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第十話 力がいるワケ

 ――今から軽く二十六年前の話だ。某アメリカの治安の悪いスラム街の一角、その中でも人殺しとさえ揶揄されるほどのヤブ医者の手ほどきを受けて、そいつはこの世に生を受けた。

 だがここはスラム街、母親は分かっても父親は分からない。おまけに母親も母親と呼ぶには少々不適格としか思えない。何故なら自分の身体を売る商売相手の出迎えを、自分の娘に平然とさせているくらいなのだから。

 そしてそんな小さく歪んだ世界の中で、幼い少女はその思想すらも歪ませていくことになる。


「――ちゃんと真面目に語り部もできるんですね」

「次喋ったらその乳もぐぞ」

「ぎゃあやめてください」


 だったらその口を閉じてろマヌケが……ゴホン! 話を戻すぞ。

 少女は商売相手が母親に対して時々高慢な口利きであったり、乱暴であったりといったことを目にする。そしてその度に唇をかみ、その相手を見えない位置から睨みつけていた。

 愛を注がれてはいないとはいえ実の母は実の母、それなりに腹にすえていたものがあったのだろうか。それなりにスラムの生き方に順応していた少女は、その相手を時々だまして点数稼ぎだけが目的の警察の網に引っ掻けたり、裏のギャングにわざとからませたりと、自分では力を持ち得なくとも、周りの力を利用してその場を上手く立ち回っていった。

 だがそんな少女を待ち受けていたのが、その慕ってきた母親からの絶望の一言だった。


「あんたもそろそろ稼げるようになったんだから、家から出て行って外で男を捕まえておいでな」


 今まで母親一人で受け持ってきたものを、今度は自分に対しても劣情の受け皿になれと言い放ったのである。

 少女は母親の言葉の意味を理解し、そして絶句してその場に立ちすくむ。

 少女は何も知らないワケじゃない。この目で何度も見てきた。自分の母親の爛れた姿を、何度も何度も見てきたのだ。

 そしてその姿は、自分がそのとき最も忌み嫌っていた存在と等しかった。

 少女は何も母親を助けたくて周りの力を利用して来た訳ではない。ただあんな醜い姿をこれ以上さらけ出してほしくなかっただけなのである。

 だが母親は自分の意思とは逆の考えだった。自分の娘ですら、商売道具としか見ていなかったのである。

 そしてついに、少女が売られる日がやってくる。


「えっ、ちょ、鬱展開ならやめて――」

「黙って最後まで聞けっつってんだろカスが!」


 ――少女が売られることとなったその日、早速一人の客がやってきた。

 中肉中背、そして酒臭い口元。おおよそ浮浪者としか思えない中年の男が、少女との一晩を買おうというのだ。

 母親は金を手に入れられることを喜び、少女は純潔を奪われることに絶望することとなる。そしてついに、その時がやってくる。



 場所は母親と共にする古臭いぼろアパート。ベッドメイキングなんて知ったこっちゃないと言わんばかりにほこりまみれのベッドがある部屋にて、少女と男は二人っきりにされる。

 もちろんこの場に警察やギャングのように力を持つ者などいない。いるのは非力な一人の少女と、醜い姿をした男のみ。

 もちろん漫画のように都合よく助けなど来るはずもなく、少女と男の距離は徐々に徐々に切り詰められていく。

 そんな時だった。

 少女の目には、ベッドの近くに置いてある枯れた花がささった大きな花瓶がうつった。そして少女は静かに覚悟を決め、男が迫ってくるのをじっとじっと待ち構えていた。


 ――次の日、新聞の小さなラテ欄に未成年が引き起こした殺人事件の記事が載っていた事など、誰も覚えていないだろう。



          ◆◆◆



「――これで終わり、ですか」

「まだ終わっちゃいねぇよ。その後こいつは力を自ら得ることこそが全てと悟り、自ら軍隊に入って、そこであのカルロス・マクレガーとかいう男に出会う。そして元々持っていた思想をさらに発展させて今に至るってワケだ。ちなみにいまだに処女だぞ、よかったな」


 話が終わってから俺は以降の言葉がなかなか出ずにいた。いや処女とかその辺の情報はいらないかなーなんて……とにかく、ラウラの異様な攻撃性もこの編から来ているのかなぁとか思っちゃう次第であります。


「んじゃ、今度は軍隊に入るところから――と思ったが、目を覚ますみてぇだな」


 俺とグレゴリオが振り向いた先には、地を失ってもなお起き上がろうとするラウラの姿が。


「ククク、あれじゃあ戦場で『不死身の死神』と言われるのも無理はねぇな。死にかけてなお立ち上がるバカなんざそうそういねぇし」


 そう言って魔人は静かに立ち上がり、その場から去ろうと体を徐々に闇の粒子へと変えていく。


「起きたら治療してやれ、グレゴリオ=バルゴード。ここでしなかったらそいつから不信感を買う事になる」

「……ここまですべて計算済みという事か」

「さぁな。さて、テメェのメイドの世話位テメェでしてやれよ榊真琴。じゃあな」


 魔人は完全に闇の粒子へと変換され、その場から風に乗って消えていく。そしてそれとほぼ同時になって、ラウラは完全に意識を取り戻す。


「ここ、は……?」

「……病院だよ、霧咲さん」

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