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第九話 物語を語る者

「……家に帰りたくねぇー」


 自分の部屋番号が描かれたドアの前でこう言う風に嘆く人などそうそうないだろう。だが俺は現にその状況に置かれている。念の為に性別を男に戻しておいたから、ラウラには多分ばれないだろう。

 ……ばれたら即、死だが。


「……ただいまー」


 下手な行動など起こせばたちまちバレかねないなのに、変に上ずった声が俺の口から出てしまう。

 だが俺の声を聞いて普段なら飛んでくるようなメイドの姿が、今回は見受けられない。


「……どういうことだ?」


 俺は少々嫌な予感がしながらも部屋の玄関で靴を脱いで、一部屋だけのリビングへと向かう。

 するとそこには――


「――ラ、霧咲!!」


 あっぶねー一瞬本名で呼びかけたけど何とかメイドの時の名前で呼びなおせたぞ。

 ――ってそんな場合じゃない! ラウラのやつ、思った通り太ももに巻きつけてある包帯の上からでも大量の血をにじませた状態で倒れている。


「大丈夫か!?」


 大丈夫か――って銃弾反転させた本人が言うのもあれだが、例え敵であろうが俺の家の中で死なれても寝覚めが悪い。こうなったら医者の元まで連れていく他はない。


「問題はラウラをどうやって連れていくかだが……」


 レスキューを呼んでもいいかもしれないが、その場合素性がばれた途端に今度は均衡警備隊バランサーへと連行されることは間違いない。


「…………」


 別にラウラが連行されても、俺に何の不利益もない。むしろ殺しにかかった連中をさっさと投獄できて一石二鳥に思える。

 だが一つ気になる事が、胸の奥で引っかかっている事がある。


「……あんたはどうして力を誇示したいんだ」


 俺にそれは理解できなかった。

 ――あの時反転させる力ではなかったら。澄田さんや緋山さんのように物理を無効化する力では無かったら。


「――俺は何回死んでいただろう」


 そして逆に言えば、反転する能力を持つ俺がその気になれば何回殺せたのだろうか。

 同時にここまでして高いランクを得たいと思えるその気持ちは、以前オルテガや緋山さんが言っていた、自分より強い力の嫉妬に通じる何かを感じ取ることができる。


「…………」

「……今回は見逃しておく。だけどこれ以上続けるつもりなら、俺も容赦なく突き出す」


 すでに大量失血して意識を失っている者に対して忠告など、意味もないと思える。だが俺は一つだけ、その命を奪ってまで力を手に入れようとする理由を知るために、そしてここ数日間だけであったが身の回りの世話をしてもらった借りを返すという意味で、今回だけは何も知らなかったことにしてくれる人の元へと連れて行くことにした。



          ◆◆◆



「――で、よりによって俺の元に来るとはな……」

「お願いしますよグレゴリオさん」


 まさか世間を騒がせている殺し屋を助けて下さいと言って、この研究者の元に患者を連れてくることになるとは思いもしなかっただろう。だがグレゴリオは頭を抱えた状態でありながらも、俺達を自室に迎え入れてくれた。


「大体俺は医療など専門外だ。それに仮に医者だったとしても、殺し屋を治す気はない。他を当たってくれ」

「まー分かっていたんだけど……」


 それにしても重い。軍人というだけあってか太ももムチムチ――じゃねぇや、全体的に筋肉質だから普通の女の人より重たい事は予想するに容易い。それに反転後の俺や澄田さんに負けないくらいの脂肪分も胸に蓄えているようで。


「とりあえずこのままおんぶしているのもきついし一旦降ろしていいっすか?」

「はあ……それにしても見損なったぞ榊。お前がまさか殺し屋を助けるとはな」


 グレゴリオに言われるのも至極当然。一般人ならこんな奴など有無を言わさず均衡警備隊バランサーに突き出して当然の案件。それを俺はどう気が狂ったのか、治療して欲しいなどと言うことをほざいているのだから。


「それは百も承知です。ですが俺にはまだ確かめたいことがあるんです」

「殺し屋の何を確かめるというのだ。そもそもそいつは無実の人間を何人も――」

「別に相手は無実というワケじゃねぇぞ」


 とっくに気を失っているラウラはさておき、俺とグレゴリオさんは聞き覚えのある声のする方を振り向く。


「あ、澄田さんに間違った知識を植え付けた人だ」

「はぁぁぁぁ……魔人め、今度は何の用だ」

「グレゴリオはともかく、榊真琴、それはどういう意味だ」

「そのままの意味ですけど」


 声のする先――そこにはグレゴリオのデスクの上で胡坐をかいて、林檎を頬張る魔人の姿があった。


「話を戻すが、もう一方のカルロス・マクレガーはともかく、ラウラ・ケイは助けておいて損はない」

「それはどういう意味だ魔人。俺にとってはどちらも金で人を殺すだけのクズだと聞いているが」

「クククク、そりゃSランクにすら公開されない情報の一つや二つくらいあるものさ」


 そう言って魔人はデスク上にあるグレゴリオのパソコンを使って何処へ向けてか知らないがハッキングを開始する。


「お、おい! 何をしている!?」

「何って……クラッキングだ」

「馬鹿か! 逆探知される可能性が――」

「オレがそんなヘマをするかよ――っと、このページを見ろ」


 魔人がそう言ってデスクトップ画面をこちらに向けると、そこには殺し屋エクスキューショナーズと――なんと、全知とのやり取りが記録されたページが映し出されている。


「どうやら均衡警備隊バランサーでも足取りを掴めない、かつ普通の輩に賞金首としてけしかけようものなら帰ってくるのは死体となりそうなほどに野蛮な輩を主なターゲットとして『全知ソシオリズム』は殺し屋に依頼していたようだぜ?」

「なるほど……外部の人間ならいくら死のうがランクの変動などない。しかもこうして秘密裏の処理となれば表に出る可能性も無い」

「だとしたらどうして今回ニュースに?」

「クククク、そこがラウラが騙されたポイントとなる」


 魔人はしたり顔でそういうが、グレゴリオと俺は未だに理解が追い付かずにいる。


「騙された、だと……? どういう意味だ」

「確かに殺し屋稼業に関してはラウラは完全に加害者だ。だがこのニュース以降の殺しについて、ラウラは完全に騙されている」


 そういうと魔人は更にパソコンを操作し、エクスキューショナーズと『全知』の依頼のやり取りの日付の所をクローズアップさせてこちらに見せてくる。


「これは……」

「最後の依頼のページだ。その日付は丁度お前達がラグナロクを崩壊させた日の少し前で、そしてそれ以降依頼は一切行われていない」

「つまりここ最近の殺しは依頼の外で行われていると?」

「そうだ。だから『全知』『全能』の市長はわざとランカー殺し事件をニュースに流したり、力帝都市としては保護しておきたいSランクの面子に殺し屋についての情報を流したりいる」


 なるほど、大体掴めてきたぞ。


 最初に『全知』の市長が外部から一流の殺し屋を雇い、その力を推し量るついでに力帝都市内での危険人物の排除をしていた。そしてそのうちに欲でも出てきたのか、殺し屋はひとりでに街の実力者を殺しまわるようになっていった。そしてそれを今度は止めるべく市長は情報を流し、殺し屋二人に不利な状況を作り上げて行っているということか。


「そして身を隠すためにラウラはメイドに扮し、カルロスはどこかで息をひそめている、と」

「そういう事だ。理解が早い人間は嫌いじゃないぜ」

「だが魔人よ、まだラウラがこの件について騙されていることの説明にはなっていないぞ?」

「説明は今からするが、その前にそこでくたばりかけてる女の身の上話ぐらい聞いてくれよ」


 魔人はそう言ってまるで一つの物語の語り部になるかのごとく、ニヤニヤと笑いながら一人の少女の話を始めた。


「さて、治安最悪のスラム街に生まれ落ちた不幸な女、ラウラ・ケイの半生について語らせてもらおうか――」

次回は魔人が地の文で語る特殊な過去の話になります。

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