第十二話 オレを怒らせたようだな?
第二区画といえば大きなイベントを開催するときや、こういった外部からの大型の催し物を誘致するときによく使われる区画だ。なんでも話によると、区画全体が巨大なコンピュータで制御されていて、その時その時のイベントにあった区画内の建物の配置や建造を全て人工知能によって考えられて行われるという。
「それでもって、第二区画に入ったあかつきには手元のVPまで出張して来て色々と世話を焼いてくれる、と」
わざわざサーカスが開催されるアリーナまでの道のりとか、現在の徒歩のスピードでかかる時間とか、そして最寄りの交通機関をお勧めしてくるとか、更には道中昼食をとるにあたっておすすめのレストランを勝手に検索し始めるなどやりたい放題といった有様。そしてこれらが全て人工知能のご厚意なのだというのだから余計に性質が悪い。
「あれ? 今日は緋山さん連れてこないんですか?」
「言ったでしょ? 今日は女子会の集まりだから、励二は置いてきちゃったって」
「そうなんだ。てっきり一緒だと思っていたよ」
「へっ! 緋山のやろーがこんなところにまで出張する必要はないんですぜ」
「もう一つの理由は今朝魔人さんに呼ばれて異空間に連れ去られて行っちゃったからそもそも誘えなかったんだよね」
そっちの方がメインの原因な気がするぞ俺は。っとおしゃべりをしている間に大きな広場へと出て来たワケだが――
「世界有数のサーカス団というだけあって、大きなテントですね」
第二区画で用意された広場には、サーカス団によってテントがいくつも設置されている。中でも一番大きなテントが、恐らく今回のショーが行われる場所なのだろう。
「世界でも有名な銃を使ったマジックショー、ピエロのニックがその超人的な技で銃弾を避けるんだってさ。楽しみだね、マコちゃん」
あのー澄田さん? 俺達その銃にこの前恐ろしい目にあわされていたのをもうお忘れですかー?
「そもそもピエロが銃を持つなんて最ッ高にサイコッていますぜ」
「ボクも弾丸を避けられたらお金を稼げるようになるのかな?」
いやあくまでショーだって分かっているから弾道から避けられるワケであって、不意打ちで撃たれたらこの前の緋山さんみたいに頭ぶちまけてしまう結果になりますからね?
「そうそう、はいこれチケット。無くさないように肌身離さず持っていてね」
「分かっていますってば」
本当にお母さんみたいな性格しているよね澄田さん。守矢なんてまるで自分の子であるかのように色々と言って聞かせているみたいで微笑ましい……のか?
「良い、要ちゃん? こういう時は気分が舞い上がっちゃってお土産を衝動買いしそうだけどちゃんと選んで買うんだよ? 多くても三つまで!」
「分かっていますってば、子ども扱いしないでくださいよ! もうすぐ十四になるんですから!」
いや十分に子どもだろ。
「詩乃さん」
「うん? どうしたの茜ちゃん」
「チケット代本当に良かったんですか? なんだかボク悪い気がして」
「だから気にしなくていいってば。本当だって」
どうせ緋山さんのランクカードによる優待が使われただけでしょうし。
「それより早くいこっ! 既に入場時間すぎちゃっているし!」
「それもそうですね」
まっ、今のところは羽を伸ばすことを優先しよう。ここ最近で色々と詰め込まれ過ぎだし。
そうして俺達はショーが始まるテントの中へと足を踏み入れるが、この時はまさかあんなことになるなんて微塵も思っていなかった。
◆◆◆
「――中は結構薄暗いね」
「ショーへ向けて気持ちを高めるのに最高じゃないですか!」
ショーが始まる前から既に期待が高まっているのか、随分と中は騒々しい。もっとも、隣の澄田さんも期待の成果口数が多くなっているし、それに相槌を打つ守矢や栖原の声も交じっていることから、近くにいる俺がそう思っているだけかもしれないが。
「……あっ、あれは?」
澄田さんが指を指した先、そこには一筋のスポットライトと、口角を大きく上げて笑うピエロの姿が。
「皆さん、おっ待たせしましたー! 世界最高のショーがもうすぐ始まる訳ですが、心の準備はできたかなー?」
「あれってもしかして」
「あのメイクは確か、主役のピエロのニックじゃなかったっけ? それにしても聞いていたより少し太ってない?」
「あんな体型で素早く銃弾を避けるなんて芸当できるのかな?」
「…………」
俺は少々ピエロに近視感を覚えた。あの体型にあの胡散臭い笑顔、どっかで見たことある気がする。
「これぞ世界最大!! ドッカン丸ごとテント爆破ショーの開催でーす!!」
「なっ!?」
「どういうこと?」
まさかのマイクパフォーマンス。そして袖口や出入り口からはサーカスの団員がアサルトライフルを片手にこの場の制圧を開始する。
「……マコちゃん」
「分かっていますよ」
思い出すまでもない。カルロスの潜伏先はこのサーカス団だったってワケか。それにしてもまあ多数のお仲間を引き連れになって、それでサーカス団を騙ったとでもいう訳か、それとも本物を襲撃して入れ替わったのか。
「おっと、動かないでくださいねー。誰か一人でも出て行こうとした瞬間ドッカーンッ!! ですからね」
「何だって!?」
「ふざけやがって! 自爆でもするつもりか!?」
周りからは罵声が飛び交い、観客席からは怒った能力者が炎を巻き上げたり椅子を浮かばせて今にも投げ飛ばさんとしていたり、一部の者は銃を持ってピエロの方へと銃口を向けていたりしている。
しかしニックはそれらに対して一切物怖じすることなく、この場における提案を並べ始める。
「まあまあ落ち着いて、私だって死にたくありませんからこれは単なる交換条件ですよ」
どうやらカルロスは提示する条件と引き換えに、この場を爆破しないことを約束するらしい。
「条件って何だろう」
「……嫌な予感がする」
俺は先日の襲撃を絡めて、ある一つの嫌な予想を立ててしまう。そして一分後、その嫌な予想の答え合わせが始まる。
「条件はたった一つ。この場にいるはずの澄田詩乃の身柄を我々の元に引き渡していただきたい」
「……えっ」
「やっぱり、そうなるか」
恐らくカルロスはあの一戦後、とことんまで緋山励二という男を調べ上げたのであろう。情報はわざわざハッキングしなくても、緋山さん自体は有名人だ。それにその有名人の彼女を調べ上げるなど容易かったのだろう。
「この場にいるのは分かっている。大人しく自ら出てくるか、周りから引きずり出されるか。それとも……以前のごとく一人だけ透過して生きながらえる、か?」
「ッ!」
カルロスは最後の一言を言うにあたって、わざとらしくにやりと笑う。そしてその言葉は酷く澄田さんを挑発し、傷つけたようだ。
「さあ選べ! 今すぐ選べ! 十秒後にここは焼け焦げた跡と、黒い煙が立ち昇るだけだ!!」
「ったく、誰だよ澄田詩乃って」
「あれだよ、あれ。緋山励二の彼女だって」
「それと、『元Sランクへの関門』、な」
俺にも聞こえる声の大きさの隣のひそひそとした噂話は澄田さんの耳にも届いていた様で、そして澄田さんはまるで怖がっているかのように耳を塞いでその場にうずくまっている。
「くっそー! せめて爆弾の場所さえ分かっていれば、『塊』で埋め立てて無力化できるのに!」
「それにしても、詩乃さんだけを要求ってどういう意図なんだろう」
守矢は持ってきていた双眼鏡で怪しい場所をのぞき始め、栖原はどうして澄田さんだけを人質として取ろうとしているのかを考えている。
「私は……私は……」
「…………」
こんな時、緋山さんがいればどんなに心強かったんだろう。流石の俺も仕掛けられた爆弾を見た事が無いから反転しようにも出来ない。
「……あたしに、何ができるんだ――」
「バカが。能力なんざ想像力が一番大事だっつぅのにナァニ出来ないなんて思い込んでんだ」
その時俺の耳に届いたのは、魔人の声。だが辺りを見回してもあの不気味な姿は確認することができない。
「どこにいるんですか!?」
「想像しろ。拡大解釈しろ。それが一番能力を育てる」
「それよりいるんだったら助けてくださいよ!」
「だからこういう時のための尻拭いなんだが……チッ、まあ今回のクソ共は澄田詩乃を傷つけ過ぎた」
次の瞬間、テントの天井に穴を空けて、まるで隕石でも落ちて来たかのように一人の魔人が姿を現す。
土煙の中ピエロに扮したカルロスは銃を人影に向けるが、人影は一切物おじすることなくまっすぐ歩いていく。
「……テメェは緋山励二の踏み台にするために生かしておいてやる。だが残りのヤツ等には全員――」
――内臓を引きずり出してブチ殺す。