燃えカスと瓦礫の残骸が広がる街の中で、イノセンスは勝利を前に笑っていた。

 目の前の障害を、憤怒つみを、浄化できたと確信していた。

 だがそれは同時に、イノセンスの中に渇きを与えていた。


「……あは、あはは……終わっ……た…………終わっちゃったんだ……」


 自分に語りかけ、足掻き、立ち向かってきた大切な何かがいなくなる――それはイノセンスの心にぽっかりと不思議な大きな穴を空けた。

 それが何なのかはイノセンス自身ですら分からなかったが、それでも任務を遂行したのだと、イノセンスは一呼吸おいて高らかに勝利の宣言を始めた。


「……っ、対象との戦闘を終了する――」

「何言ってんだよ……」

「ッ!?」

「まだ、終わっちゃ、いねぇだろ……!」

「すっげ、まだ立つかよ」

「流石は我が期待せし男、そうでなくては」


 イノセンスが振り向いた先に、瓦礫をかき分けて立ち上がる者がいる。

 長い悪夢よるだったが、終わらないあくむなど存在しない。

 それをたった一人の少年が、夜明けと共に立ち上がる事で証明する。


「――まだ終わりじゃねぇだろ!! イノ!!」


 昇る太陽を背に、たった一人で立ち上がる少年がいる。


「理解、不能……あり得ない、あり得ない……」


 機械がバグを起こしたかのように、少女は何度も否定の言葉をつぶやく。だが現実として炎を纏う少年は、一人の少女の目の前に立っている。


「……さあ、次はどうする!? どうやって戦う!? 俺はまだまだいけるぞ!!」


 血にまみれながらも立ち上がり、紅き瞳に闘争心を燃やし続ける者がいる――

 はた目に見ればもはや戦闘狂と化した少年に、戦う事をやめようとしない少年を前に、最強であるはずの少女は畏敬の感情を込めてこう呟いた。


「――『地平線上に(スタンディング)立つ者(ホライゾン)』……」


 昇らない太陽は無い。それと同様に、どんなに打ちのめされようと諦めない少年が瓦礫の上に立ちあがっている。


「……『地平線上に立つ者スタンディングホライゾン』、か」

「クククク、中々いいネーミングセンスじゃねぇかあのガキ」


 魔人と『全能』が見守る中、イノセンスは消滅させた相手がまだ立ち上がろうとしている矛盾に混乱を隠せずにいる。


「……否定、する……否定する! 否定する! 否定する!! 我は目の前の対象を否定する!! 理解不能!? 理解不能!!」


 思考のパニックを起こす少女を前に、少年は自分が立っているのは当たり前だと叫ぶ。


「俺はイノを救うって決めたんだ……だから、それまでは絶対に倒れるつもりはねぇ!!」

「うるさい!! 我が名はイノセンス!! イノなどという検体はとっくに――」

「違うだろ……お前は、お前の名前はイノだろうが!!」


 穂村の行動に対し、魔人は自分の思っていたものとは違う行動に苛立ち始める。


「……チッ!」

「なんだ、どうしたんだ魔人」

「ケッ、つまんねぇから帰る」

「なんだ、貴様には気に入らない展開か?」

「…………」


 『全能』の問いに対して魔人は何も言わず、空間に穴を開けてその場を立ち去ろうとする。


「……貴様の言う、カズマとやらと似ているからか?」

「――ッ! ……黙れッ!! オレは帰るッ!!」


 魔人は初めて怒りを交えた声で、その場から立ち去る。『全能』はしてやったりといった表情でクスクスと笑って背中を見送ると、再び穂村達の戦いの往く末を見守りにかかる。


「お前は出会って早々わがままをいって、レストランのメニューごときで目を輝かせて、ふりふりの洋服が似合って、それではしゃいでいる姿が可愛くて、そして暴走した俺を止めてくれる温かみを持っている!! お前はイノセンスなんかじゃない!! 他の何者でもない、お前はイノなんだ!!」


 穂村はイノセンスの言葉をさえぎって吼えていた。表面にいる少女にではない。奥深くに囚われて、今も泣いている少女に。


「うぅう……うああっぁぁあああぁあっぁぁぁああああぁぁあああ!!」


 穂村の強い言葉が、少女の身に何を起こしたのだろうか。イノセンスは突然頭を抱えて苦しみ始め、都市全体を覆うほどの強い光を発し始める。そしてそれと共鳴するかのように、地面が、世界が揺れ始めた。


「むっ!? これはまずいな……もしやあの魔人、これを知っていたとでもいうのか……?」


 ――一点を中心に全てが破壊の渦へと引きずり込まれていく中、穂村だけが光の先に泣いている少女イノの姿を見ることができた。

 穂村は全てを破壊する光に立ち向かうかのように、空間をかき分けてその中心へと突き進む。

 その背中を見守ろうとしていた『全能』であったが、既に限界が近づいていることを知ってか、最後に寂しげな表情を浮かべてその場に異空間へと繋がる穴を開け始める。


「その先へ進むか、穂村正太郎……いいだろう。我は貴様が帰ってくると、信じるしかあるまい」


 『全能』はその言葉だけを残してその場から消えると、とうとうイノセンスの周囲の空間の崩壊が始まり始める。


――この日世界は光に包まれてゆき、全ては白へと染まっていった。

パワー・オブ・ワールドの方の揺らめく焔編のクライマックスの裏で、こんなことが起きていたという事で書かせてもらいました。実際に今後チェンジオブワールドの方に関わってくるのは、魔人の動機と『全能』の方になります。

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