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第十八話 経験した事が無いこと

「ふぅ、食った食った」

「俺は全然食った気がしないけどな」

「そう思うんやったら今すぐ職業探しに出かけんかこのろくでなし」

「…………」


 食事の間、ラウラは終始無言のままだった。ただ黙々とスプーンを口へと運び、周りをきょろきょろと見てはまたスプーンを口へと運ぶ。それの繰り返しだった。


「もしかして驚いた? ここの人達っていつもこんな感じだから」


 その様子が気になっていたのか、今まで一度もラウラに喋りかけていなかった澄田さんがここで初めてラウラに話しかける。


「……別に驚いてなどいませんわ。私の故郷も、こんな雑多な賑やかさくらいありましたので」

「そうなの?」

「そうですわ」


 ラウラはあくまでメイドらしく、首を傾げる澄田さんに対して余裕をもった微笑みを返す。

 だがその時のラウラがただ強がっていただけに見えたのは、俺が彼女の過去を知っているからだろうか。


「さて……ッ!」

「無理しない方がいいよ。座っておきなよ」

「そうそう、メイドだからって働く必要ないのよん」

「あんたはええ加減働かんとあかんけどな!」


 日向の的確なツッコみがはいるが、ヨハンは聞いていなかったふりをしてテレビをつけて横になり始める。


「もう木曜か、早いなー」

「そんなもんだろ。それより九時から俺がテレビ占拠するからな。今日はクラスで話題になってる学園ドラマの最終回だから、絶対に見ねえと話題においてかれちまう」


 あっ、それ俺も地味に気になってはいたから最終回くらいは見ておきたいです。っていうか緋山さん結構ミーハーなのね。


「ダメだ。若者は早く寝なさい。これからは大人の時間だ!」

「なっ!? それ俺のカードで買ったテレビだぞ!」


 たかがテレビ。されどテレビ。ここひなた荘ではテレビはこの大広間に一台しかない。ゆえに毎度のことでもありながら取り合いになる事は必然的である。


「マジで頼むよおっさん! 俺明日からの話題についていけなくなっちまう!」

「お前の場合リアルで青春しているからもういいだろ! 俺の様に枯れちまったおじさんにはあのドラマは眩しすぎるんだよ!」


 どうやらヨハンはドラマの裏番組で放送されているバラエティの方がいいようで、緋山さんの声を無視してリモコンを保持し続けている。


「クソッ、完璧に嫌がらせだろ!」

「大人の言うことはよく聞くべきだよ緋山君」

「ちくしょう……おい、之喜原からもなんか言えよ、お前も確か見ていたはずだ――ってお前まさか!?」

「フフ、僕は別に内容さえ理解できればいいので、VPのアプリで見られれば十分です」

「オイオイ、最終回だぞ? 大画面で見たくないのか!?」

「別に下らない三流芝居なんてこの程度で十分です」

「お前、なんてことを……」


 緋山さんがちゃぶ台に突っ伏して絶望しているところに台所で家事を終わらせてきた澄田さんが、食後のお菓子を片手に持って広間へと現れる。


「おっ、今日は大学いもか。和菓子は久々じゃないか?」

「ここに置いておくよ――って、どうしたの励二?」

「終わった……おっさんがテレビを返してくれねぇから、ドラマの最終回が見れねぇ」

「えっ!? そうなの!? ちょっとヨハンさん! テレビ見せてください! 私も気になっているんですから!」


 ここでまさかの二体一。ヨハンさんはテレビ争奪戦において、自分が少数派になりつつあることに恐れを感じ始めている。


「なあすずめ、お前は――って、お前もドラマ見ているからそっち派か。そうだ! 榊はどうだ!? お前はお笑いみたいよな!?」


 ここで話題は俺へと振られるが――


「いやあたしも実は……」

「なん、だと……」


 そしてついに現れた大家ラスボスが壁に掛けてある時計を見て、テレビを見て、まさかの鶴の一声を挙げる。


「あんた! チャンネル寄越さんと部屋から追い出すで! わしはドラマを見たいんや! そんな東京モンの漫才なんざ見てもおもろないわ!」


 日向は寝転がるヨハンを怒鳴り散らしながら、その手元に固く握られていたリモコンを見事にぶんどる。

 この一言で机に突っ伏していた緋山さんは顔を上げ、それまで手元のVPでドラマのチャンネルに合わせていた之喜原先輩の視線も静かに前へと向けられる。


「ッ! 流石日向さん! やっぱりあのドラマの方が――」

「毎日ありよる大河ドラマの最終回やねん今日は。誰にも邪魔させへんで」


 まさかの大河ドラマの放映開始に一同絶句。そしてその後も何かを言い返そうものなら大家から叩きだされそうな雰囲気に、一同何も言い返せないまま静かにそれぞれできることを行う。


「……あぁ、そうですか……」


 結局感動ドラマの最終回を見たがっていた学生は、みんな揃って之喜原先輩の小さなVPの画面で見ることとなった。


「…………完全に置いてけぼりだよね」

「本当になんなのだこの家は……」


 完全に会話に置いてきぼりをくらったラウラはというと、いそいそと俺の後ろからストーリーの全く掴めない学園ドラマを一緒に見ることとなった。

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