第十七話 バレちゃった!?
「お、お邪魔しまーす……」
「おっ、遅かったじゃあないか、って励二ではない? 榊、励二はどうした?」
緋山さん達が住むアパート、ひなた荘の玄関を開く。するとそこにはよほど緋山さんの帰りが遅かったのであろうか、しびれを切らして車のキーを片手にドアに手をかけようとしているヨハンの姿がそこにあった。
「緋山さんなら後ろにいますけど」
「あ、本当だ――という前にそれよりチミィ! その麗しきメイドさんは一体何者かね!」
まるで初対面のように振る舞っているが以前も会っているぞヨハンさん。
「とうとうボケたんですかねこの人……」
「おい、玄関前で詰まってねぇでさっさと中に入れよ」
俺とヨハンの無駄話に苛立ちを募らせていたのだろう、緋山さんが後ろから肩を小突いてくる。
「すいません、今入りますんで」
「おう、入れ入れ。今日はカレーだぞ」
もう既に澄田さんから聞いています。
「そこの美しいメイドさん、掃除もまともにされていない汚れた所ですがおあがりになられて……足をケガしておられるみたいですね。よろしければ私がお姫様抱っこをして運んであげましょうか?」
「誰が普段汚しとんのや! 家賃も払わん掃除もせんようなやつに言われたないわ!」
「ちょっ、それ今言わないで!」
女性に優しいイメージでもってラウラに接するも、家賃未払いの極潰しとばれてしまっては元も子もない。
案の定ラウラと緋山さんからは冷ややかな視線を向けられ、澄田さんは苦笑いでその場を乗り切ろうとしえいる。
「と、とにかく私と日向さんでカレーの支度してくるから、その間色々とお話しできると思うからー」
「……詩乃、お前逃げる気だな」
「や、嫌だなー励二ってば。さて支度したくっと」
日向と澄田さんが台所に向かったところで、残されたのは俺と緋山さん、そしてラウラとヨハンだった。
そしてそれまでおちゃらけた雰囲気だったヨハンだったが、日向と澄田さんがその場から言無くなった瞬間に厳格な態度でもってラウラへと接し始める。
「……で? 何で家にこんな血なまぐさい奴が来ちゃっているわけ?」
「ッ!?」
「お、おいおいおっさん、何言っているのか全く分から――」
「分からないんだったらお前がこれまで魔人の下で行ってきた修行はすべて無駄だってこったな。そこまで言っても分からないか?」
「……チッ」
恐らく緋山さんは自分の浅はかな提案に舌打ちをしたのであろう。想定外のところでラウラの正体を曝け出されることになるとは、俺ですら思っていなかった。
そしてこの場において一番想定外だったのは、何を隠そうメイドとして殺し屋の身分を隠してきたつもりのラウラであった。彼女はヨハンの言葉に一瞬目を見開いたが、即座にあの人殺しの鋭い目つきでもってヨハンを睨み返し始める。
「何人殺してきた? 十人か? 百人か? 体中に血と薬莢、硝煙の臭いがこびりついてこっちの鼻が捻じ曲がりそうだ」
「一発で当てた事は賞賛に値する。だが貴様ごときに私を殺せるか?」
ラウラは既にスカートの下のホルスターへと手を伸ばし、いつでも銃を撃てるように右手を添え始めている。だがヨハンは大笑いでその恫喝を吹き飛ばす。
「ハッハッハッ! 確かに俺は女を手に掛けることは絶対にできない。だが――」
「ん? ……なっ!?」
「動きを封じ込めるくらいの自衛なら、遠慮なくさせてもらうからねぇ」
ヨハンは右手伝いに畳からスカート、そして右手と拳銃をすべて凍結させて動きを封じ込める。
「何を――」
「おっ、いいね。お前が左手で銃を抜き取って俺を撃つのと、俺がお前の全身を凍らせるのとどっちが早いか勝負するかい?」
「くっ……」
ヨハンの警告により現実味が帯びるように、凍っていた右手から足へ、腕へと氷は少しずつ伸びていく。
「まあもし仮に俺がぶっ倒されたとしても、その後励二と榊を相手に勝てるかな?」
「バカッ! おっさんそれ以上喋るなって!」
「ん? どうしてだ? ここでちゃんと力関係をはっきりさせた方がいいだろう? な、榊――って、そうだった、榊の力については内緒だったんだっけ」
「……真琴さん」
終わったー。このおっさん、俺と緋山さんが何とか隠してきたこと全部ぶちまけてくれやがりましたー。
「説明してもらえますか。私が聞いた限りですと、貴方はなんの力も持たないDランクだったはずですが」
ラウラの厳しい視線がこちらへと向けられる。もう何も隠し事なんてできそうにない。
「……俺は榊真琴であり、榊マコだ」
「……どういうことだ?」
「……こういうこと」
俺は自分自身を反転し、ラウラの目の前で正真正銘の榊マコへと反転する。
髪が伸びてピンク色に染まり、貧相な胸板には豊満な胸が成長する。そして声すらもが年相応の少女の声へと切り替われば、そこに榊マコは存在する。
「あたしは榊マコであり、榊真琴でもある。それがあたしの能力」
「……確かにあの雌犬だと認めよう。だがそれでは私の足に銃弾を当てた説明にはならない」
ムカッ。ここまでネタばらしたのにまだ○ッチ扱いするなんて、失礼しちゃう。
「敵にそこまで教えるほど、あたしの方はお人好しじゃない」
「……いいだろう」
ラウラは納得したようだが、これでもはや以前の霧咲百花ではなく、ラウラ・ケイとしてこの場にいることになる。
「それにしても、これで私は一人敵陣に囚われたという事か……ククッ、『死神』と恐れられた私が、こんな無様な醜態をさらすとはな……」
両手足を凍らされたラウラにできることは、辺りの敵を睨みつけるだけ。
……ちょっと涙目になってそうな所が可愛いとか思っていませんよ全然。マコちゃん嘘つかない。
「安心しろよ。先に教えておいてやるがこのひなた荘は戦闘不可区画だ。一歩外に出るまでは、俺もてめぇも戦う事は許されねぇ。まっ、てめぇみたいな外部から来たマナー知らずの卑怯者には関係ないか?」
「何だと! 私とて時と場合くらい分けることが出来る!」
「なるほどな。じゃあおっさん」
「うん?」
「氷を解いてやってくれよ。こいつは手を出さないそうだ」
「……いいんだな?」
「ああ。いざという時は俺が責任をもって消し炭にする」
一体何を考えているのであろうか。緋山さんはラウラを拘束していた氷を解くようにヨハンに指示を出す。
「何のつもりだ」
「おいおい、そろそろ霧咲に戻っておけ。おっさんはいいが、日向さんにばれたらお前マジでぶっ壊されるぞ」
緋山さんの忠告の直後、気怠そうに皿を運ぶアパートの大家が台所から姿を現す。
「ほらほら、どきぃや。カレーできたで」
「はい! 励二は大盛りにしておいたよ!」
「詩乃ちゃん俺は?」
「ヨハンさんは家賃払っていないからむしろ半分って」
「そ、そんな殺生な!!」
「……なんなんだ、ここの家は」
ラウラは困惑していた。ほんのつい先ほどまで敵意剥き出しにしていた男が、今度はその敵の前でこんなとぼけたような発言をしているという事に。
「そういうものなんです。霧咲さんも、ここは一時休戦にしましょ」
「……分かった」
ラウラは静かに自分の前に置かれたカレーを覗き込みながら、周りと一緒にたどたどしく日本式に手を合わせて夕飯を頂くこととなった。