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第二十九話 決意

 俺は走り続けた。ひたすらにその嫌な予感から逃げるかのように、あって欲しくないという考えから逃げるように。


「まさか、あたし達以外にも能力者が……!」


 あの氷の塔がたっている方角といえは、澄田さん達を逃がした方角。そして俺が知る限りで身内にあれだけの氷の塔を建てられる能力を持っている人なんて、ヨハンぐらいしか思いつかない。

 だけど、嫌な予感しかしない。


「ヨハンさんがこの場所にいるはずがない……いるはずがない!」


 だとすれば、俺が知っているのは――


「もしかして、低温能力最強の座をヨハンからもぎ取ったっていうあの――」


 ――『冷血クルエル』という能力者。


「まさか、そんな事はないよね……」


 だってこっちにだって、炎熱系統最強の緋山さんがいるんだから。



          ◆◆◆



 ――そんな俺の淡い期待は、冷たい現実の前に見事に打ち砕かれた。


「……ア、ハハ……な、なんで氷漬けになっているんですかね……なんで炎熱系最強のあんたが、たかが氷点下零度の氷像何かになっているんですかねぇ!?」


 俺は思わずいつもの女の子としての口調が外れてまで、事態にツッコミを入れざるを得なかった。

 恐らく相当な争いが起こっていたのであろう、辺りには砂と熔岩、そして氷が散らばっている。Sランク同士の壮絶な争いが繰り広げられていたであろうことは簡単に予想できた。

 だが俺は納得がいかなかった。その戦いの末の勝者であらなければならない人間が、どうして、どうして――


「――緋山先輩! あんた何をやっているんですか! さっさとそんな氷を解除してくださいよ!!」


 俺の目の前には、相手を睨みつけながら立ち上がろうとしていた炎熱系最強の能力者の氷像が出来上がっていた。


「無駄だ。緋山励二の身体強化フィジカルチューンで出来ることは、身体を砂に変えることだけ。体を熔岩にすることはできない」


 振り向くとそこには呆れたような失望したような、失望したような表情を浮かべる魔人の姿があった。


「緋山励二……テメェ、約束を破りやがったな」


 魔人はずかずかと戦場の跡地へと足を踏み入れ、そしてなおかつ緋山さんの氷像の眼前に右手をかざし始める。


「テメェ約束したはずだよな? 澄田詩乃を守るため、この先二度と負けはしない、と」


 魔人の右手には深淵深い紫色の光が生成され、光度を増してゆく――


「女一人も守れないヤツに、澄田詩乃を任せてはおけねぇよなぁ? ナァ、緋山励二ィ!!?」

「止めてぇええええええ!!」


 魔人が破壊の一撃を繰り出そうとしたその時、その場に悲痛な少女の声が響き渡る。


「お願い……励二を、殺さないで……」

「……ダメだ」

「なんでよ!? 魔人さんはいつもなら私のお願いを聞いてくれるでしょ!? どうして――」

「いくら澄田詩乃でも、ここは譲れねぇ。これはオレと緋山励二の約束だからな」

「約束って……だからって、殺す必要はないでしょ!?」


 俺は二人の会話の意味が分からずにいた。約束って、どういう事なの?


「ど、どどど、どういう事なんです? 一体何が起きたんですか?」

「アァ、簡単な話だ。このヤロウが同じSランクの『冷血クルエル』に負けやがったから、約束通りトドメを刺してやろうとしているところだ」

「止めって、アンタ一体何を考えているんですか!? 緋山さんは澄田さんの彼氏なんでしょ!? それに澄田さんだって――」

「アァそうだ、緋山励二は澄田詩乃の彼氏()()()。だが今はただの氷像になったSランクの能力者だ」

「意味分からない……そもそも約束って何ですか!? あんたが二人の仲に首を突っ込むことなんて――」

「逆だマヌケが!! オレだからこそ、澄田詩乃のオヤジから直々に娘を預かっているオレが! かたきであるオレが!! オレだからこそ、首を突っ込まなけりゃならねぇんだよ!!」

「っ、なんだって……?」


 澄田さんのお父さんから預かっている……? それに仇? 一体どういう関係なんだ?


「……おしゃべりが過ぎたようだな。さて、今からコイツを消すから、榊マコは澄田詩乃を連れてとっととこの場から失せろ…………オレは今すごぶる気分が悪い。緋山励二を始末した後にはこの区画いっぺんを吹き飛ばすかもしれねぇからな」


 魔人の冷たい言い放ちに気圧された俺と澄田さんは、思わずその場から一歩足を引いてしまった。

 ――だが俺は納得がいかなかった。どうして緋山さんが、あんなに澄田さんのことを思っていた緋山さんが、たった一度の敗北でこんな目にあわされなくちゃならないのか。


「……ちょっと流石に、身勝手過ぎじゃないですか?」


 俺は恐るおそる、その場において反論を振りかざした。

 次の瞬間、俺に向かって陰鬱にへばりつくような、決して逃れることが出来ない異質な殺気が向けられる。


「アァン? ……文句でもあるのか? 榊マコ」

「殺すぞ」とでも言われているような、尋常でない現実味を帯びた脅しに俺は更に足を一歩後ろへと引いてしまう。

 だがここで負ければ、全員が不幸せなことになる。ここで引いちゃいけない。ここで負けちゃいけない。緋山さんは負けてしまったけど、ここで俺が負けちゃいけないんだ。


「文句、ありますよ」

「……言ってみろよ。一応聞いといてやる」


 少しでも間違えれば、死、あるのみ。そこから俺は今まで魔人から言われてきたことと相違ないように、そしてそこから納得のいく答えを編み出すように考えて発言を始める。


「確かあたしは、二人の尻拭いを任されていたんですよね?」

「……アァそうだな。で? 今回の負けはテメェのミスだとでも言いてぇのか?」

「はい」


 魔人は静かに、右手のひらを今度はこちらへ向けてくる。もちろんまだ破滅の光は消える事無く眩く輝いている。


「だから今回、尻拭いをしようかと思いまして」

「……どうするつもりだ」


 そこから俺は一大決心をして、ある事を魔人に告げる。


「……その『冷血クルエル』を、あたしが倒せばいいんですよね?」

「…………」


 魔人はしばらく黙りこくった。俺はその間、生唾を飲み込んで審判の時をじっと待っていた。

 待っていた時間は、実際一分にも満たなかっただろう。だが俺にとってはそれが一時間にも二時間にも感じられていた。

 長い沈黙の後に、魔人はついに口を開く。


「……やってみろ。ただし、出来なかったらテメェもペナルティとして死んでもらう」

「分かりました」

「ちょっとマコちゃん!? そんなことしなくても――」

「いいんですよ澄田さん」


 もう俺に、迷いなど無かった。


「今戦わなくて、いつ戦うんですか?」


 ここは力を誇示する都市。力帝都市ヴァルハラ。そして俺にも、力を誇示する時が来ただけだ。

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