第二十二話 Kick The Pedal
今回更新が遅れてしまったため当社比二倍の内容の長さとなっております。申し訳ありません。
自信満々の守矢を先頭にして、ラウラが最後に現れたとされる上等学院高校ちかくの広場へと向かう。道中俺達とは反対側に避難する学生たちをしり目にしていく中、守矢は自分とは違って制服を着た少年少女たちを見て複雑な表情を浮かべる。
「……この件が終わったら、守矢も学校に通えるようになるよ」
「っ、別に羨ましくないです! むしろ時間に縛られて憐れみすら感じるほどですぜ!」
「本当にそう? ならいいんだけど」
守矢が強がっているだけと知っていても、俺は敢えて突き放すように言う。まあ本人の口から行きたいって言うまでは俺も何もできないのが現状だし、何をすればいいのかもわからないってのも本音だ(Sランクならどうにかなるとか考えているのも本音だ)。
「えぇー、要ちゃん上学付属中の制服が似合うと思うんだけどなー」
「な、なんですかそれは」
「ほら、あの走っている子が着ているのが上学付属中の制服だよ。結構オシャレでしょ」
「……そう、ですね」
守矢の心が揺れ動く。というより澄田さんも分かっていてとぼけたような言い方をしていると今気が付いた。
「そ、それにしても、本当に警報が出ているようですね! 人がどんどん避難していっています!」
あっ、話しはぐらかしたなこいつ。まあいいけど。
守矢が後輩になるっていうのはマコちゃん的にはポイント高いわ。真琴としては一切接触できないだろうけど。
「そりゃこの都市の半分は一般人だからね。逃げて当然でしょ」
とはいえ守矢にこれ以上追及するのもかわいそうなので、適当に話を合わせてあげるのが俺の優しさ。
といったところで問題の広場にまで来たんだけど、当たり前というべきか戦いの跡だけが見受けられるだけで、ラウラの姿はここには無い。
「しくじったなー、どれくらい前の出来事なのかを聞いておけばよかった」
「確かにそうすれば移動範囲を絞りこめたよねー」
しかしみれば見るほど凄惨な光景だ。恐らくあの散弾銃から放たれた弾丸がコンクリートを貫通しているのであろう、いたるところがボコボコにえぐれている。
「貫通しているっていうより、衝撃で抉れている感じだよねこれ」
「うちらの界隈でもこんな威力のショットガンを見た事が無いです。しかも穴の大きさから結構弾がばらけている、つまり至近距離じゃなくてこの威力という事ですから」
全くもってとんでもない話だ。弾が散らばって威力が減衰した状態でこれなら、かすっただけで抉れたという話も与太話じゃなくなってくる。
「こりゃ急いで見つけた方がよさそう」
そうこうしている内に、近くで銃声が鳴り響き始める。
「マコちゃん!」
「ええ、いきましょう」
俺達は即座に銃声が重なる方へと向かって行き、そこで凄まじい銃撃戦を目にすることとなった。
◆◆◆
「馬鹿なッ! これだけの人数いるんだぞ!? なのに動きずらいメイド服を着た女一人にすら一発も当てられないのか!」
「ハハハハッ! アハハハハハハッ!!」
上等学院近くの大通り。激しい弾幕の中、路地裏に釘づけにされているのは――均衡警備隊側であった。
「我々の邪魔をするなァ! 死ね! 死ねッ! 死ねェッ!!」
道路に捨てられた車を盾に、通りに植えられた花壇を盾に、死神はその両手から凶弾を放ち続ける。
いくら建物裏の路地に隠れて撃ち続けようが、その凶弾は徐々に徐々に建物の壁を抉り、破壊していく。
「糞ッ! 数ではこっちが勝っているのに、なんで押されているんだよ!!」
「増援はまだか! Sランクが狂って話じゃなかったのか!!」
「アッハハハハッ! 邪魔をす――ッ!? ……何故貴様はここにいる」
「なんでって言われても、連れ戻しに来たから? それより脚治ったんだね。どうやって治したのか知らないけどよかったよかった」
本当に、どうやって治したのやら。庇うような動きはしていないし、かといって包帯はぐるぐる巻きの状態のままなんだけど。
「っ、貴様には関係ない!」
そんなこんなで真正面から現れたのが俺。
目的は一つ、ラウラを連れ戻す。特に深い意味はない。俺のメイドだから連れ戻す。殺し屋の道から連れ戻す。
それだけだ。
「貴様、この期に及んでメイドごっこを――」
「あんただっていまだにメイド服着てんじゃん。それを着ている間はごっこ遊びは終わらないよ?」
「マコちゃん、頑張って!」
「彼氏じゃないって……榊ってそっち側だったんですね……」
「いや違うちがう! その解釈おかしいから!」
「女の子って難しいなぁ……」
俺の後ろには澄田さんと守矢、そして栖原がいる。っと、もはや守矢に突っ込むのはここまでにして、俺は目の前の相手と真面目に対峙しないといけない。
「…………」
「……はぁ、何もそこまで緊張しなくていいじゃん。死ぬワケじゃないんだし」
俺の方は死ぬ可能性が0.0001%くらいありそうだけど。
「死ぬワケじゃない、だと……貴様その程度でこの戦場にノコノコと出て来たか!!」
ラウラは両手のショットガンの銃口をこちらへと向け、一斉掃射をする。だが俺には一発もあたらず、弾は全て俺の目の前で消滅する。
「無駄だってば。今のあたしに飛び道具は効かない」
俺に接触した瞬間、弾丸は実在するものから実在しないものへと反転させる。弾道だけを反転させたらラウラにあたっちゃうし、こうして存在を消してしまえば誰にも被害が出ない。
「くっ、やはり貴様には通用しないか! ならば!!」
ラウラは即座に標的を変え、今度は俺の後ろに立つ守矢の方へと銃口を向ける。
「後ろから片付ける!」
「おっと、そうはいきませんよ! 岩壁!!」
いくら衝撃ダメージが高くても、守矢が建てた分厚い岩の壁を貫通することはできない。
「おおぅ!? 結構抉られました!?」
「チッ、面倒なッ!!」
一発でダメなら何発でもといわんばかりに、ラウラは両手のショットガンの引き金をダメ押しで何度も何度も引く。
「これはまずいです!」
「ッ! あんたの相手はあたしでしょうが!」
俺が急いで駆け寄って接近線を試みたところで、ラウラは待っていましたと言わんばかりに銃を捨てて懐からコンバットナイフを取り出す。
「直接喉を掻き斬ってやる!!」
「あぶなっ!」
自らの鈍い身体能力を反転、ナイフをひらりひらりとかわして再び距離を取り直す。
「何とか無傷で取り押さえたいんだけど……」
前回緋山さんが苦戦した理由が少しだけわかる。自分と相手にこうも力の差があり過ぎると、逆に手加減の具合を損ねてしまう。
たたかいは俺が一方的だがあくまで防戦するだけ。そうこうしている内に隊員の中でしびれを切らした輩が凶行に走る。
「俺達も援護するぞ!!」
「ッ!? 勝手に撃つなってば!!」
隊員の一人のライフル銃が、音を立てて弾丸をばら撒いていく。
そして俺の忠告を無視して放たれた弾丸のうちの一発が、不幸にもラウラの右目に襲い掛かる。
「――ッ!? ぐぁあああああッ!!」
ナイフすら手放して、ラウラはその場に両膝をついて右目を押さえる。
その痛みは見る者にすら痛く伝わった。憎しみと苦痛が入り混じった左目からは透明な涙が、右手で押さえられて隠れている右目からは赤い涙が頬を伝っている。
――その瞬間、自分の内にふつふつとある感情が湧きあがり始める。
「……誰だ今撃ったのは! あたしとラウラの戦いに水差したのは誰だ!!」
「ひぃっ!!」
「あわわわ、榊の周りのものがなんかいろいろ変化していってますぜ!?」
榊の言う通り、俺の周りでは俺の意識の範疇外であろうが関係なしに、全てが反転している。
だが今はそんな事はどうでもいい!
「出てこい! 今なら大気圏外射出で許してやる!!」
「お、おい馬鹿ッ! 誰だよ今撃ったのは! Sランクを怒らせちまったぞ!」
「お、俺じゃねえよ! 誰だよ援護射撃だなんて言いだした奴は!」
「もういい……誰も出てこないのなら全員大気圏外だッ!!」
周りの小さな小石から先に、ふわりと浮かび上がっていく。そうやって俺が怒りに任せて重力を反転させようとしたところで、澄田さんが俺に対して大声で呼びかけてくる。
「マコちゃん!!」
「なんですか澄田さん! 今こいつ等をまとめて――」
「そうじゃなくて、ラウラが逃げちゃったよ! 後を追わなきゃ!」
「……分かりました。後を追いましょう」
しかしこの一言で頭を冷やすことができた俺は、ひとまずラウラを優先させるためにこの場を去ることにした。
◆◆◆
「――すいません、澄田さん。あたしの気を逸らしてくれたんでしょう」
「仕方ないよ。励二だってあたしが目を撃たれたなんて知ったらもっと怒っているし、私の制止なんて振り切って火の海にしちゃうかも」
「はは、あんまり笑えない話ですね」
人がいなくなった街の通りを、俺達四人は走り抜ける。その道中、俺は心の底から澄田さんに感謝していた。
あと一歩遅かったら俺も殺し屋と同じレベルにまで堕ちていたかもしれない。むしろそうなっていてもおかしくはなかった。
「いーいマコちゃん? 強い力を持つからには、強い意志を持たなくちゃダメだよ?」
「強い、意志ですか……」
「そうだよ。魔人さんが言っていたよ?」
「一気に胡散臭くなりましたね……」
それはさておき。
ラウラの跡を追うのは簡単だった。なにせ道端には血が点々と落ちていて、その後をついていけばいいだけ。
――ただ、道中に邪魔が入らなければの話だが。
「榊! それ以上前に進んではいけません!」
「えっ、どうして?」
「おや、勘のいい餓鬼が混ざっていたとはネ」
守矢が注意していたのは、丁度俺の首のところにピアノ線が引かれていたから。つまりあと一歩でも前に出ていれば、俺の首は飛んでいたかもしれない(まあ全身に反転による反射を仕込んでおいたからならないけど)。
そしてそれを仕掛けていた男は、信号機の上に立ってこちらを見てケラケラと笑っている。
「で、なにこのいかにも敵っぽい中国人は?」
「さあ? 敵じゃないですか?」
「あっ! ボク知っていますよこの人! 確か今から五十年位前のカンフー映画で見た事がある!」
それって似ているだけの別人じゃないんですかね?
「およ? まさかワタシが映画スターだったころを知っている人がいるなんて、チョット驚きネ」
今の言い方からして敵は少なくとも五十以上の歳を取っていることになる。だがどうして見た目が全く変わっていないのかは見当もつかない。
小柄の男は地上へと降り立つと、素手でもって俺達に相対しようとしてくる。
「へぇ、殺し屋っててっきり銃を持っているのが普通かと思っていたよ」
「銃使うのは弱い証拠ネ。本当に強い奴にはそんなもの必要ナイ」
男はそう言って左手を主体とした拳法のような構えでもって、俺達の前に立ちふさがる。
「――一応名乗っておくネ。花郎とだけ言っておけばいいカナ?」
「あっそう。あたしは別に名乗る気はないけどね」