第三十二話 Slave to The Illusion of Life
「――まさかこれからが本番って感じ?」
「ククククク……ヒャーハハハハッ!!」
フードの下に隠れていたのは表情を一切表に出さないクールな美青年ではなく、自身の持つ狂気に取りつかれた哀れな辻斬りの歪んだ笑みだった。
「てかいつまで笑っているワケ?」
「クヒヒヒ……ハァッ!!」
『冷血』は突然笑い始めたかと思いきや今度は右足で地面を強く踏みつけ、そして雪の結晶のごとき模様を残しながら辺り一面を凍りで覆ってゆく。
――ものの数秒で、俺が折角溶かしていた氷の世界が再構築される。
「まずいなー、これじゃまた滑って逃げられるパターンじゃん」
面倒くさいと思いながらも俺は地面に手を再び置こうとした。だがその瞬間――
「――ヒャッハァー!!」
「ッ!?」
『冷血』はまるで地面を這うかのごとき前傾姿勢の滑り込みでもって、あわよくば足もろ共とでも言わんばかりの勢いでこちらの手を切り落とそうと刀を振るってきた。
俺はそれを間一髪のところでジャンプして回避し、代わりに貼ってきた地面に向かってショットガンをぶっ放す。だが『冷血』はそれをすらりとかわして最寄りの凍った壁へと手をつき、そして勢いを増してまたも滑り込んでくる。
「そう何度も同じ手を喰らうかっての!!」
ヒット&アウェイで行くつもり? でもこっちはまだ銃だけじゃなくて能力の方もある事を忘れて貰っちゃ困るね!
身体能力が一旦落ちるけど、即死せずを頭の片隅に置いておけばいい!
「――摩擦係数無限!!」
地面ではなく近くの花壇に手をついて全ての氷の摩擦力を無限にする。
「ッ!?」
急に摩擦が無限になったことで、それまで勢いが良かった『冷血』の身体は急ブレーキがかかったかのように前のめりになって体勢を崩す。
「今がチャンス!」
俺は身体能力を再び反転させて『冷血』の顔面めがけて拳を振り下ろす。
「女の子の拳だからって甘く見ない方がいいよ! 歯ァ喰いしばっておいてね!」
軽いパンチを反転させ、トップファイターもびっくりな重たい拳で『冷血』の頬を撃ち抜く。
「ゴッ――」
地面を二回、三回とバウンドしていったところで、ようやく『冷血』は体勢を立て直してこちらの方を向きなおす。
だがもうこれ以上反撃をさせるわけにはいかない。
「次はこれ!!」
今のうちに地面の氷全てを溶かして、今度は回転しながら同じく重たい足を頭蓋へと振り下ろす。
「ガァッ!?」
「まだまだァ!!」
格闘家張りのラッシュは更に続く。もちろん相手も反撃をしないわけじゃない。凍らせた刃を同じく高速で振るうが、俺はそれら全てを叩き折って追撃を加えていく。
「ッ、クソがッ!!」
「ようやくまともな言葉喋ったじゃん!」
『冷血』は目の前の水分を含んだ空気を凍らせて氷壁を作り出し、俺との間に挟み込ませる。もちろんそんなものなど俺は一瞬で壊せるわけだが、その一瞬の時間稼ぎが相手の本命のようである。
「ヒャハッ!!」
今度は相手側が距離を取って氷柱を生成させて上をとるが、俺がそんな逃がすような状況を許すはずがない。
「あんたはあたしを取り逃がしたみたいだけど、あたしはあんたを逃さないからね!!」
そうやって後を追うように俺は前へと走り出したが、『冷血』は逃げるために距離を取ったわけでは無かった。
「死ネェ!!」
頂上から切っ先を真下に向け、俺の頭を貫こうと落ちてくる。
「だからそれをするくらいなら――ッ!?」
俺はとっさのそのただの落下攻撃を、かなり離れた距離を取って回避した。
何も自信がないわけではない。あの攻撃が、ただの落下攻撃とは思えなかったからだ。
そしてその判断が正しかった事は、その数瞬後にすぐに分かることとなる。
「うわっ!」
突き刺した刀を中心にして、氷柱がいくつも飛び出してくる。その一片一片は刀と同じく鋭いもので、あのまま刀だけを回避してその場にいたとすれば、俺は今頃全身を貫かれてバラバラになっていただろう。そうなったら生き返りも何もなくない。
「へぇ、考えたね」
「クヒャハッ!」
『冷血』はこれに味を占めたのか、今度は刀を地面に突き刺してこちらへと地面を引きずって斬り上げてくる。すると今度は鋭くとがった氷柱がいくつもこちらの方向へと発生し向かってくる。
「くっ!」
これで接近戦は俺にとって圧倒的に不利となり、俺が優位に運んでいた戦いは振り出しへと戻っていく。
「つーか接近戦が不利……ならそれも振り出しに戻そうか!」
熱エネルギーを収束、辺りの温度がさらに下がって相手に有利になるけど気にせず収束!
幸いにも地面の摩擦は無限のままだから、早々に近づくことはできないはず!
「――――収束励起刃!!」
全方位に分散ではなく一方向に放射。レーザービームの応用だけど、これで相手の氷の刀とも対等に戦える。
「そらそら! どんどん行くよ!」
収束しておいた熱エネルギーは充分にある。多少氷柱を斬った程度じゃ出力が落ちることはない。
氷の刀も同様に、いくら生成しようが刃先が触れただけで溶け折れていく。
「これでどうだ!!」
エネルギ―の出力を上げ、ブレードの長さをさらに伸ばす。そして初撃で俺が勢いよく横にブレードで薙ぐと、刀はもちろんだが『冷血』自身の胴体にも焼切れた深い傷跡を残すことに成功した。
「グ、ハァッ」
「よし!」
これでそろそろ止めを――
「ウゥ、ウガァアアアアアアアァ!!」
「ひぃっ!?」
あまりの痛みに狂ったのだろうか、『冷血』は大声をあげて吼えると共に、精製した氷刃を今度は自分の方へと向けて構え始める。
「えっ、まさか切腹――」
――そこから先は、俺の予想通りだった。
『冷血』は自らの腹に刃を突き立て、その場で自刃し膝をついたのだ。
そしてここから先が、俺の予想外の展開だった。
「グゥ、グヒャハ、ヒャーハハハハハハァ!!」
『冷血』は流した血から自信を凍らせ始めると、ある一つの形を模ってその身を新たにして俺の前に立ちふさがる。
「――ア、アハハ……それ、なぁに?」
俺はもはや乾いた笑いしか出てこなかった。何故なら俺の前には――
――氷の鎧を身に纏った地を這う龍の姿があったからだ。