第十九話 そして全てが駆り立てられる
「もうこんな時間か……」
金曜まで学校ある筈なのに、結局十時過ぎまでひなた荘で普通に過ごしてしまっていた。明日も朝が早いというのに困ったもんだ。
それにしても最終回で俺の予想通りの展開とは、最近のドラマは少しチープ過ぎない? って思いながら見ていたら澄田さんがまさかの号泣、緋山さんまでなんか感動で涙流しちゃっていたんですけど。そして之喜原先輩もさりげなくハンカチ取り出していたし、まさかあたしの感性の方がおかしいのか?
「ここから徒歩で一時間弱かぁ、結構遠いんだよねあたしの家って」
「…………」
「さっ、早く帰るよー」
「貴様、ここまで来てなおとぼけるつもりか?」
「だってあたしが雇ったメイドさんの名前は霧咲百花だから関係ないでしょ?」
「ふざけるな! 私が偽装しているだけで、本当の名前は――」
「しっ! 静かに」
俺はラウラの口元に人差し指を近づけ、強制的に話を打ち切る。
何故ならこんなところでもラウラの正体を知ってしまう人が出てきたら大変なうえ、しかもそれがあたしに繋がっているとなればさあどうなる? ってことを分かっているのはこの場であたし一人だけ。
ラウラにとってはどうでもいいかもしれないけど、あたしにとっては死活問題なのは間違いない。ようやくここでダストやらCランクBランクの有象無象の無謀な戦いの相手をやめられると思っていたのに、またそれが再燃されたらたまったもんじゃない。
「とにかく、今のあんたは霧咲百花! いいね?」
「理解に苦しむ」
「――いいから、早く帰るぞ」
自宅近くにいることから既に反転を済ませておいた俺は、女の子の時のか細い手ではなく、元々の俺の手をラウラの目の前に差し伸べる。
「……どうしたんだ? 俺のメイドだろ?」
「……つくづく不思議な男だ」
「女でもあるけどな」
こうやってまた、俺とラウラのメイドさんごっこは続けられることになるだろう。
だが茶番はそう長く続くわけじゃない。いつだって突然終わりはやってくるもの。
ただそれが、俺が予想していたより、あまりにも早すぎただけだった。
◆◆◆
「――ふぁああ……今何時だっけ?」
まだ金曜だから学校あるし、急いで行かないと――っていつもならラウラが起こしてくれるはずなのに、今日は朝からいないし。
「時計は……九時!?」
やばっ! 普通に学校始まるし!
「やっぱり自分で起きる癖治しておけばよかったー!」
俺は急いで支度をして制服の袖に腕を通しつつ、家を飛び出すこととなった。
◆◆◆
「――ったく、朝から散々だった……」
遅刻した罰として数学の宿題全部俺が解答させられるわ、いつも呼び出しくらっていた昼休みは何故か今日に限って呼び出されないせいで一人で教室でぼっち飯になるわ(多分緋山さんのクラスでは昨日のドラマの話題で盛り上がっていることは想像に難くないと思われるが)、ぶたまんじゅうには相変わらず女の子の時の俺について熱弁されるわ、精神面へのダメージがデカすぎた。
「仕方がない、そのぶん家で霧咲さんに愚痴でも聞いてもらうか……」
そう思いながら街中を歩いていると、今となっては滅多に鉢合わせない珍しい人物とエンカウントする。
「それにしては楽しそうにしておったと思うけどなぁ」
「……誰が楽しんでザコの相手をするかよ」
ん? んん? あれはもしや……。
「うわ、マジかよ穂村じゃん」
しかもなんかニコニコ顔の胡散臭い女の子連れて喋りながら帰っているし。
穂村といえば、俺がダストにまだ頭数として数えられていた時にむりやり相手をさせられた奴だ。だがまあそのおかげで能力に目覚めたんだけど。
「顔覚えられていたら面倒だし、反転してやり過ごそう……」
俺は路地裏にはいって女の子に反転し、そのまま出て行こうとした。すると――
“……助けて!”
「えっ、どういうこと?」
辺りを見回せど姿は見えず。ただ助けを呼ぶ声がするだけ。しかし幼女っぽい声が助けを求めているから聞き捨てならないんですけど。
「何とかして反転で探し出せないものか……」
とりあえず表通りに出て、他にも助けを呼んだ方がよさそうな気がする。
とまあ表通りに女の子の状態で出てきたのはいいけど、どうやら俺以外には聞こえていないような気がする。どう見ても周りの人達最初から何も聞こえていなかったかのようにスルーしていっているし。
「……どういうこと?」
「榊真琴。こっちだ」
俺は自分が出てきた側の路地裏の方を改めて振り返ると、そこにはあの魔人の姿が。
「あっ、ちょうどよかった。この声聞こえています?」
「あぁ聞こえているとも。キャンキャン子犬みてぇにうるせぇガキの声だ」
「そう言っている場合じゃないでしょ。明らかに小さい子が助けを求めているじゃないですか」
「その件でテメェを呼び出してんだよこっちは」
「なんだ、じゃあ助けるんですね」
「あぁ。だが助けるのはオレでもテメェでもねぇがな」
「……どういう意味っすか?」
「とにかくオレの言うとおりにしろ。そうすれば物語は動き出す」
「……本当に助けられるんですか?」
「この件についてはオレを信用しろ。本当だ」
言っている意味はよく分からないし何より本人が胡散臭いが、どうやら魔人の言う通りにすればいいらしい。
俺はこの声の主が助けられるのならばと思い、ここは魔人の指示に素直に従う事にした。
「表通りに穂村がいるのは知っているな?」
「まあ、さっきそれで反転したんですけど」
「実はこの声が聞こえているのはSランクのヤツだけ――つまりこの場においてはオレとテメェしか聞こえてねぇ」
だからさっきから誰も耳を傾げたり反応を示したりしなかったのか。
「そしてBランクの穂村正太郎の耳にも当然聞こえちゃいねぇ。そこでテメェの出番だ」
「どうするんです?」
「助けを呼ぶ声が穂村正太郎の耳に届いていないという状況を反転させて、ソイツにも声を聞かせてやれ」
つまり魔人は穂村にこの声の主を助けさせようとしているらしい。
「なんでそんな回りくどいことするんですか。あたしが行った方が早いし、そもそもあいつにそういう気なんか――」
「キヒヒッ、まあ反転させた後も観察し続ければわかるだろ」
魔人が一体何をたくらんでいるのかは知らないが、俺は指示された通りに表通りに出て穂村にも聞こえるように反転させる。
“……けて……!”
反転させてから最初の一回目。俺は確かに反転させたはずだが、穂村には聞こえていないのだろうか、そのまま歩き続けている。
“……たすけて!”
そして二回目の呼び声。ここで穂村はようやく俺達がいるのとは別の裏路地の方に顔を向け、じっと立ち止まる。そして俺と同じように、周りには聞こえていないのかときょろきょろ見回し始める。
“だれか……ぁ……!”
ちょっとこれヤバいんじゃないですかね。声が途切れかけていますけど。
俺が自分で助けに行こうかとやきもきしていると、穂村はようやく一人路地裏へと姿を消していった。
「これで本当にうまく行くんですか?」
「クククク……これでテメェには回せない、穂村正太郎だけの歯車が回りだす……」
何物騒なこと言いだしてんですかこの人は……声の主が本当に助かるならいいんだけど。
「裏方の仕事は終わりだ。サッサと家に帰れ」
「言われなくても帰りますよー」
念の為俺は家の近くまで反転した状態で帰り、そこから誰にも分からないように元の男に反転して家のドアを開けた。
すると――
「……あれ? 朝からずっといないわけ?」
ラウラはまだ帰ってきていないようで、家はひっそりと静かなまま。
「……しょうがない、今日は俺が晩飯作って待っておくか」
作り終えるころには戻ってくるだろうと思っていたが、それでもラウラは帰ってこなかった。
その時俺は、直感的にこう思った。
――ラウラはまた、殺し屋として動き出し始めるんだと。
といった感じで中盤が過ぎてゆき、いよいよ後半戦がスタートとなります。今回はかなり主人公がえらいこっちゃな能力の使い方をと思います。