第二十三話 これだから脳筋は……
「名乗る気が無イ、まあ死体の名前を知ったところでどうかと言われたら確かにそうネ」
「いや、いちいちぶっ倒す相手に名乗る必要も無いっていう話かな」
自らを花郎と名乗る男は「なるほど、一本とられたネ」と手のひらに拳にポンと置き、あっけにとられた表情を浮かべる。だがそれもすぐに元の笑みへと戻り、改めて構えを取り直す。
「さて、あたしの前に立ったってことは相手を――」
「ここはボクがやります!」
そう、あたしが――ってなんで栖原が前に出ているの。
「ボクの夢の一つ、カンフースターと栖原流で戦うという夢がかなうなんて!」
「ちょ、わかってるの栖原!? 相手は現役の殺し屋なんだよ!?」
「そこのお嬢ちゃんの言う通りネ。それにカンフーじゃなくて功夫ネ」
そこはどうでもいいとしておいて、Cランクの栖原が勝てるのかと思ったが意外といい勝負をするのか? いやいやいや、カンフーといえば多勢に無勢の輩を相手に捌ききるワケだからBランクあってもおかしくはないのか? どっちにしても下手に戦って命を落とされては困る。
「こうなったら有効打を反転させて――」
「マコさん! 手助けとか小細工はいらないです! 正々堂々と戦います!!」
「だから――」
「栖原茜、参る!! ハァッ!!」
「――ッ! ……フム、中々体捌きはいいネ。才覚は充分ネ」
俺の制止を振り切って何勝手にこの二人が戦っているんですかね。いきなり殺し屋と体術合戦を張り合う栖原を見て俺はひやひやしながら様子をうかがっていたが、栖原は意外にも、いや意外でもなんでもなかったのであろうか、花郎と真正面から渡り合っている。
「まさかこうして拳法家と戦えるなんて! 夢でも見ているみたいだ!」
「夢だと思いたいのはコッチの方だネ。力帝都市、噂通りとでもいうべきかナ? まさかこんな小娘と互角とは、まだまだ功夫が積み足りないネ」
そうこうしている内にとうとう栖原は花郎を足払いでその場に転げさせ、更に追撃をするべく走りよる。
しかし花郎の戦闘経験は未知数以上。少なくとも栖原より場数は踏んでいるからか、こけた時の反撃も予想外の攻撃でかつ栖原を牽制するには十分だった。
「なっ!?」
「何もこけたら下段だけを注意すればいいだけじゃないネ」
花郎はただで起き上がるどころかその場で即座に逆立ちをし、上げられた脚で栖原の眼前を蹴りにかかる。そしてそのまま逆立ちを解除するとともに即座に下段の回転蹴りへと移行したらしい。
「…………」
「栖原もよく今のを避けられましたね。うちだったら多分目の前に壁を打ち出して防ぐしか方法がないですぜ」
はっきり言って俺は反転できること以外はほぼ常人か、それ以下の能力しか持ち得ていない。だからこそ今の攻撃がほぼ同時に行われていたとしか思えないし、守矢の説明なしではまともに戦いの理解が追い付かない。
「……動体視力その他を反転」
一応これで追いつける筈。それにしてもいちいち何かを反転、何かを反転って面倒くさいなあ。どうせならひとまとめにできるようにならないのか。
……必殺技とかみたいに。
「……ないな」
そもそも自分のネーミングセンスを世間に公開する度胸がないですし。
とまあ俺が色々とどうでもいいことを考えていると既に決着はつきそうな雰囲気になっている。
「ハァ、ハァ……そろそろ呼吸もつかんできたところだし、次はあてるッ!」
「困ったネ……結構型を変えつつやっている筈なんだけド、見切るの早過ぎヨ……」
花郎が困ったような表情を浮かべたところで俺は価値を確信した。だがそんな悠長に構えている俺よりも先に動いたのは、殺しやそういった汚れ仕事に詳しい守矢の方だった。
「結構頑張ったのに、あっけなかったネ……」
「ふっ、これで終わり――」
「そこまでです!! 岩石砲!!」
守矢は俺よりも先に走りだし、花郎と栖原の間に巨大な岩石を撃ちこむ。
「なっ!? 何をするんだ! 邪魔をしないでくれ!」
「文句があるならその邪魔をした岩石を見てからにした方がいいですぜ!!」
「何を言っているんだ守矢は……え、マジで?」
守矢の蹴り飛ばした岩石は二人の間を通過し、そしてその後まるで豆腐のように綺麗な断面図を見せて切り刻まれている。
「ど、どういう事だ!?」
「最初と同じです! そいつは拳法のまねごとをしてはトラップワイヤーを四方に飛ばしていただけってことですよ!」
「……小娘、よく分かったネ。本当に気をつけるべきはオマエの方かもネ」
いや俺だってその気になればあんたを大気圏外に吹き飛ばして即座にK.O.できますけど?
「小娘、名を名乗るネ。殺すにしても名前くらいは憶えておくヨ」
守矢はそれを宣戦布告と受け取ったのか、自身のまわりにコンクリートの塊を生成し始める。
「守矢四姉妹三女、守矢要です。もう二度と思い出さなくてもいいですよ? どうせここで死ぬんですから」
だから殺しは御法度だって言ってるじゃないですかー。