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EX1話 世界を侵食する力

いつものごとくEX話は三人称視点の文章です。

「……さて」

「ん?」


 榊にはまだ疑問点が残っていた。

 それはラウラがカルロスに騙されていたという、その根拠。今まで全く提示されないまま動いてきたが、事件が片付いた今、本当のことを知らねばならない。


「ラウラが騙されているっていう理由ワケ、話してもらってなかったですね」

「アァ、そういえばそうだったな。それには子の前話していた続き――問題の臨死体験について話をしておかなくちゃな」

「……また昔話ですか」

「そういうなって。この話には、力帝都市の闇も少し絡んでくる面白い話なんだからよ」


 榊はそれを聞くなり新たな面倒事に巻き込まれそうな、嫌な予感がよぎった。だが聞かなければ、今後ラウラがここでメイドをするにあたって気をつけなければいけない点が分からなくなる。


「その力帝都市の闇はいいですから、早く教えてください」

「クハッ、いいだろう。教えてやるよ――」


 あれは丁度中東での戦役中の出来事だった――



          ◆◆◆



 ――ラウラ・ケイ、二十三歳。当時は地上を制圧する一個小隊の一員となって、砂と弾丸が舞う戦場を渡り歩いていた。

 彼女の所属する部隊はその時、敵が握っている小さな街を制圧している途中だった。


「くっ、敵の数が多い……ラウラ!」

「ここに!」

「狙撃して数を減らせ!」

「はっ!」


 そしてこの時の部隊長が、カルロス・マクレガーだった。当時はまだ野心溢れる男ではなく、体型もスリムであったという。


「余計な情報ですね」

「黙ってオレの話を聞けバカ」


 ラウラは指示通り、的確な狙撃でもって確実に標的を殺していく。しかしいくらラウラ側が精鋭部隊で構成されているとはいえ、敵は街を拠点にしているためか無尽蔵に頭数は追加されていく。


「チッ! 埒が明かないです!」


 ラウラの言葉に対し、カルロスは既に無線を手に取っている。


「……仕方ない、こうなったら」


 この時米軍にはとある『切り札』を渡されていたらしいが、その出所はその場における最高指揮官ですら知らされていないという謎の代物だったそうだ。

 この街の陥落は短期で済まさなければならない。そう思っていたカルロスは無線で拠点本部と連絡をとり、その『切り札』を急いで現地に投下するように願い出た。

 するとおよそ十五分後に到着するとのことから、しばらく戦線を維持するようにとの指示が出た。


「よし、ラウラ! もう少しだけ敵を釘付けにするぞ!」

「了解!」


 指示の通り、二人を含む小隊は文字通り必死で戦線を維持し続けた。一人、また一人と倒れていく中、ラウラとカルロスは最後まで戦い続けた。

 そしてついに、その時が来る。


「一分後に目標地点に投下されるとのことだ!」

「了解! ……しかし、もう我が部隊も残るところ六人となった今、その武器を使えるのかどうか――」

「やるしかないだろう! 軍の切り札を信じるしかない!」


 そして予告通り、最新ステルス機(ブラックバード)から黒い箱にいれられた『切り札』が投下される。

 上空一万メートル。パラシュートも無く垂直に投下されるそれは、カルロスたちが予測していた場所とは違う所へと投下されていく。


「なっ――」

「馬鹿なッ!? 街の方へ落ちていくぞ!?」


 ――この瞬間に二人は死を覚悟し、そして恐怖した。


 『切り札』とやらは敵の手に渡るのであろう、そしてその武器でもってこちら側が蹂躙されるのだと。

 だが真の恐怖とはこれから起きることを指すのだと、現時点での二人には知る由もなかった。


「い、一応状況を確認しておけ。私はもう一度軍に連絡を取らせてもらう」


 そこから先は、ラウラともう一人の兵士が双眼鏡を使って黒い箱の行方を監視し始めた。幸いにも黒い箱は前線からでも見える位置に投下されたようで、中身の確認だけでもできる状況である。


「HQ! HQ! こちらブラボー1! 例の『切り札』は敵陣に投下されて回収できない! どうすれば――なんだと?」

「なんだ、あれは?」


 カルロスが疑問を持ち始めたころ、ラウラと兵士もまた、黒い箱にいれられていた異質なものを目にしていた。


「……少年?」


 ――黒い箱にいれられていたのは、一人の少年だった。

 日本の学生が身に着けていそうなカッターシャツに黒い学生ズボン。目を隠す位置まで伸びきった黒い髪。それらから投下された少年は日本人だということだけが情報として得られる。


「お、俺は隊長に報告してくる! ラウラは引き続き監視を続けていてくれ!」

了解イエッサー


 もちろん敵は透過された黒い箱の周りに集まるが、中にいたのは一人の少年。一応念の為に少年に対して銃を向けるものの、全くもって余裕を持たれている。


「……あんなものの為に、私達は子の戦線を維持して来たというのか……!」


 ラウラはこの時、ふつふつと怒りが込み上げていた。『切り札』だと銘打っているくらいなのであれば、巨大な武器か戦車、あるいは無人の飛行爆撃機の一機くらいは来る者だと思っていた。

 しかし現実は少年一人。しかも敵陣に投下され、早くも無力化されようとしている。

 しかし何も驚いていたのはラウラ側だけでは無かった。


「……なんだと! あれは敵陣に投下されて正解だったのか!?」

「カルロス隊長! 例の黒い箱に入っていたものについてですが――」

「少し後にしてくれ! ……なんだと? まさかお前達、最初から我々もろ共――」

「隊長!!」

「うるさい!」

「……何をしようとしているんだ?」


 ラウラが監視を続けていると、敵兵士の一人に少年は突き飛ばされ、今にも頭に風穴を開けられようとしているのを目にすることができた。

 普段ならこのような行為、見逃すことはできなかっただろう。戦場で子どもが死ぬ口径など、あってはならないことだと義憤に駆られていただろう。

 だがこの時のラウラは、『切り札』が敵陣に投下されていたことに憤っていたのか、『切り札』が少年だという事に憤っていたのか、はたまた少年そのものに憤っていたのか、思わぬ言葉を口にしてしまう。


「……あんな少年など、さっさと死ねばいい」


 当たり前だが少年は泣いた様子でその場にしり込み始める。だが敵兵士は銃を降ろそうとはしない。

 そんな様子に少年はとうとう諦めたのか、その場にへたり込み、小さく口を動かした。


 ――こんなのもう嫌だ。全部、“壊れてしまえ”。


 そして次の瞬間――





「――ッ!」


 街は巨大な爆発に包まれ、爆炎はやがてカルロスたちがいた場所まで覆い尽くそうとしている。


「ッ、隊長!」


 ラウラがカルロスに声をかけた時にはすでに遅かった。爆風は全てを包み込み、全てを無へと返していく――






「――た、たいちょ、う……」

「……生きて、いたか……」


 そこで二人の意識は無くなり、そして次には再びアメリカの病院という名の記憶操作施設でこの記憶(PTSD)を消し去られることになる。


 ――だがカルロスは忘れていなかった。

 あの強き力を。全てを破壊する力を。

 一人のひ弱な少年が、全てを破壊したあの光景を。

 だからこそ必死で調べ上げ、その力の出所を見つけ出した。



          ◆◆◆



「――ここまで言えば、もう分かるな?」

「それが、この力帝都市だっていう事ですか……」

「アァそうだ。もっとも、ラウラの方は未だに投下した爆薬の爆発のせいだと思い込んでいるから、ラウラには本来の目的を隠してここに殺しの仕事だけを受けにきた民兵として一緒に行動しているってことだ」

「騙されているってそういう事ですか……」


 榊は一連の話を聞いた上で、真実をラウラに告げるべきか迷った。もしかしたら、下手をすればトラウマを穿り返すだけなのかもしれない、と。


「……ラウラには適当に嘘をついておきます」

「その方がいいかもな。カルロスの虚偽と重ねた上で思い出したら、今度こそ発狂するぜ」

「はい」

「一体、何の話をしているのだ……ッ、魔人!」

「あー、丁度良かったな。テメェの話をしていたところだ」

「私も貴様に用事があってな!」


 そういうとラウラショットガンを抜こうと腰元のホルスターに手を伸ばしたが――


「ッ!?」

「あー、あたしに貸していたじゃん。はいこれ」

「あっ……」


 そのままショットガンを手に取って打ち出すのではないかと榊は心配したが、ラウラはというと顔を真っ赤にして、すごすごとショットガンをホルスターへとしまい込んでいる。


「クククク、恥ずかしいよなぁ」

「だ、黙れ! カルロスは――」

「アァ? アイツならオレがここに来る道中で始末つけておいてやったぜ」

「な、んだと……」


 ラウラは膝から崩れ落ちたが、魔人はラウラに対して言葉巧みに言い訳を述べ始め、カルロスがいかに悪者であったかを刷り込み始める。


「言っておくが、アイツに血を貸したのはオレも誤算だった。確かに外部の殺し屋は物珍しかったから力を貸してやったが、まさか味方までも取り込もうとする欲望に囚われるとは思っていなかった」

「……どういう意味だ!」

「文字通りの意味だ。味方を喰らってその力を得る。だからこそ榊マコもお前を必死で自分の下へと連れ戻そうとしていた。カルロスはもはや、単なる力を求めるモンスターと化していたからな」


 真実に近い、だがど真ん中からは逸れていく。魔人のでっち上げは、少なくともラウラに耳を貸させる程度には信用されているようだ。


「……そうなのか、真琴」

「まあ……そうなんだよね」


 いきなり振られた榊は少し焦った様子で誤魔化したが、ラウラにはばれなかったようだ。


「では私は、どうすればいいんだ……今までカルロスの指示に従ってきた、私は――」

「だから、あたしのメイドになればいいじゃん」


 行き場を失ったラウラに対し、榊は改めて手を差し伸べる。


「ねっ?」


 屈託のない笑顔を浮かべる榊に対し、ラウラもまた、全てを許容するかのように笑みを浮かべてその手を取る。


「……ああ、お世話になるとしよう」

「あっ! お世話をするのはラウラの方だからね!」

「……ふふっ、そうだな」

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